竜の巣ごもり*2
城の中は以前と大体同じだ。彩度の低いモノクロームに近しい光景。……まあ、城本体は。
「あっ。これ、昼の国からの輸入品だ」
城の中を飾る小物が、ちょっと色とりどりになっている。壁を飾る布のドレープは春の花の色。花瓶は枝豆を思わせる薄緑。そこに活けてある花は……日向菊だ!
『昼の国から持ち込んだもので、城の中がちょっとずつ明るくなっていくんです』
レネはにこにこしながらそう書いて見せてくれた。
『まだ、この国全部を昼の国みたいに明るくするのには足りないけれど、この国はちょっとずつ、明るくなっているんです』
魔王が空から退いて、昼の空が見えるようになって、光が差し込むようになって……夜の国には、光の魔力を生産できる植物が増えてきているらしい。そうして、夜の国に光の魔力が増えてきているんだとか。
……そして、光の魔力の生産が追い付かない地方については、レネが自ら昼の国のものを運んでいったり、たんぽぽを植えたりして改善を図っているんだって。城の内装はその一環だそうだ。
『トウゴの絵もあります!』
更に、城のホールの一角に、僕が描いた絵が数点飾ってあった。昼の国の景色、っていうことらしいんだけど……なんだか恥ずかしい。
城の中を進んで、僕らは城の奥の方へと入っていった。
僕も、夜の国との親交は年単位になってきたけれど、こっちの方にはまだ来たことが無い。
それもそのはず、今から向かうところは、この国の儀式を執り行うための、神聖な場所、らしいから。
「僕も入っていいのだろうか……」
「とうごー?わにゃーにゃ?」
そんな神聖な場所に余所者の僕が入っていいのか少し躊躇ったけれど、レネは僕の手をくいくい引いて僕を招く。まあ、いいって言うなら遠慮なく。
……入った先は、綺麗な場所だった。
水晶のような、それでいてもっと光り輝く不思議な石でできた柱が並んでいる天井の高い部屋。
床は、薄いグレーの大理石と黒の大理石とで複雑な模様が表現されていて、そして、一番奥には金銀の糸が織り込まれた黒の絨毯。そこにあるのは、祭壇。祭壇の上には、柱と同じく光る水晶のような素材でできたドラゴンの像が祀られている。
「とうご。たきゅふぃあゆえーりえ、みざりゃ」
そして、祭壇の前で待っていたのは竜王様だ。ちょっとお久しぶりです。
『よく来てくれた。今回はレネに付き合わせて申し訳ない。』
更に、竜王様は事前に用意していてくれたらしい文章の紙を見せてくれた。
『いいえ。大切な儀式に僕も混ぜて頂いて光栄です。』
なので僕も返事をすると、竜王様はちょっとほっとしたように笑った。大丈夫だよ。僕、レネの誘いを迷惑だとは思ってないよ。
『では、早速だが儀式を始めたいと思う。よいだろうか。トウゴ殿はそちらで待っていてくれ』
『はい。分かりました。』
それから僕は、祭壇から少し離れた位置に用意されていたクッションの方へ案内される。そこに座ると、タルクさんが毛布を持ってきて掛けてくれた。……この国の人達、昼の国の生き物は温めなきゃ、って、思ってるんだろうなあ……。
「れね。あーりゅ、えーでぃえ?」
「いー!」
そして、竜王様とレネがそんなやりとりをして……儀式が始まった。
……少し遠くからタルクさんと一緒に儀式を見守る。少し離れていることもあるし、夜の国の言葉が分からないのもあって、何を話しているのかは分からない。けれど、竜王様とレネが何か言葉のやりとりをしながら儀式の文言を紡いでいるんだろうな、ということは分かった。
綺麗な儀式だ。
レネが両膝をついて、立膝の状態になる。そこに竜王様が何か唱えながら、レネの頭を錫杖のようなもので撫でる。
竜王様が持つ錫杖は、ちょっと幣に似ている。ええと、神社で巫女さんが振っているイメージがあるあれ。
