おひさまぽかぽか地区視察記*5
ということで、翌週。綺麗な有明月の夜。
「とうごー!」
「あっ!レネ、いらっしゃい!……夜の国の皆さんも!ようこそ、昼の国へ!」
おひさまぽかぽか地区近くの仮設祭壇から、ぞろぞろと夜の国の人達がやって来る。捏ねた粘土で作った人形みたいな人も居るし、タルクさんみたいな形の人も居る。夜の国の人達は個性的だなあ。
また、一団の中には竜王様の姿もあって、彼は祭壇から降りて昼の国の土を踏んだ瞬間から既に「ふりゃ……」と顔を綻ばせている。お喜びいただけて何よりです!
『協力者を募って連れてきました!お世話になります!』
『本当にどうもありがとう、レネ!お互い、よい実験にしましょう!』
僕とレネはお互いに筆談で会話すると笑い合う。その様子を見て、夜の国の人達はなんとなくにこにこしている、気がする。……多分、レネは夜の国でも愛されているんだと思う。そのレネがにこにこしていると、夜の国の人達、ついにこにこしちゃうんじゃないかな。
『今回の人数は120名となった。当初の予定よりも増えてしまったのだが、問題ないだろうか』
『大丈夫です。テントも食事も、余裕をもって準備してありますから』
そして竜王様ともちょっと会話して……夜の国の人達を見る。
夜の国の人達、確かに多いなあ。120人もの夜の国の人、となると、結構すごい眺めだ。
「えー……では、移動しましょう。ここからちょっと歩きます。荒れ地なので足元に気を付けてくださいね」
この人達がぞろぞろと歩く姿を外から眺めていたら、きっとすごく面白いんだろうなあ。……描きたいなあ。
さて。こうして僕らはおひさまぽかぽか地区へと移動する。
人ならざる見た目の人達がぞろぞろと月明かりの下を歩く。夜の国の人達は、粘土をこねて作った人形みたいな姿の人も居るし、つるんとした陶器みたいな人も居る。タルクさんみたいに形が無い人も居れば、どろっとした黒い影みたいなものでできた人も居て、まあ……個性豊かな見た目をしているんだ。
「夜の国の人達っておもしれえなあ。いろんな格好の人が居てさ」
「うん。僕もそう思う。あと、描きたくなる」
今も僕らの後ろをぞろぞろとついてくる夜の国の人達は、なんというか、非現実感を纏っているというか……とにかく不思議な眺めなんだよ。彼らが生き物だっていうことだけでも結構驚きの見た目だし、それが120人も、となると余計に迫力がある。
「トウゴの世界もそうだけどよ、異世界って面白いな!」
「うん!」
フェイの、現実も異世界の異世界もごちゃ混ぜな感想を聞いてなんとなく嬉しくなる。そうだよね。異世界って、面白いんだよ。
「とうご、とうご!」
そうして僕とフェイが話していたら、後ろからぱたぱた走ってきたレネが追い付いてくる。さっきまで竜王様と色々打ち合わせをしていたらしいんだけれど、それが終わったらしい。
「……いー?」
レネは僕の隣にやってくると、僕の手を、そっと、遠慮がちにつついた。
「もしかして、こう?」
この間空を飛んだ時も手を繋いで飛んだらレネはご機嫌だったし、つまりこういうことかな、と思いつつレネの手を握ると……レネは、それはそれは嬉しそうな顔で頷いて、僕の手を握り返す。
「ふりゃ!」
「うん。僕もふりゃ!」
繋いだ手が温かい。隣を歩く、夜の国の友人の存在がとても嬉しい。共に歩いて、より良い未来へ向かっていこうとしている、今がとても楽しい!
