妖精公園へようこそ!*1
「妖精が人間と遊べるところ?」
尋ね返すと、アンジェはこっくり頷いた。
「ソレイラには妖精さんが見える人がたくさんいるけれど、でも、そういう人ばっかりじゃ、ないでしょう?でも、妖精さん達、見えない人とも遊びたいんだって。それといっしょにね、妖精さんが見えない人にも、妖精の国の楽しいのをいっぱい見てもらいたいんだって」
アンジェが一生懸命喋る横で、妖精達も一生懸命頷いている。やる気は十分らしい。
「あとね……がろーのけーびいんじゃなくて、おかしやさんでもない妖精さんが、ひまなんだって!」
……妖精達がものすごく必死に頷いている。どうやら暇も十分らしい。
成程なあ。確かに、この森には妖精が増えた。王都からアンジェと一緒に連れて帰ってきたあの時の妖精をはじめとして、その後は王家直轄領が枯れたのと同時にこちらに妖精が大量にお引越ししてきたし、それ以降も噂を聞き付けた妖精達がどんどん移住してきて……今や、ソレイラは世界一妖精が多い町、になっていると思われる。
そんな中だから、確かに妖精産業がもっと発展してもいいのかもしれない。何せ、妖精達がやる気なので。
「えーと……具体的にはどんなかんじのものを想定しているんだろうか」
とりあえず妖精達のやる気は分かった。彼らがやりたがっていることだから是非、応援したい。けれど具体的に何をやればいいのか分からないので聞き取りから。
「あのね、おっきいお花があるの!」
成程。おっきいお花。
……ふと、脳裏に竹の侵略の思い出が過ぎる。あれの発端はアンジェが『お花を育てる魔法』を練習していたことだったなあ。
「それでね、妖精さんが遊びにきてるの。人間も遊べるようになってて……ええと、まおーんちゃんが、おしえてくれたのがあるの……ちょっとまってね」
アンジェは一生懸命説明しながら、僕に紙を見せてくれた。
……そこには、滑り台の絵があった。どうやら魔王が描いたらしい。案外絵が上手いんだよなあ、魔王。
「こういうのがあるのよ」
「成程、つまり、公園みたいな場所、っていうことかな」
そういえば、魔王にも滑り台は大変好評だった。あれをソレイラに設置して子供の遊び場にするっていうのはいいかもしれない。折角、学校ができたりしているのだし、子供の遊び場がもっとあってもいいよね。いや、子供に限らず。大人も楽しめるような、そういう場所になるといいなあ。
折角なので、アンジェを連れて先生の家へ。何故かって、現代日本の公園について、話したかったから。それでいて、僕は……その、あんまり公園で遊んだ記憶がないので。だから先生に補完してもらおうと思って。
庭からそっとガラス戸を覗いてみると、着物姿で座布団の上、書き物机に向かっている先生が居た。文豪ごっこしてる!
「宇貫せんせーい、原稿はできましたかー?」
なので僕も、原稿の取り立てに来た編集者ごっこをしつつ先生の家へお邪魔します。
「うむ、もう少し待ってくれたまえ。丁度佳境なのだ……っと。中々やってみると楽しいなあ、文豪ごっこ」
先生はボールペンを置いて、ふう、と息を吐いた。先生、本格的に小説を書いている時にはパソコンを使うので、ボールペンを握っていたっていうことは何かの構想を練っていたところなんだろうなあ。
「おじゃまします……」
「おや、アンジェも来たのかい?全く邪魔じゃないぞ!いらっしゃい!」
アンジェもやってきたのを見て先生はちょっと驚いていたけれど、にっこり笑って書き物机の前で立ち上がる。
「さあさあ、お茶を淹れよう。ついでにお菓子も出してくるからちょっと待っていたまえ。こたつに入って、どうぞごゆっくり!」
先生は妙にウキウキと台所へ消えていった。ウキウキ宇貫だ。
……そして僕とアンジェが手洗いうがいを済ませてこたつの中でぬくぬくしていると、妖精達が『これは素晴らしい発明だ!』みたいに目をきらきらさせながらこたつを堪能し始めて……。
