24話:依頼と雷*12
「こ、これは……?」
「フェニックスです」
ぴよ、と、フワフワしたオレンジ色のヒヨコが鳴く。頭についた飾り羽が特徴的な、鶏くらいの大きさのヒヨコだ。つまり、ヒヨコにしては大きすぎるくらいの大きさ。
多分、カーネリアちゃんが両腕で抱いて、丁度いいくらいの大きさでもある。
「……フェニックス」
「はい。フェニックスです」
「これが、フェニックス、か……?」
「はい。フェニックスですよ」
また、ぴよぴよ、と、ヒヨコが鳴いた。
サントスさんも領主の人も、ついでにインターリアさんも、『フェニックス』という言葉からは想像ができなかっただろうフェニックスの姿を見て、唖然としている。カーネリアちゃんは『フェニックス』を目の前にして、目を輝かせる。そして唯一、僕の後ろでラオクレスが静かに肩を震わせて笑っていた。
「……あの、触ってもいいかしら?」
誰よりも早く動いたのは、カーネリアちゃんだった。
彼女は『予想外の』フェニックスの姿に、全く動じていない。だって彼女には、フェニックスが立派である必要なんて無いから。
「いいよ。どうぞ」
僕はカーネリアちゃんの腕の中に、フェニックスのヒヨコを移した。
すると、フェニックスは僕から離れて少し不安そうな顔をして、もがく。……けれど、カーネリアちゃんが撫で始めると、もがくのをやめる。ついでに、しばらく撫でられ続けていたフェニックスは……カーネリアちゃんを見上げながら、すっかり大人しくなった。
どうやら、フェニックスはカーネリアちゃんを気に入ったらしい。
フェニックスを撫でながら、カーネリアちゃんはにこにこ嬉しそうにしている。
「この子すごくあったかいわ!」
「まあ、フェニックスだから」
「かわいい……きれい……すごいわ、こんな生き物がいるのね」
褒められたのが分かるのか、フェニックスは少し自慢気な顔をした。多分。ちょっと首を伸ばして胸を張った、ように見える。どうやらこのフェニックス、割と賢いらしい。
「ちょ……ちょっと待ちたまえ。おい、トウゴ君。これは一体、どういうことかね?」
けれどこっちは黙っていてくれないらしかった。
領主の人が僕に慌てて詰め寄ってくる。
「依頼の通り、レッドドラゴンと同じくらい珍しい生き物を出しました。これで契約完了です」
「……その、召喚するのは、フェニックス、という話だったが?」
「はい。ですから、フェニックスです」
「いや、その、ヒヨコを召喚するとは、聞いていないが……?」
「失礼な。フェニックスですよこれは」
僕らがフェニックスを振り返ると、フェニックスはカーネリアちゃんの腕の中でぴよぴよ鳴いて……それから、唐突に火を吐き出した。多分、くしゃみ。
「……こ、これでは困る。これでは、戦力にならないではないか!」
「戦力?戦力にするつもりだったんですか?」
僕が聞き返すと、サントスさんは言葉に詰まった様子を見せた。
「……もしかして、レッドドラゴンが欲しい、っていうのも、そういうことだったんですか?」
「い、いや、そういうわけでは……」
……ということは、色々と考えていくと、『この国の王様か王女様は戦力になるものが欲しい』っていうことになる、のかな。うーん……物騒だ。
「でも僕はそんなこと聞いてませんでした。だからフェニックスを出したんです」
「し、しかし……こ、これでは……その、返品を……」
サントスさんも領主の人も、困った顔をしていたけれど……僕はにっこりするしかない。
「それに、フェニックスも彼女のことがいたく気にいったみたいなので」
きゃ、と、小さくカーネリアちゃんの悲鳴が聞こえる。
そこでは丁度、カーネリアちゃんの腕の中で首を伸ばしたフェニックスが、カーネリアちゃんの胸にぶら下がっていたペンダントの宝石を見つけて、そこに頭突きしていた。
唖然とするサントスさんと領主の人の前で、カーネリアちゃんは自分のペンダントに吸い込まれたフェニックスを見て、ただぽかんとしていた。
……けれど、彼女がペンダントの宝石を、ちょん、と指先でつつくと、そこからフェニックスが顔を出して、また彼女の腕の中にすっぽりと納まった。
ぴよ、と鳴くヒヨコフェニックスはなんとも満足気だ。
「ジオレン家の人の召喚獣になったみたいですね、フェニックス」
フェニックスはこれで、カーネリアちゃんのものになった。だからもう、返品は受け付けません。
