竜の巣ごもり*4
レネを抱卵……いや、抱レネして昼寝して、それから僕らはお昼ご飯。
「はい、レネ。あーん」
なんだか悪戯心がむくむくしてきてしまったので、折角だから雛鳥にするみたいにレネに食べ物をあげてみた。そうしたら、寝起きだからか、それとも巣ごもりのせいなのか、とろんとしたレネは僕に言われるまま、口を開けて食べ物を受け入れてくれる。
……それがなんとなく、雛鳥を育てる親鳥みたいな気分にさせられるというか。その……なんだかいけないことをしているような気分になるんだけれど、レネが口を開けて一生懸命こっちに『もっと、もっと』と主張してくるのがなんとなくまた、次の悪戯心をむくむくさせてしまうもので……うん。
そうして僕は、レネに果物を食べさせたり、パンを小さく千切って食べさせたりして過ごした。……うーん、よくない。何か、よくない気はする。ちょっと反省。
夕方にはまたお風呂に入る。
お風呂の準備をしにタルクさんが来てくれて、トランプで遊んでいた僕らはタルクさんにそれぞれお礼を言いつつ、鼻歌交じりにお風呂の準備をするタルクさんの鼻歌を聞いていた。
『タルクさんは歌が上手ですね。』
『はい。タルクはとっても歌が上手です。宴会の時にはみんな、タルクに歌をせがみます!』
タルクさんの声は低くて、石臼をごりごりやるような不思議な響きがあるのだけれど、それが歌になるとなんだか落ち着く音色になるんだよ。
『トウゴのラオクレスは歌いませんか?』
「ラオクレスが?うーん……」
まさか、とは、思う。ラオクレスって、その、歌うイメージが無い。
フェイは時々ふんふん歌ってるし、ライラもふんふん歌ってることがある。クロアさんも鼻歌はよく歌ってる気がする。カーネリアちゃんとアンジェは楽しく歌いながら雪遊びや草花遊びをしていることが多いし、リアンもそれに付き合ってる。けれど、ラオクレスは……歌うんだろうか。
『今度、お願いしてみようかな。』
『その時は是非、呼んでください!ラオクレスの歌、聞いてみたいです!』
うん。その時には絶対にレネを呼ぼうと思う。何となく、僕とレネとで一緒にお願いしにいったら、ラオクレスは歌ってくれる気がする……。
それからレネはお風呂に入って、ライラのお土産の寝間着を着て出てきた。
「とうごー!ふりゃー!」
「よかったね。こんなにレネが喜んでるって知ったら、ライラも喜ぶと思うよ」
ふりゃふりゃと言いながらご機嫌な様子のレネを見ていると、僕の頭の中のライラが『よし!』とガッツポーズする。
「今日のお風呂も花が浮かべてあるんだね」
「わにゃ?」
巣に戻ってきたレネは、ふんわり花の香りを纏っていた。多分、お風呂にそういう花が浮かべてあるんじゃないかな。
ということで僕もお風呂を借りる。
案の定、湯船には薄青の薔薇の花弁が浮かべてあった。夜の国で独自に進化した薔薇らしいこれは、冬の月夜みたいに凛と澄んだ香りがする花だ。森の花とはまた違う香りで、なんというか、異国情緒。
それから僕も寝間着に着替えて巣に戻る。ライラが作った寝間着は案の定、ふんわり柔らかくて軽くて、着心地がいい。羽衣、っていう服が実在するなら、きっとこんなかんじだろう。
……ところで、レネにお土産、っていうことで預かった2着の内の1着を今、こうして僕が着ちゃってるんだけれど、いいんだろうか。
『さすがライラです!ちゃんと、トウゴが着るようにできています!』
……けれど、レネはそう言って、僕の背中のあたりを見てにこにこ。ええと……。
「……ああ、羽か!」
言われて、気づく。僕は今、羽が2対とも、外に出ている。寝間着がそういう風にできているんだ。レネには羽が1対しかないから、2対の羽が出せるようにできているこれは、僕用。うーん、成程。ライラめ、こうなることを予想していたらしい……。
服には切れ込みが入っていて、そこから羽を出しておけるようになっていて……それでいて隙間風ですーすーしないように、ケープみたいなものがついていたり。よくできてるなあ。
「とうご、とうご」
