竜と忘れることなかれ*7
ヴィオロンさん、まさかフェイが炎の中から出てくるなんて思わなかったんだろう。そりゃあそうだよ。炎をわざわざ潜ってくるなんて、普通はやらない。
フェイは炎に強いらしいからこういうことができるけれど、まさか人が炎の中に自ら入るなんて想像しないだろうし。
さて。フェイに殴られてよろめいたヴィオロンさんの元へ、僕はそっと、管狐を送り込む。管狐はするりと潜り込んでいって、そのままヴィオロンさんの顔面にぺたり、と張り付く!
「なっ、なんだ!?」
ヴィオロンさんは急に視界を奪われて困惑している。よしよし。その隙に僕はさっさと、ヴィオロンさんの手から例の怪しい宝石を抜き取ってしまおう。
宝石は薄い紫から濃い紫までのグラデーションで、その周りを金属細工が囲んでいる。金属細工に刻まれているのが魔法の模様だっていうことは僕にも分かるよ。多分、何かの魔法の道具なんだろうけれど……。
「よし、トウゴ。それ貸してくれ」
「じゃあ僕はヴィオロンさん見てるよ」
フェイが僕の手から宝石を持って行ったので、僕はヴィオロンさんの見張り。フェイに殴られて管狐にくっつかれたヴィオロンさんだけれど、まだ何かしてこないとも限らないので。
……まあ、何かの切り札だったらしい宝石を取り上げられた上、僕と管狐と鳳凰とレッドドラゴンにじっと見つめられて、ヴィオロンさんはいよいよ諦めたらしかったけれど。
「……あー、これ、もしかして相手の召喚獣を奪うような道具か?」
更に、フェイが宝石を眺めてそんなことを言えば、ヴィオロンさんはぎょっとした。
「な、何故そんなことが分かる」
「見りゃ分かる。……おー、成程なあ、こういう魔法組んであるのかあ。いや、でも魔法入ってるせいで召喚獣が入る隙間があんまりねえじゃん。こりゃ実用性あんまりねえなあ……」
フェイは更に宝石を観察して、ほうほう、とか、ふーん、とか、おおー、とか言いながらなんとなく楽しそうにしている。こういう未知の技術があるとついついこうなってしまうらしい。まあ、フェイらしい。
そうしてフェイは、ヴィオロンさんの宝石について、大体の検分を終えた。
フェイがさっき言っていた通り、この宝石は『他人の召喚獣を奪う』という道具だったらしい。ただ、契約を書き変える魔法があるせいで魔石自体の容量が減ってしまうからあまり大きな召喚獣を奪うことはできなさそうだけれど、という見立てだった。
……まあ、つまり、ヴィオロンさんは最初からレッドドラゴンを奪うつもりだったのだろう。
決闘の話が出た時にそんなに嫌そうな顔をしなかったのも、なんなら召喚獣有りの決闘を承諾していたのも、初めからフェイのレッドドラゴンを狙っていたからなんだろうな。
「……ま、これをパーティ会場に持って行ってお前を告発する、ってこともできなかないんだけどよ。これ、返すわ」
そうして、フェイは宝石の細工を数か所弄って使えないようにしてからヴィオロンさんに返す。
「何を」
「こういうモンがあるって知れる方がよっぽど危ないしな。わざわざ公表するもんでもないだろ」
ヴィオロンさんとしては意味が分からないというか、ここで自分にとどめを刺しに来ないのが理解できないというか、そういうところなんだろう。
けれどフェイはそういう奴なんだよ。僕だってそうだ。……僕らは攻撃をしたいわけじゃなくて、攻撃してくる相手から自分達を隔てる壁が欲しいだけだから。
……けれどもきっと、このままにしておいたら、ヴィオロンさんは気持ちのやり場が無いんだろうな、と思う。だから、僕はまだちょっと興奮気味のレッドドラゴンの陰に入り込んで、そこでちょっと、絵を描いて……。
「ヴィオロンさん。これ、どうぞ」
描いたばかりのそれを、ヴィオロンさんに手渡す。
「これは……?」
「精霊御前試合の招待券。是非、参加してよ。フェイも参加すると思うから」
「おう!次回、俺もまた参加するぜ!」
ヴィオロンさんに渡したのは、招待券だ。……今回ので気が済まないなら、是非、ソレイラで戦ってほしい。そうしたらまた違う結果になるかもしれないし、そうなったらそうなったでヴィオロンさんの気は晴れるだろうし、フェイも僕も別に気にしないし……それに、次に戦う場所がある、って思えば、多分、ヴィオロンさんは気持ちのやり場ができると思うから。
ヴィオロンさんはちょっとぼんやりした様子で招待券を見つめていた。……ちゃんと、来てくれたら嬉しいな。
