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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
番外編:明日も絵に描いた餅が美味い
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世界を越える本*4

 この世界に出回る、先生の最初の本。それは、『ふわふわの森』っていうタイトルの児童書だ。

 最初だから短めのもので、かつこの世界の人でも分かるように書いた簡単な話の方がいいだろう、ということで、先生がこの世界に来てから書いた話が出版される運びとなりました。

 先生の文章を異世界の文字に翻訳したのは僕。ついでに挿絵も僕が描かせてもらった。

『ふわふわの森』は、森に迷い込んだ女の子が『ふわふわ様』と言われる男の子の姿をした精霊と遊んだり、森の生き物達のために森を整えたり、ちょっと冒険したりする話だ。

 ……ライラと僕がモデルらしいよ。まあそんなことだろうと思ったよ!

 まあ、モデルはさておき、ふんわりと柔らかい雰囲気の文章が心地いいんだよ、これ。

 なので挿絵や表紙の絵も、ふんわりした具合にした。滲みを大きく使った水彩で、暖色をメインにふんわりと。木々の緑は、光が当たる部分は優しい黄色。地面はピンクや黄色や白、薄紫なんかの花畑。女の子や『ふわふわ様』が着ている服も生成りや臙脂、人参色やモスグリーンなんかにして、暖かいかんじにした。


 そうして『ふわふわの森』が出来上がる。

 今、フェイと先生がコピー機で印刷して、その横で妖精達が製本しているところだ。……妖精って器用だなあ。どんどん製本されていく!

 そうして製本できた本の小口にあたる部分をラオクレスが大きな包丁みたいなナイフですぱすぱ切って、綺麗に整えたら完成。

「おおー……感慨深いなあ!自分が印刷までやった本が出来上がるっていうのは、書店に本が並んでる時とはまた別の嬉しさだね!」

 先生は完成したばかりの本を手に、くるくる回っている。楽しそうだね、先生。今の動き、ちょっとレネっぽかったよ。

「トウゴおにいちゃーん!ご本、どこに運ぶの?って妖精さんがいってる!」

「えーと、まずは町の本屋さんなんだけれど……」

「運ぶのは俺がやる。妖精達もぎっくり腰になることがあるんだろう?ならやめておけ」

 ……妖精がぎっくり腰になるのは初めて聞いた。腰をやってしまう妖精って……。

「トウゴー!この本の表紙のこいつ、トウゴみたいだなあ!」

「結構変えたつもりなんだけれどなあ……」

 表紙の絵、僕とライラっぽくならないようにしたんだけれど、それでもなんとなく似てしまったのは、その、うん。認める。

「楽しみだわ。宇貫先生の本がやっと読めるんだもの。……ずーっとトウゴ君しか読めない本だったものね」

「ああ、日本語で書いてあったから」

 そしてクロアさん、もう早速、先生の本を買うつもりで居るらしい。時々、僕の家に置いてある先生の本を見ては『読みたいわねえ……』って言ってたし、相当楽しみにしてるんだろうなあ。


「トーゴ、トーゴ。ちょっといいかい」

 そうして本が出来上がっていく眺めの中、先生がひょこひょこ、と僕を手招きするので行ってみる。なんだろう。

「またお使いを頼まれてほしいんだが……」

「分かった。石ノ海さんとマスターと編集さんに、だね?」

「話が早くて助かるよ」

 にこにこしている先生から、3冊の本を受け取る。妖精が製本した異世界の本は、当然異世界の文字で書いてあるし、手作業の製本だからそういう風合いだし、挿絵は僕が描いて魔法絵の具でコピーされたものだし、妖精の鱗粉がちょっと降りかかってきらきらしているところがあるし……まあ、『異世界の本!』っていうかんじだ。