レネに呼ばれて、僕も巣に入る。巣の中に潜ると、レネも一緒に潜ってくる。毛布の中でくっつきあって、じゃれついてくるレネと一緒にくすくす笑う。そうしていると毛布の中がお風呂の花の香りでいっぱいになってきて、それからちょっと息苦しくなってきてしまって、熱のこもった毛布から顔を出す。
レネと一緒に毛布から顔を出して、顔を見合わせて、笑う。レネは風呂上がりだからか、それとも魔力が不安定で熱っぽいからか、ピンク色に上気した顔でにこにこしている。
「とうごー……」
レネは熱っぽくうるんだ目でじっと僕を見つめているのだけれど、レネの目が潤むと星空が滲むようでとても綺麗だ。ついつい見つめ返してしまう。
「んー……」
そうしているうちに、レネは……角を、すりすりと僕にすりつけてくる。ええと、これはなんだろうか。
『どうしたの?』
早速筆談で聞いてみると、レネももそもそ体勢を変えながら筆談で返事を書いてくれて……。
『何だか角がむずむずするんです』
とのことでした。
『もう一本角が生えたりする?』
『うーん、それはちょっと困ります……』
レネはしきりに頭をふるふる振ってみたり、また僕の肩のあたりにすりすりやってきたりしている。僕に羽が生えた時と同じような感覚なのかな。
だとしたら撫でてあげるといいかもしれない。僕に羽が生えそうだった時には、背中を撫でてもらってちょっと落ち着いたし。僕は早速、レネの角を撫で始めることにした。ドラゴンも大変だなあ。
それからレネのむずむずが少し落ち着いてきたらしいので、夕食。
そのまま恙なく食事を終えて、歯磨きしたり寝る前のお手洗いに行ったり寝床を整えたりしたら、就寝。
……本当に巣ごもり、っていうかんじの生活をしているなあ、僕ら。基本的には食べて寝て、起きたらまた食べて寝ている!
そうして迎えた3日目の朝。
「んー……」
レネが喉の奥で鳴くように声を出していて、目が覚めた。
見ると、レネは眠りながらにして、なんだか険しい表情をしていた。すりすりと僕にくっついてきていて、更に、角を僕にすりつけている。
またむずむずするのかなあ、と思って角を撫でてあげていると、やがてレネの寝顔は安らかなものになってきて、それから、すーすーと穏やかな寝息を立ててまたすやすや眠り始めた。
……と思ったら、もそもそ動いて僕の体に乗り上げてきて、僕の上にぺそ、とレネを乗せたような形になってしまった。
「れ、レネ?」
呼んでみると、レネは寝ぼけながらうっすら目を開けて……そして。
「い、いやいやいや!羽も駄目!食べないで、食べないで!」
レネは僕の羽をはみはみと、唇で柔らかくふにふにやり始めた!耳じゃなくても駄目だって!食べないで!食べないで!
「あっ、だ、駄目だってば!くすぐったい!くすぐったいよ!」
「んー……とうごー……」
「そうだよ!僕だよ!食べないでったら!」
くすぐったい!羽は駄目!羽は駄目!耳も駄目だけれど羽はもっと駄目!なんで僕だって分かっててこういうことするんだ!
それからちゃんとレネを起こして、羽をはみはみやるのをやめてもらった。やめてくれた。ああよかった。もう、くすぐったくって、くすぐったくって……。
『タルクさん。ドラゴンが唇だけで噛むみたいにしてくるのって、やっぱり大事なものだからなんでしょうか』
そして、今日は起きた時から大分熱っぽくてとろんとしているレネの頭を膝に乗せて撫でながら、丁度部屋に来たタルクさんに聞いてみる。
『またやったのか!』
「はい」
タルクさんは大げさなくらいのジェスチャーで『あちゃー』をやってくれた。うん。僕もそういう気分です。
『そりゃ、親愛の表現だろうな。お気に入りのものにはそうしたがる。相手が生き物だったら尚更だ。なんていったってドラゴンは強欲だからな。』
……すると、タルクさんからはそういう答えが返ってきた。強欲、強欲、かあ。レネを見ていて強欲、っていうかんじは特に無いのだけれど、まあ、ドラゴンは皆そうだっていうなら、そうなのかもね。ということは、フェイもだろうか……?
