竜と忘れることなかれ*2
服を一式鞄に詰めて、僕らは王都へ向かって飛び立った。
「ほう……レッドドラゴンとは、かくも速く飛ぶ生き物なのか!」
「どうだ?すげえだろ!」
レッドドラゴンにはフェイとルギュロスさんが2人乗り。ルギュロスさんは初めてレッドドラゴンに乗せてもらえて、ちょっと興奮気味。この人もなんだかんだ、珍しいものが好きなんだよなあ。
「そっちも大丈夫かー!?速度、緩めた方がいいか!?」
「いや、問題ない」
そして僕は、ラオクレスと一緒にアリコーンに2人乗り。アリコーンもドラゴンぐらい速い生き物だから、全然問題なし。
「……王城でのパーティに行った時のことを思い出すな」
「そうだね。あの時ラオクレスはまだ奴隷だったし、僕もまだレッドガルド家のお抱え絵師じゃなかったし、精霊でもなかったけれど……懐かしいなあ」
フェイのお供としてついていった王城でのパーティも、随分前のことに思える。あの時、王城の芸術品に見惚れて、クロアさんに見惚れて、大変だったんだっけ。
「今回のパーティもうまくいくといいな」
「そうだな」
そして前回同様、これはフェイの戦いなんだ。僕は全力でそれをサポートしなければ!
その日の内に王都の宿に到着。僕らはいつもの部屋をとって、4人はそれぞれ、個室へ入って荷解きしたり、寛いだり。
ご飯は皆で揃って食べにいった。大衆食堂、みたいなところだったのでルギュロスさんが眉間に皺をよせていたけれど、いざご飯を食べ始めてみたらとても美味しかったし、ルギュロスさんの眉間の皺は消えていたし。
そうして宿へ帰って、お風呂に順番に入って、お風呂上りのラオクレスをデッサンさせてもらって、寝て……。
翌朝。僕らはのんびり起きてのんびり朝ご飯を食べたら、のんびり支度を始める。
パーティはおやつ時からだ。けれど僕らはその前に一度王城に寄らなきゃいけないので、今から準備を始めている、という次第。
僕はさっさと着替えて廊下に出ていたのだけれど、廊下を通る女給さん達に『あら、可愛らしい……』ってにこにこされるのがなんとなく恥ずかしかったので、部屋の中で待っていることにした。
「む……早かったな」
「僕の着替えは管狐が手伝ってくれるので」
すると、ルギュロスさんが最初に個室から出てきた。彼も手早い方だと思うけれど、まあ、僕は管狐が着替えを手伝ってくれるので早いんだよ。ちなみにその管狐は早速、着替えたばかりの僕の服の中に潜り込んでいる。くすぐったい……。
くすぐったいながらも、折角だからルギュロスさんの恰好を観察してみた。
ルギュロスさんは濃いグレーのズボンに黒のシャツを着て、その上に銀糸の刺繍が入った白のジャケットを着ていた。タイはシルバーグレーで、タイを留めておくピンには深紅の石飾りが付いてる。……こういう落ち着いて品のある恰好って、彼によく似あう。
「すまない。手間取った」
続いて出てきたのはラオクレスだった。
ラオクレスは……ええと、『ボディーガード』の恰好だ。ただし、こっちの世界仕様にするためにスーツのジャケットのデザインはちょっと変わっているし、タイは僕とお揃いのワインレッドだ。ただしラオクレスのはリボンじゃないけれど。うらやましい……。
「あ、そうだ。ラオクレスもこれ。はい、どうぞ」
「ああ」
……そして彼の襟に、ラペルピンを飾る。深紅の石が付いているやつ。
「全く。揃いの石を身に着けろ、など、よくもまあそんなことを思いつくものだ」
ルギュロスさんのタイのピンにも、この石が付いている。僕のリボンタイにも、そう。
「こうしておくと、僕らがフェイと仲良し、っていうのが分かって丁度いいよね」
これはクロアさんの発案だ。そして石の製作者は僕。当然ながら。