きらきらした綺麗な宝石の薄い欠片が何枚も連なっていて、それが錫杖からぶら下がっているのだけれど……よくよく見てみると、その宝石に見えたものは、全部ドラゴンの鱗らしかった。ということは、あれ、歴代ドラゴンの鱗、とかなのかもしれない。
ご先祖様の鱗に撫でられているらしいレネは、何か唱えて、竜王様がまたそれに応えて、錫杖のなでなでが終わったら最後に、水晶細工のゴブレットが出てきて、そこに注がれた透明な液体を、レネが飲み干して……それで終了。
レネと竜王様は儀式の最中よりもくだけた様子で何か話して、そして、レネがぱたぱたとこちらに向かって駆けてくる。
「とうごー!」
そして、駆け寄ってきたレネは、ぎゅ、と僕にくっつく。きゅうきゅう。
そこに竜王様もゆったりやってきて、そして、紙に文字を書いて見せてくれた。
『レネの儀式は終わった。これから3日3晩、巣ごもりに入る。巣ごもりの場所は既にレネが選んでいるから、タルクに案内してもらってくれ。トウゴ殿、頼んだぞ。』
「はい。ええと、頑張ります」
何を頼まれたのかはよく分からないけれど、まあ、今、ちょっとふにゃふにゃしているレネを見る限り、レネを巣に連れていく、っていうところで既に僕の力が必要な気がしている。……さっきレネが飲んでいたもの、お酒だったのかもしれない。
それから僕らは儀式の会場を後にして、食事。
最初の食事は巣に入る前に行う、っていうことで、僕とレネと竜王様、っていう面子でご飯を食べた。
このご飯も儀式的な意味合いが大きいのかな。僕と竜王様の分とレネの分は、ちょっと別のメニューだった。具体的には、多分、レネの食事は魔力たっぷりなんだと思う。
「……びてぃーれ」
ついでに、ちょっと苦いのか渋いのか、そういう味のご飯、らしい。レネが何かのムースみたいなものを口に運んだ途端、『きゅっ』とした顔になってしまった。
時々、僕の家の横に生えている渋柿を甘い柿と間違えてつついた鳥が、こういう顔してることがあるよ。
そうして食事も終わったところで、僕らはレネの巣へと向かうことになった。
「とうご、とうご」
レネはその道中もずっとにこにこしていて、僕の手を握って離さない。ついでに何か歌まで歌い始めている。ご機嫌だなあ。
……ちなみにこれについてタルクさんに目配せしてみたら、タルクさんは『儀式の後のドラゴンは皆こうなる。ちょっとドラゴンとしての本能が強く出ちまうらしい。まあ、それを落ち着かせるための巣ごもりだな。』と答えてくれた。……竜王様もかつてこうだったのだろうか。歌とか歌ってる竜王様、想像できないんだけど。
「とうごー」
そんなことを考えていたら、レネがちょっと寂し気に僕を見ていた。……うん。竜王様のことを考えている場合じゃないね。レネがちゃんと無事に巣に入れるように、手を繋がれてしまっている者として、ちゃんとレネを連れていかなければ。
「大丈夫だよ。行こうか」
レネの手を握り直すと、レネは何か満足げににっこりして、またにこにこと歩き出した。……うーん、やっぱりこのレネ、酔っぱらっているような気がする。
それから僕は、レネの巣に案内された。
「……わあ、すごい」
レネの巣は、レネの部屋の中にできていた。
レネの部屋の家具を全部隅の方にやって、部屋の中心に広々としたスペースを取って、そこに巣ができている。
巣はレネらしいものだった。木の枝や木の皮でできているんじゃなくて、柔らかい苔とか花びらとか羽毛とか、そういうものでできている。更に、巣の中には柔らかい布が何枚も敷いてあって、寝心地がいいように整えてあった。巣に使われた花弁の香りなのか、レネの匂いなのか、なんだかふわふわと甘い香りがする。
