精霊御前試合*6
「……すごい。2人とも、さっきとはまた違う」
2人の姿は、さっきまでの戦いとはまた違うものだった。
ラオクレスはマーセンさんと戦っていた時みたいな、力に意識を置いた剣の振り方じゃない。剣を振る軌道やタイミング、その速度に気を遣って戦っているように見えた。さっきの姿も力強くて綺麗だったけれど、今回は本当に『綺麗』。王道の騎士。そういうかんじだ。
そしてローゼスさんも、タルクさんと戦っていた時みたいな優雅さより素早さや鋭さが目立つ。さっきの華やかさとはまた違う、情熱的でちょっと攻撃的なかんじ。こちらもやっぱり『綺麗』。
「きれーい……」
これにはレネも納得の『きれい』らしい。そうでしょう、そうでしょう!
僕らが見守る中、2人の攻防がどんどん展開されていく。
……いや攻防、というか、攻攻、かもしれない。
2人とも、とにかく攻撃の手を緩めないんだよ。
ラオクレスは斬りかかって、ローゼスさんの剣を盾で受け止めたらまた一歩踏み込んで剣を振るう。
ローゼスさんは突きを繰り出して、ラオクレスの剣をひらりと躱したらラオクレスの死角に潜り込んで蹴りを放つ。
防ぐ暇すら惜しいとばかりに、2人とも攻撃的な戦闘スタイル。それでいて……2人とも、すごく楽しそうなんだよ。
「……楽しそうだね」
「そうねえ。全く、戦闘狂、ねえ……」
僕らも呆れながら感心しちゃうくらいに、楽しそう。ラオクレスもローゼスさんも、ちょっと怖い笑顔を浮かべてる。獲物を食べる肉食獣みたいな、そういう笑顔だ。
2人とも、これでどうだ、次はどうだ、って、自分の技を相手にぶつけるのを楽しんでる。相手の攻撃を読み切るのを楽しんでる。一瞬一瞬の駆け引きも、意図通りに狂いなく体を動かすことも、その全てを楽しんでるんだ。
「楽しそうだな!ずるいぞローゼス!父さんも戦いたい!」
フェイのお父さんがそういう歓声を上げる以上に、観客席は盛り上がっていた。ラオクレスもローゼスさんも、それぞれに観客の声援なんて耳に入っていないかもしれないけれど。2人とも、すごく集中しているみたいだから。
……そうしてしばらく戦っていたら、2人とも消耗が見えるようになってきた。
ローゼスさんは元々デスクワークの人なんだからそんなに体力は無いだろうし、ラオクレスは毒で消耗した後なんだから当然そうだ。
けれどもそれがまた、お互いの接戦を演出しているようで、観客席は大いに盛り上がっている。僕もひやひやを忘れて、楽しそうなラオクレスにつられて楽しくなってしまっている。
「……そこだっ!」
そうして遂に、ラオクレスがローゼスさんの剣を弾いた。キン、と軽い音が響いて、軽い細身の剣が宙を舞う。剣は場外に落ちて、そこでフェイに回収されて……。
「いいや、まだ終わらないさ!」
……そうしている間に、ローゼスさんが長い脚を繰り出してラオクレスに蹴りかかっていた。どうやら、剣を突きつけられて『一本』をとられる前に反撃に転じ始めたらしい!
「……成程な!面白い!」
すると、ラオクレスも剣と盾を放り出して、徒手空拳の構え。ローゼスさんはそれに驚いたようだったけれど、その一瞬後にはもう、にっこにこ。
「……本当にあの人達、戦うのが大好きなのねえ……はあ」
クロアさんがため息を吐きながらもちょっと笑って2人を見ている。僕も、なんだか楽しくなってきてしまって、フェイのお父さんとレネと肩を組みながら声援を飛ばし始めていた。……いや、フェイのお父さんは「ローゼス!ローゼス!」と声援を送っているし、僕は「ラオクレス!ラオクレス!」と声援を送っているし、そんな僕らに挟まれたレネは「わにゃ?わにゃ?……ふりゃ!」とにこにこしているだけなのだけれど。
ラオクレスとローゼスさんの肉弾戦は、これもまた見ていて面白かった。人体の美しさが一番よく表れる時って、きっと、こういう風に体を動かしている時なんじゃないかな。
蹴って殴って飛んで走って……様々な動きのその一瞬一瞬、全てを記録できないのが悔しい。けれど、美しいものを見ている興奮は、確かに僕の中にある。
ラオクレスをステージの中心に、ローゼスさんがそれを翻弄するように周囲をぐるぐるしながら攻撃を繰り出して……そして。
ばしり、と。
……ラオクレスが、ローゼスさんの蹴り脚を捕まえた。ローゼスさんが『まずい』みたいな顔をしたのも束の間、そのままラオクレスはローゼスさんを持ち上げて……ぐるん、と一回転してハンマー投げのようにローゼスさんを投げ飛ばした!
