1話:絵に描いた餅が餅にならなかった
ざあざあと、周りの音を全て掻き消すような夕立だった。
さっきまで明るかったのが嘘みたいに、辺りが薄暗い。それに加えて水が視界を曇らせて、周りが良く見えない。
その中で只々歩いていくと、元々冷えていた体がもっと冷えていくのが分かる。
傘を差した人達が、僕を不審そうに見ながら行き過ぎていく。何も言われなかった気がするし、何か言っていてもきっと、雨の音で聞こえなかった。
ふらふらと、自分でもどこへ歩いているのか分からなかった。
けれど、気がつけばいつの間にか、先生の家の前に辿り着いていた。
去年の夏、図書館が工事か何かのせいで臨時閉館になった1週間。その間だけ、僕は先生の家にお邪魔していた。
それからは図書館で行き会ったり、或いは喫茶店でお喋りしたりしていたけれど……先生の家にこうやって来てしまうのは、初めてだった。
なんの連絡も無しにやって来てしまったけれど、先生の家には灯りがついていた。
……それを見ていたら急に、自分が場違いな気がして、こんなところにお邪魔するべきじゃないことを思い出してしまって……呼び鈴に手が伸びない。
雨はさっきと変わらず、ずっと激しく降り続いている。僕は先生の家の軒先で、雨水を滴らせながらじっとしていた。
……そんな時だった。
「うおっ!?何だ!?誰だ!?ってトーゴか!?」
玄関のドアが開いて、中から傘を持った先生が出てきて、そして、僕を見て大層驚いた。
「……あ、幽霊じゃないな?ならよし」
それから先生は屈んで、僕のふくらはぎ辺りに数度チョップをして、僕に脚があることを確認したらしい。
……そんな先生を見ていたら、さっきまでの緊張は消えてしまっていた。
「全く、来てくれているなら何もこんな、驚かせようとしなくったっていいだろう、トーゴ!僕はホラーが苦手なんだぜ?さあさあほらほら、中に入った入った!」
場違いだと思ってしまった自分は、いつの間にか引っ込んでいた。何なら、雨の中をふらふらと傘もささずにやって来てしまった自分も、引っ込んでいた。
「あの、先生、出かけるところじゃなかったの?」
「ああ、もういいんだ。気分転換に雨の中の散歩と洒落込もうとしていただけだからな。しかしそんな必要もなく、気分は君のお陰でイッパツだ。全く、君は本当にいいタイミングで来るなあ」
先生がけらけら笑うのを聞きながら、僕はそのまま、玄関へ足を踏み入れていた。
それから僕は温かいシャワーを浴びて、温まったら先生のTシャツを貸してもらって、それを着て……パンツは流石に無かったから、下はバスタオルを巻いて脱衣所を出た。
「よし。僕が犯罪者にならないギリギリのラインだが、まあいいだろう。中学生相手に洗濯していないジャージをノーパンで穿かせるよりは罪が浅い!」
「ごめんなさい」
「僕じゃなくて君のパンツに謝ってやれ。まさか、雨に打たれてパンツまでびしょ濡れになるとは、パンツだって思っていなかっただろうからな」
先生はそんなことを言うので、とりあえず僕は、乾燥機の中でくるくる回っている僕の衣類に対して、ちょっと頭を下げた。うん。ごめん。
「まあ、こういう雨の日は部屋の中でゆっくりするに限るぜ、トーゴ。ゆっくりしていくといい。……いや、散歩に行こうとしていた僕が言っても説得力の欠片も無いが」
いつもの部屋に通されて、そこで僕はソファに座る。目の前のローテーブルには常温の麦茶のカップが置いてあった。
冷えた体はもう温まってきていたから、常温くらいが丁度いい。僕はありがたく、麦茶を飲む。
「……さて。それで、トーゴ。何かあったか?」
そして先生は僕の向かいに座って、やっぱり麦茶を飲みながらそう聞いてきた。
「君がここに来たって事は、何か話したいことがあったって事かと思ってね。どうだ?」
「……うん」
先生に聞かれて、僕は思い出す。
雨の中に出てくる前のことを。
……思い出すと、また、雨が降っているような気がした。
「捨てられちゃった」
