おひさまぽかぽか地区視察記*3
さて。
ニムオンさんから存分にアージェントさんのアピールを聞いたら、早速視察らしい視察を始めることになった。
「こちらの区画はとにかく食糧を生産することを優先している。売り上げは考えていない。魔力の枯れた土地で農産物から利益を生もうと考えるのは余りにも愚かだ」
アージェントさんに案内されつつ見ているのは、農地だ。
……というか、おひさまぽかぽか地区には、現状、ほぼ農地しかない。入植者第一団がやってきて、ひとまず食べ物を生産して、人がここで働く基盤を整えよう、というところからのスタートだから。
「よって、主な作物は芋だ。理由は分かるかね、ラージュ王女」
「収穫までが早いから、ということでしょうか?痩せた土地でも比較的容易に育つ、という理由も挙げられるでしょうか」
ラージュ姫が答えると、アージェントさんは少しつまらなさそうに頷いた。まあ、それくらいなら僕だって分かる。ラージュ姫は王女様だけれど、農民の暮らしを知らないなんてことは無いんだよ。何せ彼女、ソレイラの様子をよく見ているので。
「芋でいいのか?芋だと確かに育ちが早いけどよ、貯蔵が利かねえんじゃねえの?」
「貯蔵できる程の生産はそもそも見込めん。レッドガルドのご子息は痩せた土地というものを知らないと見える」
「そりゃな。こちとら精霊様のお膝元、ソレイラを有する領だもんで」
アージェントさんの皮肉にもめげずに僕とフェイが肩を組んでアージェントさんを見つめると、アージェントさんはものすごく嫌そうな顔をした。どうだ、すごいだろう。
「芋が収穫できるようになるまでの食糧は王家の備蓄の麦を出させて賄っている。そして芋が収穫できる頃には入植者の次の団体がやってきて、麦の生産と芋の二度目の作付けが始まる。そして一度目の芋が尽きる前に二度目の芋が収穫でき、その芋が尽きる前に麦が採れるようになる算段だ」
「麦を加工するための設備はどうするんですか?」
「そんなものは考えていない。脱穀だけして、残りは押し麦にでもして食糧とすればいい」
す、すごいな。効率最重視、っていうかんじだ。栄養学の観点からも物申したいところだなあ。お芋と麦だけだと人は生きていけないと思う。ほぼエネルギーしか取れない組み合わせだよ、それ。
「ちなみに主食以外の作物って……」
「王家に支援させる。一年の支援程度は当然の権利だろう。この枯れた土地の再開拓は、いわば王家の尻拭いなのだからな」
「巡り巡ってはあなたの尻拭いでもあるのですが……」
……まあ、アージェントさんらしいやり方、といえばそうなのかな。王家の支援が得られる間にとりあえず主食だけは確保して、人口を支えるエネルギー量を生産する下地だけ作っておきたい、っていうことなんだろう。
「伯父上。最終的な算段はどうなっている。ここは工業都市になるのか?」
「ああ。農作は必要最小限とするしかない。効率が悪いと分かっているものに労力を割くのは馬鹿げている。最終的には全ての食料を他の土地からの輸入に任せ、他の土地から運び入れた資源を加工する産業中心の場となるだろう」
「成程なあ。これ、独立した1つの領地だったら相当な賭けだけどよー、ここ、王家直轄領だもんなあ。最悪の場合でも食料の輸出を渋られることはねえから、安心して食料生産を捨てられる、って訳かぁ」
食料自給率0%って相当怖いことだと思うんだけれど、最悪の場合は王都におんぶにだっこ、っていう開き直り方をしているらしい。まあ、これはこれであり、なのかな……。
「そういうことだ。この土地は食料生産の道を捨てている。今から他の土地で食糧の増産を進めておくことだ、ラージュ王女よ」
アージェントさんは『嫌がらせをしてやったぞ』みたいな顔でにんまりとラージュ姫を見る。すると。
「成程。ではそのようにしておきましょう」
ラージュ姫はあっさりと頷いた。……あっさりしすぎていて、アージェントさんは肩透かしを食らったような顔をしている。
「ところで、現時点での問題は何かありますか?国からの支援がより必要なようでしたら、手配しますが」
更にラージュ姫がこういう態度を取るものだから、アージェントさん、面食らっていた。……多分、彼の予想では、もっと冷遇されて、もっと王家と喧嘩するような具合だったんじゃないかな。
「何故そのような申し出を?」
「ここが王家直轄領だからですが……?」
そしてラージュ姫はラージュ姫で、不思議そうに首を傾げている。
