リスさんだわ!*1
「どうしましょう……きゃあ」
カーネリアちゃんは数歩動いて、こてん、と後ろに倒れてしまった。幸い、傍に居たリアンとフェニックスが抱きとめて事なきを得たのだけれど。
「……さっきからこうなの!尻尾が重くて、上手く歩けないの!」
「ああ、リスは尻尾でバランスを取っているもんね。逆に尻尾が急に増えてしまったら、それはバランスが取れなくなってしまうよね……」
カーネリアちゃんは困ったように、ふり、ふり、と尻尾を振っている。先がちょっとくるんと丸まったふわふわの尻尾は、シナモンロールとかロールケーキとかにちょっと似た風情がある。とても可愛らしいのだけれど、それが生えてしまった当人は大変だろうなあ。
「それにしても、どうしてこんなことに」
「それが、分からないの。うーん……」
カーネリアちゃんに突如としてリスの尻尾と耳が生えてしまったというのならば、それには原因があるはずだ。多分。流石に。きっと。
「今日、何か変わったこと、した?」
ということで聞いてみる。するとカーネリアちゃんは指を折りながら、今日の様子を思い出し始めた。
「うーん……今日は朝から、妖精さん達と一緒にカフェのお手伝いをしたわ。それから妖精公園でちょっとお散歩して、その後にインターリアのお腹を撫でに行って……その後に妖精さんとおやつをしたわ!」
成程。いつものカーネリアちゃんの日常だ。
……けれど、1つ、気になるところがあった。
「妖精とおやつ、というのは……その、新作のお菓子を試食したりしなかった?」
「あら?どうして分かったの?」
うん。やっぱり。まあどうぞどうぞ、と、カーネリアちゃんに続きを促す。
「今日はね、新しいキャンディの試食をしたの。キャンディというよりはキャラメルでね?中に胡桃かアーモンドかよく分からないけれど、木の実の滑らかなクリームが入っていて、甘くてコクがあって、とっても美味しいのよ!」
……うん。
「どんぐりの形をしててね、こっちの、どんぐりのお帽子の方はチョコレートのお味で……リアンも食べてみる?」
あの……それ。
それが原因では、ないですか?
「成程なー……。これ食うとリスの耳と尻尾が生えるのかよ……俺も生えちまった……」
「どうしましょう!リアンにもお耳と尻尾が生えちゃったわ!」
はい。やっぱりそうだった。どうやら、リスの耳と尻尾の原因は、妖精作のキャンディらしい。リアンが試してみたところ、効果がはっきりした。
「多分、妖精の国の材料を使ったキャンディなんじゃないかな。妖精の国の素材って、人間が食べると結構不思議なことになるもの、多いよね」
僕が使った、あの声が高くなるキャンディもそうだし。他にも今までに、猫の耳と尻尾が生えちゃうケーキとか、宙に3㎜ぐらい浮いちゃうアイスクリームとかも開発されたことがある。……前、そうとは知らずに猫ケーキを食べちゃったラオクレスを見た時の衝撃といったら!
