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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
番外編:明日も絵に描いた餅が美味い
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未成年、保護者付き*4

 会場に到着すると、ラオクレスが諸々の手続きをしてくれた。彼は落ち着いた様子で招待状を出して、あっさりと僕らは会場の中へ。

「ラオクレス、慣れてるね」

「いや、こういった場には不慣れだ。当然だが」

「そう?すごく落ち着いて見える」

「お前より多少肝が据わっているだけだ」

 ちょっと笑いながらラオクレスはそう言って……そうして周囲を見回してから、そっと、僕に囁いた。

「それから、名前を呼ぶな。気をつけろ」

「あ、うん。そうだった。ええと……お父様」

 そうだった、そうだった。今、僕はラオクレスの娘さんなんだった。なので僕からラオクレスを呼ぶ時には、『お父様』。よし。もう間違えない。

「じゃあ、そっちも。名前、間違えないでね」

「ああ、分かっている。『サクラ』」

 そして僕の方も、当然だけれど偽名を使う。今の僕の名前は、『サクラ・ロダン』。僕が『お父様』のために持ってきた絵が桜の絵だったので。……ちなみにラオクレスの偽名は『オーギュスト・ロダン』だ。『考える人』で有名なあのロダンのお名前を借りました。

 僕らはレッドガルド領ソレイラに出店している『ロダン商会』の当主とその一人娘。今日は人脈を広げるためにこのパーティに参加している……という設定。


「ええと、召喚獣の魔法を開発している人達を探さないといけないのか」

「そうだな。人相は分からん。ヴィオロン家の者と話している、身分の低そうな者達に目星を付けるしかない」

 さて、パーティ会場の中に進んでいったら、僕らはまず、ヴィオロンさんを探す。僕ら2人ともヴィオロンさんの人相は分かるので。

 そしてヴィオロンさんかヴィオロンさんのお父さんあたりと話している、魔法の研究をしていそうな人が居たら、その人が僕らの目的の人だ。

 ……ただ。

「まあ……俺はヴィオロンには近づかない方がいいだろうな」

「うん……」

 僕は、まあ、クロアさんお墨付きの『女の子に見えるわ!』っていうのがあるから、まだいいんだ。けれど、ラオクレスはそうもいかない。彼の肉体美は多少の変装じゃあどうしようもない。身長を低く見せるようなことってなかなかできないし。

 そして、ラオクレスのこの体格って、まあ……ヴィオロンさんの印象に残っている可能性が高いので。だから、ヴィオロンさんに接触しなきゃいけないことがあったら、その時はラオクレスじゃなくて僕が行くことになる。心配だなあ。離れたくないのになあ……。

「クロアが予想していた通りになるか。お前がヴィオロンの気を引き付けておいて、その間に俺が召喚獣を奪う魔法の研究者達に接触する、と」

「そうだね。そうなると思う」

 勿論、僕だってヴィオロンさんに明るいところでじっくり見られたら多分、トウゴ・ウエソラだって分かってしまうと思う。だからできるだけ短時間で彼の気を引いて、ちょっとその場を離れないといけないような状況にしなければならない。よし、頑張るぞ。


 ということで、早速。

 僕は、ヴィオロンさんを見つけて、そっと近づいてみる。

 ヴィオロンさんはヴィオロンさんのお父さんと思しき人と一緒に、誰か……その、あんまり貴族らしくない立ち居振る舞いの人と話していた。話をちょっと盗み聞きしてみると、ちらちらと、『魔石』とか『召喚獣』とかそういう言葉が聞こえてくる。多分、間違いないだろう。

 よし、と意を決して、僕は……ヴィオロンさんに、ぶつかりにいく。参考はクロアさん。ほら、彼女が最初にフェイに目を付けていた時の、あれ。あれを参考に、そっと、近づいて、できるだけ自然なかんじに、自然なかんじに……。

 ……ぶつかるぞ、と思って集中していたのがいけなかった。僕はうっかり、他の来場客にぶつかられてしまった。途端によろめいて、やろうと思っていたぶつかり方の数倍の勢いで、ヴィオロンさんの方に向かって倒れてしまう。

「……大丈夫ですか、お嬢さん。お怪我は?」

 そして。

 僕は無事、ヴィオロンさんに抱きとめられて、地面に倒れずに済んでいます。

 ……この人、こういうところは良い人だなあ。


 不慮の事故だったものの、目的は達成できた。ええと、とりあえずここから、ヴィオロンさん親子を立ち去らせなきゃいけない。

 まずはヴィオロンさんから体を離して、お礼を言ってちゃんと立って……。

 ……そこで、僕はやたらとヴィオロンさんに見つめられていることに気づいた。あ、も、もしかして……ばれてしまった、だろうか!?

