未成年、保護者付き*6
前回、うっかり1日2回更新してしまっております。読み飛ばし等お気を付けください。
翌日。
僕らはもう一度、クロアさんのご実家へ。
……というのも、本来の目的の1つをすっかり忘れていたためだ。
「こちら、粗品です」
「粗品、だなんてとんでもない。トウゴ・ウエソラの絵といったら、王都でも評判の絵だというのに」
そう。僕が描いた絵。ルスターさんが言ってた通り、ちゃんと『お父様』に持ってきたんだよ。
前はライオンを描いた絵を持ってきたから、今度は花の絵。ちょっと季節を先取りして、月夜に咲き乱れる夜桜を描いた。淡く透ける花びらと月光をしっかり反射する花びらの質感、影になった部分の色合い、そして桜と夜空と夜空に浮かぶ月のコントラストがはっきりしているところなんかがよく描けたので、満足。
「ありがとう。部屋に飾らせてもらおう」
そしてお気に召していただけたようで、そっちも何より。クロアさんの『お父様』がいそいそと壁に絵を掛けているのを見て、嬉しい。
「ところで、トウゴ・ウエソラ君」
壁に夜桜の絵が飾られた後、『お父様』は少々面白がるように僕に話しかけてきた。
「この組織と手を組むつもりは無いかな?」
「へ?」
何のことだろう、と思っていたら、『お父様』は笑って続ける。
「ソレイラの安全を守るために密偵は必要じゃあないかな?或いは、君個人と手を組んでもいい。君がこの組織に入ってくれるなら大いに歓迎しよう」
「え、ええと、それはちょっと……」
熱い勧誘に、ちょっと困る。確かに、今後、クロアさんだけで密偵が足りなくなることがあるのかもしれないし、より安全を期すならば手を組むのも悪いことではないのだろうけれど。でも、裏の世界の人と手を組んだら二度とその手を離せないんだろうな、という、漠然とした知識くらいはあるし……。
「駄目よ、お父様。『うちの子』に手を出さないで頂戴」
……と、困っていたら、クロアさんが僕をきゅっと抱きしめて、にっこり笑ってそう、言ってくれていた。
「大事な子を引きずり込まれちゃ堪らないわ」
「おや、残念だ」
クロアさんの『お父様』は肩を竦めて見せつつも、冗談っぽくそう言って笑う。……でも、目がとても雄弁だ。『本気だったぞ』って目が言ってる!やっぱりこの人、クロアさんの『お父様』なんだなあ……。
それから少し雑談して、クロアさんがちょっと、ヴィオロン家の情報をやり取りして、そして僕らは森へ帰る。
移動手段は行きと同じ。クロアさんとラオクレスがアリコーンの2人乗りで、僕が自力の飛行……だったんだけれど。
「あ、あれ?どうしたの、アリコーン」
……何故か、アリコーンがやたらと僕に近づいてくる。ふんふん、と鼻を動かして匂いを嗅いで、首を傾げている。な、なんだなんだ。
「もしかしてトウゴ君を乗せたいのかしら?まあ、そういうことなら私は蝶で飛ぶからいいわよ」
それを見ていたクロアさんがアレキサンドライト蝶を出して飛び始めたので、僕はアリコーンに乗せてもらうことにした。
「……何だろうね」
アリコーンは僕を乗せて満足気なのだけれど、僕とラオクレスは顔を見合わせて首を傾げるばかりだ。なんだろう……。
そうして森に到着すると……何故か僕は、馬に取り囲まれた。
「今日はやたらと寄ってくるなあ」
普段はそんなに寄ってこない一角獣がやたらと寄ってくる。そして皆、ふんふんと匂いを嗅いでは首を傾げている。……うーん?
「あら……もしかして」
そんな僕らを見ていたクロアさんは僕のところへやってくると……にっこりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ちょっといいかしら」
うん、まあ、いいけど……。
……そして。
「やっぱりこいつら、すごく現金だ」
僕は今、ものすごく馬に囲まれている。何故かって?女装したからだよ!
「お化粧しなくてもこれだものねえ。まあ、トウゴ君、可愛いから」
ドレスを着せられてカツラを被せられて家から出たら、馬がやたらと機嫌良さそうに寄ってきたんだよ!こいつら、こいつら……!僕は男なんだぞ!分かってる癖に!分かってる癖に!
「さっきのは女装の残り香があったからお馬さん達が寄ってきた、っていうことなのかしら」
「すごく複雑な気分です」
化粧品の匂いとかが残っていたっていうことだろうか。お風呂入ったのになあ……。それとも物理的な匂いじゃなくて、気配とか、そういうものだろうか。だとしたら余計に嫌だなあ!
僕が複雑な気持ちでいる中、馬達は『これは中々悪くない』みたいな満足気な顔で僕にすりすりやっている。うう、腹が立つなあ!
