未成年、保護者付き*3
「まあ、その方が安心よね。私もこっそり潜入するつもりだけれど、トウゴ君の傍に騎士が居た方がいいに決まってるわ。……ああ、勿論、お父様の腕を疑っている訳じゃないけれど。でも、トウゴ君だってラオクレスが居てくれた方が安心できるでしょうし」
にっこり微笑みかけてくれるクロアさんに頷き返す。うん。僕、ラオクレスがいい。
「いや……だが、しかし、俺にそんな任務が務まるか?生憎、この図体にこの学の無さだ。どう考えても隠密行動向きではない」
「まあ構わないだろうね。要は、ヴィオロン家と組んでいる連中に金をちらつかせて、『そいつらではなくこちらと組んだ方がいい』と交渉すればいいだけのことだ。そう難しくはないだろう?」
『お父様』の説明に、ラオクレスは苦い顔をする。『自信がありません』っていう顔だ。
「まあ、演技指導は私がしてあげるわ。それに安心していいわよ。あなたが演じるのは『商人を演じている明らかに商人じゃない人』だから」
「……そういうものなのか」
「ええ。まあ、そういう人達の集まるパーティだから大丈夫よ」
余計に大丈夫じゃない気がしてきたけれど、だからこそ、ライラを送り込むわけにはいかないよなあ、と思う。ついでに、ラオクレスが居てくれると安心だなあ、とも。
「あなただってトウゴ君をお父様と2人きりで送り出すよりは、自分が傍に居た方が安心なんじゃない?」けれど、クロアさんがそう言うと、ラオクレスはものすごーく苦い顔で、頷いた。
「……一緒に来てくれる?」
「……ああ」
やった!どうやら僕、1人で緊張しなくてもよさそうだ!ありがとう、ラオクレス!
それから僕らは多少の打ち合わせの後、バーから外へ出て、宿へ向かう。
打ち合わせはほとんどクロアさんがやってくれたし、僕とラオクレスがすることなんてほとんど無かった。強いて言うなら、僕はクロアさんの指示に従って、加工された状態の宝石を大量に出したことと……あと、妖精を呼んで、特別なキャンディを分けてもらったくらい。
このキャンディ、妖精の国の花を蜜と一緒に煮込んで作ったものらしくて、舐めるとしばらく声が変わるんだよ。僕も一度、知らずに舐めて声が女の子みたいになってしまってびっくりしたことがある。
クロアさんは『妖精のキャンディ無しでも大丈夫な気がするけれど、まあ、変装も兼ねるわけだし、念のため使っておきましょうね』と言っていた。いや、流石に大丈夫ってことはないよね。ないよね?
他の準備についてはまた明日。服は明日の朝、僕のを選んでからラオクレスのを僕が描いて出すことにした。……ラオクレスのは描かないと、ほら、彼の体に合う服って、既製品じゃあほぼ存在しないので!
魔石ランプの外灯に照らされる石畳の上を歩いていくのだけれど、僕はなんだかほわほわした気分だ。ちょっと現実味がないというか、なんというか。
「おい、トウゴ。大丈夫か?いつにも増してふわふわしているが」
なんだかふわふわほわほわしながら歩いていたら、ラオクレスがものすごく心配そうに僕を見ていた。ええと、まあ、大丈夫だとは、思うけれど。
「もしかしてトウゴ君、さっきのケーキで酔っちゃってるのかしら?」
「え?……あ、もしかしたら、そうかもしれない……」
思い出すのは、バーで出てきたケーキ。ラオクレスのやつを一口貰ったけれど、あれ、すごくお酒が効いていたからなあ。そっか、あれで酔っぱらっちゃったのか。それで僕、思い切りがよくなっちゃって、『お父様』の頼みを引き受けてしまったのかもしれない……。
それにしても、さっきのケーキ一口で酔っぱらってしまったなら、僕、成人した後もほとんどお酒なんて飲めないんじゃないだろうか……。
「なんだかちょっとほわほわする」
「あらあら。しょうがない子ねえ」
さっきの『お父様』との会話が終わって緊張の糸が切れちゃったのかもしれない。意識し始めたら途端にふわふわしてきてしまう。
ラオクレスに心配されて、クロアさんにくすくす笑われて、そして僕はラオクレスにひょいと持ち上げられて運ばれることになってしまった。……けれど、まあ、偶にはこういうのもいいかなあ、なんて思ってしまう。つまり、やっぱり酔っぱらってるんだと思うよ、僕。