「あなたが床に倒れてしまうようなことが無くて本当によかった。私は幸運だったな。あなたを支えることができて」

 ヴィオロンさんはにっこり笑って、また僕を見つめて、それから……なんと、自己紹介を始めた。

「私はモルヴィ・ベラ・ヴィオロン。あなたのお名前をお伺いしても?」

「え、ええと……サクラ・ロダンです」

 これはどういうことなんだろうか。僕が『トウゴ・ウエソラです』って名乗るのを待っているんだろうか。それともまだ気づいてない?やっぱり気づいたうえで揶揄われているだけ?

「ロダン?というと……」

「父が、レッドガルド領ソレイラでロダン商会を営んでおります」

 いや、まだきっと気づかれてない!と信じて、嘘を吐き通す方に舵を切る。するとヴィオロンさんは興味深そうに頷いてくれた。……ええと、やっぱりばれてない?まだ大丈夫?本当に大丈夫?

「成程……父上。ロダン商会をご存じですか?」

「ロダン?いや……」

 召喚獣関係の魔法の研究者さんと話していたらしいヴィオロンさんのお父さんは、息子に話を遮られる形になってしまったのでちょっと困っていたようだった。けれど、僕を見て、ふむ、と言ってぱちりと目を瞬いて、それからどうやら僕の方に意識を向けてくれたらしい。

 彼は研究者の人に『ちょっと後で』みたいなジェスチャーをして、向こうの話を止めてくれた。あ、あれ?思わぬ成果が出てしまった。これは嬉しいなあ。これでもう、僕の任務は達成だ!

「申し訳ない。不勉強なもので失礼した」

「いいえ。まだ小さな商会ですから……」

 この後はどうしようかな、と考えつつちょっと謙遜しつつ、ヴィオロンさんとヴィオロンさんのお父さんの視線、それからついでに、何故か周囲に居る人達の視線も集めてしまいながら、僕は変わらず、ヴィオロンさんと会話を続けることにする。急に話を切ってしまうのも不自然だろうし、不自然だと僕がトウゴ・ウエソラだって思い出されてしまうかもしれないし。

「そちらではどのような品を扱っておられるのだろうか」

「ええと、主に、絵画や彫刻といった、芸術品を扱っています」

 という訳で、嘘を吐く。

 これも事前の打ち合わせ通りだ。芸術品の話だったら、僕、恙なくできるので。商家の娘が自分の家で取り扱っている品物を知らなかったら問題があるからね。

「ほう……父上。我が家の応接間の壁が少々寂しいという話を以前、していましたね?」

「ああ、そうだな。そちらではどのような絵画を扱っておられる?」

「何でも。静物画も風景画も。ただ、ソレイラの森の絵やソレイラの騎士団の絵が多いですが」

 僕が実際に描いているものをちょっと上げてみると、ふむ、なんて言いながらヴィオロンさん親子は頷いて……。

「ここでお会いできたのも何かの縁だ。もしよろしければ、ヴィオロン家に芸術品を卸してはいただけないだろうか」

 そう、言ってくれた。


 ……ええと。

 もし、本当にばれていないとしたら、このまま話を続けるべきだろう。

 そして、本当はばれているとしても、ヴィオロンさんが僕を僕と分かった上でこう言ってくれているんだとしたら……その、きっと、『友好的に接したい』と思ってくれてのこと、だと思う。

 なので、どのみち僕の答えは一つなんだ。

「はい!是非!」

 いつか適当なところでヴィオロンさんの家、遊びに行ってみようかなあ。フェイと一緒に。




「ところでサクラ嬢。もしよろしければ、もう少しお話しさせていただけないだろうか」

「へ?」

 ……僕の目的は達成できた。後は、ヴィオロンさん達が再会するより先にさっきの研究者の人達を見つけて捕まえて、『ヴィオロン家ではなくこちらと手を組んでもらおうか』ってやればそれでいいんだ。

