25話:依頼と雷*13
「あ、夢だった……よね?」
とりあえず、ヒヨコフェニックスを確認する。うん、大丈夫。夢に出てきたような大きさじゃなくて、ちゃんと鶏サイズだ。うん。どうやら、僕とカーネリアちゃんが埋もれてもまだ余る大きさのヒヨコフェニックスはただの夢だったらしい。よかった。
ヒヨコフェニックスは僕が起きた事に気付いたのか、ぴよぴよ鳴き出す。すると周りの馬達ものっそり起きてきて、僕をハンモックの下から持ち上げて、そのまま器用に背中に乗せて、そして運搬し始めた。
僕はヒヨコフェニックスを抱いたまま馬に乗せられて、家の方まで運ばれていく。
……もうこのくらいじゃ驚かないよ。うん。
家まで運ばれると、そこで一角獣が一匹別にやってきて、こんこん、とドアを角でつついてノックした。
すると中からラオクレスが出てきて……馬に運ばれてきた僕や、ドアをノックした一角獣を見て、やっぱり『もうこのくらいじゃ驚かん』みたいな顔をした。
「……起きたか」
「うん。何日?」
「6日だ」
……3日オーバー!
「う、うわ、どうしよう。フェイに連絡」
「もうした。その上で、お前が起きて、お前の体調が戻り次第、連絡しろと言われている」
そ、そっか。それは……まずは話を聞こう。うん。
とりあえず、馬は僕をラオクレスに預けた。ちょっと体が重くて、自分1人で動くのが辛かったから助かる。お世話になります。
「食欲はあるか?」
「え?うーん……少しなら。果物くらいなら食べられる」
「そうか。ならそれでいいから食べろ」
僕としては、ついさっきご飯を食べたような気分なので、お腹はあまり空いていない。けれど一応、何か少しは食べることにした。
とりあえず、まずはフェイに連絡。僕は寄ってきてくれた天馬の1頭にフェイへの手紙を預けて、レッドガルド家までお使いに行ってもらうことにした。よろしく。
それから一角獣の数頭にお願いすると、競い合うように果物を取ってきてくれたので、早速それを食べることにする。
そして食べながら、今の状況をラオクレスから聞こうと思っていたら……先にお客さんが来てしまった。
「あ!トウゴ!よかった、起きたのね!」
……カーネリアちゃんだった。うん。
いや、ヒヨコフェニックスが居た時点でなんとなくそんな気はしていたけれど、やっぱり彼女、来ていたらしい。ということは……。
「魔力切れだとは聞いていたが、あまりにも動かないものだからな、中々肝が冷えたぞ」
インターリアさんもいる。……これは一体どういうことだろうか。
「さて。お目覚めのところ突然ですまないが、少しの間……そうだな、あと1週間ほど、ここに居させて頂きたい」
「うん、それはいいんだけれど」
どうやらインターリアさんとカーネリアちゃんは、ここへ逃げてきたらしい。
「流石に、ジオレン家の追跡から逃げ続けるのは難しい。ということで、少しの間、ここで行方を晦まさせて頂きたいのだ」
成程、どうやら、『ずっと追いかけられ続けていると逃げ続けるのが難しいけれど、一度消息不明になってしまえば、あとは隠れて生きていきやすい』ということらしい。
「ということで、この森の主に事後承諾でここに居させていただくのはどうかとも思ったのだが、こちらとしても、まさかトウゴ様が倒れておいでとは思わず……」
「来てしまった者を追い返す訳にもいかない。お前なら許可するだろうと思って俺がここに居ることを許可した。万一、問題があったら俺を処分してくれ」
「うん。何も問題ないです。ありがとう」
嬉しそうなカーネリアちゃんと、申し訳なさそうなインターリアさんと、『もう分かってる』という顔のラオクレスとを見て、僕としては嬉しい限りだ。うん。モデルがいっぱいいる。
「ちなみに2人とも、しばらくはここに居る、とは言っても……その後は?」
「そうだな。ジオレン家の連中が牢獄に入った後で、気ままに2人旅でもしようかと」
……えっ?
あの人達、牢獄に入るの?