「妖精には注意喚起が必要よねえ。まあ、お客さんに出す前にこうやって分かるからいいんだけどさ」
「よくないわ!よくないわ!これ、とっても困るのよ!ライラも尻尾、生やしてみるといいんだわ!歩くのとっても大変なのよ!」
ライラはカーネリアちゃんの尻尾をつんつんつつきつつ、なんだかにこにこしている。カーネリアちゃんは『くすぐったいわ!』と抗議しているけれど、その抗議が聞き入れられる気配は無い。まあ、ライラなので。
「リアンの方がちょっと毛の色が薄いわね。濃い亜麻色、ってかんじ」
「ライラ姉ちゃん!あんまり見るなよー!」
更にライラは、どんぐりキャンディの効果の分析を進めている。まあ、一応どういう効果なのかは分かった方がいいよね。
「……まあ、妖精のお菓子でこうなっちゃったんだったら、一晩眠れば戻ると思うよ」
「そ、そうかしら……ちゃんと戻るかしら。心配だわ」
「うう、俺のもちゃんと戻るよなあ……?」
ラオクレスに猫の耳と尻尾が生えた時も自棄酒して一晩寝たら治っていたから、多分、効果はそんなに長続きしないと思う。
けれど、カーネリアちゃんとリアンは尻尾をふりふりやりながらちょっと心配そうだ。まあ、そうだよね……。
「あら、一晩で消えちゃうの?じゃあ描いておこうっと」
そしてライラは元気だ。早速、鞄から画材を取り出している。
「か、描くの!?」
「そりゃ描くわよ。なんか可愛いんだもの」
カーネリアちゃんは『何だか恥ずかしいわ!恥ずかしいわ!』と言っていたのだけれど、ライラによってリアンとまとめて連れていかれてしまった。多分、森の中のリスがたくさん居るエリアに向かったんじゃないかな。僕が以前教えて以来、ライラはあそこがお気に入りらしいので。
……折角だから僕も描きに行こうかな。うん。そうしよう、そうしよう。折角だから、森のリス達にお土産のクルミやどんぐりを持っていって、ついでにカーネリアちゃんとリアンにも木の実のおやつを食べてもらおうかな。
ということでライラと僕は、リスだらけの中でリスの耳と尻尾をふわふわさせながら木の実をおやつに食べてにこにこしているリアンとカーネリアちゃんとを描くことになった。
カーネリアちゃんとリアン、リスっぽくなった影響なのか、クルミのクッキーをサクサクちまちま齧りつつ、それを頬袋に貯めていた。……途中で本人達が『うわっ、俺、リスみたいなことしてる!』『大変!あんまりお行儀が良くなかったわ!』と気づいて頬袋は無くなっちゃったんだけれど。うーん、もっと見ていたかったな、子供達の頬袋……。
と、まあ、そうしてリス写生会を楽しんだ翌日。
「人間に美味しい以外の効果が出ちゃうお菓子はあんまりよくないと思うよ」
とりあえず妖精にそう言ってみたところ、妖精は何か、とてもショックを受けたような顔をしていた。あ、ええと、ごめん……。
「……その、ちゃんと効果が分かった上で食べるなら、いいと思うんだ。或いは、『何か効果が出ます』っていうことだけでもいいんだけれど、それが全く分からないとちょっと困ってしまうので……その」
僕は妖精を励ましつつ、やっぱりちょっと甘いのかなあ、とも思いつつ、でもやっぱりちょっと面白いし可愛いもんなあ、と自分を納得させてしまいつつ……言った。
「……ちゃんと効果を明記して、売ろう」
……『売ろう』と言った途端、妖精は表情をぱあっと明るくした。そして何度も何度も頷いて、にこにこきゃらきゃら笑う。
まあ……うん。『妖精の力を借りました!リスの耳と尻尾が生えるキャンディ!(※効果は1日限りです)』みたいなものをちょこっと売る分には、ちょっとしたパーティグッズみたいなかんじでいいと思うんだよ。だって、折角の異世界だし……。
……ということで。
「大変だわー!私、ウサギさんのお耳と猫さんのしっぽが生えちゃったわ!」
「俺は猫の耳と狐の尻尾……」
「みて!アンジェ、アージェントさんみたいになっちゃった!」
妖精達の『変身おやつ』作りはいよいよ佳境となりました。その結果、味見役にされている子供達は、耳が生えたり尻尾が生えたり、頭にたんぽぽが咲いてしまったり……。
「しかもこれ、あんまり美味くなかったんだけど……なんか、渋い」
「まあ!美味しさは追及しなきゃだめよ、妖精さん!」
しかも味についての問題もあったらしい。それはお菓子屋さんとして非常に大変なことではないだろうか……。
「……ねえ、トウゴおにいちゃん」
そして、頭の上でパステルピンクのたんぽぽがふわふわ揺れているアンジェが、僕のシャツの裾をついつい引っ張って、言ってきた。
「あのね、妖精さんが、子供だけじゃなくて大人でも魔法のぐあいを確認したい、って」
……うん。
まあ……子供達が協力しているのに、僕らが協力しないっていうのも、なんだか申し訳ないし。
「じゃあ、大人を集めて変身おやつの試食会をやろうか」
それに、楽しむ機会があるなら、沢山楽しんだ方がいいよね。折角だし。折角だし、ね。