 けれど……ヴィオロンさんが、離してくれない。なんでだろう。ええと、もうちょっと美術品の話をしたい、ということだろうか。

 なんというか、ちょっとヴィオロンさんを見る目が変わったなあ。この人、美術が好きなのかもしれない。だとしたら、まあ……フェイに失礼な態度をとったことは許さないけれど、それはそれとして、分かり合える部分が無いわけじゃない、っていうことだ。

 それは嬉しい。ほら、ルギュロスさんだって最初は中々にとげとげした人だなあと思っていたけれど、今や立派な森の一員だし。ヴィオロンさんともああいう関係に、もしかしたら、なれるのかもしれないし……。

 ……と、思っていたら。

「サクラ」

「えっ、お父様?」

 そこへ、ラオクレスがやってきた。あれ、打ち合わせと違うけれどいいんだろうか。でも、何だかんだラオクレスが来てくれると心強い。

「どうも、娘がお世話になったようで」

 ラオクレスはヴィオロンさんやヴィオロンさんのお父さんよりも遥かに高い身長を生かして、彼らを見下ろす。

 これが最高に格好いい。ラオクレスって、こういうびしりとした振る舞いが本当に似合う。学が無い、なんて本人は言うけれど、そんなの全く感じさせない。彼の経験が深い知性として現れてるんだと思う。ああ、すごい。すごく描きたい……!

「な……貴様、トウゴ・ウエソラの護衛か!」

 そして当然、この石膏像ぶりを見て、ヴィオロンさんが気づいた。ラオクレスはそれに動じていない。どうやらヴィオロンさんにばれてしまうところまで織り込み済み、らしい。

「貴族でも、商家でもない貴様がここに何をしに来た?」

 ヴィオロンさんはそう、ラオクレスに詰め寄る。さっきとは打って変わって、敵意むき出しの状態だ。

 ……けれど。けれども。

「そして貴様はサクラ嬢とどのような関係だ?」

 ……ヴィオロンさん。どうやら、ラオクレスには気づいたのに僕には気づかないらしい。

 そんなのってないよ!




 嘘だろ、と思うのだけれど、ヴィオロンさんは相変わらず、ラオクレスを睨んでいるばかりで僕には気づいた様子が無い。うわあ……うわあ……これはヴィオロンさんの目が節穴すぎるのか、それとも、僕が、あまりにも……あああああ。

「サクラ・ロダンは俺の娘だが。……そうだな?サクラ」

「はい、お父様」

 僕は半分やけっぱちになりつつ、もう半分は大いにおろおろしつつ、ラオクレスの腕に腕を絡ませる。もう娘でも愛人でもいいよ!好きに勘違いして!

「……成程、そういう『設定』だということか」

「好きに捉えればいい。今回用があるのはお前達ではないからな」

 ラオクレスはどこ吹く風、という顔だ。ヴィオロンさんに睨まれているのに全く動じていない。どちらかというと、僕の方が動じている……。

「あの、お父様……」

 これ、僕はどうすればいいんだ。そういう気持ちでラオクレスを見上げると、ラオクレスは、大丈夫だ、と少し笑って僕の頭を軽く撫でた。……カツラがくすぐったい。新感覚!

「サクラ。先に向こうへ行っていろ。俺は少し話をしてから戻る」

 やがて、ラオクレスは僕と視線を合わせるように背を屈めてそう言った。……すごい!すごくお父さんっぽい!

 ラオクレスのお父さんっぽさに感動しつつ、僕は頷いて応じた。ここは急いで話を切り上げて、研究者の人達を追わなきゃいけない。よし。

「あの、是非、ソレイラに遊びにいらしてくださいね」

 なのでここはひとまずこれで。

 ヴィオロンさんにそう言って、お辞儀する。そしてふと伸びてきたヴィオロンさんの手に捕まる前にするりと逃げて、にこっと笑ってすぐ立ち去る。すたこらさっさ。

 ちょっと失礼で不自然な立ち去り方になってしまったかもしれないけれど、ここはあれだ。『後は野となれ山となれ』っていうやつだ。

 僕が離れた後でラオクレスが何かヴィオロンさんと話しているらしいのをちょっと見つつ、僕はできるだけ人ごみの中に隠れてしまうことにした。人を隠すなら人の中。木を隠すなら森の中、だ。




 さて。人ごみに紛れてヴィオロンさん達から身を隠していたところで、色々な人に話しかけられつつ困っていたら、ラオクレスがやってきた。どうやらヴィオロンさんの方は片が付いたらしい。