「よしよし、お待たせ。さあおやつだよ。たんとおあがり」
先生がお茶とお菓子を持ってやってきた。今日のお茶はほうじ茶。おやつはうるめいわしの煮干しと妖精マドレーヌ。何とも言えない取り合わせだ……。
「やっぱりほうじ茶には煮干しや厚削りのかつぶしがよく合うね。緑茶だとおしゃぶり昆布がいいが……」
「それはなんとなくわかる気がする」
僕とアンジェも煮干しをかじかじやりつつ、ほうじ茶をいただく。タンパク質と塩の旨味がぎゅっと口に広がって、それがほうじ茶の香ばしさと合わさって中々いい具合だ。甘いのが食べたくなったら一口サイズのマドレーヌにも手を伸ばしつつ……。
「ええとね、先生。妖精と人間が遊べる公園を作ろうと思うんだよ」
一息ついたところで、僕は早速、話し始めた。
「ほう。公園かい」
「うん。……ただ、僕、そんなには公園の思い出が無いので、先生に教えてもらおうと思って」
そんな具合なんです、ということで先生に申告してみたら、先生はちょっと手を伸ばして僕とアンジェの頭を撫でて……それからちょっと考えて、答えてくれた。
「そうだね。折角だから、ちょっとしたテーマパークみたいにしても面白いかもしれない。妖精の国をコンセプトに設計してみたら、見た目にも楽しく、雰囲気を味わえるだろう?」
「……というと」
「見た目にこだわるってのは、案外大事なんだぜ。ブランコだってプラスチックと金属チェーンでできているのか、木の板と麻縄でできているのか、はたまた蔓を編んで作ったようなやつなのか。それによって雰囲気が大分違うだろう?」
「成程」
先生はやっぱり大人だなあ。ちゃんと考えてアドバイスをくれる。そっか、見た目って大事だよね。実用美も好きだけれど、見た目から決まる性能っていうのもいいと思う。
やっぱり、金属チェーンのブランコの軋みはなんとなく懐かしいかんじだけれどどこか硬くて物悲しい。木の蔓を編んだ籠を木の蔓でぶら下げたブランコだと、いよいよ森の中の妖精の国の遊具、っていうかんじかもしれないね。
「あと、管理維持しやすい設計にしておくといいだろうね。あんまり管理が必要だと、結構大変だぞ」
ああ、確かに。建設はものすごく楽なんだけれど(何せ描けば出てくる!)その後の維持管理が結構大変か。僕が定期的に描き直すっていうのも、その、僕がしばらく来られないことが今後無いとも限らないし……。
「それから、そうだなあ……滑り台やブランコを置くなら、いっそのことアスレチックコースみたいなの作ったらどうだい?子供達は中々喜ぶだろ、あれ」
小学校の遠足で行った先で、そういうのあったなあ。すごく楽しくて、でも、あんまり長い時間は遊べなくて、両親に『もう一回行きたい』ってねだっても『いつかね』って言われてそれっきりだったから、あんまり覚えていないけれど……。
「……すてき!」
先生が描いたアスレチックコースの絵を見て、アンジェは目をきらきらさせている。妖精達も何かしゃらしゃらぴらぴら、話し合っているらしい。……先生、絵は下手なんだけれど、図はそんなに下手じゃないんだよなあ。不思議……。
僕が先生の絵を不思議がる間にも、アンジェと妖精達は何か話し合って……そして、アンジェが元気に、言った。
「あのね、あのね!これ、お花で作りたい!」
……お花で?
ということで。
早速、妖精公園の建設が始まった。
場所は温泉施設の近く。ほら、今現在、温泉はソレイラの観光資源になっているので、そこの近くに妖精公園を造っておいたら楽しんでくれる人が増えるんじゃないだろうか、という目論見。
「トウゴ、本当にいいのか?」
「うん。もし本格的に問題が出るようだったら消しちゃうからね、とはアンジェに言ってあるし、こちらには僕も先生も居るので」
「まあ、トウゴはともかくウヌキ先生が居るなら後始末はできるか……」
リアンはなんだか心配そうにしながら失礼なことを言ってくる!遺憾の意!