ぎゅ、と喉が絞まるような感覚。舌が縺れるような、そんなかんじがする中で、僕はそれでも、先生に伝えるために言葉に出した。
「絵の具と、クレヨンと、色鉛筆と……美術の、教科書と、スケッチブック。帰ったら、無くなってた。もうゴミに出したって」
先生は黙って僕の横に座り直すと、そこで麦茶のカップを置いて、僕の方を見ずに、僕の頭に手を置いた。
「君の……君の親御さんは、すぐに物を捨てるんだな。3年前もそうだったが……いや、今はそんなことは言うまい。ただ……」
……先生が、言葉を選ぶのに迷っている。僕よりずっと、言葉を使うのが上手い先生が。
それくらい僕が困らせているっていうことは分かってる。だから僕は、先生より先に喋り出す。
「無くなっちゃったのが、悲しいし、悔しい。あんな無駄なもの捨ててもいいでしょう、って、言われたのも、悔しい」
珍しく、言葉はすぐに出てきた。声を出すのは辛かったけれど、それでも、言いたいことははっきりしていた。
「僕は無駄だって思ったこと無かった。大切だったし、必要だったし……」
先生の家に来ると、僕は少しだけ、喋るのが上手くなる、気がする。
それは多分、先生につられて上手くなるんだと思うし、何より、先生は僕が言うことをちゃんと聞いてくれるからだ。だから、喋るだけ無駄っていうことはなくて、その分、僕は喋れるんだと思う。
「……もし無駄でも、捨てたくなかった」
「……そうか。そうだな。『あんな無駄なもの』なんてことは、ないはずだ。君の親御さんにとって大したことのないものだったのかもしれないが、君にとってはそんなことはなかったし……宝物を失うのは、悲しいし、悔しい。そうだ。その通りだな」
先生はそう言って、それから何かを思い出したみたいに暗い表情を浮かべて、それから……ため息と一緒に、言葉を吐き出した。
「……僕はな、トーゴ。捨てていい無駄と、捨てちゃ駄目な無駄があるんだって、思ってるぜ」
「例えば……僕は、雨の中散歩に出かけようとした。特に用事はない。無駄だな。実に無駄だ」
「うん」
ついでに、僕がここまで来たのも、多分、無駄だ。少なくとも、僕の両親に言わせれば、無駄、ということになるだろう。
「だが、多分僕は、雨の中を散歩することで何か、得るものがある。それは、雨の音が全ての音を掻き消した静かな街の様子だったり、街灯に照らされる雨だったり、傘からはみ出たシャツの袖が濡れて張り付く感覚だったり、そういうものだ」
想像する。
……うん。分かる。分かるよ。
雨の音があるせいで無音に聞こえる街。雨によって光の形が露わになる街灯。シャツが濡れてひんやりぺったり冷たくて、でもそれがその内、自分の体温でじんわり温まっていくのも。分かる。
「分かるかい?」
「うん。僕、好きだよ」
「そうだな。僕も好きさ。だが、無駄だな。実に無駄だ。……だが、これが僕には必要なことでね!」
先生はそう言って笑って、窓辺に近づいていく。僕もつられて一緒に窓辺に行くと……先生は、カーテンを開けた。
生憎、暗くなっていく外の様子はあまり見えなかったけれど、窓ガラスに雨が時々打ち付けている様子が見える。
透明なガラスに、透明な雨が雫になって落ちていく。……それを見ていると、なんとなく、さっきまで僕の喉にあったつっかえが消えていく。
「……美味いか?」
「え?」
何を聞かれているのか分からずに聞き返すと、先生は楽し気にニヤリと笑った。
「僕らの体は食事を摂らないと死ぬ。だが、それと同じように、僕らの心も食事を摂って生きているんだと思っているんだが……」
そして、先生は、この世界の秘密を話すみたいに、声を潜めて言ったのだ。
「僕が思うに、心にやる餌というものは、世間一般で『無駄』と呼ばれているらしい」
「君は腹ペコに見えるぜ。トーゴ。どうやら君の心は中々の大食いらしいな?」
「……うん」
呆気にとられた、というか、ちょっと茫然としているというか、宙に浮いたような気持ちで、僕は返事をする。
「だろうな。僕もさ。人によって、心の燃費の良さは違うんだろうが……恐らく僕らの心は燃費が悪い」