「こっちだ。研究者達を待たせてある」

「仕事が早いなあ」

 そしてラオクレスに連れられて、会場の隅の方……個室みたいになっている一角へと向かっていく。

 その途中、何人かの人に挨拶されて挨拶し返しつつ、ラオクレスは彼らから何かを受け取っていた。……多分あれ、クロアさんの『お父様』関係のものなんだろうなあ。

 まあ、そんなこんなで会場の隅の方。壁と観葉植物で区切られた一角に、2人の人が居た。……さっき、ヴィオロンさん達と話していた人だ。

「おお、そちらが報酬、というわけですか?『娘』さんとお聞きしていましたが……実にお美しい!」

 そしてその人達、何故か僕に手を伸ばしてきた。な、なんだなんだ!

「何を勘違いしている。触れるな」

 かと思ったら、静かに、かつものすごく怒った様子のラオクレスが僕を引き寄せて、彼らの手を払いのけた。なんだなんだ。

「え、あ、あの、実の娘さん、でいらっしゃいましたか……?」

 相手の困惑に対して、ラオクレス、無言の石膏像。

「あの、お父様。これは一体……?」

 そして僕も、混乱したままおろおろ。多分、僕がヴィオロンさん達と話している間にラオクレスがこっちと話をつけておいてくれたんだとは思うんだけれど。ちょっと状況が分からないので助けを求める。……すると。

「……サクラ。報酬を見せてやれ」

 ラオクレスはそう言って、大丈夫だ、と言うように頷いて見せてくれた。成程、どうやら、もうそこまで話が進んでいたらしい。これなら、ラオクレスに報酬の宝石を持っておいてもらった方がよかったかなあ。

「そういうことなら」

 まあ、クロアさんは『トウゴ君が報酬を見せた方がいいと思うわ』って言っていたので、これでいいんだろう。多分。

 ということで。

「……見ててね」

 前置きしてから、僕はクロアさんに教わった通り、そっと、スカートの裾を持ち上げる。

 膝の上、下着が見えないあたりまで裾を持ち上げると、太腿に固定して隠してある宝石が見えるようになる。

 彼らの目が宝石にくぎ付けになったのを確認したら、すぐ、ぱっ、と裾を離す。ドレスの裾は重力に従って、ふんわりと戻っていって宝石を隠した。

「成功報酬はこれ、っていうことで、どう?足りない?」

 ……彼らは目を円くして、ぽかんとしたように僕を見つめていた。まあ、結構大量の宝石を用意してきたので。

「……他のところとの関係を切って、こっちとだけ、手を組んでくれる?」

 そして僕がもう一度尋ねると、彼らは何度も何度も頷いてくれたのだった。よかった!どうやら無事、やり遂げることができたらしい!




 さて。

 研究者の人達にはさっさとパーティからご退場頂いて、僕とラオクレスは不自然にならないよう、もうちょっとだけ会場に居残ることにした。……のだけれど。

「……さっきのは、なんだ」

 ラオクレスは、なんだか強張った表情で、そう聞いてきた。

「クロアに仕込まれたのか?」

「うん。こうすると『慣れてる』っていうかんじがして舐められないわよ、って」

 いかがでしたか、という気持ちを込めてラオクレスを見上げると……。

「……二度とやるな。心臓に悪い」

「し、心臓に?」

 ラオクレスは深々とため息を吐いて、何かもごもご言って、そしてまたため息を吐いた。……後でクロアさんに抗議しておこう。




 適当に会場の中をウロウロして、ラオクレスが頼まれていた仕事も全て終わらせることができたら、僕らはさっさと会場を出る。あまり長い間会場に居ると、ヴィオロンさん達に話しかけられそうだったし、あの人達に話しかけられるとボロが出そうだったし……。

 ということで会場から出て、僕らはクロアさんのご実家へ戻る。クロアさん達に報告しなきゃいけないし、その上で今後の方針を決めて動かないと。

 ……あと、できるだけ早く、ドレス、脱ぎたいなあ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 閃いたことをよく考えず打ちます! 「膝の上、下着が見えないあたりまで 裾を持ち上げると」 そこは絶望領域であった。 頭の底が白くなった。 停車場に思考が止まった。 「お父様ー。お父様ー…
[一言] 精霊さんが小悪魔になってしまった!
[一言] まさか、ラオクレス男の娘好き!
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