「それについては俺から説明する。ジオレン家には現在、『青少年への脅迫、誘拐、監禁』、『レッドガルド家への不当な侵入』、『レッドガルド家の次男の暗殺未遂』の容疑がかけられている」
「えっ」
前2つは分かる。確かに僕は多少脅されたし……誘拐ではなく自分から行ったけれど、確かに、多少は監禁された。うん。
レッドガルド家への不当な侵入、も分かる。うん。
けれど……フェイの暗殺?まさか、僕がジオレン家に居る間に、フェイの身に何かあった?
「安心しろ。全て終わった事だ」
「それならいいんだけれど……」
何がどうなったのか、まるで分からない。僕が寝ている間に随分と大きく事態が動いてしまっている。
「まずはお前の情報が何故ジオレン家に漏れていたか、というところからだ」
ああ、まずはそこからなんだな。結構話は遡ると思うけれど、確かに気になっていたから、ここではっきりさせておきたい。
さて。僕の情報がどこからジオレン家の人達へ漏れたか、ということなんだけれど……。
まず、フェイがレッドドラゴンを手に入れた、っていうことはまあ、分かるだろう。フェイが町中でレッドドラゴンを出したんだから。
けれど、そのレッドドラゴンをどこで手に入れたか、ということと、僕の存在は中々結びつかなかったと思う。確かに僕は『唐突にレッドガルド家に出入りするようになったやつ』だったと思うけれど、その情報と『レッドドラゴンを召喚した誰かが居る』っていうことは結び付かないはずだ。流石に。
それと同時に、ジオレン家の人達は、僕が描いた絵を実体化させていることを知らなかった。つまり、僕のことはただの『魔力を多く持っている魔法使い』だと思っていた、っていう事になる。
だから、『上空桐吾がレッドドラゴンを召喚した可能性がある』っていう情報に辿り着くためには、『上空桐吾は魔力を多く持っている魔法使いである』っていう情報と、『上空桐吾はフェイ・ブラード・レッドガルドと親しい間柄にある』っていう情報の2つが必要で……。
「もしかして、お医者さん?」
僕がそう聞くと、ラオクレスは渋い顔で頷いた。
「ああ。レッドガルド家のかかりつけのあの医者が、ジオレン家に内通していたらしい」
……ああ、あのお医者さんから漏れてたのか。そっか。
ということは……うわ、うっかり『絵を描いて実体化させる魔法を使っています』なんて言わなくてよかった。あそこでフェイのお父さんが誤魔化してくれたのは大正解だったのか。よかった。
「……どうやら、フェイ・ブラード・レッドガルドが闇市の組織に拷問を受けたことがあったらしいが、その時に治療を行ったのもその医者だったらしい。そしてその時点で、その医者はレッドドラゴンの存在を知っていた」
ああ、フェイが目と手に、凄い怪我をした時の……。そう言われてみればそうだ。彼の目や手には包帯が巻いてあった。彼の治療をしたのも、あのお医者さんだったってことか。
今まで知らなかった情報を知っていくにつれて、頭の中でパズルのピースが嵌まっていくような感覚になる。段々、事態が分かってきた。
……と、思っていたら。
「そこで、レッドガルド家の次男に毒を盛って暗殺する計画も持ち上がったらしい」
「え」
とんでもない台詞が、出てきてしまった。
「ジオレン家は、まあ……カーネリア嬢から聞いた通りだ。王家とのつながりが欲しいあまり、召喚獣を欲していた、ということらしいが」
「うん」
それは分かる。それは分かるけれど……。
「唐突に、伝説のレッドドラゴンを召喚獣にしてしまった貴族が現れた。王家に取り入りたいジオレン家としては、自分達より優位に立っているレッドガルド家が目障りこの上ない。だから、殺してしまえ、ということになっていたらしい」
……ぞっとする。
頭がひんやりして、真っ白。そういうかんじだ。
「それ……フェイは?フェイは大丈夫なの?」
碌に何も考えられないまま、とりあえずそれだけ聞くと……ラオクレスは呆れたようにため息を吐いた。
「ああ。大丈夫だっただろう。お前が治したらしいからな」
治した。……うん、治したよ。治した、けれど……ええと?
「その医者は、『治療薬』と称して毒を飲ませて、フェイ・ブラード・レッドガルドを殺そうとしていたらしいが、その薬が急に不要になったらしいな?」
……分かってしまった。
うん、覚えてる。僕がフェイを描いて治そうとしてるって、フェイが知った直後、フェイはすぐ、薬が不要になった旨を手紙に書いて届けていた。
あの時の『薬』が……毒、だったのか!