「ちなみにこれ、日本語訳だ。これも一応、つけておいてくれ」

「あ、そっか。3人とも異世界の文字、読めないもんね」

「そうだな。ちなみにまだ僕もイマイチ読めてない!」

 妙に堂々としている先生と、その背後に降り立って妙に堂々としている鳥とを見つつ、ついでに妖精洋菓子店のお菓子もつけようかなあ、なんて考える。

 よし。早速妖精洋菓子店に寄って、それから本とお菓子を送ってこよう。




 お菓子と本とを送って、一週間。

 僕にはそれぞれの人から、反応が返ってきていた。

 皆それぞれ、面白がってくれたし喜んでくれた。『挿絵がいいですね。このイラストレーターさんは誰ですか?』って編集さんに言われたのがすごく嬉しい。お世辞でも嬉しい。

 カフェでは本がインテリアの一つになって、よく僕と先生が座っていた席の近くの日の当たらない位置にディスプレイされている。『素敵な本ですね』って言ってくれるお客さんと、まるで見えていないみたいに本に反応を示さないお客さんと、2パターン居るんだそうだ。

 石ノ海さんは『今回の話もちゃんと読んだぞ、ということで護に伝えてほしい』って言っていたし、『ところでこのお菓子を作った妖精さんにもよろしく伝えてほしい。これは妖精さん達にどうぞ』って、綺麗なリボンを二巻き、送ってくれた。妖精達、大歓喜だった。

 ……と、まあ、こういう風に先生の本は現実世界でも喜んでもらえた、のだけれど。

 ちょっと不思議な報告もあったんだよ。




 まず、石ノ海さん。

『送ってもらった本の表紙から、焼き菓子や花の香りがすることがある。何なら時々、本の上にキャンディや小さなお菓子の包みが乗っている。面白い本だね!』とメッセージが来た。

 ……これの原因は、すぐに分かった。ええとね、妖精。妖精です。うちの妖精達が、『リボンのお礼に!』って、石ノ海さんに向けたお菓子ギフトをこしらえては、石ノ海さんが送ってくれたリボンで飾った包みを先生の家のワードローブの中の小さな引き出しに運び込んでいるんだよ。

 すると、どうやら……どうやら、それが、石ノ海さんの家にある先生の本を通して、運ばれてしまう、らしい、という……。

 いや、もう今更なんだけれどさ。今更なんだけど、本当にどういう仕組みなんだろう、これ……。


 次に、カフェのマスター。

『本の横にディスプレイ用の小さな花瓶を置いておいたんですがね、そこにいつの間にか、綺麗な造花が活けてあるんですよ。面白い本ですね!』と言われた。実際、本の横に置いてある花瓶には浅葱色から白へのグラデーションに染められた薄絹の造花が活けてあった。

 ……これについては、妖精とライラが協力して何かやっていたのを知ってる。ライラが染めた薄絹を妖精達が花の形にしているのを見ているので、ものすごく見覚えがある!


 そして編集さん。

『本、面白かったです!宇貫先生によろしくお伝えください!それからイラストも雰囲気に合っていてとてもいいですね!』っていうメッセージが来た。嬉しい。

 ……そしてその後に、『ところで巻末に『今日の宇貫先生』っていうコーナーがあって、それが時々変わるんですけれど……異世界の本ってすごいですね!』ともあった。

 どんなこと書いてあるんですか、と聞いてみたら、『今日は『月の光の蜜をパンに塗ろうと思って瓶にスプーンを突っ込んだら、そのまま瓶の中にスプーンが沈んでしまってどうしようか思案している』って書いてありました』と返ってきた。せ、先生……!

 というか編集さん、文字の対応表を作って早速、異世界の文字を読めるようにしてしまったらしい。先生!先生!負けてる!編集さんに負けてるよ!