「……まあ、元気を出してね、トウゴ君。すごくかわいいわよ、あなた」
「余計に元気が縮みそうです」
……なんというか、ものすごく、ものすごく、複雑な気分です。
「……クロア。またトウゴにそんな恰好をさせているのか」
「ええ。お馬さん達の反応がおかしかったものだから、確認のために」
それから少しすると、ラオクレスが僕らのところにやってきた。荷解きが終わってこっちに戻ってきたところで僕らを見つけたらしい。うう、恥ずかしい……。
「あまりそういうことをしてやるな」
「ふふ、ごめんなさいね。トウゴ君が可愛くて可愛くて、つい」
クロアさんはくすくす笑っているけれども、僕としては早くドレスを脱ぎたいです。もういいかなあ、もういいよね。
「あっ!トウゴ!あんた……!」
……と思っていたら、多分、僕が一番見つかりたくなかった相手に見つかってしまった。
ライラが。ライラが……呆然として、僕を見ていた。
そして……ライラの目と表情が、きらきらと、輝かんばかりになってきた!
「き、着替えてくる!」
「ま、待って!待ってよ!お願い!もうちょっとよく見せて!ねえ!」
ライラが追いかけてきたので慌てて逃げて、家の中に籠る。駄目!絶対に駄目!ライラは僕のこういうのをやたらと喜ぶ妙な癖があるけれど……恥ずかしいので嫌です!
「トウゴー!おねがーい!見せてー!」
「嫌でーす!」
「ケチー!」
「ケチで結構でーす!」
大慌てで着替える間もドア越しにライラとやり取りしていたら、ドアの外からクロアさんのころころ笑う声が聞こえてきた。全く、楽しそうだなあ!
そうして僕は無事に着替えて外に出て、ライラからブーイングをもらいつつ、馬達に対して『君達ちょっと現金だと思う』と文句を言ってみた。馬達はまるで聞いていなかった。馬の耳に念仏ってこういう気分なのかもしれない。
……そうして、馬への文句を諦めたところで。
「……お前はライラとやり取りをしていると元気がいいな」
なんだか楽し気なラオクレスに、そう言われた。
そう?そうだろうか。……そうかもしれない。なんだろうなあ、同じものを志す者同士だからなのか、単純に齢が近いからなのか、それとも、ライラのあの性格に僕が引っ張られてるのか。確かにライラとやり取りしている時は元気、かもしれない。
「そうかもしれない。ええと、それがどうかした?」
「いや。それが多少、嬉しかったというだけだ」
ラオクレスはちょっと笑って、僕の頭を撫で始めた。
……あの、なんで頭撫でるの?どうしたの?ねえ。ねえ。
まあ、そういうわけで。
王都から戻った僕らは、休暇と妖精公園の見回りを兼ねて妖精公園へ。
大図書館の見学とか、そこで開かれていた妖精ワークショップ(花の蜜でキャンディをつくろう!っていう企画だった)への参加とか、宿のエリアの散策とか、アスレチックの端っこで大人しめのキノコに座ってぽよぽよしてみたりとか、そんなかんじに過ごした。
特に目的があるでもなく公園でのんびり過ごす一日っていうのは案外貴重なものだ。なんだかすっかり元気になってしまったので、絵を描く。
クロアさんとラオクレスがキノコの上でぽよぽよやっている様子を描いたり、花の中で休んでいる妖精達を描いたり、魔王がぽってり座って日向ぼっこしているところを描いたり。
思う存分描いて、満足しました!
そしてお昼時。僕らは湖へ向かって、スイレンのボートに乗ってみた。
大きな大きな花の中に座って、葉っぱが先についたオールで漕いで、すいすいと湖の中ほどまで進む。
「スイレンのボート、悪くないね」
「そうねえ。このぷかぷか水に浮かぶ感覚が素敵」
「俺が乗っても沈まんとは……」
ここ、早速妖精公園の人気スポットになっているみたいだ。広い広い湖を、スイレンに乗ってぷかぷか移動するのは、なんというか、中々楽しいし落ち着く。なんだろうなあ、花に包まれているかんじがいいのか、水に浮いているかんじがいいのか……。
「さて。それじゃあお昼にしましょうか」
そして僕らはここでお昼ご飯だ。ラオクレスが持っていた包みをクロアさんが取って、開く。
「ふふふ。それにしても嬉しいわ。トウゴ君からお願い事、だなんて」
「ごめん。お弁当作って、なんて言って。お手間をとらせました」
「いいのよ。私が一番楽しんでるんだから」
……今回、3人でここへ来るにあたって、クロアさんに『色々やらせちゃったお詫びに何か、できることは無いかしら』と言われていたので……その、お弁当を、ねだってしまった。
1人1つのやつじゃないタイプの。家族で1つの重箱を囲むようなタイプのやつ。その……運動会とかで、他所のお家が食べていたような。ああいう。
こっちの世界に来てから既に何度か、このタイプのお弁当を食べたことはあるのだけれど、改めてお願いしてしまったのは『折角だから妖精公園でピクニックでもしましょうか』というクロアさんのお誘いに、ちょっと惹かれるものがあったからだ。……なんでだろうなあ。