「……そんな顔をするな。事実、無事だっただろう」
「……うん」
紙一重だったのか、と思ったら、急に怖くなった。まさか、そんなことになってたなんて思わなかった。
「その後も、フェイ・ブラード・レッドガルドを殺すべく様子を見ていたらしいが、それよりも先に、『あれだけの傷を完治させたのは誰だ』という話になったらしい。……そこで一旦、暗殺計画は保留となった。だがそこに、お前がやってきた、というわけだな」
「そっか、そこで僕が診察されたのか」
「ああ。そこでお前の膨大な魔力が、医者を通じてジオレン家に露呈した。その時点である程度、『レッドドラゴンを召喚した人物』には見当がついてしまった、ということになる。そしてジオレン家の狙いはフェイ・ブラード・レッドガルドの暗殺ではなく、お前の勧誘に移行した。……ある種、お前が身代わりになった、とも言える」
うわあ……それは……よかった。うん。フェイが毒殺なんてされなくて、本当によかった。
なんというか、幸運だった。僕がフェイを治せたことも、そのタイミングも。それからその後で、お医者さんに診てもらって、ジオレン家に情報が漏れたことも、後から見てみれば全部、良かったことだった。
じゃなきゃ、フェイの命が危なかった。取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
「……よかったー」
思わず気が抜ける。元々、体に力が入らないようなかんじだったけれど、いよいよ力が抜けてきた。
「おい、そこで安心するな。フワフワするんじゃない」
フワフワはしてない。フワフワはしてないよ。
「……まあ、これで大体は分かったか。お前が魔力切れになっている間に、レッドガルド家では医者を自供させて、その件に不法侵入と青少年の誘拐の件も合わせて王城に訴え出ていたらしい。ジオレン家の連中が牢獄に入るのも時間の問題だ」
そうか。とりあえずそれで事情は分かった。うん。
けれど、心配なのは……。
「あの、カーネリアちゃんは、それは……」
「ふふ。連中はカーネリア様を『居ない者』として扱っていたのだ。カーネリア様まで罪を問われるようなことは無いだろう」
ああ、そうか。今までカーネリアちゃんが隠されてきたのが、ここで役に立つのか。それなら……ちょっとは、救われる気持ちになる。
カーネリアちゃんとしては、仮にも肉親が罪人として牢獄に入れられてしまう、って、複雑なところだと思うのだけれど……。
「まあ、サントスお兄様もお父様も、牢屋の中で反省すればいいのだわ!しっかり頭を冷やしてもらいましょうね!」
……うん、カーネリアちゃんを見ていると、僕がちょっと心配してたのが全部吹き飛びそうだよ。逞しいなあ。
その日は流石に動けなさそうだったので、またハンモックに戻された。誰にって、馬に。
「はい。トウゴ。この子、貸してあげるわ!この子をお腹に乗っけておけば、お腹が冷えることも無いと思うの!」
「うん、ありがとう。さっきもすごくあったかかった」
……そしてカーネリアちゃんが、ヒヨコフェニックスを貸してくれた。うん、ありがとう。
「ああ、お前も出るか」
それからラオクレスが盾に話しかけて……そこからアリコーンが出てきた。
すると途端に、天馬や一角獣達が色めき立つ。尻尾を振ったり、翼をパタパタさせたり、擦り寄りに行ったり。
どうやらアリコーンは馬達にとって『他所から来たアイドル』みたいなかんじらしい。或いは、『一族で一番美形の末っ子』とかだろうか。歓迎されて馴染んでいるようで何より。……いや、アリコーン自身はちょっと『一体何なんだこの森は』みたいな顔してるけど……。
……そしてアリコーンは僕のハンモックの傍まで来ると、そこで座り込んで眠り始めた。
途端に、僕は何だか少し力が湧いてきたような気持ちになる。もしかして、これが魔力を分けてもらっている、っていうことなんだろうか。
魔力を少し実感できるようになったからか、こういうのも分かるようになってきたらしい。
よくよくお腹に集中してみると、ヒヨコフェニックスからじんわりと、熱だけじゃなくて魔力も注がれている、ような気がした。
