雨の日、風邪の日*2
そうして、アージェントさんの頭に可愛い色のたんぽぽが咲いたとか、夜の国の人達が一列になって発光してたとか、アージェントさんが段々ぽかぽかした人になってきてしまっているとか、そういう話をしてライラを抱腹絶倒させた後。
「ライラ、ちょっと眠くなってきた?」
「え?……うーん、そうね。さっきまで眠くなかったんだけど。ちょっと眠くなってきたかも」
少し話していたら、ライラはお腹いっぱいとリラックスと程よい疲れとが合わさって、眠くなってきたらしい。眠くなるっていうのはいいことだと思う。眠れば体は休まるから、できるだけ寝ていた方がいいんだろうし。
なので僕とレネは改めて、ライラにちゃんと布団をかけて、寝かしつける体制を整えて……。
「うーん……ねえ、トウゴ。あんたの鳳凰か管狐、貸してくれないかしら」
ふと、ライラがそう言うので不思議に思う。
「いいけど、どうして?」
「なんか……ちょっと寒くて」
……そして僕、そっと、ライラの額に触ってみた。そんなに熱は無いみたいだったけれど、温感が上手く働いていないのかもしれない。或いは、寒い、っていうか、ちょっと寂しいのかも。
「そういうことなら……」
なので僕は、一応ちゃんと管狐と鳳凰も出しつつ……レネを、示した。
「こちらに、適任が居ますが」
僕と管狐と鳳凰が指し示す先で、レネは堂々と胸を張ってくれた。僕ら、息ぴったりだね。
「ちょっと待っててね。レネをゆたんぽに仕立ててくるので」
「え、ええええ……?いいの?」
「あ、それまでのつなぎに管狐と鳳凰と魔王をどうぞ」
こんこん、きゅるるっ、まおんっ、と鳴くそれぞれを仲良くライラのベッドに突っ込んで、僕は大急ぎでレネを連れて僕の家へ。描いてお風呂を沸かして、レネに入浴してもらう。
レネはあったかいお風呂にふりゃふりゃご機嫌だし、ライラの湯たんぽになるという使命感を得て俄然、やる気だ。ふりゃふりゃ楽しそうながらも、本気で入浴している。なのでお風呂場から聞こえてくる声は「ふりゃーっ!ふりゃふりゃーっ!ふぃーじっと!にゃー!」みたいなかんじだった。気合が入っている……。
……そして。
レネが使命感たっぷり気合たっぷりに程よく温まったので、ふわふわに纏わりついてもらって髪を乾かしつつ……いざ、ライラの家へ!
「どうぞ。ほかほかのゆたんぽです」
「ふりゃんぽ!」
湯上りほこほこふりゃふりゃのレネを見せると、ライラは嬉しそうにレネをつついた。……そして。
「えへへ、いいの?じゃあ遠慮なく……ああー!レネだー!あったかーい!やわらかーい!いいにおーい!うふふふ……」
「ふりゃあー!」
レネはライラによってベッドの中に引っ張り込まれて、そのままきゅうきゅう抱き枕にされた!ライラは存分にレネの触り心地とぬくもりを楽しんでいるらしくて、きゃあきゃあと2人がはしゃぐ声が響く。
……レネを入れておいて何なんだけれど、僕はちょっと落ち着かない気分です。
そうしてレネとライラがふりゃふりゃやっていると、やがて、ライラが寝てしまった。すうすうと寝息が聞こえるのだけれど、ライラはレネと一緒に布団の中にすぽんと潜ってしまっているのでその実態はよく分からない。
「とうごー?ふぃーでぃーてゅじょーなーす?」
「え?」
かと思ったら、布団にすっかり埋もれていたレネがぴょこ、と顔を出して、僕を見てにこにこ首を傾げつつそう囁いた。何を言っているのか分からないのでスケッチブックを渡すと、レネはそこに文字を書いて……。
『トウゴも入りませんか?』
……そう、書いてきた。
「いや、僕も入るとこのベッド、流石に狭いと思うし」
「わにゃ?……にゃ!」
いや、レネ。ちょっと詰めてスペースを空けてくれても僕はちょっと困ってしまうんだけれど……。
『僕も入るとライラを起こしてしまうかもしれないから』
結局、そう書いて見せると、レネは納得してくれたらしく頷いてくれた。
「じゃあ、僕はちょっとお暇するので、レネ、ライラをどうぞよろしく……」
僕は一旦席を外しますね、という旨を書いて伝えると、レネは頼もしい顔で頷いてくれて、また、布団の中へともそもそ戻っていった。