それにしても、成程。僕はレネのお気に入り……。ちょっと恥ずかしいけれど、概ねぽかぽか温かい気分になれる。そっか。レネは僕のこと、気に入ってくれてるんだなあ。なんというか、今の状況からみると、僕、お気に入りのぬいぐるみとか、そういう扱いのような気もするのだけれど……そう考えると確かに、レネ、ちょっと強欲かもしれない。
『ところで、レネが熱っぽいんですが大丈夫でしょうか?』
照れ隠しにそう聞いてみると、タルクさんはちょっとやってきて、レネの額を触って……ちょっと悩むみたいに、天井を仰ぐジェスチャーをした。
『……まあ、大丈夫は大丈夫だろうが、ちょっと辛いかもしれないな。魔力が不安定になっている分、体に変調をきたしているんだろう。まあ、全てのドラゴンが通る道だ。心配は要らないさ。』
『そうですか。なら、いいんですが。』
レネははふはふと浅い呼吸をしながら、僕の膝に頭を凭れさせてぐったり横たわっている。それでいながら、時々、僕の背中越しに僕の羽を見ると、はみはみやろうと首を伸ばすものだから、僕としては気が抜けない。そんなことしてないでゆっくり休んでなさい。
それから朝ご飯をレネに食べさせようとしたのだけれど、どんどんレネの体調は悪くなっていって、飲み物くらいしか口にできないらしかった。なのでしょうがない、また水出しにしておいた日向菊のお茶をレネに飲ませて、またレネを寝かせる。
「とうごー……」
レネはぐったりしながらスケッチブックに手を伸ばしていたので、僕は代わりにスケッチブックを取って……それから、レネに渡さず、自分で書く。
『レネがこういう風に大変な体調になる時にこそ傍に居られてよかったな、って思っています』
熱っぽく温かいレネの隣に寝そべって、僕はスケッチブックをレネに見せる。するとレネは、ふるん、と睫毛を震わせて、とろん、とした笑みを浮かべた。
それからレネがもそもそと僕のお腹のあたりに収まろうとしてきたので、僕はまた、抱卵ならぬ抱レネ。
「おやすみ」
「うーにゃ……」
ラオクレスが僕を寝かしつける時にそうするみたいに、背中をぽん、ぽん、と一定のリズムで軽く叩いていると、やがてレネは幸せそうな表情で、すやすや眠ってしまった。
……さて。
「描いたら寝よう」
僕はそんなレネの横に寝ながら、レネを描くべくスケッチブックと画材を取り出すのだった。よし。
レネを数枚描いてから寝て、そして起きたらもう夕方だった。
寝ぼけ眼をこすりつつ起き上がって……そこで僕は、とんでもなく綺麗なものを見た。
「……わあ」
さらり、と伸びた濃紺の髪の間からくるんと生える角は、ほんのりブルーグレーを帯びた優しい白。そこに大理石の模様みたいに銀色の縞がふわりと混ざっている。
それに、翼。細かいプリーツの入った薄絹のような被膜は上品な光沢と細かな煌めきを帯びて、まるで星の光をまぶしたみたいだ。
鱗は一層透き通って深い色を宿している。尻尾の先まで艶を増したように見えるし、なんというか……レネはいっそう、綺麗になっていた。
「……んー?」
やがて、僕が離れたことで寒くなったらしいレネが、目を覚ます。もそ、もそ、と体を動かして起き上がって、ぺたり、と巣の中に座り込んだまま、ぽーっ、として虚空を見つめている。
「……レネ」
声を掛けてみると、レネは、ぱち、と数度瞬きをして、それから、はっきりした意識を瞳に宿して、僕を見つめ返してきた。
「君……きれいになったね」
そう声を掛けてみると、レネは、ぽかん、として……やがて、「きれーい?」と首を傾げる。
「角は上等な大理石みたいだし、羽もきらきらしていて綺麗だし、鱗だって、ほら!中に星をばら撒いたみたいだ!」
「わ、わにゃ?わにゃ?」
角をちょっと撫でつつ説明するも、レネは戸惑っている様子だったので、慌てて、巣の傍にあった鏡を持ってきて見せる。
「ほら!」
……レネは鏡を覗き込んで、半日で大分変化した自分の角や羽をぺた、と触って……にこ、と笑った。
「きれーい?」
「うん!きれいだ!」
心の底から褒め称えると、レネはにこにこして……それから、堪らなくなったのか、もじもじしはじめて、そして。
「とうごー!」
僕にきゅうきゅうくっついてきた。うわうわ。
「とうご、とうご、たきゅ!」
レネは一頻り僕にくっつくと、やがて離れて、そして、満面の笑みで、スケッチブックを拾い上げて、鉛筆で文字を書いて……見せてくれた。
『トウゴ、どうもありがとう!トウゴのおかげで無事に魔力が馴染んだみたいです!』
『体調はもういいの?』
『はい!とても元気です!』
どうやら言葉に偽りはなさそうだ。レネは羽をぱたぱたさせながら、すこぶる元気な様子を見せている。
『巣ごもりはまだあと一晩あります。もう少し、付き合ってくれますか?』
『勿論!』
レネの元気の勢いのまま、僕はそう返事をして……そして。
『じゃあ、今度はトウゴが温められる番です!』
……レネに抱卵されることになった。
いや、抱卵っていうか、抱僕。
……そして、僕はレネに温められたり、筆談でお喋りしたり、絵を描いたりしながら過ごして、すっかり元気になって食欲も復活したレネと一緒に夕食を食べて、お風呂に入って着替えて、また巣の中に籠って……4日目の朝。
「とうごー!あーん!」
「あ、あーん」
レネは魔力が馴染むまでに僕にやられていたことを一通りやり返したいらしくて、これもやり返してきた。
いや、レネはいじわるする意図は全くなさそうで、むしろ、『恩返ししたい!』みたいな意思を感じる。なので僕も恥ずかしがっている訳にはいかなくて、ただただ、レネに食事を与えられている状態だ。……雛鳥トウゴになっちゃった!
