妖精公園へようこそ!*3
「というわけだったんだよ……」
「そうかあ……僕が筋肉痛で寝込んでいる間にそんなことがあったのかい……」
その日の夜。僕は先生の家に来ていた。
ちなみに先生は案の定、全身が筋肉痛となっています。普段運動しないのにトランポリンではしゃぐから……。
「……綺麗なものをたくさん集めておいても盗られない、っていうほどこの世界って甘くないよね。そのあたり、すっかり頭から抜けてた」
居室に布団を敷いて、そこで寝っ転がりつつ全身湿布まみれになっている先生に合わせて、僕も寝っ転がりつつ、零す。
「僕、ツメと考えが甘いんだよなあ……」
「……そうだなあ、甘い、のかもしれないなあ」
先生は筋肉痛が酷いんだろうに腕を伸ばして僕の頭をもそもそ撫でてくれながら、そう言って……。
「だが、甘い考えって美味しいだろ。甘いってのは美味しい。間違いない」
……そんなことを言いだした。ええと、うん……うん?
「そういう美味しい考えだから、食いに来る悪い奴らもいっぱい居るわけなんだが……その甘さに心を落ち着かせることができたり、悲しいことを乗り越えられたりする人だって、居るはずだぜ」
先生は僕の方を見てにやりと笑うと、また僕の頭をもそもそ撫でてくれる。この世界に来てからというもの、すっかり撫でられ慣れてしまった僕は、先生に撫でられるくすぐったさと心地よさを頭に感じつつ、そうかあ、と妙に納得させられていた。
「……そうだね。それで多分、僕自身が一番、救われてるんだ」
甘いって、美味しい。悪い人にも良い人にも、美味しいんだ。そして多分、この世界は割と、甘い考えに満たされていて……それが僕を助けてくれている。きっと。
「甘い考えって美味しい。うん。そうだよね」
「そうだとも。甘いってのは美味いのだ。あと脂も美味い。塩も美味い……そうして僕らは肥えていく……いや、僕も君ももうちょっと肥えていいかもしれんが」
先生はくつくつ笑って、僕を撫でていた腕をそろりそろりと戻していく。ゆっくり動かないと筋肉痛が酷いんだろうなあ。なのに撫でてくれて、ありがとう。
「ま、そういうことだ。甘いのはしょうがない。美味いんだからしょうがない。沢山食って沢山肥えよう!……けれど美味しいもんを作るにあたって、農薬を使うとか、かかしを立てるとか、そういうことはしないとなあ」
「うん」
ということで、僕らはああでもない、こうでもない、と話すことになった。
……なんだかんだ、先生とこういう風に話せると落ち着くし、前向きになれる。
1人で居ると最初に落ち込んで、落ち込んでしまってから解決策を考えるから上手くいかないことが多いんだけれど……先生と一緒だと、落ち込んでしまう気持ちをふんわり掬い上げてもらえて、それから解決策を一緒に考えるから上手くいくんだと思う。
ありがたいことだ。とっても。
……そうして色々話している内に、ちょっと寒くなってきた。それはそうだ。先生は畳の上の布団の上に寝っ転がっている……というか、布団にすっぽり首まで入っている状態だけれど、僕はその横、畳の上にただ寝っ転がっているだけだ!
そこで僕は一旦、先生の家を出て夕食を買ってくることにした。作ってもいいのだけれど、今日はそういう気分じゃないからもう買ってきちゃう。おひさまベーカリーのパンとぽかぽか食堂のシチューと石膏像賛歌の串焼き!
ということで早速、買い出しに出たところ。
「あっ!フェイ!居た!」
「うおっ!?ど、どうしたんだよ、トウゴ」
フェイがウロウロしているのを見かけたので、捕まえる。フェイはちょっと戸惑っていたけれど、僕としてはもう、満面の笑み。
「一緒にご飯、食べない?先生の家が会場なんだけれど」
「おー、そりゃ勿論、いいぜ。……で、なんかあんのか?」
「うん。相談させてほしいことがあるんだよ」
きょとん、としているフェイを捕まえて、そのまま先生の家へ引っ張っていく。先生と話していた『解決策』について、フェイの意見も聞きたい!
