おひさまぽかぽか地区視察記*1
『たんぽぽが生えた人の視察ですか?』
『いや、たんぽぽが生えた人が働いて魔力が枯れた土地を復活させようとしている場所の視察です』
ということで僕は早速夜の国へ。レネに話を持ち掛けてみたら、レネは目をきらきら輝かせて何度も頷いてくれた。
『とても興味があります!この国に光を取り戻すためにも必要なことです!是非、参加させてください!』
やっぱりレネも興味があるらしい。誘ってよかったなあ。
よし、これで、僕とフェイとレネの3人の視察になる。僕も存分に楽しみにさせてもらおう!
ということで、竜王様とも話をつけて、レネを数日間お借りすることの許可を貰って、レネを連れて昼の国へ戻る。
「うわ、レネ、やっぱり君、綺麗になったね」
「きれーい?……たきゅ!」
レネは以前の巣ごもりを経て、やっぱり綺麗になっている。陽の光の下で煌めく羽や角の綺麗なこと!
「あら?レネじゃない!うわー、なんか綺麗になったわね!」
「らいらー!たきゅ!……んゅ?わにゃ?わにゃーにゃー?」
そしてライラが早速レネを見つけて、ぎゅっとやっている。レネはライラにぎゅっとやられて何事かと思っていたらしいけれど、その内『ふりゃ』とにこにこご機嫌になってきた。よかったね。
その後、ライラにくっつかれた状態のレネが僕にくっついてきたので3人でふりゃふりゃやることになっていたらいつの間にやら大分巣から離れて勝手に行動するようになってきた鳥の子達がバサバサやってきて、僕らを囲んでおしくら鳥饅頭を始めた。極めてふりゃー。
そうしてふりゃふりゃやっていたらフェイがやってきたので出発。
移動手段は……フェイのレッドドラゴンに3人乗りする?なんて話もしていたのだけれど、レネが『トウゴと一緒に空を飛びたいです!』と提案してきたので、僕とレネはそれぞれ自力で飛んで、フェイがレッドドラゴンと一緒にそれを先導してくれる、という形になった。
「いってらっしゃーい」
「いってきまーす」
「いーにぇにまー?……いーにぇにまーしゅ!」
ライラに手を振って、僕とレネは空へ飛び立つ。レネの翼がふわりと広がって春風を受けてはためいて、それはそれは綺麗な眺めだった。どれぐらい綺麗だったかっていったら、そりゃもう、描きたくなるくらい。ついでに、見送ってくれたライラがサッとスケッチブックを出したぐらい。
「とうごー」
「うん。どうしたの?ええと、わにゃーにゃ?」
「ふふ……にゃーぷりゃ。……とうごー」
並んで空を飛びながら、レネはなんだか、にこにこ。僕の名前を呼んではなんだかうっとりと僕を見つめている。……一緒に空を飛ぶ仲間がいて楽しい、っていうことかな。レネ、夜の国には同じくらいの齢のドラゴンは居なかったみたいだし。
「お前ら、楽しそうだなー!」
「うん!楽しいよー!」
先を行くフェイがにこにこ嬉しそうに僕らを振り返って手を振る。僕とレネは揃って手を振り返しつつ、引き続きぱたぱた空を飛ぶ。
羽を動かして空を飛んで、空からの綺麗な景色を眺めて、時々レネとスケッチブックを使って話して、笑い合って……。
そうして僕らは王都へ到着。今日は王都で一泊して、明日、おひさまぽかぽか地区へ向かう予定だ。
「おひさまぽかぽか地区、結構遠いね」
「そうだなー、うちから王都までの倍ぐらいはかかるよな」
おひさまぽかぽか地区は、レッドガルド領から王都を挟んで反対側、っていうかんじだ。距離で言うと、グリンガルよりも更に遠い。……今、ソレイラに住んでいる人達の多くは、おひさまぽかぽか地区から来た人達だ。彼ら、遠いところから来てくれたんだなあ。
「ところでレネの羽と角は隠した方がいいか?」
さて、いざ王都に入るぞ、というところで、ふとフェイがそう、聞いてきた。まあ、確かに。レネは空を飛ぶために今、半ドラゴン形態になっている。僕は羽を畳んでシャツの中にしまい終えたところだけれど……。
……と思っていたら、レネは『大丈夫!すぐしまいます!』と書いて見せてくれて、それから……ふるんふるん、と頭を振ると、角がひょこ、と引っ込んだ。
更に、ふりふり、と羽を振ってもぞもぞすると、羽もひょこひょこ引っ込んでいく。
……そうしてレネはすっかり、人間形態に戻ってしまった。こうなっていたのか。おおー……。
僕とフェイは、両腕を広げて『完成!』というような顔をしているレネを前に、とりあえず拍手するのだった。
「ってことで、宿行こうぜ。宿。明日は早いからよー、しっかり休んでおかねえとな!」
王都の中に入った僕らは早速、宿へ向かう。最早、王都での別荘と言っても過言ではない程よく利用させてもらっているお宿へ向かって、そこで部屋を……あれ?
