未成年、保護者付き*5
日付設定ミスで3月7日に2回分更新されていました。改稿前の状態で公開されていたので3月8日7時に編集しています。もし先に読んでしまった方がいらっしゃいましたら読み直しをお勧めします。
また、今後の更新に変更はありません。
「あら。綺麗なお姫様が来たと思ったら、トウゴ君だったわ。お帰りなさい」
「……ただいま」
裏通りで待機していたクロアさんと合流して、何とも言えない挨拶をされて何とも言えない複雑な気持ちになりつつ、僕らは裏通りの隠し扉からクロアさんのご実家へ。
「おかえり、クロア。……そして、サクラ嬢、だったかな。よい出来栄えだ。うちの女密偵として働く気は無いかな?」
「ないです……」
そこでクロアさんの『お父様』にもそんなことを言われてしまって、僕はますます、さっさとドレスを脱ぎたくなった!
僕は男なので、この場でドレス、脱いじゃう。もう脱いじゃうからな。
「あっ、こらこら。ちゃんと脱がせてあげるからもうちょっと待って。お化粧がドレスに付いちゃうわ」
……と思ったら、ドレスって脱ぐのも大変らしいので、いったん大人しくしておくことにした。……女性の服って、めんどくさいなあ。
居室に待機していた女性達は僕を囲んできゃあきゃあと喜んでいた。喜ばれて僕は大変に複雑な気持ちになった。その横でクロアさんとラオクレスとで報告し合って、それを『お父様』が聞いて満足げにしていた。ひとまず僕らの作戦は成功した、ということらしい。よかったよかった。
「概ね問題なし、っていうところね」
「そうだな……一番の問題は、恐らくヴィオロン家の息子が『サクラ・ロダン』に対して好意を抱いているという点か」
……いや、よくない。なんだそれ。なんだそれ!
「あらあら……」
「『あのように可憐で清廉な乙女を手籠めにしているとはソレイラの騎士も地に落ちたものだな』と喧嘩を売られた」
何もコメントできない。駄目だ。あの人、目が節穴だ。ラオクレスは地に落ちてないし僕はそもそも乙女じゃない。いい加減にしてほしい。
「だがそれだけと言えばそれだけか。ヴィオロンとしては『サクラ・ロダン』のことが余程気になるらしいが、そのおかげで召喚獣の研究者があいつらを切ってこちらについた、ということには気づいていなさそうだな」
「最悪、気づかれたところで何も問題は無いところだけれど……間抜けねえ」
……僕、ヴィオロンさんの評価を下方修正しなければならない。
あの人、駄目だ。なんか、すごく、駄目だ……!
「じゃあ、ヴィオロン家の方はこちらである程度監視するわ。研究者の方はお任せしていいかしら」
「勿論。元々、こちらで行うべき仕事だ。むしろ今回、このように任せてしまってすまなかった」
そうして今後の打ち合わせも終わり。今後、召喚獣関係の研究団体を全部洗い出して、徹底的に誘惑するか圧力をかけるかする、ということだそうだ。
誘惑については、『妖精魔法の研究が今、熱い!』というキャンペーンを打つことにしているらしい。お金にならない召喚獣奪取の魔法の研究よりも、お金になる妖精魔法の研究をした方が研究者としては嬉しいわけだし、妖精魔法の研究についてはソレイラが今、丁度そういうのにいいかんじになってるし。
そんな話をして、『お父様』はクロアさんと笑い合って……そしてふと、言った。
「出来のいい『娘』を持ったものだ」
「ふふ。それはどうもありがとう、『お父様』」
クロアさんはにっこり笑って……そして僕の方を振り返って、またにっこり。
「トウゴ君も、『娘』役、お疲れ様」
「うん」
本当に疲れました。二度とやらないぞ。
色々と話が付いたところで僕はようやく着がえて、お化粧を落として、ちゃんと元の恰好に戻ることができた。よかった!