……潜っていて息苦しくないんだろうか。そういえばおひさまぽかぽか地区で寝る時も、頭まですっぽり寝袋に潜る夜の国の人は多かったようだけれど、これ、夜の国の人の習性なんだろうか。まあ、暑苦しくなってきたら出てくるかな。
ライラが起きた時のために、果物を切って冷やして準備しておくことにした。
ものを冷やすにはリアンの助けを借りるのが一番いい。ということで僕は一旦、ソレイラの学校へ。
……すると案の定、学校の隣に併設された郵便局で仕分け作業をしている子供達と、子供達に住所の読み方を教えているリアンが居たので、早速相談。
「ねえ、リアン。氷の精を一匹借りたいんだけれど、いいだろうか」
「いいけど。何か冷やさなきゃいけないもの、あった?」
「ライラに食べさせる果物。切ったのでちょっと冷やしてほしいんだ」
説明するとリアンが首を傾げたので、改めて、ライラが風邪を引いてしまった旨を伝える。するとリアンは『ライラ姉ちゃんが!?』と驚いていた。確かに、ライラはあんまり、風邪を引く印象がないかもしれない。
「まあ、そういうことなら……ほら」
僕がカットフルーツの入ったタッパーを差し出すと、そこに氷の小鳥が飛んできて、ぴいぴいと鳴きながらくるくる、とタッパーの上を飛んで……きゅっ、とタッパーが冷える。小鳥の形をしているからって侮れない。氷の精達はこうして、あっという間にものを冷やしてしまえるんだ。
「何かバスケットとか、ねえの?内側、凍らせとくからさ」
「ありがとう。描いて出すね」
更に、リアンの申し出にありがたく乗っからせてもらう。バスケットを描いて出したら、そこに氷の小鳥達がもそもそ入り込んで、巣作りする。
氷の小鳥の巣は、氷でできている。リアンが持ってきた水を餌にしつつ、どんどんバスケットの内側に氷の層を生み出していって、数分後には小さな氷室が出来上がっていた。これはいいね。ちょっと置いておいても、そうそう中身がぬるくならない。
「後で俺もお見舞い、行くから」
「うん。ライラに伝えておくね。きっと喜ぶよ」
リアンから氷のバスケットを受け取って、中にタッパーを収めつつ、ライラの顔を思い浮かべる。……折角の風邪引きなのだから、誰かがお見舞いに来る、っていうイベントもあった方が楽しめると思う。ライラは間違いなく、そういうのを楽しむタイプ。間違いない。ライラはそういうところ、先生に似ているので!
「ちなみに今、ライラ姉ちゃん、どうしてる?」
「レネを抱き枕にしてベッドに潜ってる」
「成程なー」
リアンのちょっと呆れたような面白がるような表情を見つつ、僕は早速、フルーツをライラの家へ運ぶことにした。
郵便局から出ると、やっぱりまだ外は雨。
銀の糸が降り注ぐようで、ぼんやりと白く煙って遠くの景色がよく見えなくて、この森全体がベールに包まれているような、そんな優しい景色だ。ライラが描きたくなっちゃう気持ちは分かるし、僕も描きたくなってきた。よし、描こう。
この、春先の、木の芽がふっくら膨らんで、綻んで、柔らかい若葉が顔を出す季節。まだまだ緑より茶色や黒が多いような中、それでもどこか温かみを感じる風景。つくづく、綺麗だなあ、と思う。
それから、雨と灯りって本当に相性がいいよね。ソレイラには木と木の間に蔓が渡してあるわけで、その蔓にはほやんと光を灯す木の実が生っているわけなのだけれど、まるで提灯のように連なって実る木の実の光が雨に反射して、それはそれは綺麗なんだ。光の周りだけ雨がよく見えて、面白い。僕は雨の日はついつい、こういう街灯を見ちゃうタイプです。
雨の日のソレイラの景色を描いていたら、色々な人がすれ違いざまに挨拶してくれた。
ぽかぽか食堂のご主人は、蕪が足りなくなってご近所に買いに行っていたんですよ、なんて話してくれたし。おひさまベーカリーの奥さんは、最近うちの子が妖精公園でよく遊ばせてもらってます、なんて話してくれたし。……ソレイラの人達には幸せであってほしいから、こうして話しかけてくれて、ちょっと幸せそうな様子が見られると安心する。
それから、八百屋さんのところで馬が自分達の羽とタケノコと引き換えに人参をたっぷり買い込んでいる様子を見つけたり。妖精達が道端の花の蕾の中で雨宿りながらにこにこしているのを見つけたり。
