竜と忘れることなかれ*4
それから少しして、フェイは声を掛けられて、その人達と楽し気に喋り始めた。
「よかった。フェイ、普通の友達もちゃんと居るんだよね」
「それはそうだろう。魔力の足りない劣等生だったとして、レッドガルドの社交性はそれなりのものだぞ」
ちょっと離れたところでフェイを見守る僕らは、珍しくもルギュロスさんが人を褒めているのを聞いてびっくりしている。……フェイのコミュニケーション能力って、ルギュロスさんからしてみてもひとかどのものなのか。そうか。なんだか嬉しいなあ。
「むしろ表だって馬鹿にした口を利く者が居ることに驚いているがな。まあ、大方レッドガルドの醜態を引き出し、醜聞を流して貴族連合の評判を下げたいのだろうが」
「そんな理由であんなことわざわざ言いにきたの?あの人達」
「第二第三の貴族連合を作ろうとしているのであれば、レッドガルドの評判を落として現在の貴族連合の瓦解を狙うのも悪くない。まあ、やり方が稚拙ではあるがな。だが有効ではないとも言い切れん。嘲笑う者と嘲笑われる者、という印象が本人や周囲の者達につけば、それはそれで有利に働くことも多い。敵対を早々に表明することで、隠れている反レッドガルド勢を引き寄せる効果もある」
成程なあ。なんというか、貴族の人って大変だなあ、という印象だ。フェイも大変だっただろうな……。
「じゃあ、あれ、単に馬鹿にしてきたっていうよりはそういう戦略なのか……やだなあ」
「……そうだ。ただ馬鹿にするだけなら親しくしつつ内心で馬鹿にすればいい。大多数がそうしているように、な」
そして、ルギュロスさんが渋い顔で更にそう続けたので、僕としてはやっぱり気になる。
「……内心で馬鹿にされてるの?」
「だろうな。魔法の実技科目はほとんど全て赤点だった奴だぞ、レッドガルドは。それでいて筆記科目の出来も大したことはない、となればな。レッドガルド家という家柄も相まって、付き合わないよう家から言われていた者も多かっただろう」
……それは、悲しいことだ。なんというか、悲しい。テストの点で全てを測らないでほしい、なんて言えないし言わないけれど、でも……悲しいし、寂しい。
僕がそんな顔をしていたからか、ルギュロスさんもちょっとつられて寂しそうな顔をしつつ続ける。
「それに……特に女はそうだろうな。伴侶とするにあたって、生まれてくる子の魔力がより多くなりそうな夫を選びたい、というのはごく自然なことだ」
貴族の人ってそういうのも気にするのか。そっか……。確かにフェイ、言ってたなあ。『お話は楽しいけれど魔力がちょっと……って言われてたのにレッドドラゴンが召喚獣になった途端に女性が寄ってくるようになった』とかなんとか……。
「……逆に尋ねるが、トウゴ・ウエソラ。お前はレッドガルドのあの魔力の少なさが気にならんのか」
「え?……うん。気になったこと、ない。というか、僕、人の魔力の量なんて分からないんだ」
「……精霊ともなると、最早、人間の魔力の多寡など誤差ということか」
いや、そういうわけでは……そうかもしれないけど。うう、やっぱり僕、人間中退……。
なんとなく『人間中退』を思い知ってしょんぼりしていたら、ルギュロスさんはちょっと険しい顔でフェイの方を見つつ、言う。
「魔力が少ないのは本人の咎ではない。だが、魔力が少なければできることも少ない。それによって本人も周囲も不利益を被ることは多い。それは覆せない事実だ」
……ふと、思い出す。
僕とフェイが密猟者の人達に捕まってしまった時。フェイは、自分にもっと力があれば、って思っているように見えたし、僕を巻き込んだことをとても悔いているように見えた。
……『本人も周囲も不利益を被ることは、多い』。
なんとなく、だけれど。フェイの根底にはそういう意識があるんじゃないかな、と、いうような気がした。
それから少しして、ルギュロスさんも声を掛けられて、ラージュ姫と一緒にそちらへ行ってしまった。
……ラージュ姫の腕をさっと引き寄せて連れて行ったところを見ると、多分、相手は『見栄を張りたい人』なんじゃないかな。ルギュロスさんは結構好戦的な性格の人らしいので、ラージュ姫の威光とネーミングセンスを武器にして相手をやっつけようとしているんじゃないだろうか。
ということで僕はラオクレスと2人、またフェイを眺めることになる。
……フェイはまた多くの人に囲まれることになっていた。
ルギュロスさんの言葉を信じてしまうならば、今、フェイの周りに居る人達もフェイを内心で馬鹿にしたりしている、ということになるのかな。でもそんなの一々考えてたらキリがないしな。
……それに、フェイはそれなりに楽しそうにやっている、ように見えるので大丈夫だろう。多少、森に居る時よりも大げさに表情を作っているように見えたし、相手を楽しませよう、っていう意識が強く働いているようにも見えたけれど。でも、それは別に、フェイにとっても周囲にとっても、別に悪いことじゃないと思うので。
そんな折。
「護衛が必要だと思うならそもそも来なければいいのに」
僕とラオクレスに聞こえよがしに言う人が居て、そちらを見る。
そこに居たのはさっきの人。ええと、ヴィオロンさん、だと思う。いや、パリスリーンさん……?ううん、多分ヴィオロンさん、でよかったと思う。自信は無いけれど。
