森の野郎のお泊り会*2
「よし!じゃあ猥談だ!猥談しようぜ!男ばっかり揃ってるところだし!」
これから戦いに挑む、といった表情のフェイを見ていると、フェイが正しいような気がしてきてしまうのだけれど、多分、そんなことはないと思う。
「品が無いぞ、レッドガルド!」
「そういうこと言うルギュロスだってやりたいだろー、猥談」
「そんなわけがあるか!」
「まあまあ、人生何事も経験だって。な?居るだけでいいから!これは親睦会!親睦会ってことで!な!面子が多い方が絶対楽しいから!」
フェイはそう言いつつ、立ち上がりかけたルギュロスさんを捕まえてもう一回座らせてしまった。ルギュロスさんは『私は一体何のためにここに連れてこられたのだ』とぼやきつつ、フェイがにこやかに差し出したお皿から桃の切り身をつついて食べている。桃が賄賂にされている光景は中々面白いね。
で。ええと……。
「わ、猥談、って……えっちな話?」
「えっちな話だ!」
そ、そっか。成程、確かに異性が居ない中だとそういう話に……なる、のかなあ。
僕、今までの修学旅行とかも、さっさと寝てしまっていたタイプなので、あんまり、その、部屋で寝る前にそういう話をする、みたいなの、したことがない。
「すまないがフェイ君。そういうことなら僕は辞退するよ」
僕が勝手に何やらどきどきしていたところ、突然、先生がそう、申し出た。それを聞いて、フェイが、へにゃ、と申し訳なさそうな顔をする。
「あー、すまねえ、ウヌキ先生。あんたこういうの嫌いか」
「いや、割と好きだが」
えっ。
割と、好き、なの?
……なんだか新鮮な気持ちで先生の方を見ると、先生は、ものすごーく、気まずそうな顔で、そろっ、と僕から目を逸らした。
「……好きだが、僕はトーゴの前ではできる限りのいい大人でいようと思っているのだ」
そ、そうなの?そ、それは……ええと、嬉しいような、申し訳ないような、ちょっと腹立たしいような、ええと、すごく複雑な気持ちです!
「と、とにかくそういうことで!これが僕の信念だからな!」
「そうかぁ!そういう理由かぁ!なら捨てちまえそんな信念!」
「そ、そうだそうだ!」
そろっ、と立ち上がって逃げ出そうとした先生の右足にフェイがくっついて、左足に僕がくっついて、先生を止める。逃がさないぞ!
「そうだそうだ、ってなあ、トーゴぉ……」
流石に僕らをずりずりやりながら逃げていく筋力が無い先生は、立ち止まって途方に暮れたような顔で僕を見下ろす。
「……えっちな話する先生、見てみたい」
なので対抗して先生を見上げつつ、そう主張してみた。
「……よくないぞ。よくないぞ、トーゴ。そういうのはな、よくない」
先生は『参った』みたいな顔をしつつ天井を仰いでいる。
「僕はなあ、トーゴ。恰好つけたいんだ。すまない。本当にすまないが、君にはちょっと格好つけたいんだ!だからそういう面をあんまり君に見せたくない!いい大人ぶらせてくれ!」
「それ言っちまった時点でもう手遅れじゃねーかなあ、ウヌキせんせー」
手遅れっていうことはないと思うけれど、でも、折角だから先生の話も聞きたいんだよ。それから、そういう話になった時に先生がどういう顔するのか、気になる。
「そもそもだな、えっちな話も何も、僕にはそういった経験がまるでないので語れることなんざ碌に無いのだ」
「猥談って別に経験談じゃなくていいだろー。まあ俺もそういう本読んだ知識ぐらいしか話せることねえけど」
……そういう本、読むんだ。そっか。まあ、そうだよね……。
「トウゴも……そういうの、なさそうだなあ」
「うん」
「リアンもねえかー」
「トウゴよりはあるぜ。裏通り育ちだし、そういうの見たことあるし」
ちょっと待って。流石に僕、リアン以下ってことは……ある、のかなあ。うう。
「ルギュロスは?」
「経験があってたまるか。傍系とはいえ私は貴族だ。下手に女と関係を持ってみろ。面倒なことにしかならん」
「あー、まあそうだよな。いきなり妻を名乗る娼婦が来ても困るし、そもそも、『娼館に行ったら暗殺されました』ってのは格好つかねえしなあ」
……そういうことあるのか。まあ、あるんだろうなあ。うーん、遠い世界の話だ……。
「じゃあルギュロスも本頼りかー。俺と一緒だなあ」
「……そういった不潔な書物など我が家には無い。下賤なレッドガルドと一緒にしないで貰おうか」
「ええええ!?じゃあお前、お前、今までどうしてたんだよ!?うわあ、お前もトウゴ並みか!すげえな!」
「こ、こいつとも一緒にしないで貰おうか!」
成程。ルギュロスさんは多分、僕並み。ちょっと安心した。
安心したついでにルギュロスさんの隣に座ったら、ルギュロスさんが何とも言えない顔をした。そんな顔しないでよ。