宿に着いてからも、『今のトウゴ君が1人でお風呂に入ったらお風呂の中で寝ちゃいそうね』というクロアさんの真剣な心配によって僕はラオクレスと一緒にお風呂に入ることになった。流石にお風呂の中では寝ないつもりだけれどな。
「ラオクレスと一緒に入るとお風呂が小さくなったような錯覚」
「悪かったな」
「ううん。僕、狭いところ好きだよ」
ラオクレスが湯船に入った途端に溢れたお湯を見てラオクレスの体積に思いを馳せつつ、程よく狭くてぬくぬく温かいお風呂を楽しみつつ、眠くなりつつ……。
温泉とか以外で誰かと一緒にお風呂に入るの、すごく久しぶりだなあ、と、ふと、思う。なんだか新鮮な感覚だ。
……いや、よくよく思い返してみたら、リアンを捕まえてお風呂に入れた時が最新なので、そんなに久しぶりでもなかったか。
「ラオクレスってやっぱりお父さんっぽいと思うよ」
けれどもリアンの前はもうほとんど記憶にないくらい昔のことなので。僕は何となく、そんなことを言ってみる。
「僕の父親っぽい、っていう意味じゃなくて。むしろ、僕の父親とは全然似てないんだけれど……」
ラオクレスが不審げな顔をしたので慌てて弁明しつつ、でも、一度言いだしてしまったことなのでちゃんと言葉を着地させるべく、自分が言いたいことを探して……。
「世間一般で言うところの『お父さん』っぽい」
ひとまず、こういうところで僕の言葉は着地した。着地したし、どうやらそれをラオクレスに拾ってもらえたらしい。
「……そうか」
ラオクレスはちょっとだけ痛まし気な顔をした後、じんわり笑って僕の頭を撫で始める。濡れた髪にごつごつした手が乗ると、じんわり温かくて心地いい。
「明日はよろしくね、『お父さん』」
「……妙な感覚だ」
ラオクレスはため息を吐いているけれど、僕はなんとなく、明日が楽しみでもあるんだよ。緊張って一周回ると楽しいのかもしれない……。いや、でもやっぱり女装は楽しくない……。
お風呂を出たら、ふわふわに出てきてもらう。以前の黒さはどこへやら、すっかり真っ白になったふわふわは、濡れた僕らの体にくっついてふわふわやると、たちまち僕らから水気を吸い取ってくれるんだよ。お陰でドライヤー要らずで髪が乾く。とても助かるなあ。
そうしていたらクロアさんももう1つのお風呂から出てきたので、ふわふわをクロアさんにも貸し出す。……クロアさんの髪もすっかり乾かして戻ってきたふわふわには、なんだかいい匂いがついていた。落ち着かない……。
「さ。そうしたらもう今日は寝ちゃいましょう。トウゴ君も眠そうだし……」
「うん……駄目だ、僕、お酒にすごく弱いみたい」
「だろうな」
だろうな、ってなんだよ、と思いつつも反論できる状態にない。悪あがきせずさっさとベッドに入ってしまうことにした。
「おやすみなさい、トウゴ君」
「おやすみ」
「おやすみなさい。また明日」
クロアさんとラオクレスはまだ起きているようだったけれど、僕はもう駄目だ。寝室に入って、ベッドにもぐりこんでもぞもぞしていたら、いい具合に布団の中が温かくなってきて……そうしたらもう、とろとろ眠くなってきて、僕はいつの間にか寝てしまっていた。
そして翌朝。
僕らはクロアさんのご実家の衣裳部屋で……僕の衣装合わせを行っていた。
すごいんだよ、ここ。すごく大量の衣装がある。ドレスに礼服から、どこかの制服らしいものまで。それに加えてカツラもアクセサリーも、大量にある。すごいなあ。きっとライラが喜ぶよ、こういう場所。僕だって、これを今から僕が着るんじゃなかったらじっくり観察して楽しみたかった……。
「あんまり可愛らしいのはトウゴ君も抵抗があるでしょうから……こういうのにしましょうか」
「十分可愛らしいと思う……」
クロアさんが僕の肩に当てているのは、ドレスだ。当然スカートだし。ひらひらしてる。
「あら、じゃあこっちの方がいい?」
でも次にクロアさんが出してきたのがピンク色のリボンとレースで飾られたすごくピンクなドレスだったものだから、前者の多少地味な方で妥協することにした。嫌とものすごく嫌の二択だったら、嫌の方を選ぶ。選ばざるを得ない……。
「髪は……このままでいきたいわね。こんなにつやつやさらさらして綺麗な黒髪、中々無いもの。あ、でもヴィオロンさんにバレちゃうわね。じゃあやっぱりカツラを使いましょうか。そうねえ、なら、長い黒髪もいいけれど、軽めの銀髪でもいいかしら。うーん……」
