妖精公園へようこそ!*5
「だから!俺は妖精を盗んだりしてねえっつってんだろ!」
「あっ!ルスターさん久しぶり!」
兵士詰め所へ向かったら、そこには石膏像達に囲まれるルスターさんが居た。お久しぶりです!
「トウゴか」
取り調べにあたっていたらしいラオクレスは、到着した僕らを見てなんだかほっとしたような顔をしている。まあ、ルスターさんと妖精と石膏像、っていう組み合わせだし、互いに意思の疎通が図れなくて困ってたんだろうなあ。
「どうやら妖精公園の入場門で警報が鳴ったらしい。何でも、妖精を連れ出そうとした時に鳴るものだそうだな」
フェアリーローズの入場門の仕様については、フェイから森の騎士達、妖精公園の警備にあたってくれている兵士達に伝わっているらしい。よかったよかった。入場門も兵士達も、恙なく動いてくれている、と。
「ルスターには妖精を盗んだのではないか、と疑いが掛かっているらしいのだが……俺にはどうも、そうは思えん。こいつが盗んだならもう少し上手くやるだろうからな」
「そうだよね。ルスターさんは盗みの腕は天下一品だから……」
僕も納得して頷くと、ルスターさんはなんだかじっとりした目で僕らを見る。……あっ、もしかしてこの人、照れてるんだろうか!
「先程から妖精が何かを主張しているらしいんだが、俺達には妖精の言葉が分からんからな。見ていてもさっぱり分からん。困っている」
ラオクレス達の目の前では、『ルスターさんに盗まれかけた妖精』であろう妖精が一匹、ぱたぱた忙しなく飛び回りつつ、何かを必死にアピールしている。けれど妖精の声は僕らにはしゃらしゃらさわさわ聞こえるだけだから、何を言われているのか分からない!
「これは『彼は無実なんです!』なのか、はたまた、『彼に厳罰を!』なのか……分からないね」
「分からないな」
……まあ、この通り分からないので。こういう時には妖精の国の女王様の出番だ。アンジェに場所を譲ると、たちまち妖精はアンジェに向けて何かを喋り始めて、アンジェはそれを頷きながら聞いて……。
「あのね、この妖精さん、大好きなルスターさんがいたから、おもわずくっついちゃったんだって!だから、盗まれちゃったわけじゃないんだって!」
翻訳完了!そしてルスターさんの無実も証明された!よかったね、ルスターさん!
ついでに妖精に大人気っていうことも証明された!よかったね、ルスターさん!
「くそ、迷惑掛けやがって」
「それはすまなかったな」
ルスターさんは無事、釈放の運びとなった。よかったね。
「うーん、今回のような冤罪を防ぐためにも、妖精が人間用ゲートを通らないように注意喚起が必要だなあ」
「あのね、アンジェも妖精さんにおしらせ、してくるね」
そしてアンジェは先生と一緒に妖精公園へと駆けていった。まあ、妖精側でルールが浸透していけば、今回みたいな誤作動は無くなると思う。
「ごめんねルスターさん。冤罪だった。はい、こちらお詫びのおやつ券。10枚つづりのやつ」
それから僕はルスターさんにお詫び。一応、冤罪で捕まえてしまったので……。
「いらねえよ!何枚あると思ってんだ!使いきれるか!」
「なら、クロアさんのご実家のお姉さん達にでもあげればいいんじゃないだろうか」
ちなみに、ルスターさんが妖精おやつ券ばっかり持っているということはもう知ってる。だって、前回のラオクレスとの決闘の時に妖精達からたくさん貰っていたから。
まあ、なので彼の友達とか知り合いとか仕事仲間とかにおやつ券を配ってくれればいいんじゃないかな、と思って渡してる。そうするとルスターさんはここに来てくれるし、彼以外の人が来るにしても、その分ソレイラの宣伝になるし。
「えーと、ルスター。1つ頼みがあるんだけどよー……」
おやつ券をポケットにしまったルスターさんの前に、フェイがひょこひょこ、と出ていって、期待に表情を輝かせつつ話しかける。
「……んだよ」
ルスターさんは慄いている。そりゃそうだ。多分、この人はこういう『期待に輝く表情』みたいなのを向けられることがほとんど無いんだと思うから。
「お前、雇われる気、ねえ?」
……更に、こんなことを言われることも、ほとんど無いんだと思う!