『トウゴの荷物はそちら。荷解きはご自由にどうぞ。こっちはレネを風呂に入れて寝間着に着替えさせてくる。』
「うん。分かりました」
それからレネがタルクさんに連れられてお風呂場の方へ向かっていったのを見て、僕は僕でちょっと荷解き。
お土産のお菓子やお茶、ライラから預かってきた服なんかも出しておいて……それから、僕は僕で寝間着に着替えた方がいいんだろうか、と考え始めた。いいや。レネとタルクさんが戻ってきたら聞いてみよう。
……レネの着替えはちょっと時間がかかるみたいだった。まあ、あんな風に綺麗に沢山飾ったレネを寝間着にするんだったら、時間がかかるよね。あの繊細なチェーンを外していく作業だけでも大変そうだ。
なので僕は、レネの巣を描く。ドラゴンが作った巣を僕の目で見たのは初めてなので、折角だし、記録記録。
森の記憶としては、初代レッドガルドさんが森の中に巣作りしていた時のことも覚えているんだけれど、あの人は木の枝と木の皮、それに苔や干し草を詰める、っていうかんじの野性的な巣を作ってたなあ。儀式も特にしていなかったし、となると、あれは自然に起きた巣作り本能だったんだろうか。
レネの巣を描きつつ、もしフェイが巣作りしたらどんなのだろうか、なんて考えつつ……そうして待っていると、やがてレネが戻ってきた。
「とーうごー!」
レネは相変わらずのご機嫌だ。やっぱり酔っぱらってるのかもしれない。僕にきゅうきゅうくっついて、にこにこしている。
レネの寝間着は、ゆったりした袖口やひらひらした裾に柔らかいレースがふわふわ飾られたワンピース。すとんとした形で、裾がくるぶしぐらいまである……まあ、夜の国の服の形だ。
「とうご、とうご、れーたてーきーじーわーりゃ!」
そしてレネは何か言いながらにこにこ、自分の服を引っ張って見せてくる。素朴で綺麗な服だなあ、とは思うけれど、何を言っているのかは分からない。
『トウゴの寝間着もレネが用意してるんだが、着替えてくれるかな?』
僕がちょっと困っていると、タルクさんから助け船が出た。ありがとうございますタルクさん。
『分かりました。着替えます。』
ということで、僕はタルクさんから僕の分という着替えを受け取って……それから、思い出して、お土産一式をタルクさんに渡す。
『こちら、昼の国からのお祝いとお土産です。』
スケッチブックの文字を見せつつお土産を渡すと、タルクさんは妖精洋菓子店のお菓子や日向菊のお茶を見て裾をヒラヒラパタパタさせて……そして、ライラからの預かり物を見て、一際大きく、ふわっ、と裾を動かした。
『これは、寝間着か?いい色だ!』
『はい。ライラが作ってくれたんです。多分レネが好きな色なんじゃないか、って』
タルクさんは浅葱色の服を見て、ぴょこん、と飛び上がるように跳ねると……2着のそれらを持って、レネのところへ飛んでいった。
「れね、れね!」
「わにゃ?……にゃ!」
レネはタルクさんに浅葱色の服を見せられると、途端、目をきらきらさせ始めた。
「りり、りり、てぃあーれ……!」
レネの反応を見る限り、ライラのお土産はレネのお気に召したようだ。よかった、よかった。
「とうごー!たきゅ!たきゅ!」
「お礼ならライラに今度言ってあげて。彼女が作ったんだ、これ」
「らいら?らいらまーきえ、じー?りー!らいらー、たきゅー!」
レネは服を捧げ持って、その場で嬉しそうにくるくる回り始めた。これをライラが見ていたらきっと描きたがっただろうなあ、と思ったので、僕はくるくる回るレネを描いておくことにした。なんというか、その、使命感。
『トウゴ、ありがとう!ライラにも今度、お礼を言いたいです!』
やがて、レネはそうスケッチブックに書いて見せてくれた。
『2日目の寝間着はこれにしたいです!楽しみです!』