「フェイ。部屋、取らないの?」
フェイが受付で何か話をしつつ、お金のやりとりをした様子が無かったので不思議に思って聞いてみると。
「おう。もうルギュロスが部屋、取ってるからな」
……そういう答えが返ってきた。
まあ、そうだよね。当然、ルギュロスさんも、おひさまぽかぽか地区の視察、行くよね。
「よお、ルギュロス!元気か!?」
「煩い」
ルギュロスさんが取っておいてくれた部屋は、まあ、いつもの部屋だ。4つの個室がある部屋なので、僕ら4人で丁度いいね。
「ルギュロスさん、ちょっと久しぶりだね」
「そちらは相変わらずらしいな」
そしてルギュロスさん自身と僕とは、ちょっと久しぶり。彼、同窓会の時の後から、ずっと王都とアージェント領とに詰めていたらしいので。大変だなあ。
「でも今回の視察が終わったらまたちょっと休暇がとれるんだろ?」
「ああ。全く、私がアージェント家当主になるとなった途端、この仕事の増え様だ。休暇くらいまともに取れなければやっていられん」
ルギュロスさんはわざとらしくため息を吐いて……そして、ふと、不思議そうにレネを見た。
「……して、そちらは夜の国の親善大使殿、だったか?」
成程。ルギュロスさん、レネとはあんまり喋ったことないもんね。レネはにこにこ何か挨拶しながらお辞儀している。言葉はよく分からないながら、レネの仕草とにこにこ笑顔を見ていたルギュロスさんは『トウゴ・ウエソラの亜種か……』とよく分からないことを呟いていた。なんだ僕の亜種って。
「はい、ルギュロスさんもこれどうぞ」
とりあえず、翻訳機を描いて複製したらルギュロスさんの頭に乗せる。するとレネが早速、スケッチブックに『こんにちは。夜の国から来ました。レネです。よろしくお願いします』と書いてルギュロスさんに見せる。ルギュロスさんはその文字を見て、驚きに目を瞠っていた。初めて翻訳機を使った人の反応だ。新鮮。
それからレネとルギュロスさんがちょっとぎこちなく筆談でやり取りをしているのを眺めたら、適当なところで夕食を摂りに行く。今日はルギュロスさんが店を選んだので、ちょっと格式の高いお店だった。それでもルギュロスさんに言わせれば『庶民向け』ということらしいけれど。
レネはちょっと格式ばったお店だからか若干緊張しながら食べ始めていたのだけれど、その内その美味しさに輝かんばかりの笑顔を浮かべて、「うみゃ!」と簡潔な、いつぞやにライラに教わった言葉で喜びを表現していた。
実際、料理はとても美味しかったよ。魚の旨味たっぷりなのに臭みが全くない澄んだスープも、ちょっと甘酸っぱくフルーティなドレッシングのサラダも、じっくり焼いて甘みを引き出した根菜のローストも、よく煮込まれてとろとろになった牛脛肉も。あと、デザートに出てきた苺のケーキもすごく美味しかった。
食後のお茶を飲みながら、それはそれはもう、とろけるような笑顔で満足気なレネを見て、ルギュロスさんは……その、なんかちょっと、気圧されていた。『こんな生き物も居るのか……』みたいな顔をしている。いや、まあ、そうですよ。レネはこういうかわいい生き物なんです。
食べるだけ食べて満腹になったら宿に戻って……そしてちょっと予想していた通り、部屋割りはフェイ、ルギュロスさん、そして僕とレネ、で3部屋になった。
……レネはなんというか、僕と同じベッドで寝るのにすっかり慣れてしまっていて、何も疑問を抱かないらしいので……まあ、まだ春先で冷えるし、寒がりなレネにはゆたんぽが必要なのかもしれない。
ということで僕らはお風呂上りの髪をふわふわに乾かしてもらったら、フェイとルギュロスさんに挨拶してからベッドに入る。
『明日の視察、とても楽しみにしています!』とレネが書いて見せてきたので、僕も『僕もです。是非、ソレイラの守りの参考にしたい。それから、アージェントさんがどうなっているかもちょっと楽しみです。』と返す。
するとレネはちょっとくすくす笑いながら、『もし失礼なことを言ったら火を吹いてやる準備はできています!』と書いて見せてくれた。……ちょっと噛みつくくらいにしておいてあげてほしい!