ローゼスさんは投げ飛ばされて場外で着地。ラオクレスはそれを見ながら、少し呆然と……いや、ふわふわとしたような、現実味がなさそうな顔をしながら荒い呼吸でステージの中央に立っている。
「いやあ、悔しいなあ……」
観客席も静まり返る中、ローゼスさんは場外で悔しそうに顔を歪めて……けれど、すぐ、満面の笑顔になった。
「だが、楽しかった!本当に!」
「俺もだ」
ラオクレスがステージ端に歩み寄って、屈んでローゼスさんに手を差し伸べると、ローゼスさんはその手を握って、よいしょ、とまたステージに上る。
「さあ、観客諸君!優勝者を称える拍手を!」
ステージ上に立ったローゼスさんがそう高らかに言えば、観客席はわっと盛り上がって、拍手と歓声でいっぱいになった。
ラオクレス、ラオクレス、と、観客席から溢れる声援に、ラオクレスはまだふわふわした顔をしていたのだけれど……その内ちょっと恥ずかしくなってきたのか、渋い顔になってきた。
「ははは。そんな顔をするものじゃあないぞ、優勝者殿」
「……こういうのは不慣れでな」
「だろうなあ。そういうかんじがする」
ローゼスさんとラオクレスはそんな会話をしつつ、観客の声援に応えて手を振ったり、ぺこん、と一礼したりしていた。
「兄貴ー!」
そこへ、フェイもステージ上によじ登ってローゼスさんに駆け寄る。
「フェイー!すまんな、負けた!」
「兄貴が負けたっつうかラオクレスが勝ったんだろ!ま、お疲れ!見てて楽しかったぜ!」
フェイはローゼスさんに駆け寄っていってローゼスさんをぎゅっとやると、満面の笑みを浮かべた。そんな兄弟を見て、観客席の皆さんも笑顔。
「さて……早目にラオクレスをステージから下ろして安静にさせなきゃ。一応、毒を受けてるんだから」
けれどもいつまでも喜んでばかりはいられない。そうだった、そうだった。ラオクレスは傷病者なんだった!
「そ、それでは表彰式を始めます!準決勝まで勝ち進んだ皆さんはステージへどうぞ!」
僕が慌てて声を上げると、フェイはローゼスさんに手を振って降りていって、代わりにタルクさんがふわふわやってきた。
観客席では『あれ?1人足りないぞ?』というような声も聞こえたのだけれど、僕が『ラオクレスの対戦者の方はお腹を壊したので欠席です』と伝えたら、何かを察してくれたらしくてそれ以上疑問の声は上がらなかった。
ということでラオクレスとローゼスさんとタルクさん、という3名がステージ上に並ぶ中、僕はちょっと緊張しながら、彼らを表彰。彼らの頭にはそれぞれ、月桂冠代わりに森の木の枝で編んだ冠を乗せて、この日のために予め描いて出しておいたメダルを……。
「……あ、あれ?メダルは……?」
用意しておいたメダルが、何故か、無い。
ど、どうしよう!表彰式はもう始まってしまっているのに……今から描いて出すしかないだろうか。
僕がそうして困って、森の皆も僕が困っていることに気づいてちょっとそわそわし始めた、そんな時。
……キョキョン。
上空からそんな声が聞こえて来たなあ、と思ったら……でん、と。ステージ上に、鳥が、降り立った。
「……まさか」
まさかなあ、と思いながら鳥の羽毛の中に手を突っ込んで探してみたら……ああ、やっぱり!
ありました!メダルが鳥の羽毛の中に埋もれて、人肌(鳥肌……?)の温度まで温められていました!