「ということで、ルスターさん!あなたは雇用期間の間、妖精公園から何でも、好きに自由に盗んできてほしい!それを僕らの所へ持ってきて、どう盗んだかを教えてくれたらその度に好きな宝石を1個進呈します」
僕は宝石が詰まった紅茶缶をルスターさんに見せる。ルスターさんは目が点になっている。
「ついでに、前金として宝石3つあげる。どうだろうか」
紅茶缶の中から宝石を3つ出して机の上に乗せると、ルスターさんはぽかん、として……。
「意味分かんねー……」
……まあ、この通り理解してもらえなかったようだ。ええと、困ったな。
「なんで俺に盗みなんかさせたいんだよ。自分の持ち物を盗ませて報酬を出すってのか?何だ?裏があるんだろ?」
「いや、デバッガーを雇うようなものだからこれは立派な雇用なのだけれどなあ……うーむ、この世界にはデバッグの観念は無いか!そりゃそうだ!」
いや、その、ルスターさんにはデバッグ……妖精公園から色々なものを盗み出す時にどう結界が作用するか、っていう実験をやってもらおうと思うんだよ。
ルスターさん、盗みの腕は天下一品だから。だから、色々なものを盗んでみてもらって、それで、その盗み1つ1つに対応していけばこの公園のセキュリティが保たれるんじゃないかな、と。
「まあ、いいだろ?園内のもの、自由に盗んでよし!破壊してよし!んでもって、その成果に応じてご褒美が出る!な?いいだろ?いいだろ?な?な?頼むよ!俺達、盗みの腕のいい奴の心当たりなんて、お前かクロアさんしか居ねえんだよおー!」
「ならクロアに頼めよ!」
「だってそのクロアさんがお前の盗みの腕を認めてるんだぞ!?だったら最初っからお前に頼んだ方がいいじゃねえかよー!いいだろ?いいだろ?なあなあ!」
……そして。
フェイがルスターさんにしがみつくようにしてぐりぐりやって説得を試みた結果。
「……くそ!」
ルスターさんは僕が置いた前金の宝石3つを掴み取って懐にしまうと、びしり、と僕の手の中の紅茶缶を指さして、言った。
「その缶の中身、空になるから覚悟しとけよ!」
……やった!つまり、引き受けてもらえるってことだ!やった!やった!嬉しい!
「うん!他の缶もあるから大丈夫だよ!」
ルスターさんを安心させるべくそう答えると、ルスターさんはなんだか気の抜けたような顔をしたけれど……その後、何か悪態をつきながら妖精公園の方へ向かっていった。
やっぱり彼、こういう時に頼りになるなあ!あの時彼にたんぽぽ生やしてよかった!
さて。
そうして一週間、ルスターさんがものすごく頑張ってくれた。
昼に盗み夜に盗み、ゲートを越え、公園の周囲の生垣を越え、地面に穴を掘り、妖精を手懐けて(手懐けるまでもなくなついているんだけどさ)物品を持ち出させ、はたまた警備の兵士の鎧に薬草を仕込んで持ち出させてからスリでもう一回盗み……。
……すごいなあ、という感想しかでてこない。いや、本当に、すごいんだよ。ルスターさん、すごい。
何というか、盗みのプロなんだなあ、と思わされる。彼自身は『大したことはしていない』みたいな顔をしながら紅茶缶の宝石と引き換えに盗みの手口を明かしてくれるんだけれど、それを聞きつつ僕とフェイと先生はもう、ものすごく勉強になってるなあ、という感覚なんだ。
まあ、そうしてルスターさんがどんどん色んな盗み方で色々なものを盗んでくれるものだから……その度に僕とアンジェと先生で妖精公園のセキュリティを強化して、ついでにソレイラ自体にもちょっとセキュリティ強化を施しつつ、次のルスターさんの盗みを待って、また次の強化を重ねて……と作業を進めることができた。
ああ、ルスターさん、本当にありがとう!あなた、本当にいい泥棒だ!