「うん」
「だから、僕らには無駄なものが沢山必要なんだろうな。特に君の心は成長期だから、僕よりも無駄を沢山食べて、元気に成長していくんだろう」
……なんとなく、胸のあたりを触ってみる。そこに心がある訳ではないのだけれど、なんとなく。
すると、僕の手に、僕の心臓の鼓動が伝わってきた。
どくり、と。その震えがなんだか新鮮で、僕は……多分、それを心の餌に、した。
「いいか?トーゴ。忘れちゃ駄目だぜ。無くしていい無駄と、無くしてはいけない無駄があるんだ。人の役に立たなくても、飯の種にならなくとも、無駄だと他人に言われても……空を見て美しいと思うことは、無くしちゃあいけない。何故なら、それが僕らの心の餌だからさ!」
……目から鱗って、こういう気分なのかな、って、思う。
そうだ。僕にとって必要なものだ。雨の音も。花の色も。風の温度も。日差しの眩しさも。
或いは、曇った窓ガラスに文字を書いてみることも。プチプチする梱包材を指で潰してみることも。寒い日に凍った水たまりを踏み割ることも。『役に立たない』本を読むことだって。
……全部、僕の心の餌なんだ。
だから、捨てていいものじゃない。
捨てられてしまったことを、正しいなんて、思わなくていい。
僕にとってあれは、大切な、心の餌だった。
「そういうわけで、僕らの人生にはこういうことが必要なのさ。誰が何と言おうとね。だから……」
そこで先生は、僕を見て……僕の頭の上にまた手を置いた。
「まあ、そうだな。失われてしまったものへの悲しみも、無理解への悲しみも、僕がどうこうしてはやれないが……まあ、こういう時に甘いものを提供するくらいはできるな」
そう言って、先生は冷蔵庫の方へと向かっていった。
「こういう時はアイスクリームがいい気がするが……今は切らしてるな。タイミングが悪い」
先生はそう言いつつ冷凍庫を閉めて、今度は冷蔵庫を開けた。
「ということで、ゼリーだな。確か、貰いものがあったはずで……」
先生は冷蔵庫をごそごそやって、それから首を傾げながら冷蔵庫を閉める。
「……ああ、こっちか」
それから先生は戸棚をごそごそやって、箱を取り出した。そしてその中からゼリーのカップを2つ、出す。付属していたんだろう、プラスチックの小さなスプーンも。
「よし。トーゴ。ミカンと桃、どっちが……あ」
……そしてそこで、気づいたらしい。
先生はゼリーをじっと見つめて……それから、言った。
「トーゴ。ミカンと桃はこの際置いておこう。……常温のゼリーは好きか?」
……うん。
「常温のゼリーを食べるっていう無駄も、僕らの人生には必要なことじゃないかって思う」
それから僕らは常温のゼリーを食べた。
生温いミカン味のゼリーは、生温かったけれど、でも、美味しかった。
家で食べた事があるどんなゼリーよりも美味しかった。
「……ゼリーって綺麗だよね」
「ふむ。ゼリーを美しいと思う心もまた、僕らの人生には必要なものだな。多分」
先生はそう言って、スプーンで掬ったゼリーを電灯に透かす。
「そうだな。ぷるぷるしていて透き通っていて、実に愛らしい。食べちゃいたいくらい可愛い。だから食べる」
「ちょっと猟奇的」
「まあ、ちょっとサディスティックな気分になってる時にはいいんじゃないか」
僕も真似して、スプーンで掬ったゼリーをぷるぷるさせてみてから、食べる。うん。ちょっぴりサディスティック。
「……そうだな、トーゴ。もし君が家で飯を食えないなら、ここで食べていくといい」
それから、僕よりさきにゼリーを食べ終えた先生は、唐突にそう言った。
「いつ来てもいいぜ。今日みたいな来訪でも僕は一向に構わない。ついでに君が去年、勉強に使ってた部屋。あそこはあのままになっているから、好きに使っていい」
……本当に唐突な話だった。
僕はびっくりして、何も言えなくなってしまう。
「幸か不幸か、ここには君の『飯』になりそうな無駄が沢山あるし、僕は無駄を捨てないものぐさだ。何なら、僕自身が無駄を生産し続けているようなものだし……君が無駄を生産する場所にしてもいい」