「妖精公園を犯罪から守る結界を張りたいんだよ」
ということで、先生の家。串焼きを包み紙の上に乗せて、とシチューのカップをそれぞれに分配して、パンを適当に食べつつ話し始める。
「結界、っつうと……魔物が入れねえ、みたいな?」
「うん。そう。魔物は入れないし、攻撃も受け付けない、っていう結界が森の結界だけれど……妖精向けに色々と変えて、上手く作れないかなあ、と。具体的にはね、妖精が攫われないようにできれば、まあいいかと思うんだ。色んな道具やものを盗まれてしまうのはまだ取り返しがつくけれど、妖精自体は取り返しが効かないから」
僕が説明すると、途端にフェイは真剣な顔になって、ついでにちょっと楽し気に考え出した。フェイはこういうの考えるの、本当に好きなんだなあ。
「うーん……成程なあ」
そしてフェイは唸りつつ、串焼きを一本取って食べ始める。
「妖精については結界でなんとかなりそうだよなあ。魔物を入れないことができるんだったら、妖精が出入りできない結界を入場門に張っておいて、妖精専用の出入り口はまた別に作っておけばいいか……?」
半ば独り言のようにぶつぶつ言いながら、フェイは串焼きを齧っていく。僕もそれに倣って一本。先生も手を伸ばしていたのでとって渡す。……先生、ただの筋肉痛のはずなんだけれど、こうしてみると重病人のようだ。
「うー……やっぱり、人間の悪意を事前に感知しておく、っつうのは難しいな。何かやってからなら対処できるんだけどよー……」
「ケガについては、最悪、事前に察知できなくても何とかなると僕は思うぜ。フェニックスが頑張ってくれればケガをなかったことにすることもできるからね。毒物の散布なんかをされてしまうとちょっと辛いが、それは魔法に頼らんでも、手荷物検査の類でも十分になんとかなるだろうな」
うん。それは大丈夫だと思う。……というか、そもそも大規模なテロみたいなことをこの世界でやろうとした場合、その多くは魔法頼みになるのだけれど、魔法については現時点でも森の結界があるから何とかなると思う。
「だよな。ってことはやっぱり、妖精の出入りを制限する結界、ゲート……そういうのが欲しいな!」
そして僕らはそう結論を出して、また串焼きに手を伸ばす。美味しいよね、ここの串焼き。こんがり焼けた肉にきつめの塩っていう組み合わせがなんだか無性に美味しいんだよ。特に、ちょっとやさぐれた気分の時には!
「ま、妖精の方はなんとかできると思うぜ。結界の魔法については……森の遺跡のやつ、頑張って解読してみっかな。いつかはアレ、解読してみてえと思ってたし」
フェイはにやりと笑ってそう言ってくれる。……あの結界の魔法を解読するには、フェイは体質に合わない魔力たっぷりの部屋の中で過ごさなきゃいけないってことだ。それはとても申し訳ない。のだけれど……。
「技術ってのはさ、理不尽による不幸せを無くす為のもんだと思うんだ」
フェイは、そう言って笑う。
「例えば、生まれつき魔力が少ない奴が魔法を使えるようにする、とかさ」
……その言葉を聞いて、僕はなんとなく、フェイが色々な道具を作るのが好きな理由が分かった気がした。
「今回だってそうだろ。理不尽に、悪い奴らが居るせいで妖精公園が機能しないかもしれない、なんてことになってるんだったら……その理不尽を、技術の力によって取り除きてえ!だから、やろうぜ!トウゴ!」
「うん!」
僕はフェイに対して申し訳なく思う気持ちを捨てて、彼と一緒に新たな技術の開発を目指す決意を固めた。
それで、妖精公園が理不尽に攻撃されることのない、平穏な場所になるようにしたい。人間と妖精とその他諸々が楽しく過ごせる場所が、このソレイラに欲しい!
