雨の日、風邪の日*3
そうして僕らは楽しく夕食を摂って、子供達の近況報告を聞いて、妖精が途中で遊びに来て、ルギュロスさんの花束に花を追加して帰っていって、食卓が益々華やかになって……。
そうしてご飯を食べ終えて、子供達が眠くなってきたのを機にお開きになって、ルギュロスさんもそそくさと帰っていって、レネも明日から夜の国で公務があるらしいとのことで、名残惜し気に帰っていって……さて。
「油断したわ」
ライラは、熱が上がっていた。……さっきまで元気にしてたのになあ。
「熱は夕方からぶり返すことが多いからね」
「そうね……あと、レネが解熱剤になってくれてたのかも。あの子と一緒に寝てたらなんか楽だったのよね……」
なんと。レネにはそんな特技もあったのか。……まあ、そうか。レネは光の魔力ないしは過度な『ふりゃー』を吸収するタイプの生き物なんでした。じゃあ、病人のベッドに入れておくには最適だったなあ……。
「ああー、変なかんじだわ。何かしら、これ……こういうの……まあ、風邪なんだけど……」
熱が出てきてしまった分、ライラは元気が無い。ちょっとぐったりしている。熱が出ている時って、体が重くて怠くて嫌だよね。分かる分かる。
とりあえず、汗をかいてきたライラは一旦お風呂に入りたいということだったので、お風呂を沸かして準備する。お風呂から彼女が出てきたら、管狐とふわふわがくっついてライラを乾かしてくれるので、そのまま湯冷めしない内にベッドへ連れていく。
ライラのベッドの中では魔王がまおんまおんやっていた。温めておいてくれたらしい。ちょっと気になってベッドの中に手を突っ込ませてもらったら、布団はふんわりほかほかだった。……魔王は布団乾燥機としての機能も持っているらしい。高性能だなあ!
「はい。じゃあゆっくりお休み」
「ああー、トウゴに寝かしつけられるのってなんか変なかんじだわ……」
「そういうこと言わない」
ライラはなんだかちょっと悔しそうというか、ちょっと楽しそうというか、そういう表情を浮かべていた。どっちなんだろうか……。
そうしてライラの睡眠環境を整えた後。
「……じゃあ、僕、帰るね」
そう申し出ると、ライラは『ああそうだった』みたいな顔をした。ちょっと寂しそう、というか。
「あ、うん。そうよね。ええと……なんか色々、ありがとうね。迷惑掛けちゃったわ」
「いや、全然迷惑だなんて思ってないよ。風邪引きの人のお世話も偶には楽しいものだよ」
帰り際の会話をする間も、ちょっとライラはぎこちない。何かを言いたそうな、言いたくなさそうな、そういうかんじなので……。
うーん……。
「……その、ライラ」
「な、何よ」
荷物をまとめていた僕なのだけれど、ちょっと、差し出がましいかな、と思いつつ、聞いてみた。勘違いじゃなかったらライラがちょっと可哀相だし、勘違いだったとしても、僕がちょっと恥ずかしいだけなんだし。
「……僕、ここに泊まっていった方がいい?ほら、その、夜の間に容体が悪くなるかもしれないし……」
そう、聞いてみると……ライラは、ぽかん、として、それから、もそ、と毛布を引き寄せつつ、ちょっと毛布に埋もれつつ、返事をくれた。
「……あ、あんたが泊まっていきたいっていうんなら、別に、泊まっていってもいいけど」
ちょっとツンツンしつつも別に嫌がっていない様子の言葉を聞いて、ほっとする。
そっか。ならそうさせてもらおう。どうやら僕の行動は一応、正解だったらしい。よかった、よかった。
「じゃあ僕、リビングのソファ借りるね」
「うん。好きに改造していいからね」
「分かった。じゃあ可愛いピンク色にしておくね」
「そういう改造じゃないわよ!あんたが寝やすいようにしてねってことよ!ついでにちゃんと明日帰る時に元に戻してから帰りなさいよ!」
はいはい、と返事をして、ライラに改めてお休みの挨拶をしたら……早速、リビングのソファの上に寝床をこしらえさせてもらおう。毛布よし。枕よし。おやすみなさい!
そうして、翌朝。
目が覚めたらライラの家だったので、ちょっとだけびっくりする。そうだった、僕、昨夜はライラの家に泊まったんだった。
「おはよう。よく寝られた?」
……そして僕の目の前には、ライラが居た。魔王も居た。これまたびっくり。
「……み、見てたの?」
「ええ。あんたの寝顔、気が抜けててなんかいいのよ」
ライラはすっかり本調子らしい。ほら、と見せてくれたスケッチブックには、僕が寝ている様子が描いてある。そ、そんなの描かないでよ!恥ずかしいよ!