「本当に君って奴は……」
鳥をちょっと恨めしく思いつつちょっと睨んでみるけれど、鳥は素知らぬ顔。その丸っこい巨体を観客に見せることに余念がない。
仕方が無いから、僕は発掘できた銅メダルをタルクさんの首(首……?)に掛けて、鳥をもそもそやって銀メダルを発掘して、ローゼスさんの首にかけて、そしてまた鳥をもそもそやって金メダルを探し出して、やっと、ラオクレスの首に金メダルを掛けることができた。
「……おめでとう」
「ああ」
ラオクレスは満足げで誇らしげで、幸せそうだった。そうそう。彼のこの顔が見たかったんだよ、僕は。でも、僕は僕の力で彼をこういう顔にさせることはできなくて、彼自身が戦って満足して初めてこういう顔になってくれる訳で……うん。だからこそ、僕は嬉しい。
ラオクレスの胸に、金メダルが輝く。ソレイラの紋章を彫り込んだ円形の水晶を、金細工の木々とドラゴンが守っているデザイン。ライラと相談して作り上げたメダルのデザインは、僕のお気に入りだ。
「それでは皆さん、選手の皆さんに盛大な拍手を!」
そうして僕は、観客の人達と一緒に、選手の皆さん……特にラオクレスに向けて、拍手を送る。楽しかったなあ、という気持ちでいっぱいになりながら。心の底からの敬愛を込めて。
……そして。
第一回ソレイラ精霊御前試合は、大盛況のうちに幕を閉じた。ここまで白熱したレベルの高い決闘ってなかなか無いらしくて、ソレイラの人達からは大いに好評だったし……大会の観戦で興奮した皆さんは、もう、『クロアさんへの求婚』とかをさっぱり忘れちゃったらしい。
元々クロアさんに求婚したくて参戦していた人達も、ラオクレスの圧倒的な強さと格好良さを見て諦めがついたらしいし、何なら、一部はクロアさんじゃなくてラオクレスのファンになってしまったみたいだし……まあ、とにかく、町はすっかり平和になりました。よかったよかった。
「全くもう。無茶するんだから」
……そして、その日の夜。
『ラオクレス優勝おめでとうパーティ』の途中でラオクレスはぐったりしてしまって、そのままベッドに入ることになった。看病は毒のプロフェッショナル、クロアさんが担当します。そして僕とフェイはやじうま。
「明日も一日寝ていなさいな」
「……ああ」
ラオクレスはベッドの上でぐったりしている。毒を先生の文章で何とかしちゃった影響らしい。まあ、命に別状があるわけではないらしいけれどね。
「ぐったりしたラオクレスって新鮮だなー」
フェイがけらけら笑うと、ラオクレスはちょっと渋い顔をした。ああ、恥ずかしがってる顔だ。
「……お前も新鮮な格好をしているが」
そしてやり返すようにラオクレスがそう言うと、フェイはきょとん、として……それから、ラオクレスに肩のあたりを指差されて、そこでようやく、自分の髪が肩にかかっていることに気づいたらしい。
「あ、そっか。そうだった。髪紐、切れちまったんだったか。うわー、見苦しいもん見せたなあ」
「見苦しくないよ。綺麗だよ」
フェイはちょっと気にしているようだけれど、背中や肩に広がる髪は燃えるような赤で、中々綺麗なんだよ。普段のフェイはこれをずっと後頭部で縛ってるから、こういう恰好は新鮮。
「あー……悪いな、トウゴ。なんか紐出してくれ。紐」
「紐?髪を結ぶやつ?」
「おう。それそれ」
フェイは片手で髪を括りつつもう片方の手を差し出してくる。なので僕は、そこに黒い革紐を描いて出した。フェイは笑顔でお礼を言って、その紐で早速、髪を結び始めた。
「そっか。フェイの髪って、こういう風に結んでたんだね」
その様子がなんだか珍しくて、僕はじっと、フェイの動作を観察してしまう。
「……あんまじろじろ見るなよぉ。なんか恥ずかしいって」
「そう?」
フェイはなんだか恥ずかしがっていたけれど、でも、ごめんね。器用に動く指先と、紐に括られて大人しくなっていく髪の束とがなんだか物珍しくて、じっくり観察しちゃいました。
「なんだよー、そんなに珍しかったのか?」
「うん。僕の世界には髪を紐で縛る人はあんまりいないので……」
結び終わった紐を観察させてもらうけれど、緩んだりせずにちゃんと髪が括られている。すごいなあ。
「え?じゃあ髪が長い奴はどうしてんだ?」
「僕の世界にはゴムがあるからなあ。髪の長い人は大体、それで髪を結んでると思うよ」
僕がそう説明すると、フェイは『……ごむ?』と首を傾げていた。なので僕は、髪ゴムを絵に……描けない!
「え、ええと、上手く描けないな。あんまり見たこと無いから……」
僕は髪を縛らなきゃいけなくなったことなんてなかったし、女の子の髪留めを観察したことなんてなかったし……。
「そっかあ。実物、見てみてえけどなあ。ごむ」
「先生に言えば出してくれると思う。あれは絵で描くよりも文章で書いた方がいい代物じゃないかな……」
僕が回答すると、フェイは、そっかー、なんて言いつつ、ふむ、と考えて……。
「……そうだ。折角だし、トウゴの世界、行ってみてえなあ」
ふと、そう言った。心の底からぽろっと出てきました、みたいな、そういう調子に。
「……来る?」
なので僕はそう、聞いてみて……途端、フェイの輝かんばかりの笑顔を見ることになった。
……まあ、魔王がやってたんだし、フェイも挑戦してみたっていいよね。異世界旅行。




