コウノトリとキャベツの里より*1
「カーネリアちゃん」
キャベツを見つめるカーネリアちゃんに声を掛けてみると、彼女はちょっと驚いて、それから僕らを見つけて、ぱっと笑う。
「まあ!トウゴ達、戻ってたのね!おかえりなさい!」
「うん。ただいま」
お帰りの挨拶を受けつつ、僕らもなんとなくにこにこしてしまって……それから思い出して、聞いてみる。
「あの、カーネリアちゃん。キャベツ、食べたいの?」
何せ、彼女、キャベツを真剣に見つめるという不思議な行動をしていたところだったので。……すると。
「え?ち、違うわ!私、キャベツは好きだけれど、食べたくて見てた訳じゃないのよ!」
カーネリアちゃんはそう言って弁明してから……こう、続けた。
「赤ちゃんが入ってるキャベツが無いか、探してたのよ!」
……うん。
な、成程……?
「あのね、私、ラオクレスに聞いてみたのよ。『赤ちゃんってどこから来るのかしら』って!」
……ライラが盛大に咳き込んでいる。フェイも似たような具合になっている。僕とルギュロスさんは、その……何となくいたたまれなくて恥ずかしい気分になりながら、それ以上にラオクレスに対して同情してしまった。彼もきっと、さぞかし驚き、いたたまれなくなり、困ったに違いない……!
「ええと、ラオクレスはなんて言ってた?」
「あのね、『俺は知らん。クロアに聞け』って言ってたわ」
……ラオクレス!ラオクレス!確かにクロアさんはそういう質問にもスマートに回答できそうだけれど、でも、だからってクロアさん任せはどうかと思うよ!
「それで私、クロアさんのところへ行って、聞いたのよ。そうしたら……」
僕らはちょっと緊張しつつ、カーネリアちゃんの話の続きを待つ。クロアさんなら、きっと上手くやってくれるはず……。
「クロアさんね、『お父さんとお母さんに準備ができて、その時が来れば分かるわ。心配しなくて大丈夫よ』って言ってくれたのよ」
うん。素晴らしい!クロアさん、ありがとう!流石だ!
「けれど、私はもっとちゃんと知りたいと思ったの!」
……けれどカーネリアちゃんの知的好奇心はクロアさんの気遣いを超えてしまったらしい。なんてこった!
「それで、ウヌキ先生のところへ行ってきたわ!」
あ、あああああああ!な、なんてこった!ああ、先生!先生ー!
「そ、それで先生は……」
「それがね、ウヌキ先生ったら、『赤ちゃんはな、鳥さんが運んできたり、キャベツの中から生まれてきたりするらしいぜ』って教えてくれたのよ!」
……先生!ああ、ああ、先生!きっとすごく悩んですごく困った結果だったんだろうなあ……!
「そ、そっかあ。それでキャベツを眺めてたんだな?」
「そうなの。もしかしたら、中に赤ちゃんが入ってるかもしれないもの!」
フェイが『そっかー』と言いながらカーネリアちゃんの頭を撫でている。……撫でつつ、ちら、と僕の方を見て、『こっちにはとばっちりが来ないようにしたい』みたいな顔をしているけれど、正直、僕にはカーネリアちゃんを制御する術がありません。とばっちりが来ちゃったら来ちゃったでその時は諦めて、精一杯の誠実な対応をしましょう……。
……ということで、僕らが妙に緊張していたところ。
「ところで、インターリアさんには聞かなかったの?」
ライラが、ひょこ、と横から顔を出しつつ聞いてきた。
……言われてみれば、確かにそうだ。カーネリアちゃんにとって最も身近な大人って、インターリアさんのはずだ。彼女は森の騎士だけれどカーネリアちゃんの騎士でもあるし。2人はずっと一緒に居たわけなんだから。
そのインターリアさんに聞かずに最初にラオクレスに聞きに行く、というのは、カーネリアちゃんの行動としては少し不自然なようにも思うのだけれど……。
「ええ。駄目なの。インターリアには内緒なのよ。だって、ね……?」
けれどカーネリアちゃんはもじもじしながら、説明してくれた。
「その、ね?私、インターリアとマーセンさんのところに赤ちゃんがそろそろ来るんじゃないかと思って、それでこっそり、調べてるんだわ!」
「……インターリアさんとマーセンさんのところに、赤ちゃん?」
「そうよ!だって2人とも、結婚してからしばらく経つわ。なら、そろそろ赤ちゃんが来てもいいんじゃないかしら!」
……ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、その、そういう想像をしてしまって、慌てて頭の中を空っぽにする。何も考えてません!何も考えてません!何も考えてないってば!