さて。
こうなると……僕らの目は、自然とラオクレスの方に向く。
「……な、なんだ。何故、俺を見る」
ラオクレスがたじろいだ。けれど僕らはラオクレスを見るのをやめない。
「僕らの期待の星を見つめています」
「見つめてたらなんか出てくるかもしれねえ!」
「トウゴとフェイ兄ちゃんが見つめてるから俺も見つめてる。面白そうだし」
「頼む、ラオクレス。僕の身代わりになってくれ。君なら多分スタイリッシュかつ男らしく格好良い猥談をやってのけてくれると僕は信じている!多分人はそれを武勇伝と呼ぶが!」
僕らが揃って見ていると、ラオクレスは助けを求めるようにルギュロスさんを見たけれど、ルギュロスさんは何も言わず黙ってラオクレスを見ているだけだ。
「……素面でそういった話ができるものか」
ラオクレスが逃れるようにそう言ってそっぽを向いたのだけれど、そっちには酒瓶を持ったリアンが居る。
「ならもう酒開けようぜ。はい」
リアンが妙に慣れた手つきで酒瓶の封を切ると、ラオクレスは『まだ明るいのに』みたいな顔をした。けれど……。
「さあどうぞどうぞ」
新しいコップにお酒が注がれて、更に、僕らのわくわくした視線が集まると。
……ラオクレスは、ぐっ、と、一気にコップの中身を半分くらい呷って、ふ、と息を吐いて……。
「……俺が十七の時の話だが」
そう、話し始めてくれたのだった!やったあ!
……と、いう、ことで。
「ラオクレスが意外と……意外と、その、うん」
「……せがんだのはお前だぞ」
「いや、その、不快じゃないし、嫌じゃないし、ただ、ちょっと意外な気がして」
まあ、僕ら、ラオクレスの話を聞いて、未知の世界のことを知ってしまって、それで、なんだかうずうずするようなそわそわするような気分で今ここに居るんだけれど。
なんというか……話自体もうずうずそわそわする話だったのはそうだけれど、それ以上に、なんというか、ラオクレスもこういう話、するんだなあ、というびっくりが大きい。
「……騎士連中が集まると大抵はこの手の話だぞ。他に娯楽も無いところで血の気の多い男ばかり集まるとどうしてもこうなる」
ラオクレスはそう言いつつ、今更恥ずかしくなってきたらしい。ちょっとそっぽを向きつつ、手酌でどんどんお酒の瓶の中身を減らしていく。
そこにフェイがすっ、と自分のコップを持って行くと、ラオクレスは黙ってフェイの分を注いだ。更にルギュロスさんも図々しくコップを寄せて、ラオクレスからお酒を貰っている。いいなあ。
なんだか悔しいので、僕は早速、龍の湖の木の実のジュースを飲むことにした。飲酒に対抗するにはこれしかない!
とろりと透き通った果汁をとぷとぷとコップに注いで、それをたっぷり飲んで……喉じゃないどこかが潤うような感覚を楽しむ。魔力が回復するかんじ、いいなあ。満たされるなあ。
そうして、飲酒が本格的に始まってくると、ラオクレス以外の人も色々喋るようになってくる。先生は相変わらず皆の話を聞いているだけだったけれど。
けれど、ええと……僕の知らない知識が色々出てきた。うん。そんなかんじで。
そうして、お酒の瓶が1本空になった頃。
「で、トウゴ。レネとはどうなんだ?付き合ったりしねえの?」
フェイがにやにやしながらそう聞いてきた。
「どう、と言われても……男か女の子かもよく分からないしなあ」
ちょっと、想像してみる。レネが、その……いや、やっぱりやめておこう!駄目だ、駄目だ!さっきの話に引きずられてる!そういう想像しちゃったら、僕、もう、レネの顔を見られなくなってしまう!
「ええと……レネについてはもう、その、恋人とかそういうのじゃなくて、今のままがいいと思ってるけれど」
「つまり、巣ごもりに呼ばれたら一緒に巣に入る仲、ってことだろ?それって……恋人、じゃなくて、友達、なのか?」
「うん。そんなかんじ。……なんだろう。レネって、一緒に居て居心地がいいんだよ。ふわふわする。ええと、まあ、僕ら、そういう関係なので……」
正直に答えたら、フェイは『ふわふわするのかぁ……』と微妙な顔をして、ラオクレスも『ふわふわするんだな……』と納得したような顔をした。なんだなんだ。
「あの、折角なので矛先は僕以外に向けてほしい」
「無理言ってんじゃねー。お前、こっちに帰って来たばっかりなんだぞ?質問攻めにされるのはトウゴだ!」
「そんなこと言われてもなあ」
フェイは既にお酒が入っているからか、とても積極的だ。ぐいぐい来る。
「酒の席なのだぞ!?余興を提供しろ!余興を!貴様が居なかった期間の分を埋め合わせる程度の余興を提供しろ!」
更に、酔っぱらっているらしいルギュロスさんもぐいぐい来る。この人こういう人だったんだなあ!
