2話:変な生き物とたけのこ監視隊*1
「フェイ!フェイ!絵に描いた餅が餅にならなかった!」
「何!?なんだ!?何言ってんだお前!?」
フェイに報告しに行ったら、フェイは混乱した。うん、彼は『餅』の存在を知らない異世界人だから。
……ということで、まあ、『特に意識しなかったけれど、絵が実体化しなかった』という話をした。
するとフェイは……それはそれは喜んでくれた。
「おお!遂にか!良かったじゃねえか!」
「これ、そんなにいいことなの?」
「要は、頑張らなくても魔法が漏れるのを我慢できるようになったんだろ!いいことじゃねえか!」
……そう言われてしまうとなんとなく恥ずかしいのだけれど。
「そうか。トウゴ君の成長は速いな。私が魔力の制御に問題が無くなったのは3歳半の頃だったと聞くが。ああ、ちなみにフェイは4歳までは漏らしていたぞ」
「う、うるせえ!兄貴だって俺と度胸試しに行ったときにビビって魔法漏らしたことあったじゃねえか!」
……あの、魔法って、本当にそういう扱いなの?小さい子が喋るようになったとか?そういう話なんだろうか?
「ふむ。つい最近、封印具を用意したと思ったのだがね。これは、また1つ封印具の段階を上げる必要があるな。この調子で成長するなら、その次も用意しておいた方がいいな」
お兄さんやお父さんまで混じって褒められると、うん、なんか照れ臭いし、恥ずかしい。でも多分、嬉しい。
「そっかー。お前、封印具変えてから、制御が一気に上手くなったよなあ。やっぱり前の封印具が悪かったか?あの医者め」
「いや、そうじゃなくて多分、絵師になるって決めたから、だと思う。それで、魔力の制御が上手くいくようになった気がする」
封印具は、多分、あんまり関係ない、と思う。
……目標がはっきりして、その目標に向かって頑張りたい気持ちがすごく強いから、その分、練習に身が入っている、のかもしれない。
「そっかぁ、それだけでお前、上手くなっちまうのかぁ……いや、目的があるってのは、大切だよな。何かやりてえって思わないと、魔法って上達しねえし」
フェイはそう言って笑いつつ……ふと、思いついたように言った。
「ってことはお前、そろそろ召喚獣を考え始めねえとな!」
フェイは身を乗り出すようにして、目を輝かせて、言った。
「もし、封印具なしでも魔力の制御が上手くいくようになったら、すぐに召喚獣だ!お前の召喚獣、用意しようぜ!」
……そっか。うん。召喚獣。
これはちょっと……いや、すごく、楽しみにしてた。
……召喚獣を楽しみにしながら、そのわくわくを全てレッドガルド家の肖像画に注ぎ込んだ。
なんというか、彼らは優しくて、それでいて活気のある人達だ。だから、活気のある絵にしたかった。
透明水彩だからさらっとしていて透明で涼やかで、それでいてからっと晴れたみたいな、そういう表現ができるように頑張った。
陰影は濃く。光は真っ白に紙の色を残すくらいの気持ちで。影は青みを抑えて、レッドガルド家の人達っぽく……つまり、赤っぽく、画面全体を構成していく。
途中で思い立って、レッドドラゴンにも入ってもらった。レッドドラゴンは肖像画に加わって一緒に描かれるのが嬉しいらしくて、なんだかにこにこしているように見えた。
……けれど、こうして人物が赤ばっかりだと、彼ら1人1人が目立たない。
だから背景は柔らかいヒヨコ色から緑へのグラデーション。森の木々の色だ。
赤と緑は反対の色だから、赤の背景に優しい緑を持ってくると、赤がよく目立つ。けれど、赤と喧嘩しないように、緑は黄色と混ぜて、優しいぼんやりした色合いにする。
背景はあくまで背景だから、ぼんやりと。はっきりと描き込んでいくのは、あくまで人物。最終的に人物の描き込みを強くしていって、色味を調整していって……。
そうして、レッドガルド家の肖像画が完成した。
「やったぜ。俺、2割増しくらいで男前だろ?」
「そうだな。私も1割増しくらいで男前になっている」
「ははは。なら私は実物そのままということにしておこう」
「狡いぞ親父!ちゃんと自分の良心に基づいて自己申告しろよ!」
絵を見た彼らは、楽しそうに色々と言い合っている。ちなみに僕としては、全員0割増しで描いてる。けれど、それぞれが浮かべた一番いい表情の、その一瞬を記憶して、それを絵にできるようには頑張った。