それから僕はクロアさんにあれこれカツラを被らされていた。すごいなあここ。こんなにカツラばっかりあるなんて。一周して感心してしまう。
「うん。やっぱりこれにしましょう。濃い目のグレー。これならラオクレスの髪色とも合うし」
そうして選ばれたのは、背中に届くくらいまでの長さの、グレーのカツラだった。それを被せられて、なんだか落ち着かない気分になりつつ髪越しにラオクレスを見る。……あ、ラオクレスも落ち着かなげな顔をしていた。まあ、そうだよね。うん……。
さて。選ぶものは選び終わったらしいので、ここで僕はラオクレス用の服を描く。
デザインの元になるものは、衣装部屋の中にあった男性ものの服。それをラオクレスサイズにあちこち直しつつ、クロアさんの注文を聞いて細かいところを修正していくかんじで。
……そうしてラオクレスの服が出せたところで、そろそろいい時間になってきてしまった。
社交界は夕方からだ。そして準備はもう、昼過ぎには始めなきゃいけない、ということらしいので……食事を摂ったら、早速、着替えに入る。
……ううう。
「お胸は控えめにしておきましょうか。はい、これ」
「……これ、着けなきゃだめ?」
「流石にトウゴ君そのままだと、つるんぺたんなんだもの。控えめっていうにしても程があるわ」
……女の子用の下着みたいなやつを渡されて、僕は今、困っています。詰め物がしてあるんだけれど、その……ううう、すごく落ち着かない!
ちら、と見てみたらラオクレスがものすごく落ち着かない顔をしている。そわそわラオクレスだ。そして落ち着かない人を見ている僕は逆に落ち着いてきてしまう。不思議。
ということで僕はなんだか腹を括ったというか肝が据わったというか、なんかそういう気分でクロアさんに渡されたやつを着る。
それからドレスを着せられた。ひらひらする。
そして脚の毛、剃られた。……クロアさん、「トウゴ君、ほとんど毛、無いわねえ……産毛だわ、これ」なんて言いつつ剃刀ですりすりやって、毛、剃った。僕の。脛毛。
……あの、そういう、ちょっと取り返しがつかないところまでやられるっていうのは、想定してなかったんだけれど。なんでスカートで隠れる位置の毛、剃ったの?ねえ、なんで?なんで?
僕は心の中でものすごく疑問を感じつつ、次に化粧された。
……もう諦めがついたというか、もう後戻りができないというか、ここまで来たらとことんまで行くぞ、みたいな気持ちになってしまったので、大人しく化粧される……のだけれど。
「あ、あの、くすぐったい!」
「こーら、トウゴ君。駄目よ、じっとしてて」
「こ、怖い!目は怖い!目は怖いよ、クロアさん!」
「大丈夫よ、瞼だから」
「ほとんど目だよ!」
……その、お化粧っていうのは、すごく、怖い。
くすぐったくてくすぐったくて大変だし、目をつつかれそうですごく怖いし。反射で目を閉じてしまうとクロアさんに怒られるし!
最終的には僕、クロアさんに半分催眠状態みたいにされて、夢うつつの状態で化粧されてた。まあ、この方が色々といいよね。こう、色々考えなくていいし……。
……そうして。
僕は綺麗な靴を履かされて、カツラを被されて、髪飾りや何やらをつけられて……。
「それから太腿に……細いわね!」
「悪かったね、細くて……」
なんだかんだ色々飾り付けられて、そして。
「ふふふ、完成!可愛くできたわ!」
クロアさんが満面の笑みを浮かべて鏡の前に連れてきてくれた。
鏡の中に、可愛い女の子が居た。
「……うう」
思わず目を逸らす。こんなの僕じゃない……ううううう。
「ふふ、可愛くできたわ。これならトウゴ君が男の子だなんて、そうそう気づかれないでしょう。安心していいわ」
「うん……」
ま、まあ、ものすごく複雑な気持ちだけれど、ひとまず、潜入するにあたって一番の問題は解決された、ということだ。前向きに行こう。前向きに。
「さて。じゃあラオクレスの方もやっちゃいましょうか」
ということで、クロアさんはラオクレスの方へ向かっていく。ラオクレスはある程度着替えていたけれど、着替えに人の手が必要な個所があるらしくて、そういうところはやっていない。
……ラオクレスと目が合ったら、その、ものすごく気まずげに目を逸らされた。ひ、ひどい!いっそのこと、笑ってくれたらいいのに!