と、そうして春めいた風が吹き渡る今日この頃。
妖精公園が無事、オープンするはこびとなりました。
なので僕はその開園セレモニーで、町長として挨拶している。……相変わらずこういうのは得意じゃないけれど、でも、段々苦手じゃなくなってきた。やっぱりどんなものでも、何度かやっているとちょっとずつ苦手じゃなくなっていくものなんだなあ。
「……では、今後とも人と妖精と森が良い関係で在れることを願って、結びの言葉とさせていただきます」
挨拶を終えて、拍手を浴びながらお辞儀をして、僕は壇上を降りる。そこでおめかしした妖精達やアンジェに出迎えられて……さて。
「えー、それじゃあお集まりいただいた皆様に、改めて妖精公園の規則を説明しよう。よく聞いておいてくれたまえ」
僕と入れ替わりになるように壇上に立ったローゼスさんが、妖精公園の在り方について説明してくれる。そろそろ本格的にレッドガルド領主の座を引き継ぐ、っていう段階に来ているらしくて、最近はこういう場にもお父さんじゃなくてローゼスさんが出ることが多い。
「始めに皆に知っておいてもらいたいことは、妖精の存在だ。……ソレイラに住まう者は皆、妖精には馴染みがあるだろうが……そんな妖精達が菓子店以外にも人間と触れ合える場所を、という目的でこの公園が造られたらしい」
ローゼスさんの説明に、何人かの人がアンジェの方を見る。……まあ、アンジェが妖精ととてもなかよしだっていうことはソレイラではよく知られた話だし。『アンジェ伝いに妖精達が公園の設置許可を求めたんだろう』って考えているんだろうなあ。まさかアンジェ自身が公園を造っていたとは思わないよね、きっと。
「よって、諸君に求めることはただ1つ。『妖精と仲良くしてくれ』ということだけだ。……当然、妖精の機嫌を損ねないよう品性を失わない行動が求められるし、妖精に侮蔑されないよう理性を失わない行動が求められる。自分勝手な行動は許されない。常に我らの隣人の存在を意識して行動してほしい」
これには会場の皆が神妙な顔をして頷く。妖精達も頷いている。まあ、そうだね。人間もそうだけれど、妖精も時々、理性を失ったような行動をしていることがあるね。まあ、彼らの場合はそれでもかわいらしいからいいのかもしれないけれど……。
「そして同時に、やはり仲良くするというからには楽しんでもらいたい!妖精達も楽しいことが好きな性格であると聞いている。ならば我々も、節度を持って存分に、この素晴らしい空間を楽しもうじゃあないか!」
そしてこれには人間も妖精もにっこり。やっぱり楽しいのが一番だ。特に妖精は今から存分にワクワクしているらしい。外目にもそのワクワクが伝わってくる。
「ちなみに入場門は1か所のみとなっている。くれぐれも、生垣を超えて外へ出ようとしないように。妖精達の魔法が掛かった生垣は、越えようとすると途端にその人を囲むように伸びて、閉じ込めてしまうとのことだ。気を付けてほしい」
これにはアンジェが大いに活躍してくれた。妖精達の魔法の植物の中には、『伸びて人間を捕まえる』みたいな悪戯植物もあるみたいで、それを生垣にしてくれたんだよ。……ルスターさんも生垣からは脱出できないぐらいにセキュリティ万全だ!
「……ということで、以上で公園の規則の説明を終わりにする。皆、存分に楽しんでいってほしい」
そうしてローゼスさんの説明も終わって……さて。
「それではこれより、妖精公園、開園です!皆さん、楽しんでいってね!」
僕がそう宣言すると、人々と妖精はそれぞれに動き出した。……どうか、皆、楽しめますように!