「それにしても、アンジェは何をしているのかしら。くるくる踊ってるように見えるわ!」
「実際、踊ってるんじゃないかな……」
そしてカーネリアちゃんと僕らが見つめる先では、アンジェが妖精達と一緒にくるくる踊っている。……なんか既視感があると思ったら、そうだ、レネだ。レネも夜の国とこっちの世界とのゲートを開く時、ああいう風にくるくる踊りながら歌うように魔法を唱えるんだよなあ。
レネも妖精の仲間なんだろうか、なんて思いつつ、妖精達の魔法をぼんやりながめていると……。
にょき。
……地面から芽が出てくる。ええと、竹ではない。侵略の意思は感じられないしここはソレイラの外側の方だし、僕としても異物感は無い。大丈夫。
なんだろうなあ、と思いながら見つめていると……にょきにょき、と芽が伸びてきて、茎や蔓がどんどん伸びていって……そして。
ぽんぽん、と花が開く。大輪の花は珍しくも美しい、不思議な見た目をしている。
そして花の他にも、どんどん絡み合った蔓がテントのような形になったり、にょっきり生えた木が天然の滑り台のようになったり。先生が図解したアスレチックコースも、どんどんできていく。
蔓が絡み合ってできたネットのアスレチックみたいなものや、天然のツリーハウスみたいな木。大きなキノコのトランポリン。お昼寝に丁度良さそうな花の蕾のベッドまである!
「すげえなあ……アンジェ、いつのまにトウゴみたいなことできるようになったんだ?」
「お花を育てる魔法、練習してたみたいだもの。アンジェはすごいわ!とってもすごいわ!きゃー!これとってもすごいわ!きゃー!」
リアンはぽかんとしていて、カーネリアちゃんは早速、キノコのトランポリンでぽふんぽふんと跳ねている。元気だ。
その内、リアンとアンジェもカーネリアちゃんと一緒にキノコのトランポリンでぽふんぽふんやり始めたし、長い長い滑り台を滑り降りてきゃあきゃあと楽しそうにはしゃいだり、アスレチックコースをぴょこぴょこ駆け抜けて楽しそうにして……そして。
「……ちょっとつかれちゃった」
そして遊び疲れたらしいアンジェは早速、できたての花の蕾の中にもそもそ潜り込んでお昼寝し始めてしまった。慌てて様子を見ると、ええと……魔力切れ、ではなさそうだけれど眠くなっちゃって寝ちゃった、ということらしい。まあ、これだけ色々生やしたんだから、魔力の消費もあるのだろうけれど。
更に、カーネリアちゃんとリアンも、花の蕾のベッドにそれぞれ潜り込んだ。……ということで今、花の蕾のベッド3つに3人の子供達がそれぞれ潜り込んで、うとうとお昼寝しているところ。寝袋かゆりかごみたいになっている蕾の中は居心地がいいみたいだ。うーん、いいなあ……。
「……折角だから僕もちょっと参加しておこうかな。いい?」
そんな子供達を眺めつつ、僕は僕で、傍に居た妖精に許可を貰ってちょっと描き足す。
ええと……子供のおやつに丁度良さそうな木の実が実る生垣。夕方になってもちゃんとここを照らしてくれるように、光る木の実が実った蔓を木の枝から枝へと渡して……あとは、子供達が花の蕾の中でお昼寝してしまっている間、その親御さん達はやることが無くて困るだろうなあ、と思ったので、休憩所を建設。
休憩所は大きな大きな切り株みたいな建物にした。中にはキノコのテーブルや椅子が置いてあったり、花のランプが設置してあったり。退屈しないように、小さな本棚を用意してみた。その内蔵書でいっぱいにしよう。
……こういうのって、ちょっとわくわくするよね。
「いいなあこれ。この切り株のお家のロマンったらないね!実に素晴らしい!」
やがて、トランポリンを堪能してきた先生が(先生のこういう大人げないところ、いいと思うよ)休憩所に入ってきて、感嘆の声を上げた。
「先生の家もこういうのがよかった?」
「いや、毎日住みたいもんでもないな……でも一泊二泊、はたまた一週間くらいのんびりバカンスで過ごす、っていうには中々いいなあ」
先生はにこにこしながら、キノコの椅子に腰かけた。『おお、ふかふかだ!』と喜んでいる。そうだね。座り心地と耐久性抜群のキノコだから、中々いい具合の椅子だと思うよ。
……それにしても、一泊二泊、はたまた一週間くらいのんびりバカンス、かあ。
「……そういえば」
ふと、そう考えた僕の頭に、考えが過ぎる。
「宿泊施設がそろそろ足りなくなってきたって、クロアさんが言ってたなあ」