……まあ、要は彼らなりの『寂しかったんだからな!』だと思うので粛々と受け止めようと思う。
「で!なんかないのか!なんか!向こうの世界の話でもいい!向こうに可愛い女の子はいねえのか!そういう子となんか楽しいことになったりしてねえのか!」
「そんなこと言われても無いものは無いよ!」
ただ、受け止めようにも無いものは無い。出せないものは出せません。
「折角なら僕はリアンの話を聞きたい」
無いから出せないっていうのも申し訳ないので、折角だから話題を提供することにする。
「そういう話が出てくるはずだ」
「へ?」
僕の横で高みの見物を決め込んでいたらしいリアンに水を向けると、リアンはちょっと慌て始めた。
「い、いや、そういうの、俺は……」
「あるだろ。カーネリアちゃんの話があるだろ」
僕らの目がリアンに向くと、リアンはたじたじと半歩程、後退した。けれど後退したからって逃げられないぞ。
「話せ!さあ話すんだ!俺はこういうのに飢えてんの!こういう風に気心の知れた信頼できる野郎共で集まってこういう話をきゃいきゃいやるのに憧れてんの!」
「なんでフェイ兄ちゃんの憧れを満たすために俺が話さなきゃいけねえんだよー!」
「その方が楽しいからに決まってんだろー!」
フェイがリアンに飛びつくようにして捕まえた。もう物理的にも逃げられないぞ。
……ということで、皆でリアンを見守っていると。
「……その、カーネリアは」
リアンは観念したように話し始めた。
「ええと……家族、だから……その、うーん……」
悩んで、悩んで、それから……。
「……今更どういう風に切り出せばいいのか分かんねーし」
そう言って、照れたように拗ねたように、そっぽを向いてしまった。あああ……成程!
「そっかぁ。まあ、そういうかんじだよなあ……」
「成程ね、進展はあんまり無いんだね」
「特に、アンジェが妖精の国の女王をやっている状況ではより家族としての結束が必要になるだろうしな」
「成程。ジオレン家の娘とはそういう関係だったか……」
僕らは納得して頷き合う。そういうかんじかあ、と。
……すると。
「……なー。これ、助言してくれるとかじゃねえのかよ」
リアンがちょっとじっとりした顔をしているのだけれど、でも、しょうがない。
「そりゃあな。悪いなあリアン。俺も女性とのお付き合いがあったこと、ほとんどねえからさ……」
「僕もないね!ルギュロス君も無いだろうね!」
「勝手に決めるな!」
「でも無いでしょ?僕も無いよ。ラオクレスは?あるの?」
「……無いな」
僕らは顔を見合わせて、頷く。うん。
「ということで、リアンにはこの森で最初の、女性とまともなお付き合いがある男として、頑張ってほしい……」
「なんでだよ!おかしいだろ!俺じゃなくて大人連中が先陣切ってくれよこんなの!」
……僕らは、ちょっと互いに顔を見合わせた。
そして。
「リアン君。僕から1つ、助言だ」
先生が、人差し指を立ててふりふりやりながら、言う。
「恋愛っていうのはな。大人になってからの方が難しい」
「……は?」
「水疱瘡とおたふく風邪と恋愛は若い内に済ませておくに限る」
……先生。含蓄あるお言葉をありがとうございました。
「じゃ、じゃあ俺じゃなくてラオクレスの話、しようぜ!俺、ラオクレスの話も聞きたい!」
先生がお酒をちびちびやり始めたのを横目に、リアンはラオクレスを生贄にし始めた。
「寝ろ」
そして僕らの鋼の石膏像は、えっちな話よりもこっちの話の方が苦手らしかった。
「まだ夜には早い時間だよラオクレス」
「それでも寝ろ」
リアンと僕をひょい、とつまみ上げて、ラオクレスは僕らを強制退場させようとしてくる!ずるい!ずるいぞ!というかラオクレス、さては酔っぱらってるな!
……多分、僕らをつまみ上げるのがちょっと楽しいのであろうラオクレスを見上げて、ちょっと腹立たしく思いつつ……僕は、いいことを思いついた。
「じゃあ歌ってほしい」