「男はやっぱりズボンに限る」
ようやく脚がすーすーしなくなって落ち着く。これこれ。やっぱりこうでなくては。
「そう?でも夜の国の服はおズボンじゃないわよね」
あ、そうか。夜の国はワンピースみたいな服を着ている人が多いか。……まあ、その、それは文化による、ということで。
「ところでレネちゃんは結局、どっちなのかしら……」
「さあ……」
ついでに、レネについてはもう、性別不明、ということで……。
着替えてさっぱり、気分もすっきりしたところで、僕らは宿へ帰る。今日はもう遅いので、森へ帰るのは明日ということにした。
宿に着いて、晩御飯を食べて、お風呂に入ってさっぱりしたらなんだか眠くなってきてしまう。慣れないことをするとどうにも疲れてしまうんだよなあ。
ということで、まだ早い時間だったのだけれど、僕は一足先に眠ることにした。自分の部屋に入って、肌触りのいいベッドにもぐりこんで、そういえば今日着ていたドレスもこのシーツみたいな触り心地だったな、なんて思い出してしまって慌てて考えを振り払って……。
……そうこうしている内に僕は寝てしまったらしい。
ぐっすり眠って目が覚める。
……目が覚めたなあ、と思ったのに、まだ窓の外が暗い。
時計を見てみたら、日付が変わってすぐぐらいだった。どうやら変に目覚めてしまったらしい。まあ、こういう日もあるよね。
目が覚めてもそのままベッドの中でもぞもぞしていたのだけれど、なんとなく喉が渇いてきたのでベッドから出る。水を飲みにいこう。
……ただ、部屋のドアを開けようとした時。
「実際、あなた、想像したことあるでしょう。もし、トウゴ君が……『娘』じゃないにせよ、自分の子だったら、って」
ドアの向こうからクロアさんの声が聞こえてきて、つい、ドアノブへ伸ばした手を引っ込めた。
代わりに、僕はそっと、ドアの近くに耳を寄せて、向こう側で話しているらしいクロアさんとラオクレスの声に耳を澄ませることにした。
「そんなこと思う訳があるか」
呆れたように発されたラオクレスの声はいつもより少しだけ大きい。お酒のせいなのかもしれない。
「お前も知っているだろうが、俺はトウゴが思うようなできた人間じゃない。言ってしまえば、狭量だ。親としての資格があるとは思えん」
「まあそうよねえ。あなたの愛って……こう、親から子へのもの、っていうにはちょっと熱が入りすぎているものね。トウゴ君からしてみると『お父さんっぽい』って感じるのかもしれないけれど、実際のところは主従のそれ、なんじゃないかしら。或いは……精霊様とその信者?」
「随分と好き勝手言ってくれるな……」
ラオクレスの声は、いつもより大きいし、いつもより感情が見えやすいというか……ちょっと若い、のかもしれない。
僕がいつも聞いている彼の声って、落ち着いていて、大岩を前にしたような具合なのだけれど……今のラオクレスの声はもう少し軽くて、色合いもモノトーンじゃない。そういうかんじ。
「そうねえ……じゃあ、トウゴ君の『保護者』だったら、って思ったことは?トウゴ君を守り導く権利をあなたが持っている状況だったら?ね、どう?」
クロアさんの声も少しいつもと調子が違う。僕に話しかける時よりもちょっと羽目を外しているかんじがする。ふんわり軽くて手触りがいい絹の布みたいな、滑らかな甘い蜂蜜みたいな……そういうかんじの声。これもお酒のせいなのかもしれない。
「ちなみに、私はちょっとだけあるわよ。あなたは?」
「……そうだな」
ラオクレスの返事の後、沈黙が流れた。それから、とぽとぽ、と液体がグラスに注がれる音が続く。やっぱり2人とも、お酒を飲んでいるんだな。
「トウゴの言葉の端々から、あいつの家庭での居心地の悪さが感じられた」
そうして続いたラオクレスの言葉を聞いて、ちょっとだけ、盗み聞きの居心地の悪さを感じる。
やっぱりそういうの、分かっちゃうよなあ、という諦観めいたショックもちょっとあるし、できるだけ気にしないで貰えるようにしていたつもりだったけれど、もしかしたら諸々に気づいてもらいたかったのかもしれない自分の浅ましさというか、そういうものを見てしまった気がして自己嫌悪に陥る。
「今でこそトウゴはすっかり撫でられ慣れたが。会った当初は、その……頭の上に手をかざすと、一瞬、怯えることがあってな」
「ああ……そういうこと」
2人はそう言葉をやりとりして、それから少し沈黙があって……それから、カタン、とグラスをテーブルに置くらしい音の後、ラオクレスの声がため息と一緒に吐き出すような調子で響く。
「だから……その、思い上がりも甚だしいが。考えたことが無い、とは、言えない」