「じょ、冗談じゃない!おい!カーネリア!貴様一体、どういうつもりだ!」
サントスさんが大きな声をあげて、カーネリアちゃんに近づいていく。カーネリアちゃんはびくりと身を竦ませて、けれど腕の中のフェニックスを庇うようにぎゅっと抱きしめて……。
ぴよ。
……そんな鳴き声と共に、フェニックスが火を吐いた。すると、サントスさんの服の裾が一瞬で焦げる。
これにはサントスさんも固まるしかない。
『次は外しませんよ』とでも言いたげなフェニックスが頼もしい。
うん。一件落着。
茫然としているサントスさんは置いておいて、僕は領主の人と契約の話をした。
まず、これで契約はちゃんと履行したよね、という確認。これには領主の人も頷かざるを得ない。だって僕はちゃんとジオレン家の人達の前でフェニックスを出したし、フェニックスはジオレン家の人のものになってしまったし、そして何より、出すものはフェニックスでいいですか?って聞いて、いいよ、と言われているし。
……なので、僕は報酬をもらうことにした。
それは、僕達の身の安全と、インターリアさんの身柄。
インターリアさんについては……とりあえず、『僕が好きにします』ということで引き受けさせてもらった。うん。その後で、彼女がもう一度ジオレン家に雇われるか、カーネリアちゃんを攫って逃げるかは彼女が決めればいい。
ということで、僕はちゃんとインターリアさんの所有権についての書類にもサインして、いよいよ帰る準備が整ったのだった。
「その……トウゴ君!頼む、どうかもう1体、伝説の魔獣を召喚してはもらえないだろうか!」
けれどそこでやっぱり、お願いされてしまった。
「報酬は幾らでも!時間も、3日などと言わず、3週間ほどなら使ってもらって構わん!どうか!」
「そう言われても……」
「フェニックス以外に、アリコーンの話もあっただろう!?アリコーンの召喚の準備もできるということだな!?」
「まあ、出せますけれど……」
「なら頼む!召喚してくれ!この際、フェニックスでなくとも構わん!頼む!」
……うーん。
「じゃあ、出します。けれど、あなた達の召喚獣にはなりませんよ」
「それでもいい!カーネリアは退席させる!おい!カーネリアを連れていけ!……全く、折角召喚してもらったものを、あいつはどうして!本当に、本当に、役に立たん!」
カーネリアちゃんに対してあんまりな言葉が出てきたけれど、『退席させる』の言葉が出てきた時点でインターリアさんがカーネリアちゃんを連れてそそくさと出て行ってしまっているので、多分、本人には聞こえなかったと思う。
「では、お願いできるかな?」
「お願いされなくとも」
……さて。
じゃあ僕らは、帰ろう。
そうして僕は、アリコーンの絵を仕上げた。
……仕上がったアリコーンの絵は、とてつもなく逞しくなった。筋肉の陰影をはっきりさせて、表情は凛々しく。角も翼も立派なもので、そして何より、その鬣と尻尾は、雷を糸にしたような風合い。
そういう馬を描き上げて……そして、『おいで』と。僕はそう思った。
多分、雷が落ちてきた。
そう思ったのは、視界が一気に眩しくなったから。
そして同時に、凄まじい音が響き渡ったから。
雷が落ちたような音と光が収まった後、僕が目を開くと……そこには、立派過ぎるくらいに立派な馬が居た。
大きな翼に立派な角。精悍な顔立ち。逞しい体は筋肉の形がよく分かる。そして雷を糸にしたような鬣と尻尾を悠々と靡かせて、アリコーンは僕へと鼻面を近づけてきた。
なんだろう、匂いでも嗅いでるんだろうか。そのままアリコーンに鼻面でぐいぐいやられつつ、僕はちょっと困る。
「おお、アリコーンだ!」
そして、アリコーンを見て、ジオレン家の2人が喜んだ。
「すぐに、すぐに召喚獣に……」
サントスさんが懐から取り出したのは、淡い褐色の宝石だった。
「おい、アリコーン!これを見ろ!」
サントスさんは宝石を掲げながら、アリコーンへ近づいてくる。
「お前に相応しい魔石を用意したぞ!さあ、僕の召喚獣になれ!」
アリコーンに近づいてくると、僕に近づいてくることにもなる。
僕がちょっと体を引いたら、アリコーンはそれを見て、僕と一緒に移動し始めてしまう。……なんだろう、僕のことが気にいった?それとも、生みの親だと思ってるんだろうか?