「ええと、ライラ、体調は?もういいの?もうよさそうだけれど」
「そりゃあね。見ての通り、すっかり元気よ。ありがとうね」
……まあ、寝ているところをじっくり観察されたのはちょっと恥ずかしいけれど、でも、ライラが元気になったならよかった。
それからライラの家で、一緒に朝ご飯。
ライラが「お世話になった分、朝ご飯は私が作るわよ」と言ってくれたのだけれど、一応彼女、病み上がりな訳だしちょっと心配なものだから……一緒に作って食べることにした。
ライラがベーコンエッグを焼いている横で僕がパンを切って焼いて、昨日の残りのスープを温めて、ついでに桃を剥く。その間に魔王が食器を用意してくれて、ベーコンエッグとパンとスープを盛り付けて桃のお皿もテーブルに運んで、準備完了。
「よーし!いただきまーす!……うん!美味しい!昨夜のご飯も美味しかったんだけれどさ、ちょっと早めの時間に食べたからか、消化にいいものばっかり食べたからか、もう、お腹ぺこぺこだったのよ」
「だったら僕が寝ているところを描く前にご飯を食べていればよかったんじゃないだろうか」
「あんたの寝顔は別腹なのよ」
初めて聞いたよ、そういう意味での『別腹』の使い方。
「魔王は卵、好きだね」
「お月様みたいだからかしら」
ちなみに魔王は目玉焼きが大好きだ。まおんまおんと嬉しそうに鳴きながら、ちょっともったいなさそうにちびちびと食べている。今度魔王に月見うどんとか食べさせてみようかな……。
それからもう少し、僕はライラの家で手伝いをして、それからライラが「元気になりました!」と森の皆に報告に行くのに付き合った。
クロアさんは「また具合が悪くなったらいつでも言ってね、お粥を作るから」とにっこり言ってくれたし、リアンとカーネリアちゃんはライラの快復を大いに喜んでくれた。妖精達は『またあのジェラートが食べたいです』と言っていたらしい。後でアンジェから聞いた。これはお店にオレンジと月光のジェラートが並ぶのも近いな……。
そしてルギュロスさんは……こちらもすっかり元気になっていた。ライラが元気だとルギュロスさんも元気らしい。……なんだろうなあ、ちょっと腹が立つような釈然としないような、妙なかんじがあるのは。
まあ、それはさておき、ルギュロスさんはすっかり元気でしおらしさの欠片たりとも無いいつもの調子だったのだけれど、ライラから『おひさまぽかぽか地区』について色々と聞かれてしまうと、流石にちょっとしんなりしていた。そ、そんなに『おひさまぽかぽか地区』の話をするの、嫌なんだろうか。いいじゃないか、おひさまぽかぽか地区。
……まあ、そうしてライラは無事に快復した。森としても友人としても嬉しい。やっぱり彼女は元気なのが似合うよ。風邪を引いてちょっと寂しがり屋になっているのは……うーん、やっぱりその、ちょっと落ち着かなかった。
それから、僕とライラは森の兎の親子が芽吹いたばかりの草の芽を食べている様子を描かせてもらいつつ……ちょっと話す。
「ところでさあ、トウゴ。あんたに聞き忘れてたことがあったんだけど」
「うん。何?」
ライラはふと顔を上げて僕の方を見ながら、首を傾げて、言った。
「ロダン商会、って知ってる?丁度私が妖精カフェの店番してる時に聞いてきたお客さんが居たんだけどさ。ソレイラにそんなお店、あったかしら?」
……うん。
あの、それは……それは……ちょっと、その、『存在しません』っていうことで、いい、だろうか……?
いや、やっぱりちょっと問題になりそうだし、ということで、フェイのところへ相談に行った。
僕が慌てているのを見て『なんか面白そうね』と目を輝かせたライラも一緒だ。面白くないよ!多分、何も面白くないよ!
「おっ!トウゴ!丁度良かった!俺も丁度、そっち行こうと思ってたんだよ!」
僕らがフェイの家に到着した時、丁度、中庭でフェイがレッドドラゴンに乗って飛び立とうとしていた。危ない危ない、入れ違いになるところだった!
「ええと、それで僕に用事、というのは……」
「ソレイラ町長に聞きてえことがあってさ」
なんだかちょっと不穏なものを感じつつ、改めて中庭のベンチに座って、フェイから話を聞く。
「なんかよー、俺達がおひさまぽかぽか地区に視察に行ってる間にうちに問い合わせがあったらしくてよー……」
……既にどこかで聞いたことがあるような話なんだけれど。
「なんかな?ほら、同窓会で俺と決闘した、ヴィオロンの野郎。あいつ覚えてるか?」
「とてもよく覚えています」
どんどん話が不穏な方向に進んでいく。嫌だなあ、嫌だなあ……。
「おー、そりゃよかった。でな、そいつが、『ソレイラのロダン商会に紹介を』って言ってきたんだけど……そういう店、あったか?」
……ありません!
ああ、ヴィオロンさん!ヴィオロンさん!あなたが何を考えているのか、僕には、本当に、本当にさっぱり分からないのだけれど……。
……あなたの目って、本当に、節穴!