レネは僕に食事を食べさせてはにこにこしているし、にこにこしながら、レネ、すごく綺麗だし……。
うーん……ドラゴンって、実に不思議な生き物だなあ、と。僕はそう考えるしかない。
『今回は本当にどうもありがとう。とても幸せな巣ごもりができました。』
そうして僕は帰ることになって、レネと挨拶。
『次はまた、昼の国に遊びに来てください。』
『はい!次の三日月の日に遊びに行きます!楽しみにしています!』
レネはきらきらする羽をふりふりやりながら、にこにこと僕を見送ってくれた。僕はレネとタルクさんとに見送られながら、自力でぱたぱた飛んで、祭壇の方へと向かう。
……そして。
「お待たせ、鳥。じゃあ光らせるからちょっと待ってね」
祭壇のところに待機していた鳥に、月の光の蜜を塗り始める、のだけれど。
「……ところで君、夜の国の森も自分のものだと思ってる?」
キョキョン、と元気よく鳴く鳥は、この森に元々住んでいた生き物達に囲まれている。
まあ多分、羽毛の中に隠しているであろう月の光の蜜の瓶とか星マタタビとかの光につられて寄ってきているだけなんだと思うけれど……夜闇みたいな色の毛をした金の瞳の兎とか、曇り空色の小鳥とか、そういう生き物が鳥にすりすり懐いていて、そして、鳥はその中で、偉そうにふんぞり返っている。
「……まあ、なんだか楽しかったみたいでよかったよ」
鳥としては、こういう風にちやほやされるのは楽しかったらしい。キョキョン、と、また満足げに鳴いていた。
さて。
そうして僕は丸々3日ぶりに森へ帰ってきた、のだけれど……。
「ただいま!ライラが作った寝間着、レネにすごく好評だったよ!それから僕も着たけれど、すごく着心地がよかった!」
「それはよかったわ。おかえ……」
ライラに挨拶しようとしたら、ライラが僕を振り返って、それから、すん、と鼻を動かして……首を傾げた。
「なんか、トウゴあんた……いい匂いするわね」
「……え?」
更に近づいてきたライラが、僕の肩のあたりですんすん、と匂いを嗅いでいる。う、うわ、やめてやめて!恥ずかしいよ!
「ええー……おかしいなあ、ちゃんと毎日お風呂も入ってたんだけど……」
「嫌な香りじゃないわよ。すごく花の香りがするの。甘くって、ちょっと眠くなってくるような……うーん、まあ、レネの匂いと花の匂いが混じってるのかも」
ライラはそう言いつつ僕の周りをくるり、と回って、それから、ぼそ、と「今のトウゴをベッドに入れておいたらいい匂いになりそうね……」とかぼやいた。ぼ、僕までポプリにされる!
ポプリにされちゃ大変だ、ということで、僕は元の世界に戻ることにした。
「じゃあ、また4日後に来るから―!」
「それってそっちの世界の時間で、ってことよね?」
「うん。なのでライラの感覚では、また明日、ってかんじだと思う」
……未だに、ここのところはよく分からないのだけれど。
現実の世界とこことの時間の流れ方はすごく曖昧で……言ってしまえば、僕を中心に決まっている、ような気がする。
先生に聞いてみたら『観測者無しには時間は進まない、ってことなのかもな』なんてことを言っていたけれど、まあ、僕が居ない間にこちらや向こうの時間が全く動かないかって言うとそんなことはない。……まあ、つまり、『曖昧』っていうかんじなんだ。本当に。
「じゃあね」
「ええ。また『4日後』、ね」
ちょっと悪戯っぽく笑うライラに見送られて、僕は、家の壁にある『門』に入って……。
まおーん。
……あれ、と思った時には、僕はもう、先生の家の僕の部屋の中。
そして。
まおーん。
……魔王が、何故か、そこに居た。
「……もしかして、勝手にこっちに来ちゃったの?」
僕がそう聞いてみると、魔王はなんだか嬉しそうに、まおーん!と鳴くのだった。
……どうしようかなあ、これ。




