竹林VSちんちくりん*1
大慌てで森へ飛んで帰った僕らは、そこでとんでもないものを見つけた。
「……なんてこった!竹が!竹が!」
「ふ、増えてる、なあ……?」
なんと!僕の家の近くに植えてあった竹が急に増えて、その領地を倍以上に増やしていた!青々とした竹がすっかり伸びて、我が物顔をしている!な、なんてこった!
「おおー、こりゃまた立派な……」
立派は立派だけれど全く喜べない!
竹は石の巨大プランターの中に生やしていたはずだし、タケノコ監視隊がタケノコの駆除を行ってくれていたはずなんだけれどな……。
「……おい、トウゴ・ウエソラ。美しい植物だが。これがあると何か問題があるのか?」
ルギュロスさんは竹の恐ろしさを知らないから『まるで意味が分からん』みたいな顔をしている。うう、確かに伝わりにくいよね、この危機感……。
「竹ってすごく繁殖力が強いんだ。根っこがすごく伸びるし、石畳でも床板でも貫いて生えてくるくらい強いし、駆除がとても難しいんだよ」
「……そうなった時に何か問題か?」
あ、駄目だった。そうか、この世界って、外来種の植物の侵略とかが無いからか、あんまり『特定の植物が増えすぎることへの危機感』みたいなものがそもそも根本から無いのかもしれない。
「……僕は森であって竹林じゃないのに、竹が生えていると……その、うー……ええと、異物感?うん、そういうのが、ある……」
なので、森目線での説明を試みる。
別に、僕だって竹は嫌いじゃないんだよ。形が綺麗だし、実用性もある素敵な植物だと思ってる。モチーフにするのも好きだし、見るのも好き。ライラが描いた竹の絵、好きなんだよ。
けど……けど、自分に生えてると嬉しいか、っていうと、また別の話なんだよ、それは!
「その……な、なんか、その、むずむず、する……?」
「む、むずむずするのか……」
そうなんだよ。僕がじわじわ竹林にされてしまう感覚で、すごくむずむずするんだよ!
更に、竹の侵略は続いた。
「ひゃあっ!?」
また急にむずむずして、また僕らの目の前で竹が生えてきた!異常なスピードだ!な、なんてこった!
「な、なんでこんなに急に、生えて……ひっ……は、生えてくるん、だろう……?」
おかしい。これはおかしい!
だって今もちゃんと、一角獣達、タケノコ監視隊は居るんだよ。彼らもタケノコが生えてきたら即座に角で刺してタケノコを排除してくれているのだけれど……一角獣が反応しきれない速度で生えてくる竹がいるものだから、間に合ってないんだ!
「わ、ま、また来る!」
「随分急に生えてるなあ……うおわっ!?」
更に、フェイの足元から勢いよく出てきたタケノコが、みるみる伸びて竹になってしまった!
しかもこれでも終わってくれない!まだ僕の中でむずむずしてきて……。
「だ、駄目!駄目だってば!生えないで!生えないでー!」
お願いしたって駄目だった。竹は無慈悲だった。また生えてきた!も、もうやだ!
「く、くそ!何かとてつもない異変が起きていることは分かるが、何をどうすればいいのかまるで分からん!おい!クロア!」
「はいはい、どうしたの……あらまあ、ご立派」
クロアさん!竹を褒めてる場合じゃないんだよ!大変なんだよ!僕、侵略されてる!侵略されてるのに!危機感があんまり伝わらない!
「と、トウゴ?どうしたのよあんた」
「竹にやられて……あうっ」
「……なんかいいわね」
よくない!何もよくない!誰か早く、竹を止めてー!
竹は止まってくれなかった。けれど、タケノコ監視隊が増員されたらしくて、竹の侵攻は少し、緩やかになってきた。
……そして、その頃になると、リアンとアンジェとカーネリアちゃんが先生を連れてやってきていて……そこで、アンジェが事情を説明してくれた。
「ごめんなさい、トウゴおにいちゃん……アンジェのせいなの」
そう切り出して、アンジェは今にも泣きそうな顔で話し出す。
「妖精の国のお外でもお花を育てる魔法をね、れんしゅうしてたの。でも、そこのお花さんにかけようとしたら、ひょい、ってよけられちゃって……」
……アンジェが示す先、竹の近くには、喋る花が居た。僕がこの世界に来て最初に喋った相手で、今、アージェントさんと一緒に牢屋に生えてるあいつ。
花は『オドッテタラヨケチャッタヨー、ゴメンネー』『オオキクナリタカッタンダケドネー』と喋っていた。あああ……。
「だ、大丈夫だよ、アンジェ。それで多少、竹の元気がよくなってたとしても……んっ、その、大丈夫だから。うん。僕は大丈夫なので……ひゃうっ」
アンジェを慰めている間にも、竹がまたぶり返してきた。タケノコの処理が間に合わなかったらしい箇所から、ずん、と竹が伸びて、一角獣がひひん、と驚いている。彼らでも間に合わないなんて!