「ど、どうかしら。そういうのって、ほら、人それぞれでしょ?ずっと赤ちゃんが来ないお家もあるわけだしさ」
「そう。そうなのよ!」
ライラがちょっと救いの手を差し伸べつつそう言ったら、カーネリアちゃんは『我が意を得たり』とばかりに頷いた。
「インターリアにちょっと前、聞いたことがあるの。赤ちゃんが来たら嬉しいかしら、って。そうしたらインターリア、そうですね、って、にこにこしながら言ってたわ!だからきっと、インターリアは赤ちゃんに来てほしいと思ってるのよ!でも、赤ちゃんが来ないお家もあるでしょう?だから……赤ちゃんがなかなか来ないことをインターリアが気にしていたら、聞いちゃうのは悪いと思うの……」
……成程。
どうやらカーネリアちゃんは、彼女なりにインターリアさんを気遣った結果、キャベツを見つめることになっていた、らしい……。
ひとまず、カーネリアちゃんをお家へ帰した。そして僕らは『石膏像賛歌』のお持ち帰りメニューである串焼きをたくさん買い込んで、僕の家で食べつつ、ちょっと相談。
「……どうすっかなー、あれ」
「放っておけばよいだろう。子供のああいった詮索は放っておくに限る。そもそもあれをどうにかすべきだと思うのか?」
「ルギュロスさんは知らないか。ええとね、カーネリアちゃんはあれでも出奔してしまう程度に行動力に溢れた子なので……」
「出奔……だと……?」
「まあ、何かするんじゃないかっていう心配はあるわよねえ……」
うーん。
ルギュロスさんの言う通り、放っておく、っていうのも1つの方法だとは思うんだよ。あんまり色々と首を突っ込まない、というか。まあ、そういうのも大事だと思う。
けれどなあ……彼女、既に今日の時点でキャベツの観察を始めていたわけだし。そういう行動力はあるわけなので、次はまた何か、別のものを観察しに行ってしまうかもしれないし、それが危ないものじゃない保証はないし。
「それにしても、何故キャベツなのだ。ウヌキも全く、嘘を教えるにせよもう少し考えればよいものを……」
「あ、それについては僕らの世界での方便なので……赤ちゃんをコウノトリが運んできたり、赤ちゃんがキャベツ畑から収穫されたりっていう……こっちの世界にはそういうの、無いの?」
「妖精が連れてくる、とかは言うことあるかしらね。うーん……」
……成程。彼女、妖精には『赤ちゃん連れてくるご予定はあるかしら?』って直接聞けてしまうから駄目なのか……。それでキャベツを……。
そうして、僕らが当ても無く答えを探して迷子になっているような、そんな気分になりつつ串焼きを食べていたところ。
こんこん、とドアがノックされて、慌てて出る。……すると。
「夜分に申し訳ないな、トウゴ殿」
……インターリアさんが、居た。
「あ、ええと、どのようなご用件で……?」
妙に緊張しながら聞いてみると、インターリアさんはちょっと困ったような顔をしつつ……言った。
「最近、カーネリア様のご様子が少々妙でな。何か知っていたら是非、教えてほしいのだが……」
……あ、うん。ええと、それは……。
僕はものすごく困って、居間の皆を振り返る。ルギュロスさんはふいっと顔を背けて、ライラはそっと目を逸らして、フェイは串焼きに夢中なふりをし始めた。
「……何か知っているな?」
そんな僕らを見たインターリアさんに詰め寄られて、僕らは……最早これまで、と覚悟を決めた。ううう……。
「……ということで、カーネリアちゃんはキャベツを見つめていました。以上です」
インターリアさんもお招きして、僕らは包み隠さず報告することにした。カーネリアちゃんの心配は『インターリアが気にすると悪いわ』ということだったけれど、このまま変に隠してく方がよっぽど、彼女、気にしそうなので……。
「成程な……聞けて良かった。おかげで最近のカーネリア様のご様子について、やっと納得がいった」
そして実際に話してみると、インターリアさんはなんだかすっきりした表情でほっと、安堵のため息を吐いていたので、まあ、話してよかったな、と思う。
「ごめんなさい。あんまり気分のいい話じゃないわよね。個人的なこと、あれこれ言ってたわけだしさ……」
「何を言う。ライラ達が無礼な会話などしないということはよく知っているさ。それに、カーネリア様が私のことを案じて下さっていたのだ。喜びこそすれ、気分がよくない、などということはない」
ライラが謝ったらすぐにそう言ってくれるし、インターリアさんは本当によくできた人だし、カーネリアちゃんのこと大切にしているんだなあ……。
「……ふむ、だが、そうだな。カーネリア様のご期待に沿えるのは、まだもう少し先のことになりそうだな」
そしてインターリアさんはそう言ってくすくす笑いつつ、『それにしてもキャベツかあ』なんて言ってまた笑って……。
……その時だった。
コンコン、とまたドアがノックされる。今度は誰だろう。マーセンさんだったりして。
と思って開けてみると……そこには、リアンが居た。あれ?
「あー、あのさ。カーネリア、どこ行ったか知らねえ?」
……ん?