……改めて見てみても、いい表情で描けたなあ、と、思う。これはモデルである彼らのおかげだ。
仲がいい家族なんだな、と一目で分かるのは、彼らが実際に仲のいい家族だからだ。そして絵の前で色々と言い合う彼らを見ていると、やっぱり仲がいいんだなあ、と思う。うん。見ていて幸せな気持ちになる。それでいてちょっと羨ましい。
「よし!これが記念すべき第一号!トウゴの最初の依頼だな!」
……うん。これが、僕の、最初の仕事、か。
仕事をしたっていう実感がまるで無いのだけれど、こんなものなんだろうか。うーん。
「2回目以降の依頼は……お前に召喚獣ができてからの方がいいかなあ」
「いや、それは考えなくっていいよ。僕は僕で魔力の制御の練習するし、それは依頼とは関係ないことだから」
「そうか?ならとりあえず、今回の報酬からだな。えーと、どんなもんか……」
次の依頼は何かな、と思いつつ待っていると、フェイは報酬のことを気にし始めた。
「あの、報酬も別に、いいよ。お金には困ってないし、その……」
けれど、僕としては報酬を貰いたいとは特に思わない。お金には不自由しないし、そもそも、『養ってやる』なんて言われているところだから、それとは別にお金をもらうのは、何か、こう、申し訳ない。
「いや、駄目だぜ、トウゴ。やっぱそこはちゃんとしねえと!な、親父!」
「そうだな。依頼には対価が発生するものだ。それは我が家との仕事だけでなく、他でもそうだ」
……うん。分かる。だから僕は、その報酬に見合うだけの仕事をしなきゃいけない、んだけれど……その自信は、まだ、あんまり無い。
「しかし、トウゴ君には金銭はあまり必要ないだろうなあ……。うむ、なら、報酬は少し、考えさせてもらおうか」
そんな僕を見てか、フェイのお父さんは苦笑しながらそう言った。
するとそこに、お兄さんとフェイがうきうきした様子で近寄っていく。
「なら父上。私にいい案がありますよ」
「あ、俺も!俺もいい案、あるんだ!」
……そうして、親子で会議が始まってしまった。うん。なんというか……。
なんというか、本当に、仲がいい家族なんだなあ。
「ってことで、報酬だ」
町へ行って戻ってきたフェイが、僕に渡してくれたのは……本、だった。
凄く分厚くて重い本が2冊。薄めの本が2冊。こ、これは何だろう……?
「お前、文字読めねえんだろ?ってことで、ま、開いてみろよ」
不思議に思いながら、最初に分厚い本の1冊を開く。するとそれは……図鑑、だった。生き物の。
「すごい」
「だろ?絶対にお前、そういうの必要だと思ってさ!」
カーネリアちゃんがみせてくれた図鑑と同じように、色々な生き物が載っている図鑑、ということらしい。いくらか、カーネリアちゃんの図鑑には載っていない生物の姿がある。新種かな。それと同じように、いくつか、カーネリアちゃんの図鑑には載っていたけれどこっちには載っていない、という生物もあった。まあ、そこは本によって違うよね。
「で、こっちは鉱物図鑑な!」
そして、もう1冊も開いてみると、そこには沢山の宝石の絵が描いてあった。これもすごい。
「召喚獣の好みとかも何となく書いてあるから、参考になるぜ」
……ただ、僕、文字が読めないんだよなあ。うん、いざとなったらラオクレスに読んでもらうけれど。
「そしてこちらは私の発案だ」
続いて、フェイのお兄さんが薄めの本を開いてくれた。
……文字が分からなくても、分かる。
「絵本?」
「ああ。文字の勉強にいいかと思ってね」
ああ……そっか。
文字が読めないなら、勉強すればいいのか!
その日、僕はレッドガルド家をお暇して、森で早速、勉強を始めた。
「……森の、精霊は、花を、咲かせ、ました……合ってる?」
「ああ」
「果物の木は、これで寂しくありません。……合ってる?」
「合っている。……読めるようになるまで、随分と早かったな」
「まだ、暗記しただけだから」
ラオクレスに先生になってもらって、ひたすら文字を覚えた。
まず、絵本を読み聞かせてもらって、内容を暗記する。
それから、文字と対応させて覚える。(幸いなことに、この世界の基本的な文字は表音文字だった!)