「ついでにこれも。妖精のおやつ券。これはね、ちょっと特別なやつなんだよ」
それから折角なので、妖精おやつ券もプレゼント。ただし、裏側に僕がたんぽぽの絵を描いたやつは特別製。これは『これを持ってきた人には悪戯してやってね』という妖精達へのメッセージなので……まあ、是非ソレイラに来てください。妖精達がたんぽぽの綿毛まみれにしてくれたり、髪の毛にリボンを結んで可愛くしてくれたり、いつのまにか服の裾にレースとフリルを縫い付けて可愛くしておいてくれたりすると思うよ。
「あと、服、脱いで!直してあげるから!それ、一張羅だよね?」
「そうだな!よし!トウゴ!お前そっち引っ張れ!俺はこっちから脱がせる!」
「お、おい!何をする!やめろ!」
……そして、最後に。
僕らはヴィオロンさんの服を剥ぎ取って、物陰へすたこらさっさ。追い剥ぎの気分。
けれど僕らは善良な追い剥ぎなので、ちゃんと服は描いて直して、返してあげた。いつの間にか直った服を見てヴィオロンさんはびっくりしていた。ちょっと面白い。ついでに裏地を全部ピンクの花柄にしてあげたのでそれもびっくりしていた。これもちょっと面白い。
「……ね。きっと、来てね」
びっくりするヴィオロンさんに笑いかけて、さあ、僕らは今度こそ、すたこらさっさ。
観客席の端の方で待っていてくれたルギュロスさんとラージュ姫とラオクレス、そして何故かいつの間にかやってきていた鳥と合流して、パーティ会場へ……いや、鳥!君は会場に戻っちゃ駄目だ!会場のドアに詰まっちゃう!森へ帰りなさい!
「フェイ、すごく格好良かったよ」
パーティ会場へ戻る道すがら、僕はフェイにそう伝える。するとフェイはなんだか照れたような、まんざらでもなさそうな顔でにこにこした。
「いやー、今回ばかりは俺もそう思う。……昔の自分に今の自分、見せてやりてえなあ」
フェイとしても、ちょっと因縁のある相手にああやって勝てたんだから、今日は意味のある一日だったと思うんだ。こんなに満足気な顔をしているフェイ、中々見られないよ。本当に。
「……っと。やべ。解けてる」
にこにこ満足していた僕らだけれど、ふと、フェイが自分の髪の状態に気づく。フェイの髪は精霊御前試合の時よろしく、解けて背中に広がっていた。
「あー、紐、どっかに落としてきたかな……火でやっちまったかなあ」
「うーん……鳥が拾ってる気がする。ちょっと待ってね」
僕らの後ろをちょこちょこ歩いてついてきていた鳥の羽毛の中に、ずぼ、と手を突っ込んで探ってみたら、やっぱりあった。きらきら光る飾りが付いた革紐だから、綺麗だと思って拾って羽毛にしまってたんだろうなあ、こいつ……。
けれども案の定、革紐は焼け焦げて切れてしまっていた。なのでそれを描いて直してフェイに返してあげようと思って……ちょっと、気が変わってしまった。
「ねえ、フェイ。髪、そのままにしておいたら?」
「へっ?」
僕が提案してみると、フェイはびっくりした顔のまま固まって……それから、ぽり、と頭を掻く。
「い、いや、だって見苦しいだろ、こういうの」
「そう?見苦しくなんてないよ。会場を見ていたら、髪を下ろしたままの人、結構いたよ」
この世界は男の人でも髪を伸ばしている人、結構いるので。そして、フェイみたいに縛っている人ばかりじゃないので、まあ、珍しくない。
けれど、僕がそう言うと……フェイは、なんだか戸惑うような、ちょっと怯えるような顔をする。
「……だって、赤いし」
「綺麗な色だよ」
「お洒落のために伸ばしてるんでもねえし、その事情は皆知ってるし」
「実用目的だったとしても、お洒落も兼ねてるってことじゃ、駄目?」
……多分、フェイは学園に居た頃、髪のことを結構言われたんじゃないかと思う。さっきも失礼な奴らがそういうこと、言ってたし。
けれども、もしフェイがそれをずっと気にしているとしたらそれは悲しいことだと思うし、植え付けられてしまったそういう考えを取り除きたいと思ってしまうし、彼の自尊心みたいなものを取り戻したいと思ってしまう。誠に勝手ながら。
「……トウゴー」
やっぱり自分勝手かなあ、と思いつつ、フェイを見ていると。
「流石にこのままって訳にはいかねえからさ……ちょっと櫛通してから戻る!ってことで、櫛、出してくれ!」
フェイはそう言って、にやりと笑って手を出してきた!