「いいなー、俺も混ぜてくれ!」
「わ、わにゃ!?」
そしてフェイは、レネのもう片方の手を握った。レネはびっくりしていた様子だったけれど、やがてにっこりして、「ふりゃふりゃ!」とご機嫌な様子でまた歩き出す。両手がぬくぬくしていいかんじなのか、それともフェイと手を繋いでいるのが嬉しいのか、レネは随分と幸せそうな笑顔だ。
……これ、『両手にふりゃ』というやつなのかもしれない。
そうして僕らはぞろぞろと百鬼夜行めいた行進を続けて、おひさまぽかぽか地区へと入った。
夜だということもあって、農夫の人達は外に出ていない。もう寝ているんだと思う。けれど、1人だけ、外で待機している人が居る。……アージェントさんだ。
「これはこれは……」
アージェントさんは未知なるものを大量に見たからか、表情を引き攣らせつつ出迎えてくれた。
「アージェントさん。こんばんは。こちらが夜の国の人達です」
僕が紹介すると、レネが「にーせてぃ、みゅ!」と挨拶をして、ぺこんとお辞儀。それを見て、夜の国の人達はぞろぞろと、お辞儀し始めた。中々にすごい眺めだ……。
「……奴らは、魔物なのか?」
「……さあ。まあ、我々とは違う生き物なのだろうがな。そもそも何をもってして魔物というのかなど誰にも分からんだろう。言ってしまえば、私とて魔物だぞ、伯父上」
アージェントさんはこっそり、ルギュロスさんに尋ねていたけれど、ルギュロスさんはちょっと冷たくそうあしらっていた。恨みは忘れないぞ、ということらしい。
「ではアージェントさん。夜の国の人達にはもう配置についてもらおうと思うんですが、いいですか?」
「あ、ああ……好きにするといい。王家が勝手に実験をするというなら好きにすればいい。私が関与するわけでもない」
アージェントさんは少しだけ調子を取り戻して嫌味らしいことを言ってきたけれど、まあ、要は『気にせずゆっくりしていってね』っていうことだと思うので、僕は早速、夜の国の人達に呼びかける。
「ここからちょっと歩いて進みます!皆さんの寝泊まりのテントがありますので、そこまでついてきてください!」
呼びかけつつ、同じ内容を書いたスケッチブックを見せる。するとそれを見たレネが頷いて、翻訳してくれた。
「えーびゃ、ふりょーみゅー!」
すると、僕とレネとフェイが先導するのに合わせて、夜の国の人達がぞろぞろとついてくる。こうして僕らの奇妙な列は、おひさまぽかぽか地区入りを果たしてまた移動を始めた!
テントは1つの線の上に設置してある。この線は、フェイとルギュロスさんがアージェントさんにああだこうだ言いながら作った、霊脈復活予定地のライン、ということになる。
霊脈が出来上がって欲しい線上にテントを並べて、そこで夜の国の人々に寝泊りしてもらうことで、この線上の魔力を減らして周囲の土地からの魔力流入、ないしは霊脈の復活を目指す、というわけだ。
「夜の国の人がどれぐらい魔力を吸うのかっつうことと、吸われた魔力がどれぐらい流入してきてくれんのかっつうことと、まあ、色々見たいところはあるよな」
「このような大規模な魔法の実験は中々ありませんからね。城の魔導士に話したら興味を示していましたよ」
フェイとラージュ姫はそんな話をしている。フェイは元々こういうの大好きだし、ラージュ姫も興味があるみたいだし、2人とも楽しそうだ。……そもそも2人とも、割とお祭りとか、非日常的なことが好きなタイプか。じゃあ当然楽しいわけだよね。
「全く、準備もそこそこにさっさとこのような実験を始めるとはな……危険が何もないわけではあるまいに」
「お前は慎重派だよなあ」
「お前達より賢いと言ってもらおうか」
そしてルギュロスさんは慎重派なので、ちょっと心配そうにしている。初めての試みを、あんまり検討を重ねずに『とりあえず実験してみようか!』って始めているので、不安になる気持ちは分かるよ。
「でもよー、ほら、夜の国の人達、見てみろよ。さっきからずっとふりゃふりゃ言ってる」
「見ずとも分かる」
それぞれのテントに入っていく夜の国の人達は、ふりゃふりゃ言っている。……昼の国の春の夜は、夜の国よりもあったかいらしい。或いは、光の魔力が満ちているから余計に、っていうことなのかな。
「人に喜んでもらえるのは嬉しいよなあ」
フェイがにこにこしながらそう言うと、ルギュロスさんは肯定も否定もせず、ため息を吐いた。まあ、つまり、肯定ってことだと思うよ。
さて。そうして夜の国の人達がそれぞれのテントに入って、ランプの使い方や寝袋、ご飯の時間なんかについて説明して回って、早速、夕食……というかお夜食を配っていく。
メニューは、ふんわり甘い蒸しパンとスープ、そして日向菊のお茶だ。
……なので、まあ、どうなるかは、僕ら、分かってたんだけれど。分かってたんだけどさ。
「ふりゃー!」
「ふりゃふりゃ!」
「ふっりゃー!りりふりゃ!」
「いりー、ろーろるれみぇすてりゃ!」
「ふーりゃー!」
テントの列が、光って一筋の光の線に見えるようになっている。
何故って……夜の国の人達が日向菊のお茶を飲んで、発光してるからだよ!