「……描いていいの?」
僕は、先生の言っている意味がよく分からないような気がして、そう、聞いた。自分でも唐突な聞き方だし、もっと他に言うべき事があるだろう、と思ったけれど、でも、最初に出てきた言葉は、これだった。
……すると、先生はニヤリと笑う。
「人に被害を及ぼさなくて、ついでにバレて怒る奴らにバレなきゃ何しててもいい。この世の真理だぜ」
「……まあ、なんだ。小食な奴らには分からんだろうが、僕らの心は食わなきゃ死ぬんだ。食うなって言う方が残酷ってもんだろう。僕としては、君が飢え死にするのはなんというか、癪でね」
僕が食べ終わったゼリーのカップを片付けながら、先生はそう、言い訳のように言った。
「……ついでに言うと、君はな。僕の心の餌になってくれるもんだから」
「……そっか」
その言葉が、嬉しい。
嬉しいから、つい、言ってしまった。
「あの、先生。今週の土曜日、来てもいい?」
すると先生は……僕と同じくらい嬉しそうな顔をして、言った。
「いいとも。大食いの心を飼っている同士、仲良くやろうじゃないか」
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第三章:大食いの心
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カーネリアちゃんとインターリアさんの絵が、完成した。
「わあ、すごい……!陽だまりだわ!陽だまりの絵だわ!」
「うん」
なんとなく、2人に似合うのは森の陽だまりのような気がして、森の陽だまりの下で笑う2人の絵を描いた。
「ほう……大したものだな」
絵はカーネリアちゃんにもインターリアさんにも、ぼちぼち好評だったらしい。うん。嬉しい。
「……ところでこっちは何の絵だ?」
「餅です」
……その一方で、新しく描いた餅の絵は、今一つ、反応が悪かった。まあ、彼女達は異世界の人だから。
……餅の絵を描いたのは、新しい絵の具を試したかったからだ。
くすんだ薄い黄色や柔らかい茶色。そういった色をあちこちから集めてきて、沢山絵の具を作った。それは、カーネリアちゃんの蜂蜜色の髪や、インターリアさんの琥珀色の髪を塗る為に必要だったから。
……そうして片っ端から試してみた色の内の1つが、なんというか、その、きなこだった。きなこ。大豆を煎って粉にしたやつ。
なので僕は、きなこ餅を描いてみた。折角だから。
……出てきたきなこ餅は、カーネリアちゃんに好評だった。
「甘くって香ばしくって、それから、不思議なかんじ!ふわふわでもないし、柔らかくって、でも固い……?」
「これ、僕の世界ではもちもち、って言ってた」
「そうなのね!これ、もちもちって言うのね!」
カーネリアちゃんは興奮気味にきなこ餅を齧って……それから、きなこでちょっと噎せていた。
……そして、噎せたところまで含めて『刺激的な食べ物だったわ!』という総評をくれた。どうやらこの絵に描いた餅は、彼女の小腹と、そして何より、好奇心や探求心を満たす役に立ったらしい。
うん。嬉しい。
それから2週間くらい、僕は、彼女達の絵を何枚か描かせてもらった。他のものも描いた。ラオクレスも描いたし、馬も描いた。果物も木も描いたし……とにかく、沢山描いた。久しぶりにひたすら描けて、満足した。
ただ、ひたすら描き続けていたので、ちょっと心配はされた。何回か、眠らないまま朝になってた気がする。うん、ごめん。
けれど、意識すれば絵が実体化しなくなったものだから、描いたら描いたものが絵として残るんだ。自分が描いた絵が増えていくのが、嬉しくて、つい。
……そうして、カーネリアちゃんとインターリアさんは旅立つことになった。
「すっかり長々と世話になってしまったな」
「いいえ。こちらこそ、モデルになってくれてありがとうございました」
2人が居てくれたおかげで、いろんな絵が描けた。とても楽しかった。