……ルギュロスさんはお揃いの石にちょっと不満があるみたいだったけれど、でもまあ、それでも身に着けてくれてるんだから律儀な人だよね。
「悪い!待たせた!」
「遅いぞ、レッドガルド!」
そして最後に部屋から出てきたフェイは、中々に華やかな格好をしていた。
白のドレスシャツの上には金刺繍が入った深紅のジャケット。細身のズボンはぱっきりとした黒。タイは深いワインレッドで、ピンには僕らとお揃いの深紅の石。ものすごく『赤!』っていうかんじの恰好だけれど、それが決まって見えるんだからすごい。
「……おい、レッドガルド。随分と派手だな」
「頭と目玉が派手だからよー、服だって派手にしてつり合いとらねえとな!」
フェイはもう一度確認するように、縛った髪の根元のあたりを触っている。髪はしっかり、革紐で結んであった。革紐にもちょっと飾りが付いていて洒落ている。
「よーし!じゃあラージュ姫も拾って突撃だー!」
「おー!」
フェイの勇ましい掛け声に合わせて手を振り上げると、ルギュロスさんが呆れたようにため息を吐いた。別にいいだろ、気合入れたってさ……。
そうして僕らは、ラージュ姫を迎えに王城へ。王城の中庭で待っていたら、ラージュ姫がぱたぱたとやってきた。
「皆さん!お待たせしました!」
やってきたラージュ姫は、すごく綺麗な格好をしていた。
ラージュ姫が着てきたドレスは、膝丈くらいのドレス。白地に織り模様と金の刺繍が入った、少し張りのある布でできていてる。ふわふわ、というよりはしゃっきり、とした印象だ。ラージュ姫っぽいなあ。
ウエストには金の刺繍が入った紫のリボンがあしらってあって、白と金だけじゃないのがいいかんじ。
「わあ……ラージュ姫、すごく綺麗だ」
「ふふ、どうもありがとうございます。少し照れてしまいますね」
ラージュ姫はなんだか恥ずかしそうにしていたのだけれど、でも、綺麗なものは綺麗だ。うーん、また描かせてもらおうかな……。
「ラージュ姫。じゃあ早速で悪いけど、これ。いいか?」
僕がスケッチブックを出している傍ら、フェイは懐から小さな箱を取り出してラージュ姫にプレゼント。ラージュ姫は箱を開けて……歓声を上げてくれた。
「まあ、素敵……!」
彼女の指がつまみ上げたのは、深紅の石が付いたイヤリング。それから、同じく深紅の石のネックレスと髪飾り。デザインはライラ、実体化は僕が担当しました。
「皆さんとお揃いなんですよね。ふふ」
ラージュ姫は早速、アクセサリーを身に着けて、どうですか、なんて聞いてくれる。深みのあるワインレッドめいた赤が、ラージュ姫の紫の瞳ともよく合う。よし。ライラのデザインに間違いはなかった!
そうして僕らは5人揃って、王都の王立学園へ。
……この建物、存在自体は知っていた。ええとね、場所が、王立美術館のすぐそばなんだよ。だから、美術館の庭から王立学園の建物が見える。
けれど中に入るのは初めてだ。僕はなんとなく緊張しつつ、フェイもどことなく緊張した様子で……そしてルギュロスさんはまるで気負うところのないように堂々と、敷地内に脚を踏み入れていく。
この建物は学校、というわけなのだけれど、貴族の子弟が通うことが多い場所だからか、綺麗な造りをしていた。なんだろうな、アンティークなかんじの魅力もありながら、野暮ったいところはない、というかんじ。瀟洒、っていう言葉がよく似合う。
落ち着いた色合いの煉瓦壁は苔と蔦に侵食されつつ却って調和と魅力を増しているように見えるし、ステンドグラスの嵌った飾り窓やその上にある鐘の塔の古めかしさがまた、重厚感がありつつ重たすぎないような、そういうスマートなデザインなものだから……。
「描きたい……」
描きたくなっちゃった。描きたい、描きたい。こんなに綺麗な建物、描かなきゃ損だよ!