さて。翌朝。僕とレネはほぼ同時に目を覚まして、なんだかまだとろとろした夢の中に半分浸かっているような気分のまま、ぬくぬく温かい布団の中でころころしていたのだけれど、ころころしたり抱き着かれたりしている間にお互い段々目が覚めてくる。
そうして目が覚めたらレネは身支度のために自分の部屋へ戻って(寝る時だけこっちに来たらしい)身支度を整えてきた。その間に僕も着替え終わって、僕ら2人、準備完了。
「お。おはよう。2人とも無事に起きてきたか」
「おはよう。ルギュロスさんは?」
「まだ寝てるみたいだな。ウヌキ先生んとこでお泊り会した時もそうだったけどよー、あいつ、結構寝起きが悪いんだよなあ……」
成程。あの時も最後まで寝坊助してたのはルギュロスさんだったか。
それから20分ほど待ってみたのだけれどルギュロスさん、起きてこない。しょうがないので僕ら3人でルギュロスさんを起こしに行く。
「おはよーう!」
「起きろー!」
「おきよー!」
3人騒がしいのが部屋に入ってきたら、流石のルギュロスさんでも起きた。けれど起きただけでベッドから出ようとしないので、しょうがない。僕が布団を剥がして、フェイがルギュロスさんの体を起こして、レネが寝起きの一杯ということで温かいお茶のカップをルギュロスさんに渡す。
流石のルギュロスさんも、布団を失って体を起こされて、更にお茶が入ったカップを手に持たされてしまったら、もう一度眠るわけにはいかなくなってしまった。
「……騒々しいな」
「おう。賑やかで嬉しいだろ。よかったな、ルギュロス!」
そして寝ぼけた声でちょっと文句を言いつつお茶を飲むルギュロスさんを囲んで、僕らはルギュロスさんの周りを賑やかし続けた。おはよう、おはよう!