「……あ、でも、運用のための魔力はどうすんだ?」
「それは僕と先生とアンジェが出します。あと竹」
「成程なー、精霊と先生と妖精が居れば大丈夫か!あと竹も!」
「おや、僕もそこに混ぜられちゃうのかい?参ったなあ……」
うん。混ぜられちゃうんだよ。先生も一緒にやろうよ。ね。ね。
ということで、翌日。
「ちょっとアンジェ借りるぜー!」
「お、おい!フェイ兄ちゃん!アンジェをどこに連れてくんだよー!」
「ちょっと遺跡まで!」
……僕らはアンジェを攫って、3人で遺跡へ向かう。先生は未だ筋肉痛の渦中にあるとのことなのでお留守番。
アンジェを抱えて進むフェイを見て、妖精達が『なんだなんだ』とばかりに集まってきたので、妖精達も一緒に遺跡へ向かう。
遺跡の前に到着すると、たちまち鳥の子達がバタバタやってきて、僕らを取り囲んだ。そしておしくら鳥饅頭。……彼らはここへ来た生き物全てにこうしないと気が済まないんだろうか。
まあ、まだまだ寒さの残る季節なので、鳥の子達に温められるのはそう悪くない。ふわふわぬくぬくしたひと時を楽しんだら、いよいよ遺跡の中へ。
「わあ……ふしぎな魔法がいっぱい」
アンジェは遺跡の壁を見ながらそう、感嘆の声を上げている。きょろきょろとよそ見をしながら歩くものだから、うっかり転んでしまわないか心配。ほら、今も根っこに引っかかりそうだった!根っこを引っ込めたので事なきを得たけれど!
転びそうなアンジェとは手を繋いだ状態で進むことにした。こうしておけばお互いに安心。
ぼんやりと光が灯るような不思議な通路を進んで、進んで……そして。
「ああああ駄目だ!酔った!酔ってきた!くそー、ここ、前より魔力多いよなあ!」
「ごめん……」
フェイが魔力酔いし始めた。なので僕は慌てて風の精を出してフェイにそっと乗せる。……風の精は羽も2対になって、ちょっと大きくなって、立派になってきている。フェイの魔力吸い係ができるのももう少しの間だけかもね。
「いや、でも俺はこの森の結界を解読するぞー!解読して自分で結界使えるようにするぞー!」
フェイは半ばやけっぱち、半ば酔っぱらいな具合の声を上げると、勢いよくずんずんと遺跡の中を進んでいく。僕とアンジェも慌てて追いかけていくことにした。
そうして中央の部屋に到着。結界の魔法が床や壁を走っていて、それが森全体へと広がっている。僕にとっては体の一部みたいな、そういう感覚の場所だ。
フェイはそこで魔法を観察し始めて、アンジェは妖精と一緒に『すごいね』『すごいね』と話している。僕は、これみたいな奴を妖精公園に設置した時、どうやって魔力を補給しようかな、なんて考えつつ……。
「……ねえ、トウゴおにいちゃん」
そんな折、アンジェが僕の服の裾をそっと引っ張った。
「あのね、妖精の国にも、こういうの、あるのよ」
「……ん?」
それはどういうことだろうか、と思いつつ聞いてみると。
「妖精の国にはね、妖精さんがおまねきした人しか入れないように、こういうのがあるの」
……そういえば、あったね。そういうの。
妖精の国の入り口って、妖精が許可した人……妖精が連れてきた人や、妖精が一緒に遊びたくなった迷子の子供といった、そういう人達しか入れないらしい。そして同時に、妖精の国からは妖精の許可が無いと出られないんだそうだ。そう聞くとちょっと怖いな。
……そして、妖精の国へのゲートは、フェアリーローズの茂みだ。もしかするとフェアリーローズって、ゲートを作る魔法の媒介になってくれる花なのかもしれない。