「……エド。あなたも元気そうでよかった」
それから、インターリアさんはそう言ってラオクレスに手を差し出した。
「良い主に恵まれたな。よく守れよ」
「ああ。お互いにな。……達者で暮らせ」
インターリアさんとラオクレスは手を握り合って、短く言葉を交わして、それで十分だったらしい。さっと離れて、僕やカーネリアちゃんの後ろに控えてしまった。
「ねえ、トウゴ。またここに遊びに来てもいいかしら?」
「うん。いつでもどうぞ」
代わりに僕の前にやってきたカーネリアちゃんとヒヨコフェニックスは、少し寂しそうだ。けれど、僕らもおたがいに握手して、お別れの挨拶にする。
「私、この森、好きだわ。行かなきゃいけないところがあるから行ってくるけれど、でも、旅が終わったら……」
「じゃあ、その時にはここに住む?」
寂しそうなカーネリアちゃんにそう聞いてみると、彼女はぱっ、と表情を明るくした。
「本当!?いいの!?」
「うん。多分。フェイに聞いてみるけれど」
一応、この森はレッドガルド領だから。……でも、彼女達なら住んでも大丈夫じゃないかな。多分。馬達も気に入っているみたいだし……。
……そうして2人は旅立っていって、森はまた、静かになってしまった。ちょっと寂しい。
「……またすぐに会える」
「うん……」
どうやら、思っていたよりも僕はこれが寂しかったみたいだ。でも、いつまでもそうは言っていられないから……彼女達が帰ってきた時のために、家を建てておこうかな……。
ちなみに、インターリアさんとカーネリアちゃんが出ていってしまってから、一角獣がちょっと拗ねた。
……こいつら、やっぱり女性の方が好きらしい。うん、残ったのが男ばっかりでごめん。
さて。
期間限定のモデル達が居なくなってしまったところで、僕はいよいよ、レッドガルド家の肖像画を描きに、レッドガルド家にお邪魔することになった。
「お、よく来たな!……ん?」
そして、会って一番に、フェイは僕を見て首を傾げる。
「お前……ちょっと大人っぽくなったなあ」
……フェイには僕がどう見えてるんだろうか。ちょっと心配になってきた。
でももしかしたら、これ、僕に変化が見える、っていう意味、だろうか。
絵師になることになって、心構えは少し変わった。立場はもっと変わった。それで僕は少し、『大人っぽくなった』?
……と、思ったのだけれど。
「あ、もしかして、魔力の制御、すごく上手くなったか!?」
「えっ、それ?」
……それからよくよく確認してみると、どうやらフェイの言う『大人っぽくなった』は、『魔力の制御が上手くなった』と同じ意味らしい。
絵師になって心構えが少し変わったからそれかな、なんて思った自分がなんか恥ずかしい。
……けれど、『魔力の制御が上手くなった』効果は、どうやら確実に出てきているらしい。
「よし、休憩!っはー、動かずにいるのって、結構疲れるよなあ……」
レッドガルド家の皆さんが、一斉に動き始める。フェイならまだしも、お兄さんやお父さんにもじっとしていてもらうのは申し訳ないから、今回もカーネリアちゃん達を描いた時と同じように、モデルにモデルをやってもらうのは最低限にして、ある程度は記憶と想像で描いてしまうことにした。
フェイ達が休憩し始めたのを見て、僕も少し休憩する。
……そして休憩がてら、新しい絵の具を試すことにした。
ということで、僕は……餅を描いた。うん、また餅。
うん。今回、使いたかったのはラピスラズリを使った青の絵の具と、それから、花から取った暗い赤紫、だったのだけれど……この色で思いついたのが、『青い皿に乗ったあんこ餅』だった。うん。ぴったり。
思いついてしまったので、休憩時間中にささっと描いてみる。
すると、思った通りの色が出た。すごいな。深みのある鮮やかな青。それから、しっとりとした小豆色も。こういう色がちゃんと出ると、何となく嬉しい。
……ただ、そうやって色を試してみて、納得して……そこで僕は、気づいた。
この餅の絵、特に意識しなかったけれど、餅にならなかった。