「アリコーン!そいつじゃなくてこっちだ!」
それを見たサントスさんは、僕とアリコーンの間に割って入る。僕はちょっと押されてよろけた。
「ほら!魔石だぞ!早く召喚獣に……」
その時だった。
アリコーンの角が、光った。
ばちり、と音を立てたかと思うと……角の先から、凄まじい光が走る。
光線のようにまっすぐではないそれは、屈折し、枝分かれしながら一瞬で宙を走って……サントスさんの手の中の宝石へと届いた。
……そして、雷に打たれた宝石は、粉々に砕け散った。
「な……」
サントスさんは、手の中からパラパラと零れ落ちる宝石の欠片を見ながら唖然としている。けれどそこに、アリコーンが追い打ちを掛けにいく。
その角は、サントスさんに向かって勢いよく繰り出されて……。
ガキン、と凄い音がした。
サントスさんの前に飛び出したラオクレスの盾が、アリコーンの角を防いでいる。
「くそ、中々の力自慢らしいな……」
ラオクレスはアリコーンの角を防ぎながらそう言って、なんとか、アリコーンを押し返そうとする。
でもアリコーンは少し気が立っているらしくて、中々退こうとはしない。じっとラオクレスと力比べをしている。
その間に、サントスさんは這うようにして逃げていった。アリコーンの雷に宝石を壊されて、更に角で刺されそうになって、腰が抜けてしまったらしい。
「あ、アリコーン……」
「お前は下がっていろ」
アリコーンを落ち着かせるために近づこうとしたら、ラオクレスに止められた。
「もしこいつを俺が召喚獣にするというのなら、ここで俺が退く訳にはいかないだろう」
そういって、ラオクレスはより一層、力を込めた。彼の筋肉が動くのが分かる。そして、アリコーンがそれに負けじと力を入れるのも。
……その時だった。
アリコーンが急に、力を抜いた、らしい。
ラオクレスがバランスを崩しかけつつ驚いている中、アリコーンはじっと盾を見つめて……それから、先程までの剣幕が嘘だったみたいにゆったりした動作でラオクレスの盾の横から回りこんで、ラオクレスに鼻面を近づけ始めた。
「な、なんだ」
「うーん、多分、匂い嗅いでる」
ラオクレスは只々、困惑していた。けれど、アリコーンはお構いなしにラオクレスに鼻面を近づけてふんふんやって、それから僕に近づいてきて、またふんふんやっていた。なんだろう。とりあえず、落ち着いたようだけれど……。
「……俺の召喚獣になるか?」
そこへ、ラオクレスは金色の宝石を出して、そっとアリコーンへ差し出した。
するとアリコーンはそれをじっと見つめて……。
ふい、と、そっぽを向く。
「あれっ」
これは予想外だった。まさか、ラオクレスのことが気に入らない?
……でも、心配は杞憂だった。
アリコーンは『しょうがねえなあ』とでも言いたげな様子で尻尾をゆったり振りながら、ラオクレスの盾に顔を近づけて……盾に嵌めこんである宝石に、ちょん、と頬擦りした。
「……こっちがお気に入りだったのかな」
「らしいな」
アリコーンはどうやら、新しく用意した宝石よりも、ラオクレスの盾に嵌めこんである宝石の方が気にいったらしい。いや、気に入ったならどこでもいいけれど。ちょっと予想外だった。
ラオクレスが盾を少し振ると、アリコーンはそこから出てきた。そしてまた盾の宝石に入って、また出てきて……満足気に、ひひん、と鳴いた。どうやら居心地は悪くないらしい。
「アリコーン。早速だが、一仕事頼まれてくれるか」
そう言いながらラオクレスがアリコーンの首の辺りを撫でると、アリコーンは少し目を細めて気持ちよさそうにしつつ……ジオレン家の人達の方へ体を向けて、体勢を低くした。うん、多分、角でつつきに行く姿勢。
「すまんがそうじゃない」
それを見たラオクレスはアリコーンを反対に向けた。うん、頼むから人は刺さないでほしい。
「俺とこいつを乗せて飛べるか?俺はそんなに軽くはないが、こっちは軽い」
体重は気にしてるからあまり言わないでほしい。
「どうだ?いけそうか?」
ラオクレスが尋ねると、アリコーンは『当然』とでも言いたげな顔で、ひひん、と鳴いた。
「……だそうだ。早速、出るか」
「うん」
アリコーンのOKも出たし、片付けるものを片付けて、早速帰ろう。……そろそろ、意識がぼんやりしてきているし。
「ということで、僕らは帰ります。契約は全部完了しましたので、これで帰ります」
僕はそう、領主の人に言う。
「な……何故、このようなことに……」