クロアさんは手際よく、ラオクレスに服を着せて、髪を整えていく。いつぞやのボディガードの時を思い起こさせるようなかんじだなあ、ラオクレス。
「よし、できたわ。ちょっと2人で並んでみて?」
そうしてラオクレスが仕上がったので、僕ら、クロアさんに言われるがまま、並んでみる。……うん。
「親子に見える?」
「まあ、そうね。実の親子に見えなくもないわ。……まあ、こういうところでの『父と娘』って、大体の場合は『金持ちと愛人』だけれど」
「……そう」
「……そうか」
僕らは2人で顔を見合わせて、すごく複雑な気持ちでいる。僕は僕で女の子にされてしまってものすごく複雑な気持ちだし、ラオクレスはラオクレスで、僕が女の子なので扱いに困っている様子だ。まあ、そうだろうなあ。僕だってきっと、ラオクレスが女装させられてしまっていたらものすごく扱いに困ると思う。
ましてや、『愛人』って。愛人……僕、ラオクレスの愛人か。愛人……愛人……。
「それにしても驚いたわ。いえ、予想はしていたのだけれど……トウゴ君、本当にそこらの女の子より綺麗よ」
「褒められてもあんまり嬉しくない……」
「そう?こういうのは素直に喜んでおいた方がいいわよ。自分が持っている武器はちゃんと把握しておかなきゃね」
うん……まあ、理屈は分かるんだけれどさ。
例えば、ラオクレスだったらその石膏像顔負けの肉体美で、威圧感を発することができる。彼が立っているだけで、その場で悪事を働こうとする人は居なくなるだろう。
それから、クロアさんだったらその美しさで、色んな人から好意を寄せられると思う。特に男性だったら、クロアさんに話しかけられて嫌がる人、居ないんじゃないかな。それがクロアさんの『武器』なんだろう。
……まあ、僕は、ラオクレスみたいにはなれないし、クロアさんでもないけれど。一応、『女装すると女の子っぽくなる』というのは、僕が持っている武器の1つ、であるらしい、ので……。
「頑張ってね、トウゴ君。召喚獣達とライラの為っていうことで」
「……うん」
まあ、何にせよ、頑張ろう。元気を出そう。僕がやらなきゃ誰がやるんだ。……うう、でもやっぱり複雑な気持ちなのはどうしようもないんだよ!
複雑な気持ちのまま、僕はクロアさんからいくつか技術指導を受けた。
こういうことを言われたらこう返す、この場面ではこういう風に動く。……そういうことを細かく教えてくれるので、頑張って頭に叩き込む。
……まあ、こういう風に変装してパーティに潜入、なんて経験、中々できないから、せめて楽しめるところは楽しもう。多分、先生だったら『書くものの材料にできる!』って喜ぶだろうし。いや、流石の先生でも女装は嫌だと思うけれどさ。
「じゃあ、宝石はここね。ラオクレスが出すより、トウゴ君が教えた通りに出した方が効果的だと思うわ」
「そっか。分かった」
プロの密偵さんの技術指導、すごいなあ。こういう世界もあるんだなあ、という気持ちで色々と教えてもらって、それからラオクレスがざっと打ち合わせして……よし。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
僕とラオクレスは連れ立って、お店を出ることにした。……外気に触れて、脚がすーすーする。ううう……スカートって、落ち着かない!
けれど、靴はクロアさんが動きやすいものを選んでくれたおかげで、歩くのには支障がない。これ、ハイヒールとかだったら僕、転んでいるんだろうな。それにしても、クロアさんは一体どうやって、ハイヒールであんなに速く動けるんだろうか。僕だったら絶対に無理だと思う。
……王都の裏通りを歩いていると、ちらちらとこちらを見てくる人たちが居る。すれ違う人達が皆、僕を見ている気がする。お、落ち着かない!
「トウゴ。掴まれ」
そうしていると、ラオクレスがそう言って、腕を差し出してくれた。
「ええと、こう?」
「ああ。それでいい」
僕がラオクレスの腕に自分の腕を絡めると、途端に、ふい、と目を逸らす人達が多かった。な、なんでだろう……。
「……会場に着いても、できるだけ俺から離れないようにしろ」
「うん」
ラオクレスの言葉にしっかり同意しつつ、僕はラオクレスの腕にぎゅっとくっつくようにして進む。もう、あれこれ全部不安だから絶対にラオクレスから離れないようにしよう。頼まれたって離れないようにしよう……。
3月10日発売となります『今日も絵に描いた餅が美味い』2巻の挿絵の中に、ドレスを着たトウゴの絵がございます。なんか気になった方は是非そちらをどうぞ。