後は、内容を思い出しながら絵本を自分で読んでみて、文字と音が合っているかをラオクレスに見てもらう。更に、今度は内容じゃなくて、文字と音とを一致させていく。
……これで、とりあえず基本的な文字は読めるようになる、と思う。
ただ、流石は異世界、というか……僕の世界で言う『濁点』や『半濁点』が無くてそれぞれ文字が違ったり、『小さいつ』みたいなものも別の文字だったり……うん、促音を『つ』で表してる日本語が不思議と言われればそうなんだけれど。
「ねえ、何か問題出してほしい。この絵本の文字だけで何か、単語を出してくれたら、それ、読むから」
「分かった」
それからラオクレスに、問題を出してもらう。ラオクレスは少し迷ってから……紙の上に、いくつか単語を書いて出してくれた。
「ええと、『とり』。『そら』。『ほし』」
「ああ」
「……『いかだ』。『ひばな』。『らっぱ』」
「合っている」
「ええと……『とうご』!『ふぇい』!……『らおくれす』!」
「全問正解だ。特に問題は無さそうだな。大したものだ」
よし。とりあえず、なんとかこの文字は分かってきた。まあ、文字の形と音とを覚えればいいだけだから、そこまで難しくは、ない。例えば英語だとスペルと発音と意味と、って覚えなきゃいけないから、英単語を覚えるよりはずっと簡単だ。
「らおくれす、か。書けるようにもしないといけない」
これから先、何かのサインをする時、ラオクレスも関わるようなものが無いとも限らない。早く覚えないとな。
「俺の名より先に、お前自身の名前を書けるようになれ」
僕はラオクレスがそう、呆れたようにいうのを聞いて……それから、ふと、思った。
「……そういえば、僕、あなたの呼び方を変えた方がいいだろうか」
「どうした、急に」
僕が思ったのは……ほら、彼、本当の名前があるって、分かったから。
インターリアさんはラオクレスのことを『エド』と呼んでいた。僕が居る前だと、僕に気を遣ってか『あなた』とか、そういう呼び方になっていたけれど。
……バルクラエド・オリエンス。それがどうやら、ラオクレスの本当の名前、らしい。
だったら僕は、やっぱりそっちで呼ぶように改めた方がいい、ような気がする。
「……俺の名前のことか」
「うん」
すると、ラオクレスは少し呆れたような顔をした。
「なら俺は『ラオクレス』だ。そう決めたのはお前だろう」
「でもあなたはバルクラエド・オリエンスさんだ」
ちゃんと覚えているよ、という主張も込めてそう呼んでみると、彼は少しむず痒そうな、そんな顔をした。
「名は捨てた。だから俺はラオクレス、だ。お前が気にすることじゃない」
……うーん。そう言われても、彼は『バルクラエド・オリエンス』さんなわけで、インターリアさんにそう呼ばれながら話す彼は、別に嫌そうでもなく、懐かしそうな、嬉しそうな、そういう顔をしていて……。
「ええと……じゃあ、あだ名。そういうことにしよう」
なので僕は、ここで折り合いをつけさせてもらうことにした。
「バルクラエド・オリエンスさん。あなたのあだ名は『ラオクレス』だ。それで、僕はあなたのことを、親しみと尊敬と称賛を込めて、このあだ名で呼ぶ。いい?」
「……まあそれでも構わんが」
うん。じゃあそういうことにさせてもらおう。
彼はやっぱり、僕にとっては『ラオクレス』だけれど、他の人達にとってもそうである必要はない。
だからこれは、あだ名。そういう風に自分の中で決めておけば、申し訳なくもならない気がする。きっと。
「……ところで、親しみは分かるが、一体何への尊敬と称賛なんだ」
「肉体美」
ラオコーンでヘラクレスだからラオクレスなんだ。つまり、『名誉・肉体美』。
……折角なので、紙の上に『にくたいび』と書いてみた。
「おい。これだと『ねくたいび』だぞ」
……まだ、書くのはちょっと難しい。
それからしばらく、文字の勉強を続けた。
けれど、いい加減夜も遅くなってきてしまったので、僕らは勉強を切り上げる。
「明日も頑張れば、読み書きはなんとかなるかな。でも、表意文字もあるんだよね」
「表意文字……ああ、意味を表す文字か。そうだな。魔法や契約はその文字で書かれることが多い」
そっか。じゃあ、頑張らないとな。
……ただ。
僕、文字の勉強をしていて、ふと……気になったことがある。
「あの、ラオクレス」
「何だ」
「変な事聞くようだけれど、その……僕、ちゃんと喋れてる?」
僕は、文字は読めなかった。
けれど、今まで、会話で困ったことは無い。
……これ、どういうことだろう?