しかし、領主の人はこの調子で、こちらの話を聞いていないようだった。
「くそ、召喚獣が手に入るはずではなかったのか!」
領主の人が掴みかかってきたので、ちょっと流石に困る。
……けれど、ラオクレスが契約書を持って僕の後ろにやってきたので、流石に離してくれた。うん。僕らの身の安全と自由を保障することは契約書にあるし、ついでに僕らにもレッドガルド家にも迷惑を掛けないっていうふわっとした契約をしているから、何かやった途端に契約違反になりかねない、ということになる。
それから『更にもう1体召喚してくれ』みたいなお願いをされたけれど、そもそもジオレン家の宝石が砕けてしまっているし、契約にも『迷惑はかけない』って書いてあるし、僕もそろそろ限界だし、押し問答の末、解放してもらうことになった。うん。決め手は多分、怒って刺そうとし始めたアリコーン。
「じゃあ、お邪魔しました」
ということで、僕らはお屋敷を出て行く。よかった。もし帰して貰えなかったら、本当に天井を壊して出なきゃいけなくなるところだった……。
「カーネリアちゃんとインターリアさん、大丈夫だろうか」
「大丈夫だろうな。見たところ、馬が一頭、消えている」
外に出たところで、ラオクレスは目敏くも『馬が一頭消えている』事に気付いたらしい。すごいな。
「……ということは、家出?」
「まあ、出奔した、ということになるだろうな」
そっか。行動が早い。
「上手くいくといいな」
「問題ないだろう。インターリアは優秀な騎士だ」
うん。なら、大丈夫だ。ラオクレスがそう言うんだから、きっと大丈夫。
僕らはカーネリアちゃんとインターリアさんの事を考えつつ、早速、アリコーンに乗ることになった。
のだけれど……。
「よし。お前も乗れ」
「うーん、ええと、ちょっと待ってね」
ラオクレスがアリコーンに颯爽と飛び乗ったところで、僕はちょっと困った。何といってもこのアリコーン、大きいのだ。うん。僕にはちょっと、颯爽と飛び乗るのは難しい。
けれどここで乗れないのは流石に困るので、なんとかアリコーンの上によじ登ろうとする。……すると、そんな僕を見かねたのか、アリコーンは首を下げて……ひょい、と僕を角で掬い上げて持ち上げてくれた。どうもありがとう。そのまま僕はアリコーンの首を伝って、背中の上に収まることができた。
「……こいつは俺よりお前が気にいっているんじゃないか?」
「そうかな。なんでだろう。僕はもしかして、馬に好かれる匂いがしたりするんだろうか」
自分で自分の匂いを嗅いでみたりするけれど、よく分からない。
まあ……好かれてるなら、それは嬉しい。うん。
ということで、僕らはアリコーンに2人乗りをして帰ることになる。アリコーンは数歩の助走をつけて、すぐに空へと飛びあがった。
ふわふわ、と宙へ飛び出して、それから凄い速さで空を進んでいく。……地上からはきっと、夜空を一筋の雷が走っていくように見えるだろう。
「ところで、今回は魔力切れが起きないな」
夜空を飛びながら、ふと、ラオクレスがそう聞いてくる。
うん、そのことなんだけれど。
「実はもう限界、かもしれない……」
もう眠い。眠いというか、意識を引きずられていくような感覚がすごい。
なんだろう。絵を描き上げてから魔力切れになるまでの時間が伸びているのは訓練の賜物、なんだろうか。ならいっそのこと魔力切れが起きない体になってほしいものなんだけれど……。
「……なら寝ていろ。落とすようなヘマはしない」
そっか。うん、なら、申し訳ないけれどちょっと寝させてもらおうかな……。
……ということで、帰るのはアリコーンとラオクレスに任せて、僕は眠らせてもらうことにした。うん、おやすみ。
……寝ている間に、ちょっと夢を見た。
夢の中に居たのは、ふわふわしたヒヨコの姿のままとんでもなく大きくなったフェニックスで、やはり少し大きくなったカーネリアちゃんが昼寝していた。
そこでカーネリアちゃんに「トウゴもお隣にどうぞ!」と言われたので、僕もヒヨコフェニックス布団で昼寝させてもらうことにした。
ぴよぴよ、という鳴き声を聞きながらふわふわの羽毛に埋もれて、ふわふわほかほか、いい気分で眠って……。
……目が覚めたら、僕は周囲を馬に固められていた。どうやらいつものように、森の中のハンモックに寝かされていたらしい。
ぴよ。
……そして何故か、僕のお腹の上にはヒヨコフェニックスが乗っていた。
……ぴよぴよ。