「やっぱりね。愛情深い騎士様だこと」
ころころ、とクロアさんの笑い声が響く。多分そんなクロアさんの向かい側で、ラオクレスはとびきり渋い顔をしているんだろう。
「……笑いたければ笑え」
「笑っておいてなんだけれど、笑わないわ。私だって似たようなものだもの」
クロアさんはまだくすくすやりつつ、ちょっとの沈黙の後に続けた。
「私はあなたほど謙虚じゃないから、もっと率直に『トウゴ君を幸せにしてあげたい』って思っちゃうわ。まあ、あなたほど責任感とか執着とかを持てない性分だから、我こそは、とは言わないけれど。でも、『私の方が上手くやれる』とは思ったことがあるわね」
ことん、とグラスがテーブルに乗る音がして、そして、クロアさんの声がとびきり蠱惑的に響く。
「ふふ。中々に傲慢でしょ?」
「……まあ、そうだな」
あんなに甘いクロアさんの声を真正面で聞いていても、きっとラオクレスは表情一つ変えていないんだろうなあ、と思いつつ、扉の向こうの声を聞く。
「俺も似たようなものだ。流石に、お前よりは謙虚であるつもりだが」
「あらそう?あなただって、トウゴ君を攫って閉じ込めておきたいって思ったこと、あるんじゃないの?自分だけが守ってあげられる、っていう状況に憧れが無いって、言える?」
「……何が言いたい」
ちょっと低く掠れた声でラオクレスが尋ね返す。それがなんとなくいつものラオクレスの調子とは違うから、さっきのクロアさんの声と併せて、ああ、盗み聞きしているなあ、という感覚にさせられるというか。
「『しょうがないわよ』って言いたいわね。だってトウゴ君、可愛いもの」
……かと思ったら、クロアさんはとびきり明るい声でそう言ってのけた。
「可愛いんだから守ってあげたくなっちゃうわ。私だってそう。守ってあげたいし、幸せにしてあげたいのよね、不思議なことに。何なら籠に入れておきたくなっちゃうし……ううん、毛布でくるくるくるんで撫でていたいわ。鳥さんが卵をあっためるみたいに抱っこしているのもいいかも」
ちょっと想像してしまう。毛布でくるくるやられて、クロアさんに抱っこされている状態を。
……お、落ち着かない!
「それからちょっぴり意地悪したくなるわね」
「ああ、社交界でのあれは何だ。トウゴになんてものを仕込む」
「あれは意地悪じゃないわよ。密偵の仕事をする子が居たら最善を尽くさせるわ。失敗する方が危険だもの。今回は宝石に魅了の魔法をすごく念入りに込めておいたし、相当効いたんじゃない?」
「そういう代物だったのか、あれは……いや、だがトウゴを密偵にしようとするな」
うん。僕、密偵は向いてないと思うよ、クロアさん。
「……まあ、つっついたりぎゅってしたり包んで動けなくしちゃったり、意地悪もしたくなっちゃうんだけれど。でもやっぱり、トウゴ君には絵を描かせたくなっちゃうのよねえ……。だから籠には入れられないし、毛布で包むのも偶ににしてあげなきゃ」
「そうだな」
「自由でいてほしいし、幸せであってほしい。守ってあげたいけれど、いつか巣立つのが楽しみ。……ああ、これが母性っていうやつなのかしら?ねえ、どう思う?」
「……悪いが、俺には母親の記憶が碌にないから、母性というものが分からんな」
少し困ったような声でラオクレスが答えると、クロアさんが、そう?とちょっと不満気な声で返事をする。ラオクレスの話の途中で、とぷとぷ、とお酒を注ぐ音がする。どちらのグラスにお酒を注いでいるのかな。
「そうねえ……確かに、母性、とはちょっと違うかも。あなたの、もっと固くて重いやつだわ。それで、私のは軽くて薄すぎね。あ、お酒、私にも頂戴」
クロアさんの楽しげな声に続いて、また、とぷとぷ、とお酒を注ぐ音。2人とも、よく飲むなあ。明日、二日酔いになってなきゃいいけれど。
「……それにしても、こんな感情から縁遠い生活、してたつもりだけれど。それでもいつの間にかこうなっちゃったんだからびっくり」
「そうだな。密偵がいつの間にやら、よくぞここまでなったものだ」
呆れたような声でラオクレスが返すと、クロアさんはくすくす笑いながら、そうねえ、と返事をする。2人がどういう顔をしているのかも何となく分かる気がする。多分、呆れたような、それでいて楽しそうな、そういう顔だよ、きっと。
「そうだわ。よく、ライラが言ってるじゃない。『可愛がられると可愛くなっちゃうのかもね』って」
あー……あーあーあー、それ、僕がよく言われているやつだ!僕は別に可愛くないだろ、って言っても、『あんた可愛がられて可愛くなってるわよ、確実に』って真剣な目で言われてしまうんだよ!ライラの感覚、なんかおかしいんじゃないだろうか!