……のんびりソレイラの町を歩くと、色々な発見がある。美しいものも愛おしいものも、たくさん見つかる。これだから、描きたくなっちゃうんだよなあ。
ライラの家に戻ったら、ライラの部屋の窓から鳥が首を突っ込んでいた。……なんとなくいつもの仕返しのつもりで、外から、もすっ、とお尻のあたりをつついてやる。すると鳥はびっくりしたらしく、ぶるぶるぶる!とお尻を震わせて、すぽん、と首を窓から引っこ抜いて、その場でじたじたとステップを踏んで……。
……キュン、と抗議めいた鳴き声を上げて、じとっ、と僕を見た。偶にはいいだろ、僕が君をちょっといじめることがあったってさ。
鳥にはひんやり冷えたカットフルーツを1つ分けてあげることで埋め合わせとして、早速、家の中へ。
まだ寝ていたら起こすのは悪いから、そっと、音を立てないように歩く。……すると、レネとライラの話し声が聞こえてきたから忍び足じゃなく、普通に歩いてライラの部屋へ。
「お邪魔します。小腹は空きませんか?」
「空いたわ!」
「しゅいたー!」
ベッドの中、くっつきあってぬくぬくやっていたらしいライラとレネは、元気よく返事をしてくれた。ならばよし。
「はい、果物です。どうぞ」
「へえ、気が利くじゃない……わ、これ、すごい。冷えてる」
「わにゃ?……れしゃっ!」
ひんやり冷えたカットフルーツのタッパーを出して蓋を開けたら、フルーツよりもバスケットに注目されてしまった。それはリアンと氷の小鳥達の作だよ。
ひんやりするわね、れしゃれしゃ、なんてライラとレネが話している横で、僕は『そういえばフォーク持ってくるの忘れた』ということに気づいて、慌ててフォークを描いて出して、提供。
そうしたらライラとレネは仲良くフルーツを食べ始めたので、僕もちょっとお相伴に与る。冷やした方が甘い果物とそうじゃない果物がある、ってこの間先生に教えてもらったので、冷やすと甘くなる果物を選んで持ってきたんだよ。なのでブドウと洋梨とキウイフルーツ。
……というようにフルーツを食べつつ、僕がさっき描いてきた雨のソレイラの絵を見せたり、絵について意見を貰ったりしつつ過ごしていたところ。
「ライラねーちゃーん。元気?お見舞いに来たぜー」
ひょこ、とリアンが顔を覗かせた。その手には、僕にやってくれたみたいに内側が凍り付いたバスケット。
「あら、リアン。いらっしゃい!わー、お見舞いなんて、私、まるで病人みたい!」
「まるで、じゃなくて君、病人だよ!」
案の定、ライラはお見舞いに人が来る、っていう状況を楽しんでいるらしい。こうなるって思ってたよ。
「ライラ姉ちゃん、楽しんでるなー」
「ふっふっふ、そりゃあね!風邪引いちゃったんならせめて楽しくなきゃ、割に合わないじゃないのよ!」
ライラのこういう極めて前向きなところ、いいと思う。僕も見習いたい。僕はちょっと、後ろ向きなところが多いので……。
「で、これ。お土産。クロアさんとカーネリアと妖精達も手伝ってくれた」
それからリアンは、バスケットから器を出して僕らに配ってくれた。そこにあったのは、オレンジのジェラート。果肉ごとすり潰して滑らかにしたオレンジに月の光の蜜を合わせてちょっと煮詰めて、それを細かく細かく凍らせて滑らかに仕上げた冷たいお菓子だ。
一さじ掬って口に入れると、滑らかに冷たさが解けていって、甘酸っぱさと柑橘のいい香りとが口いっぱいに広がる。月の光の蜜はちょっとレモンみたいな爽やかさがあるから、柑橘系のお菓子によく合うね。
「風の魔法で果肉を滑らかに潰してくれたのがクロアさん。月の光の蜜と混ぜて煮詰めたのがカーネリア。で、凍らせたのが俺!」
「へえ、合作かあ。そりゃ美味しい訳よね。……ちなみに妖精達はどこで手伝ってくれたのよ」
「主に味見」
「あっははは、やっぱりねえ」
「いや、一応、オレンジの皮剥いたりもしてくれたけどさ。……あ、これ美味いじゃん。店で出そうかな……」
妖精達もさぞかし楽しくやっていたんだろうなあ、と思いつつ、ジェラートをまた一口。これ、美味しいなあ。お店で出るようになったら嬉しい。
それからリアンも含めて4人でトランプで遊んだ。……レネは何でもすぐに表情に出るので、ババ抜きだとものすごく弱かった。けれどその一方、スピードだとものすごく強かった!流石はドラゴン!