……そう。アージェントさんはそういう感覚、あんまり無いんだと思うし、分かっていたとしてもそれは王家との交渉の材料としての方便、くらいにしか思っていなかったんだと思うけれど。
ここ、『おひさまぽかぽか地区』は王家直轄領であって、王家の土地なんだよ。だから王家はここを支援して、ここの生産効率を上げたい。それは王家の利益になるし、王国に住んでいる人達の生活を豊かにすることに繋がるから。
成果を競っているわけではないし、なんなら、互いに手を取り合って同じく利益を求める味方同士なんだよ。……アージェントさんは『成果は出しつつ、あわよくば王家の足を引っ張ってやろう』とか考えてるんだろうけれど。
「この土地をより良くすることは、私の願いでもあります。この土地への投資は将来必ず、国全体へ返ってくる。そう信じているからこそ、支援を惜しむことはありませんよ」
ラージュ姫がそう言うと、アージェントさんはそれを鼻で笑った。
「随分と分の悪い賭けに賭けたものだな。あなたも為政者だというのならもう少し慎重になった方がいい」
「そうでしょうか?……まあ、お言葉は受け取っておきます」
アージェントさんからしてみれば、『簡単に自分を信用するなんて馬鹿げている』というところなのだろう。彼がラージュ姫の立場に立って考えた時にそういう結論になるのは、まあ、間違ってはないと思う。アージェントさんはアージェントさん自身のことを、あんまり信用していないのかもしれないから。
「では改めて。現状での問題があれば言ってください」
けれども、ラージュ姫含めてこの国は、アージェントさんを処刑するんじゃなくて、おひさまぽかぽか地区送りにする、っていうことを決めたんだよ、アージェントさん。
……ということで、改めてラージュ姫に問われたアージェントさんは。
「……馬鹿だったことだ」
そう、答えた。
「農民が……私の想定以上に、馬鹿だった」
……な、成程。そっか。ええと……うん。
「奴らは学ぶ機会が無かったからこそ馬鹿なのだと思ったが、学ぶということをしなかった人間は、学ぶことができなくなっていくのだな。……想像以上だった」
アージェントさんは悔しそうにそう言った。多分、自分の想定が甘かったことが悔しいんだと思う。多分、計画通りに行かないことより、上手くいかない計画を立ててしまったことを悔しがってる。
「最終的に、農業を工業へと転換する必要がある。よって、農夫に職業訓練を積ませて諸加工業をさせるつもりでいた。だが、農夫共が予想以上に愚かでな……」
……僕らの脳裏に、ニムオンさんの笑顔が浮かぶ。まあ、確かにあの人、農業向きっていうかんじがある、というか……農業以外への適性があんまりなさそう、というか……うん。いや、でも、アージェントさんのカウンセラーみたいな効果は絶対に狙えると思うんだけれど……うーん。
「……そこで、全くの無駄ではあるが……霊脈の復活を、計画することになった」
「あら、素敵」
アージェントさんの苦り切った表情とは逆に、ラージュ姫は顔を輝かせているし、僕が適宜翻訳しているものを見ているレネも目を輝かせている。特にレネにとっては一番知りたいところだろうしなあ。
「とうごー、とうごー」
そしてレネは僕を呼びながら『具体的な霊脈の復活方法を知りたいです!聞いてください!』とスケッチブックに書いて見せてきたので、僕は早速、アージェントさんに尋ねる。
「霊脈の復活というと、具体的にはどういうことをするんですか?」
僕が尋ねて、僕の横でレネがきらきらした目を向けてアージェントさんを見つめていると、アージェントさんはなんとなくやりづらいような顔をしつつ、答えてくれた。
「今、農地には屑魔石を混ぜた場所と混ぜない場所を作ってある。ひとまず魔力の量に差を設けて、魔力が流れるようにしている。魔力の流れが生じれば、やがて他の霊脈からも魔力が流れ込んでくるようになるだろうからな」
成程……魔力って確かに、多いところに寄ってくるし、多いところから少ないところへ流れる、と思う。森としてはそういう実感がある、というか。なので、畑を作るついでに魔力の多いところと少ないところを作って疑似的な霊脈にする、っていうのは納得がいく話だ。
「だが、あまりにも非効率的だ。このようなやり方では十年以上の年月がかかる。端から農業を捨てる方が余程いい」
……納得がいくと同時に、まあそうだろうな、とこっちも納得。
屑魔石の有無程度で生じる魔力の差って、大したことは無いんだよ。だから本当に、ほんのちょっと、霊脈の真似事をしている土地があるだけ、というか……そこが本当に霊脈になるのに何十年もかかるだろうし、効率が悪い、というのは大いに分かる。何と言っても僕ら、霊脈を作ろうとしたことがある人達なので……。