「私はあれ、実にその通りだと思うんだけれど」
「そうだな」
こ、肯定しないで!肯定しないでほしい!それじゃあまるで、僕が可愛いみたいじゃないか!
「でもそれって多分、『可愛がっていると可愛がる性格になっていく』っていうことでもあるのよね」
「ほう」
「美しいものに触れて、豊かな自然に抱かれて、トウゴ君を撫でて、妖精達とお菓子を作って……そうしていると、自分がそういうものになっていく感覚があるのよ」
クロアさんはくすくす笑って、それから、言った。
「私、トウゴ君のおかげで随分『森っぽく』なったわ!」
「……と、まあ、『保護者』になれて幸せだけれど、私、『親』には向いてないんじゃないかしら、っていう感想でした」
「そうか。まあ、俺もそうだが」
2人とも何やら落ち着いたらしくて、ことり、とグラスを置く音がする。多分、お酒、飲み終わったんだろうな。
「親と言うには、身勝手が過ぎるな。俺もお前も」
「そうよねえ……でも、保護者でいるのって幸せなのよね。あんなに綺麗な生き物が、必要としてくれて、甘えてくれて、のびのび幸せそうに羽を伸ばしていて……それがもう、可愛くって可愛くって、しょうがないわ。あなたもそうだろうけれど」
「つまり身勝手だな」
「そうねえ」
随分と身も蓋も無い言葉でバッサリ切って捨てたラオクレスと、それにアッサリ同意するクロアさんは今、どういう顔をしているのだか。
「……トウゴは、向こうの世界でも立派にやっているらしい。こちらでも最近、交渉ごとに臆することが無くなってきた。……なのに保護者が必要だ、などというのは驕りだろうな。分かってはいるんだ、俺も」
「そうねえ。どちらかというと、私達が勝手に保護者面して救われてるだけよね。こんな私達が、保護者、なんて、ねえ……」
くすくす笑うクロアさんの声と、肩を揺らす程度にだけ笑っているのだろうラオクレスの気配とだけが扉越しに伝わってくる。
そこで……そこで僕は、なんだか、つい。つい……言いたくなってしまって。
扉を開ける。
「あの、違うよ」
僕が顔を出すと、2人ともぎょっとした顔でこちらを見た。
「あ、あら?やだ、トウゴ君、起きていたの?」
おや。僕、クロアさんには気づかれていそうだなあ、なんて思っていたけれど。この反応を見る限り、本当にクロアさん、僕の気配に気づいていなかったらしい。これは僕も密偵としての素質があると見ていいんだろうか。
……いや、きっとクロアさん、お酒でちょっとぼんやりしていて、ついでにラオクレスも居るものだから安心してしまって、それで気づかなかったんだろうなあ。
「僕、2人には……その、すごく、助けられた。助けられてる」
扉の隙間から顔を出した格好でそう続けると、ラオクレスもクロアさんも、きょとん、として、それからさっきの会話への返答だって気づいたらしい。
「なので、その、驕り、とかじゃなくて……勝手に保護者面してる、とかじゃなくて……僕は2人のこと、お父さんっぽいな、とか、お母さんっぽいな、とか思うこと、やっぱりあるし……いや、そうあってほしいわけじゃないけれど、嫌だと思ったことは無いし……」
そして僕はというと、ちょっと言葉に詰まる。何を言うかちゃんと考えてからでてくればよかったな。ええと……。
「その、どうぞ、これからもよろしくお願いします……」
……結局。
考えた末にそんなことを言って、お辞儀するだけになる。
お辞儀してから、これで良かったんだろうか、とか、伝わってるだろうか、とか色々心配になってくるけれど、2人ともぽかんとしているものだから、伝わってますか、なんて聞くこともできないし。
……気まずい中、ちょっと出ていって2人の横を通って流し場で水を汲んで飲んで、そしてまた、ぽかんとしている2人の横を通って僕の部屋へ戻る。
「……おやすみ!」
そこで挨拶すると、ようやく2人は動いてくれる。
「……ああ、おやすみ」
「ふふふ、おやすみなさい!」
ラオクレスはちょっと気まずげな、それでいて『伝わっている』って返事をしてくれているみたいな笑みを浮かべて。
クロアさんは『してやられたわね!』みたいな、ちょっと恥ずかしそうな笑顔を浮かべて。
それぞれの『おやすみなさい』を聞いた途端、なんとなく気持ちが落ち着いて、僕は部屋の扉をそっと閉めた。
……そのままベッドの中に潜り込んだら、ふわふわぬくぬく、眠くなってくる。
今度こそ、途中で起きずにぐっすり眠れそうだ。