もしかしたらこのヒヨコフェニックスも、魔力を分けてくれているのかもしれない。フェニックスとはいえ、まだヒヨコのフェニックスなんだから、あんまり無理はしないでほしいんだけれど……。
……でも、ヒヨコフェニックスにお腹を温められて、アリコーンの翼で優しく撫でられて、ハンモックに揺られて……段々眠くなってきてしまった。
眠い、と自覚してしまったら、途端に眠気が強くなってきて、僕はとうとう、眠ってしまった。
……うん、起きたらまた頑張ろう。
起きたら朝だった。丸々18時間くらい寝ていたことになるんだろうか。
馬とヒヨコフェニックスのお陰か、体の調子はずっと良くなっていた。まだ重いかんじは残るけれど、動けないほどじゃない。
なので僕は、ラオクレスと一緒にアリコーンに乗せてもらって、レッドガルド家へお邪魔することにした。
「トウゴ!大丈夫か!?」
「うん。大丈夫。フェイも大丈夫だった?大変だったって聞いたけれど」
「おう。こっちは問題無し、だ。医者も吐くもの吐いてくれたし、ジオレン家の領主と息子は無事に投獄される運びになったしな!」
とりあえず、フェイは変わらずの調子だった。体の調子が悪いわけでもなさそうだし、暗殺未遂が未遂で済んで、本当に良かったと思う。
「……まあ、なんつーか、まさかこうなるとは思ってなかったけどよ。またお前に助けられちまったなあ……」
「僕もまさかこうなるとは思ってなかったけれど……」
……完全に結果だけ見てみると、まあ、良かったのかな、と思う。うん。一応、フェイの暗殺も未遂で終わったし。
多少、レッドガルド家の庭が荒らされたのと、僕がジオレン家に行って、ヒヨコフェニックスやアリコーン、それからインターリアさんとカーネリアちゃんを連れて帰ってきた、っていう以外は何も起きなかった。
それまでに色々ありはしたけれど、まあ……うん。取り返しのつかないことになったものは1つも無い。それが一番だ。
「あ、そうだ。お前の封印具。これも一応、作り替えようなぁ……毒とか仕込んであったら堪ったもんじゃねえよ」
そういえばこれも、あのお医者さんが用意してくれたものだったっけ。
……この封印具とやら、着けていると魔力の制御が上手くいく感覚があるので、多分、本物だとは思うのだけれど……うん、安全をとって、交換することにしよう。
それから、フェイにこちら側の話を一通りすることになった。
フェイはフェニックスのヒヨコを出したくだりで大笑いし始めた。なんか気に入ったらしい。ヒヨコフェニックス。是非、実物も見てほしい。すごくかわいいから。
「……それからよ、契約の話なんだけど……もう一回、考え直してほしいんだよな。お前がどう考えてるかは分からねえけど」
それから唐突に、フェイはそう言った。
そう言う彼は少し気まずげで、なんとも渋い顔をしている。
「レッドガルド家と契約してれば、お前を守っておけるんじゃねえかと思ってた。契約してた方が安全だ、って。……けど、逆かもしれねえ。貴族とつるんでお前の存在が知れていく方が、危険かもしれねえんだよな。それに、うちと契約してるせいで妙なところと軋轢が生じたりとかも、あるかもしれねえし」
……確かに、そうかもしれない。
レッドガルド家と契約するっていうことは、今後も貴族の世界と関わり合いになるっていうことで……それは僕にとっては、間違いなく苦手分野だ。更に、僕や、フェイまで危険な目に遭う可能性がある。少なくとも僕については、本当に。
保護してもらえる、という点についても、レッドガルド家の保護が必ずしも完璧であるとは限らない。
「今回の件で思ったんだ。ほら、今回の件って、お前がずっと森に居る分には起こらなかっただろ。だから……」
「でも、ずっと森に居たら、ラオクレスと出会えてなかったし、カーネリアちゃんもあのままだったから」
後悔はしていない。町に連れてきてくれたことには感謝してる。契約しないか、って持ちかけてきてくれたことにも。
ただ、契約については……結構、勇気の要ることなんだ。僕にとっては。
身の安全とか、そういうの全部関係無しにしてもまだ、怖いことだから。
「今日、泊めてもらってもいい?明日には結論、出すから」
……だから、言葉にできるように。今日1日、頑張ってみよう。