 と、まあ、そういう具合で。

「この本、若干ゲートになっているみたいだ」

「成程なあ。まあいいか。楽しいだけで済んでいるようだし」

 ……僕らは、そういう結論に至りました。いや、だって、妖精達が楽しそうにしてるし。時々先生も色々送るのに使ってるみたいだし。(最近だと、石ノ海さんのお誕生日があったらしくてこっちの世界の笛を贈っていた。石ノ海さんからは『護に見せてやってくれ』って、その笛を吹いている動画が送られてきたよ。)

「まあ、どこもかしこも繋げちまえ、っていうのは横暴だが、ちょこっと、こう、趣味の合う人のところに小さな小さな異世界への扉がある、っていうのはいいことだと思うぜ、僕は」

「僕もそう思うよ。心と生活の片隅に異世界があるって、素敵なことだ」

 ……実際、あの人達、先生との交流がこういう形でできるようになって、少し元気が出たように見えるし。特にマスターと一番よく顔を合わせるから、彼の様子はよく分かる。あの人、生活に張り合いが出てきた、って喜んでる。

「まあ、こうやってちょっとずつ、異世界からの侵略を果たしていくのだ……ふっふっふ」

 それに、先生が誰よりも、元気になった気がする。

 編集さんとのやりとりができて、仕事をするようになって、また先生の本が現実の世界で発売されることが決まって……先生はいよいよ、死人っぽくなくなった。

 ……いや、前から十分、死人っぽくなかったけれどさ。

「よかったね、先生」

「ああ。本当に。……ありがとうな、トーゴ」

 先生にもそもそと頭を撫でられて、ああ、僕すっかり撫でられ慣れたよなあ、なんて思いつつ……今日もまた妖精が、『今日の宇貫先生』を執筆すべく先生の周りをメモ帳持って飛び回っているのを眺めつつ、麗らかな春の陽だまりで、存分に異世界を楽しませてもらうのだった。




 さて。

 そんなある日の出来事。

「トウゴー、ちょっといいかー?」

 フェイがてくてくやってきた。その手には何か、紙があって、ふりふりひらひらやられている。

「それ、何?またパーティの招待状?」

「いやいや、ちげーって。えーとな、これは……視察のお誘いだ」

 またか、と思って身構えていたら、予想していなかった言葉が出てきてしまった。……視察?

「ほら、おひさまぽかぽか地区の」

 ……あっ。

 な、成程……つまり、アージェントさんの流刑地!そこの視察のお誘いか!


「お前も興味あるかなー、と思って、一応声かけてみた。俺は興味あるから行くぜ。アージェントがどうなってんのかも楽しみだし、それ以上に霊脈の復興に興味があるんだよな」

 フェイが話してくれるのを聞いて、思い出す。そういえばアージェントさんが出向させられている土地って、色々あって霊脈を枯らしちゃった土地だったっけ。

 そうか、あそこの復興っていうことなら、当然、魔力をどうやって土地に戻していくか、っていう話になるのか。それは興味があるなあ。ソレイラの安定のためにも知っておいて損は無いだろうし。魔力が足りない土地があったら、そこを助けてあげることもできるようになるかもしれない……。

 ……と、そこまで考えて、ふと、思った。

 思ったのは、夜の国のこと。レネ達の世界は今、魔王に数百年かけて食べられちゃった光の魔力を復活させるためにあれこれ頑張っているところ、だけれど……。

「じゃ、トウゴも参加するってことでいいか?」

「あ、うん。僕、参加する。参加するんだけれど……レネも誘って、いい?」

 ……ということは、きっとレネも興味があると思うんだよ。レネは昼の国との親善大使っていうことになっているらしいし、こういう視察があるならきっと、こっちに来たがるだろう。

「あー、成程なあ。分かった。じゃあとりあえず3人分、ってことでラージュ姫には返事出しとく!」

「ありがとう!」

 まあ、もしレネの予定が合わなかったらリアンとかライラとか連れていこう。……多分、レネのことだから、断らないと思うけれど。霊脈の復活にも、アージェントさんの頭のたんぽぽにも、興味があるはずなので……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 編集さんも挿絵、目の前の相手が描いたと聞いてビビったろうなぁ……
[一言] 凄い、(粉蜜柑)
[一言] 人を選んで視界に入ったり入らなかったりするの完全に魔法書って感じだ 普通に魔法書置けるまで侵略できたのは先生というより魔王お陰だね 魔王の名に恥じない侵略力の高さ 流刑地、ぽかぽかおひさま地…
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