ババ抜きや大富豪が得意なのはライラ。何故かポーカーが上手いのがリアン。……リアンについては、いかさまをしていたのが後で分かったんだけれど。うーん、そこも含めて、流石だなあ。
……ちなみに僕は、こういう勝負ごとになるとあんまり強くない。強いて言うなら、神経衰弱は得意だよ。ただ、駆け引きとか運の勝負とかがあんまり強くないものだから……うーん。少し悔しい。
そうして遊んだら夜ご飯の準備に取り掛かる。
ライラとレネにはまた寝ていてもらって、僕とリアンでご飯の支度。
「よーく煮込んだ野菜のスープがいいと思うんだよな」
「そうだね。後は、油っ気の少ない、消化のよさそうな物を中心に……風邪の時にはビタミンCがたくさん要るかな。デザートにオレンジのジュース、出そうか」
「びたみん……あー、ウヌキ先生が教えてくれたやつ!それが無いと人間は死ぬんだよな!」
「あ、うん。まあ、そうだね……ビタミンCが無くなると壊血病になっちゃうから。まあ、1日2日の風邪じゃ、そこまではいかないだろうけれど……」
晩御飯のメニューを決めつつ、リアンの話を聞いて、彼が色々なことを学んでいるんだって分かって少し嬉しくなる。こういうことも学校でやってるんだなあ。確かに、この世界の人達、あんまり栄養学というものを気にしていないらしいので、そこら辺を勉強しておくのは大事だと思う。
「じゃあびたみんしーがいっぱいの食い物、沢山出さなきゃな。ライラ姉ちゃんには早くよくなってほしいし」
「そうだね。じゃあ、じゃがいも蒸かそう。じゃがいもなら果物と被らない」
ビタミンC、ビタミンC、と考えながらメニューを決めていく。ええと、ライラは蒸かしたじゃがいもに醤油掛けて食べるの、好きなんだよ。魔王が先生の家から醤油を持ち込んで、クッキーにお醤油を塗って焼いておせんべを再現しようとしてあえなく失敗していたんだけれど、その経緯でこの森には醤油が持ち込まれたんだ。
僕のいない間に先生がライラに醤油の使い方をレクチャーしたらしくて、それ以来、ライラは蒸かしたじゃがいもに醤油を少し垂らして食べるのが気に入っているんだそうだ。バター乗っけても美味しいと思うよ。いや、風邪引きの人にはあまり脂は食べさせたくないから、今回は無しにしよう……。
ということで、晩御飯ができた。
主食はじゃがいも。お醤油をかけて食べる。あと、誘惑に負けてバターも用意してしまいました。ライラは適量を守ってご利用ください……。
それから、キャベツや人参や玉ねぎなんかをベーコンと一緒に刻んで炒めてよく煮込んだスープ。そして脂の少ない鶏ひき肉で作った煮込みハンバーグ。風邪引きの人には重たい食事かとも思ったのだけれど、ライラ、もうすっかり元気になっているらしく、『何食べたい?』って聞いたら『お肉!』って返ってきたので。
……ということで、そういう晩御飯を作って、食べる。晩御飯は子供達も一緒ということで、妖精の国でのお勤めが終わったアンジェと学校で元気に先生を質問攻めにして降参させてきたらしいカーネリアちゃんも加わって、賑やかな食卓となった。
……そして、更に。
「……ライラ。入っていいか?」
こんこん、とドアをノックする音の後、聞こえてきたのは……ルギュロスさんの声だ!
「どうぞー!」
ライラがにこにこ……というよりは、にんまりしながら返事をすると……ドアが開いて、そこから、小さな花束を持ったルギュロスさんが顔を覗かせて……僕らが居るのを見て、『タイミングを見誤った』みたいな顔をした!
「いらっしゃい、ルギュロスさん!さあどうぞ!晩御飯がまだなら一緒に食べよう」
「ルギュロス、ライラ姉ちゃんの見舞いか?」
「わにゃ?……にゃ!きれーい!」
僕は早速、ルギュロスさんの分もご飯を準備する。リアンがルギュロスさんを席に案内して、レネはルギュロスさんが持ってきた花束を早速、花瓶に生け始める。香りの強くない花だから、食卓に飾っても大丈夫そうだ。ルギュロスさん、気が利くなあ。
「……私が来る必要は無かったようだな」
「何言ってるのよ。私は嬉しいわ。お見舞い、どうもありがとう」
もじもじそわそわしているルギュロスさんにライラがにっこりすると、ルギュロスさんは食卓や僕らを見回して……少し訝し気な顔をした。
「ソレイラでは病人が出るとパーティでも開くのか?」
それを聞いたライラは、僕と顔を見合わせて、にっ、と笑うと……。
「そうよ!風邪引いちゃった分は楽しいこと、取り返さなきゃね!」
元気にそう答えるのだった。これでこそライラだ!
「全く、強かな召喚主だ……」
ルギュロスさんは小さくため息を吐くと、大人しく席に着いた。よし!一緒にパーティだ!