「よしよし、トーゴ。すまんな、もう少しでなんとかしてみせるからな」
……けれども一角獣達の横では、先生が一生懸命、文字を書いている。どうやら、アンジェ達はうっかり間違えて魔法をかけてしまった、となってから、大慌てで先生を呼んできてくれたらしい。確かに、先生なら地面の下のタケノコを一掃することができる!
ということで、僕はアンジェを撫でつつ、竹に侵略されつつ、もう竹に侵略されちゃってもいいか、なんていう気持ちになってきてしまって慌てて気持ちを立て直したりしつつ……先生の文章を待って、そして。
「よし、これでどうだい!?」
もじもじ、くねくね、ぽよん。
先生の文字がぽよよん、と浮かんで地面へバウンドしながら溶け込んでいくと……。
「……あっ。楽になった!」
すっ、と、僕の中からタケノコが消えていって、小さく大人しくなる。竹がぐいぐい生えてこようとしていた勢いも減って、いつも通りの、平常時のかんじに戻ってきた。ああ、よかった!
「よかった、僕、竹林にならずに済んだ……」
ずっと息が上がりっぱなしだった僕はようやくまともに呼吸ができるようになって、つい、ぐてっ、とその場で伸びてしまう。ああ、よかった……森は守られた……。
……それから。
「今日はタケノコパーティだね」
僕らは、収穫されてしまった大量のタケノコを調理することになった。
とは言っても、僕らだけで処理できる量ではないので……ソレイラの町の人達に持って行って、皆でタケノコの処理をやる。
大きな大きな鍋を用意して、そこに立派なタケノコを投入していって、煮ていく。
また、小さいタケノコに関しては、そのまま皮ごと焼いていく。採れたてのタケノコだから、焼きタケノコにすればアク抜きしなくても美味しく食べられる。
ソレイラの人達は時々、タケノコをお裾分けされることがあるからタケノコの処理もお手の物だ。今も手慣れた様子でタケノコが処理されていっている。
……ちなみにお裾分けは主に、お使いに来た天馬から。ほら、あいつら、勝手に森から出てきては自分達の羽とかと引き換えに人参やリンゴを買っていくのだけれど、時々、羽と一緒にタケノコも売って人参にしているんだよ……。
まあ、そういうわけで無事にタケノコの処理が進んでいって、その間に僕と先生とラオクレスとで、伸び放題になってしまった竹の処理を行うことにする。
「じゃあ僕は地下茎を担当しよう。文章を考えておくから、その間にトウゴとラオクレスは地上に出ている竹の処理をやってくれたまえ」
「うん。分かった。ええと……じゃあ、ラオクレス。この竹、切ってほしいんだけれど」
「よし、任せろ」
先生が文章を書いている間、僕とラオクレスは竹の処理。
まあ、ちょっと憎い竹だけれど、伸びてしまったものをただ消してしまうのは勿体ないので、ちゃんと有効利用していこうと思う。
特にこの竹は特別な竹なので、竹の中に月の光の蜜をため込んでいたりするわけで……いや、今回は日中に生えて切られるわけだから、特に月の光の蜜は出てこなさそうだけれど……。
「ん?……おい、トウゴ」
「うん。どうしたの?」
……と思っていたら、竹を斧で切っていたラオクレスが、首を傾げた。
「中に何か入っているが」
ラオクレスが切った竹の断面から液体が漏れ出して、地面に染み込んでいっている。な、なんだろう、これ。
気になったので、切った竹の別の個所をもうちょっと切ってもらったら……竹の筒の中には何故か、水が溜まっていた。ええと、無色透明、なんだけれど、なんとなく木や花の香りがする水だ。なんだろう、これ。
「お?これは一体なんだい?」
「分からんが……ふむ」
先生もひょっこり覗き込んで首を傾げている中、ラオクレスはちょっと、竹の筒の中の水に指を浸して、それを舐めた。
「……甘いな」
「ということは、月の光の蜜みたいなかんじ?」
「あれよりもさらりとしている。清涼感があるな。香りがいいが、竹の香りとは異なる。……酒と似たような具合、かもしれんが……ううむ」
ラオクレスが食レポしてくれるのだけれど、よく分からない。まあ、そうだよね。
「ほうほう。それはちょっと気になるなあ。トーゴ。僕も頂いてみていいかい?」
「あ、うん。どうぞ。あ、僕も僕も」
ということで、先生と僕も竹筒の中の液体をちょっと舐めてみる。
「おお、成程。甘いなあ。けれどしつこくない。さらっとしていて……じわじわぽかぽかと力が湧いてくるような味がする!酒のようでもあるが薬のようでもあるな!体の中の目に見えない細かな傷がたちまち癒されていくような感覚がある!なんだろうなあ、これは!美味い!」
先生はそう言って、ぱっ、と表情を明るくした。ラオクレスも、『我が意を得たり』とばかりに頷いている。
の、だけれど……。
「おや?どうしたんだい、トーゴ。難しい顔をして」
「……ぼ、僕のだ、これ……」
僕は、衝撃に打ち震えています。だって、だって……。
「こ、これ、僕の魔力!竹が盗んで蓄えてる!」
竹筒の中に入ってるの、森の魔力が集まって蜜みたいになったものだ!