そういう楽しい(ルギュロスさんは只々迷惑そうにしていた)朝が終わったら、早速出発だ。
王城へ向かうと、既に準備を終えたラージュ姫が待機していたので、挨拶して、皆で揃っておひさまぽかぽか地区へ。
……今回は、フェイのレッドドラゴンにフェイとルギュロスさんが乗って、ラージュ姫はなんと、自分の召喚獣での移動だ。
ほら、彼女、金色の綺麗なドラゴンを従えていたんだよ。あれ。あのドラゴンに乗って、空を飛んでいる。
「あのドラゴンも綺麗だね」
朝陽に煌めく金色の鱗の美しさといったら。フェイのレッドドラゴンも綺麗だけれど、金色ドラゴンも中々いい。
……ただ。
「……むー」
レネとしては、ドラゴンに対してちょっと複雑な気持ち、らしい。対抗意識が働くのだろうか。まあ、レネもドラゴンだもんなあ。
けれど。
「トウゴさーん!レネさーん!お二人とも、すごく綺麗ですねー!」
金色ドラゴンに乗ったラージュ姫が、笑顔でそう、話しかけてきてくれる。
「朝陽にきらきらして、お二人とも、朝陽の精みたい!」
……なんだか照れることを言われたなあ、と思ってレネの方を見てみたら、案の定、レネも照れていた。何かむにゅむにゅ言っていたなあ、と思ったら、ちら、と僕を見て、それから「きれーい」とにこにこする。金色ドラゴンへの対抗意識はちょっと忘れられたようだ。
「あっ、レネ、遅れてる、遅れてる。相手はドラゴン状態のドラゴン2体だから、ちょっとスピード上げていこう」
そうこうしている内にフェイ達と距離が空いてしまった。慌てて、レネの手を取って引っ張っていくように飛ぶと、レネはぱっと顔を輝かせて、にこにこしながらスピードを上げてくれた。おかげで開いてしまった距離を縮め直すことに成功。あんまり離れてしまうと道に迷いそうだし、一定の間隔を保ちたいよね。
「ふりゃ」
そしてレネは、繋いだ手があったかかったのか、にこにこしている。……まあ、レネが気に入ったんだったら、もうしばらく手を繋いだまま飛んでいてもいいか。
結局終点までずっと手を繋ぎっぱなしだった僕らは、着陸してからようやく手を離す。レネは『ぜひ、帰り道もこうやって飛びたいです!』とのことだったし、僕も風を切って飛んでいて手が温かいのは悪くないなあと思ったので、帰り道もきっとこうやって帰ると思う。
……さて。
「ではこちらです。今はまだ入植者がそう多くありませんが、二次募集を現在行っておりますので、じき、人は増えていくかと」
ラージュ姫に案内されつつ、僕らは……おひさまぽかぽか地区を、歩く。おひさまぽかぽか地区を。おひさま……。
……『おひさまぽかぽか地区へようこそ!』と書かれた看板を眺めつつ、僕は、思う。
やっぱりこのネーミングセンスって、こう……いや、なんでもないです。
今日は雲一つない快晴。春の日差しが真上から降り注ぐ中、僕らはのんびり、農地の間を歩いていく。
「農作もやるんですね」
おひさまぽかぽか地区には既に、農地ができていた。ちょっとだけ、開墾当初のソレイラを思い出させる風景だ。
勿論、ソレイラとは違って、ここは土地が痩せている。恵みがすっかり枯れ果ててしまった土地なので、あんまり農作には向いていないはずだけれど……。
「ええ。霊脈は確かに枯れてしまいましたが、そこに再び魔力が流れるようにするためにも、魔力を消費するものが必要なんだそうです」
成程。そういうものか。需要がある所に供給が生まれるように、魔力を消費する作物を育てれば、魔力が流れてきやすくなる、ということか。参考になるなあ。
畑では、肥料に屑魔石をたっぷり使っているみたいだ。……まあ、屑魔石を畑に撒くのはあんまり効率が良くないっていうのは僕らが既に研究したところだけれど、アージェントさんは魔力を水に溶かしてその水を撒く、なんて手段は取れないのでこれが最善手っていうことになる。
参考になるね、なんて僕らは話しつつ、歩いていって……。
「いずれは交易の拠点とするのが一番いい。どうせこの土地は枯れている。魔力が戻るのにも十年以上かかるだろうからな。だが今は農作物を育て、ここに人が住む基盤を作らないことにはどうにもならん。西側の土地も開墾すべきだろう」
「成程。植えるのは芋でいいですか?」
「そうだな……いや、一区画だけ、麦を。他の土地と収穫量を比較して、この土地の状態を見たい」
そこには。
農夫らしい人と話している、アージェントさんが、居た。
「アージェント卿!視察に参りました!」
ラージュ姫がにこにこ笑顔でそう言うと、アージェントさんは、ぎぎぎ、と、まるで錆び付いた機械のように振り向く。
「……視察の時には、事前に、報せをいただきたいものですな」
表情を無くしてただそう言うアージェントさんは……つばの広い麦藁帽子を、被っていた。
……あなた、こういう恰好、するんですね。