「おおー、やっぱりか!早目に来といてよかったなあ。じゃ、トウゴ。60分だけな」
「馬鹿言え!それでは遅刻だろうが!おい、トウゴ・ウエソラ!30分までにしろ!」
「トウゴが絵を描くのを認めはするんだな……?」
ということで、僕は早速、絵を描かせてもらう。近くのベンチに座って、スケッチブックを出して。風景のスケッチだけを目的とするから、もう、魔法画でどんどん描いていく。見たものをそのまま頭の中で整理して紙の上に表現する、っていうことなので、形と陰影を捉えて描く鉛筆デッサンの練習にもなるんだ、これ。
……そうして学校の建物を幾つか、いろんな角度で描いて描いて、ちょっと満足した頃。僕は『そろそろ時間だぞ』とラオクレスに連れ戻されて、少し離れた位置で待っていてくれたフェイとルギュロスさんとラージュ姫のところへ帰る。ただいま。
「……成程。では、開発特区の整備はまあ、問題なさそうだな」
「おひさまぽかぽか地区です。どうして頑なにおひさまぽかぽか地区の名前を呼びたがらないのですか!」
「その名前だからだ!何故そんな間の抜けた名前にしたのだ!私はあなたの正気を疑うぞ、ラージュ王女!」
「ま、間が抜けているとは何事ですか!皆が平和で温かな気持ちになれる、良い名ではありませんか!」
……ルギュロスさんがラージュ姫と言い争いをしているのをフェイがけらけら笑いながら見ている、という不思議な状況の中にただいま。僕が戻ってくるとルギュロスさんとラージュ姫の話も一旦区切れたみたいで、まあ、うん。
「よーし。じゃあトウゴも戻ってきたことだし、行くかあ」
フェイがそう言えば、ラージュ姫とルギュロスさんもフェイに続いて移動を始める。会場はダンスホール、なる場所らしいよ。学校の中にそういう場所があるの、流石は貴族の子弟が通う学校、っていうかんじだ。
……あの、ところでラージュ姫。あのネーミングセンスはね、僕もやっぱりどうかと思うよ。
ラージュ姫の『おひさまぽかぽか地区』はさておき、僕らはパーティ会場へと踏み込むことになった。
パーティの会場は、がやがやと賑やか。天井に飾られたシャンデリアも、敷かれた絨毯も、上等で華やかなものだった。王城でのパーティを思い出すなあ。
ただし、王城でのパーティの時とは違って、会場に居る人はほとんど、フェイやルギュロスさんと同じくらいの年齢の人達だ。つまり、若い。会場を満たす笑い声も、王城でのパーティの時よりずっと賑やか。多少、無礼講、っていうかんじだろうか。
お酒のグラスが配られていたりもするし、それで余計ににぎやかなのかも。まあ、社交の場っていうよりは、楽しむための場だもんなあ。同窓会、なんだし。
……ということで、僕らは適当に飲み物のグラスを貰って飲みつつ、会場の適当な位置に陣取る。ちなみに、貰った飲み物は僕とラージュ姫とラオクレスがジュース。フェイとルギュロスさんが軽めのお酒。
そうしている内にルギュロスさんが綺麗な女性に話しかけられてラージュ姫を引っ張っていきつつそれに応じたり、フェイがかつての旧友だったらしい人と親し気に挨拶したり、僕もついでに挨拶させてもらって、ソレイラの宣伝も兼ねて『妖精のおやつ券』を配って喜んでもらえたり……。
……そうして僕らが過ごしていると。
「おいおい、そこの派手な格好はもしかして、レッドガルドの無能の方か?」
そんな声が、掛けられた。
……僕の出番!?ねえ、僕の出番!?