そっか。3日巣ごもりするなら、寝間着も沢山必要だよね。そういうことならライラのプレゼントは本当に的を射ていたなあ。よかった、よかった。
それから僕もお風呂に入って、タルクさんから受け取った寝間着に着替えることにした。
湯船には花が浮かべてあって、なんだか特別なかんじ。これも光の魔力を補給するための花なんだろうなあ、きっと。ちょっと光ってるし。
ほんのり光る花が浮いた湯船はなんとなく幻想的な眺めで、とても落ち着く。けれど、あんまり長風呂しているとレネを待たせてしまうので、体が温まったらさっさと出て、着替えて、レネの巣まで戻る。
「とうごー!りり、せうーと!」
「ええと、似合う、だろうか……?うん、ありがとう。喜んでくれてるのは分かるよ」
……ええと、僕の寝間着も、レネとお揃いだったんだよ。レネがブルーグレーで僕がライトグレーっていう色の違いはあるけれど、デザインは一緒。つまり、レースが飾られたワンピース。……これ、女の子の恰好じゃないだろうかと思うのだけれど、夜の国ではこれが普通の恰好らしいので。うう。
まあ、レネに付き合うって決めたので、文句はない。ちょっとすーすーして落ち着かないけれど。まあ、それもしょうがない……。
「とうご、とうご!かみゅーん!」
レネに呼ばれて、僕はレネの巣の中に入る。浅いお椀みたいな形をした巣の中に縁をまたいで入って、ふんわりした巣材に膝を沈めながら、なんとなく膝立ちで巣の中央まで寄って行って……。
「みゅ!」
「わわっ」
そこでレネに飛びつかれて、ころん、とそのまま倒されてしまった。柔らかいクッションに受け止められて衝撃はほとんどなかったけれどびっくりした!
「とうごー……」
間近にレネの瞳があって、レネの星空みたいな目がじっと、僕をうっとり見つめている。僕はもうすっかり、レネの腕の中。レネの抱き枕。まあ、寝具にでもなんでもしてください。
『じゃあ、レネ、トウゴ、おやすみ。レネは魔力が不安定なんだからあんまりはしゃぐなよ?』
「おーりゃ!」
最後にタルクさんが僕らをまとめて包むように、僕の毛布を掛けてくれて……更にその上に毛布が被さって、僕らはぬくぬく、寝かしつけられる体勢になってしまった。
そうして僕らがぬくぬくふわふわのドラゴンの巣の中に収まってしまうと、タルクさんはそっと、部屋の明かりを消して部屋を出ていった。
ぱたん、とドアが閉まって少しした頃。
「……む!」
レネがもそもそと腕を伸ばして、巣の中に入れてあったカンテラの覆いをずらす。
僕が描いて出した青空ガラスとちび太陽のカンテラは、レネのお気に入りとしてこの巣の中に入れてもらう栄誉に与っているらしい。作者としても光栄です。
ガラスの覆いをさらに覆っていた布のカバーをちょっとずらすと、ちょっと光が漏れだしてきて、巣の中をほんのり照らし出す。
「とうごー」
「うん。レネ、どうしたの?」
光にほんのり照らされながら、レネはとろけるような笑顔で僕を見つめている。
「とうごー、とうごー」
「もしかして、呼んでみたいだけ?」
筆談をするにはちょっと明かりが少ない。それに、すっかりふわふわぬくぬくで、スケッチブックに手を伸ばすのもちょっと億劫で……。
「とうごー……」
……そして、何より。
「……寝ちゃった」
レネが、寝ちゃった。カンテラの光をちょっと取り入れて、見つめ合って、さあ、いざこれからお喋りするぞ、みたいな体勢のまま、寝ちゃった。
……やっぱり疲れてるのかな。魔力が不安定、なんだもんなあ。
「おやすみ、レネ」
僕の手を握ったまま寝てしまったレネを起こさないように気を付けながらもう片方の手でカンテラにカバーを戻して、僕も寝てしまうことにした。
よし、おやすみなさい。