「物々しいことだ。ここを一体どこだと思っている?レッドガルドの連れだというから何かと思ったら、奴に相応しくこの場には相応しくない闖入者か」
……随分と悪意の塊みたいな言葉をぶつけてくるものだから、流石にどうしていいものか分からなくなる。こういうことって中々無いから、ぱっとすぐに言い返せないんだよな。
「この世界は不平等だな。精霊の恵みが気まぐれに与えられれば、そこが世界の中心となるのだから」
ヴィオロンさんは僕に構わず続ける。その目は僕を憎々し気に睨んでもいたし……今、多くの人に囲まれているフェイへも、向けられている。
「あの何のとりえもないレッドガルドですら多くの者に媚び諂われるとはな。なんと理不尽なことか」
「……あなたがどういうつもりでさっきから言葉を発しているのか、分からないけれど」
僕は、隣に居る悪意の塊みたいな人に対して、言えることはそう多くない。
彼らの事情はよく知らないし、そもそも僕はあんまり口が回る方じゃないんだ。
けれど。
「愉快じゃあ、ないね」
自分の気持ちをそのまま伝えるくらいなら、できるんだよ。
「そうか。それは結構なことだ」
ヴィオロンさんは僕の言葉を受け止めて、平然と笑っていた。むしろ、僕の反応を喜ぶような顔だった。……こういう人、世の中に居るんだなあ。
「精々不愉快に思えばいい。私はお前達を見て不愉快に思わされているのだからな」
「なら見なければいいんじゃないだろうか」
「嫌でも目に入ってくる癖に何を言うのやら」
なんというか、こういう人が居るからこそ、壁って必要なんだなあ、と思わされる。多分、僕が言うこともヴィオロンさんが言うことも、間違いではないと思うので。こういう場合はお互いに関わらないっていうことが、唯一の平和に過ごす方法だと思うよ、本当に……。
「全く。精霊様もあんな奴に寵愛を与えている訳ではないだろうに。レッドガルド家といえばローゼス・ルフス・レッドガルドが居る家だからな。精霊様が愛しているのはどうせあちらだ。あの無能ではあるまいに、あいつはあのように人気者気取りか。勘違いも甚だしい……」
やがて、ヴィオロンさんはそんなことまで言い出した。いやいや、それは違いますよ。
「精霊様はローゼスさんも好きだけれど、フェイのことも大好きなんだ。勿論、レッドガルドの子だから、っていう理由もあるけれど、それ以上に、フェイがフェイだから大好きなんだよ」
ちゃんと主張する。これはもう、嫌味とか皮肉とか一切抜きにして、ちゃんと主張しなければ。
「彼だからこそ愛してるんだ。熱くて明るい炎みたいな彼だからこそ、愛してるんだよ」
森に住んでいる子達は皆、愛おしいけれど。それでもやっぱりフェイは特別なんだ。身を挺して森を庇ってくれて、僕のために傷ついて、それでも文句ひとつ言わないで森を愛して守ってくれている。そんな彼だからこそ僕は特別に思っているし、レッドドラゴンだってフェイのことを気に入ったんだと思う。
「……奴の連れらしい、実に甘ったれた、夢見がちな物言いだ」
……けれども僕が精霊だということを知らないヴィオロンさんは、そんなことを言って鼻で笑った。
「男にしては随分となよなよしい見た目だと思ったが、中身までそうとはな」
更にそんなことを言って馬鹿にしてきた!この野郎!
「……おい」
そして、ヴィオロンさんが僕を馬鹿にした、その途端。
「我が主を侮辱することは許さん」
ラオクレスが、剣を抜いていた。
……そうしてラオクレスがヴィオロンさんを睨みつけて、ヴィオロンさんが尚も平然としていると。
「よお。何話してるんだ?」
他の人達との話を切り上げてきたらしいフェイが、僕らに近づいてきた。ああ、お帰り!
一方のヴィオロンさんはフェイが来たのを見てあからさまに嫌そうな顔をしつつ、ラオクレスから半歩離れた。
「お前の連れの護衛が随分と無礼を働いてきたのだが?」
「無礼は貴様だろう」
ラオクレスはまるで容赦する気が無いらしい。まるで岩みたいな、重くて硬くて冷たい声だ。僕に向けられた声じゃないっていうのに、ちょっと怖いと思ってしまう。
「全く……剣を抜いた時点で言葉でのやりとりを放棄するという意思表示に見えるが」
「ああ、そうだな。人間相手ならいざ知らず、貴様のような獣に対してまで俺やトウゴが言葉を尽くしてやる義理は無い」
更に言い返すラオクレスに対して、フェイもちょっと手を出しあぐねているように見えた。それぐらいラオクレスはぴりぴりしていたんだよ。
「だから何だ?まさか決闘でもして決着をつけたいとでも?全く、野蛮な……」
「望むところだが、いいのか。貴様の首が一瞬で飛ぶぞ」
ラオクレスが剣をヴィオロンさんに向けると、ヴィオロンさんはまた嫌そうな顔をして……さっ、と、僕らから去っていこうとする。
「女々しい軟弱者と野蛮人の護衛、か!おい、レッドガルド!結構な連れじゃあないか!恥ずかしいとは思わないのか!?」
そして去り際にそう、言い捨てていこうとした、ヴィオロンさんは。
「……なあ、おい、ヴィオロン」
すれ違いざま、フェイに腕を掴まれる。
「やろうじゃねえか、決闘」
フェイは、ギラリと燃えるような瞳で言ってのけた。
「俺とお前とで、だ。それなら文句ねえだろ?」