……それから。
フェイの髪は無事に整えられた。ええと、ルギュロスさんの指導の下。
『整え方がなっていない!』と怒られつつああだこうだやって、今、フェイの髪は無事、ぼさぼさじゃなくなんとなく綺麗に整った状態で背中に流れている。フェイが颯爽と歩く時、髪がふわふわ流れるかんじがなんとなく馬の鬣を思わせる。僕は大いにこれが気に入った。描きたい。
そうして堂々とパーティ会場へ戻ったフェイは、大いに人の目を集めはしたけれど……フェイを馬鹿にする人なんて、誰も居なかった。ひそひそと陰口をたたいている人もいたみたいだけれど、そんなの気にする人はもうほとんどいない。だってフェイの強さはもう、証明されたんだから。
フェイに友好的な人達はフェイの周りに集まってきて、さっきの決闘を褒め称えたり、フェイの髪について『悪くないな!』って好意的な感想を齎してくれたり。
僕はそれがなんだか嬉しくて、嬉しくなってきたら気分が高揚してきて、そうしたらなんだか描きたくなってきてしまって……。
……描くことにした。
同級生達に囲まれて笑っているフェイも。それをちょっと遠巻きに眺めつつ何故か満足気なルギュロスさんも。そんな彼らを見て微笑んでいるラージュ姫も。隅っこの方で集まってぶつぶつ言っているらしいヴィオロンさん達も。案の定会場の入り口に詰まってしまっている鳥と、その鳥を押して詰まりを解消しているラオクレスも……。
特に、フェイがよく描けたんだ。彼、すごくいい顔をしていたのだけれど、それが満足のいくように描けた。
……森へ帰ったら、『君、こういう顔をしていたよ』って見せてみようかな。フェイは恥ずかしがるだろうか。いや、喜んでくれるような気がする。
と、まあ、こんな具合にフェイの同窓会は終わった。
フェイは存分に楽しんできたみたいだし、ルギュロスさんもなんだかんだ楽しんできたらしい。ルギュロスさんは人に悪口を言う時に一番輝く人みたいだけれど、普通の社交もできるらしいよ。まあ、器用だもんなあ、彼。
「トウゴ、随分と妖精おやつ券を配っていたようだが」
「うん。折角の機会だから、ソレイラの宣伝をしてきたんだよ」
そして僕も、存分に楽しませてもらいました。ソレイラの町長としての仕事も果たせたと思う。
「ふふ、とても新鮮な体験でした」
そしてラージュ姫としても、楽しめたみたいだ。……彼女、ルギュロスさんに連れ回されていたけれどそんなに嫌に思わなかったみたいなのでよかった。
「お楽しみいただけたようなら光栄だぜ!」
「おい、レッドガルド。王女は私のパートナーとしてここへ来たのだが?」
「いいじゃねえかよー、ルギュロスぅー。お前だってトウゴの連れみたいな顔して自慢してた癖によぉー」
あ、うん。僕、ルギュロスさんに自慢された。ええと、『王都で一二を争う話題の絵描きであり、かの精霊のお膝元ソレイラの町長と私は親しくしている』みたいなかんじに。まあ、ルギュロスさんは人の悪口を言う時に一番輝くけれど、二番目は多分、彼自身の自慢をしている時なので……。
「それにしても!やっぱり俺はトウゴ連れてきてよかった!ほんとーに!よかった!」
フェイは興奮冷めやらぬ、といった満面の笑みで、僕の背中をばしんと叩いた。
「ありがとな、トウゴ!」
「どういたしまして!」
……そうして僕らが笑い合う王都の、星の綺麗な夜のことでした。
翌朝。王都でもう一泊した僕らは森へ帰る。
朝陽を反射して、鳥の羽毛が眩しい。
……ちなみに、フェイが髪を結ぶのに使っていた紐だけれど、あの紐は今、鳥の脚に結んである。フェイから鳥へプレゼントだそうだ。鳥は満足気。多分、自分への貢ぎ物だと思ってるんだと思うよ。けれどフェイとしては多分、神社で引いたおみくじを木の枝に結ぶような感覚だと思うよ!
妙に自慢げに飛ぶ鳥を眺めつつ、僕らは森へと向かって飛んで……そして。
「……んっ?んん?あれ……?」
「どうした?」
飛んでいる途中、僕はなんだか体がむずむずしてくる。僕を後ろから支えてくれているラオクレスがちょっと不思議そうな顔をしているけれど、僕も不思議に思ってる。なんだろう、このむずむず。
まるで、羽が生えた時みたいなむずむずなんだけれど、僕、魔力が増えたり森が急に変わったりした覚えは無いし……うーん。
……と、思っていたら。
「ひゃっ!?」
「ど、どうした!?」
変な感覚が体の奥に走って、思わずびっくりして声が出た。な、なんだなんだ!
……今の、なんだろう、と思って、そろり、と自分の調子……つまりソレイラの森の調子を、確かめて……。
「……あ、あれ……?」
「大丈夫か、トウゴ」
心配そうなラオクレスの顔を振り返って……僕は、途方に暮れつつ、伝えた。
「な、なんだか、竹が……竹が、侵略してきた……」