「一応、芋を2種類作っている。魔力の吸収が速い品種と、ほとんど魔力を必要としない品種だ。魔力を吸う芋を魔石の無い土地に植えて、魔石を混ぜ込んだ土地から魔力を吸うように仕向けている」
「成程なあ。魔力の量を増やすってのは無理があるから、魔力の流れだけはなんとか作っておこう、ってかんじか。そうすりゃ、後は自然に他所から魔力が流れてきて、その内でっかい流れになるもんな」
フェイは頷きつつ楽しげだ。こういうの、フェイ、好きだよね。僕もちょっと好きだよ。
……というように、まあ、今の農地の工夫を色々と聞いた。
畑の形は魔法の紋様になるようにある程度整えている、とか。畑の深く深く底の方にちょっと大きめの魔石を埋め込んであるから霊脈づくりに多少貢献するだろうとか。芋の畑には一緒に食用じゃない植物を植えてあるんだけれど、それは根っこが強くて、屑魔石を砕いて魔力を土に流す役割を果たす植物だ、とか。
そこかしこに色々な工夫があって、成程、ラージュ姫がここの管理にアージェントさんを充てたのはいい判断だったなあ、と思う。
ただ、アージェントさんとしては、あんまり居心地が良くない、のかもしれない。
「使えん人材というものは、つくづく邪魔だ」
「まあその通りだな」
アージェントさんとルギュロスさんが頷き合っている。
……まあ、さっきの『農夫が馬鹿だった』の話なんだろうけれども。
「そういう言い方するもんじゃねえって。なあルギュロス」
「そうだな。まあ本人達に直接言うことではないだろう。わざわざ意欲を削ぐ必要は無い」
フェイがちょっと困った顔でルギュロスさんに同意を求めると、ルギュロスさんは珍しくも、フェイに対して頷いて……。
「だが、事実だ。そして動かしようのない問題でもある」
……ばっさりいった。やっぱりルギュロスさんはルギュロスさんのようだ。まあ、これがこの人の持ち味なので……。
「農場が必要なくなった時点で農夫を解雇する、というのが現状最も良い方法だが……どうかね、ラージュ王女」
「入植者を募る時点で土地の供与を条件としていますので契約違反となりますね」
アージェントさんはラージュ姫の返答を聞いて苦い顔をしている。まあ、これがこの人の持ち味か……。
「いや、農夫が必要なくなるってどういう状況だよそれ。霊脈が復活すれば農地としてここ、使えるようになるんじゃねえの?」
「何十年先のことだと思っている。そしてその何十年かの間、農地を運営し続けるために割く資源。時間。土地。そういったものを考えれば、農地など端から作らず農業を捨てた方向へ特化した方が良いと分かるだろう」
「けど、この土地での農業の知識や経験の蓄積が無い状態を作っていいのか?せめてこの地区の分くらいは食料を生産できた方がいいだろ」
「今はまだ農民が自分の食い扶持を稼げばいいだけだが、その内ここは産業都市となる。どのみち、その人口を支えるだけの食料の生産など望めん。望もうとするならば、効率が悪すぎる」
フェイの言うことは分かるし、アージェントさんの言うことも分かる。要は、どこをゴールと見て運営するかの違いと、どのくらいまでのリスクを許容するのかの違いが両者の間にあるわけだけれど……。
僕はレネ向けに翻訳しつつ、レネと一緒に『難しい問題ですね』とあれこれ話して……。
「しかし人材が農業にしか使えんというなら、使うしかないだろう。土地も財産だが、人もまた財産、資源だ。資源は有効に使うに越したことは無い」
唐突に、ルギュロスさんがそう言った。
「農民を使おうとすることで資源が無駄になると言っているのだが?」
「多少の損をしてでもより大きな得を取る。或いは、より大きな損を避ける。まあ基本的な考え方ではあるが……多少の損すらしない手段があるならば、それが最適解だろう」
アージェントさんは不可解そうにルギュロスさんを見つめている。フェイと僕とレネは期待たっぷりにルギュロスさんを見つめている!
「要は、霊脈さえ復活すればよいのだろう?ならば簡単なことだ」
ルギュロスさんは僕らの視線を浴びて満足げな顔をすると、ちょっと勿体ぶって言葉を切る。(こういうところ例の鳥っぽいよね、この人。)
……そして。
「王女。私から提案だ。……この地区に支援を賜るというのであれば、技術支援を。霊脈復活についてはレッドガルド家が詳しいだろうからな。支援を王家から依頼してみては如何か」
そう、言ったのだった。