「すっげえふりゃふりゃ言ってるな」
「うん」
発光する夜の国の人達の姿を見て、僕らはなんとなく幸せな気持ちになる。ふんわりぽかぽか、温まって喜んでついでに光っている、っていう人達を見るのはこっちまで幸せな気持ちになれるものだね。
「とうごー!ふりゃ!ふりゃ!」
レネも発光しながら跳ねるようにやってきて、きゅ、と僕にくっついた。気分が高揚しているらしい。そりゃあそうだろうなあ。夜の国の人達と直接関係のない僕らが彼らを見て幸せな気持ちになれているんだから、夜の国の人であるレネからしたら、仲間達の幸せそうな顔を見て、とてもとても幸せな気持ちになれているんだろうし。
今、レネの隣でのんびり日向菊のお茶を飲んでいる竜王様も、心なしか穏やかな表情だ。
「ふりゃー……。れね、れね。じーてーあいー、りり、めいじあ。わにゃじーなーみぇ?」
「じー?……ひにゃにゃいく!」
「ひにゃにゃいく」
「いー!ひにゃにゃいく!」
竜王様は何か、日向菊のお茶が気に入ったのか、レネとお茶のカップ片手に話している。……あの、これは日向菊のお茶であって、ひにゃにゃいくでは……いや、もうひにゃにゃいくでいいか。
『このように素晴らしいもてなしをして頂き、本当にありがとう。夜の国の者を代表して御礼申し上げる』
やがて、竜王様がそう書いて見せてくれた。
『いいえ。こちらこそ、霊脈の復活にご協力いただきましてありがとうございます』
なので僕もそう書いて見せる。それから僕らは笑い合って、ついでに日向菊のお茶のおかわりはいかがですか、と勧めて、また竜王様が光って、レネも光って……。
「……夜の国の生き物は、夜になると発光するのかね?」
「いや違う違う。光の魔力を一定以上に摂取すると光るらしいぜ」
そしてそんな僕らの後ろで、アージェントさんがものすごく訝し気な顔をしていて、フェイが解説していた。まあ、アージェントさんからしてみると、発光する人たちの姿は馴染みが無いんだろうなあ。
……いや、アージェントさんじゃなくても、あんまり馴染みが無い気がするけれど……。
「夜明けになって太陽の光を浴びたら、彼ら、今よりもっと喜びますよ」
「……だから何だというのだね」
「特にどうというわけでもないですけれど」
アージェントさんは僕の言葉に訝し気な顔をしていたけれど、まあ、下手に取り繕って興味も無いのに興味のあるふりをされるよりは、こういう顔をされる方がいいかな、と思う。
多分……多分、ちょっとだけ、アージェントさんが僕らに近づいた、というか。僕らがアージェントさんに近づいた、というか。そういうのの結果の、アージェントさんのこの遠慮のない対応なんだと思うから。
「ほら、夜が明けますよ」
僕が示す先、地平線が山に彩られて黒くシルエットを描き出す後ろで、濃紺の空がほんのりと群青に、薄紅に、そして朝陽の金色に色づいていく。それを見て夜の国の人達も歓声を上げている。
曙色、って綺麗だなあ、なんて思いながらちょっとアージェントさんを見てみると、彼は表情を変えるでもなく、じっと空の端っこを見つめていた。
……アージェントさんと同じものを感じたいとは思わないし、アージェントさんに僕らと同じものを感じてほしいなんて言わないけれど。
でも、こういう空を見て、美しい、と思ってくれていたらいいなあ、とだけ、思った。