湖上の風景と、ラオクレスとクロアさんを眺めながら食べるサンドイッチが、じんわり美味しい。クロアさんが作る料理は何だって美味しいのだけれど、いつも以上になんとなく美味しい気がする。外で食べているからかな。小学校の先生がそんなようなこと、言ってた気がする。外で食べると美味しいよね、って。
水筒のお茶をコップに注いでいるクロアさんを眺めて、から揚げをとって食べているラオクレスを眺めて、サンドイッチを齧って。……美味しいなあ、と思う。なんだか只々、美味しい。そして、すごく、楽しかった。特に何をしているでも、なかったのだけれど。何故だか、楽しかった。
お弁当を食べ終わって、のんびり話しながらスイレンの上でぷかぷかしているところ。
「……今度、僕の両親を誘ってみようかなあ」
会話が途切れた時、ふと思ったことを、つい口に出してしまった。
お弁当付きで、なんて贅沢は言わないので。いや、それでも、無駄なことを嫌がる両親だから、公園にお散歩なんて付き合ってくれない気もするけれど。……誘ってみるくらいは、してみてもいいかなあ、と、いう気になってきた。不思議なことに。
「そうだな。そうしてみるといい」
ラオクレスがそっと手を伸ばして、僕の頭を撫で始める。更に、クロアさんの手も伸びてきて、僕の頬のあたりを撫で始めた。
……僕、この2人には『保護者』として以上に、その、大事に可愛がられてしまっている気がするけれど。でも、こういうのも案外心地よいんだって、思い出させてもらったので。きっとこれは、あっても困らない感覚だと思うので。
なんというか……その、僕、自分がまだ子供でよかったなあ、なんて、情けないことをちょっとだけ、考えてしまわないでも、ない。うん。なんか、そんなかんじ。
……さて。
まあ、こうして一通り、クロアさんのご実家関係のあれこれも終わって、一息ついて、僕は一度、現実の世界の方に帰って……。
「ただいまー」
「おかえり。遅かったのね」
「うん。絵を描いてきたので」
家に帰る。すると、クロアさんとは全然違う、僕の母親が居る。
夕飯の支度をしているらしい彼女を眺めつつ……ふと、思って聞いてみる。
「ねえ、お母さんのこと、描いていい?」
「……え?」
母親は、きょとん、としていた。ついでに、怪訝な顔もしていた。多少、不愉快に思ったのかもしれない。或いは、絵ばかり描いている僕を心配しているのかもしれないし、『絵を描く』ということ自体に抵抗があるのかもしれない。
……けれど。
「いいけど、すぐご飯の支度、手伝ってね」
「はーい。じゃあ、5分クロッキーだけやらせてね」
なんと、許可が下りたので。なので……僕は早速、スケッチブックを捲って、台所に立つ母親のクロッキーをしてみることにした。
「ねえ、お母さん。今度の週末、お散歩はいかがですか」
「何言ってるの、そんな暇無いわよ、私もあなたも」
「そっか。じゃあ大学が決まった後にもう一回お誘いするね」
まあ、こちらの返答は予想通りだったけれど……一歩前進、ということにしておこうかな。
さて。
両親への散歩のお誘いは断られてしまったので、しょうがない。1人で散歩する、とある休日。
アスファルトの割れ目から顔を覗かせているスミレを見つけたり、道路と私有地の隙間に生えたたんぽぽを見つけたり。
植え込みの陰にはカラスノエンドウの柔らかな蔓がくるくる巻いていて、桜並木には膨らみ始めた木の芽が並んでいて、町全体がどことなく梅の香りに包まれているような、そんなかんじ。
……僕、森になる前から、それなりに植物には詳しかった。先生が色々、教えてくれたから。そうやって、僕の世界を豊かにしてくれたので。
僕はこの豊かで美しい世界の隅っこの方を楽しみつつ、のんびり散歩をして、そのまま先生の家へ向かう。
先生の家に着いたら、家の中に入って窓を開けて、春風を存分に通して換気して、清々しい気持ちで深呼吸。それから庭に出て、庭に水を撒きつつ、多年草や庭木の様子で春の訪れを存分に感じる。先生の家の裏手には蕗が生えているんだけれど、もうフキノトウが顔を出していて可愛いんだよ。『食べちゃいたいくらい可愛い。なので食べちゃうぞ』とは先生の談。先生は蕗味噌が好きなんだ。
先生にフキノトウを持っていってあげようかな、と思ってフキノトウを採取する。森の皆にもフキノトウを紹介しようかな。ライラはきっと食べるより先に描きたがるだろうから、形の綺麗なやつや味のある形のやつを選んで……。
……とやって、採ったばかりのフキノトウを入れるためのビニール袋でも取りに行かなきゃ、と、部屋の中に入るべく、玄関前に回ると。
「あれ?君は……?」
ぽかん、とした顔で立っている、知らない人が居た。
……いや、知らない人、なんだけれど、知っている、と思う。
「あの、もしかして、編集さん、ですか?」
多分、この人……先生の、編集さん、だと思う。
明日3月10日(木)、『今日も絵に描いた餅が美味い』2巻発売です。
どうぞよろしくお願いします。




