23話:依頼と雷*11
翌日。寝て起きて、朝食を摂る。
朝食の席で進捗を聞かれたので、『アリコーンよりはフェニックスの方がいいですよね』と聞いたら、満面の笑みで頷かれた。うん。なのでジオレン家の人の手に渡るのはフェニックス。決まり。
そして地下室に戻って最初に描いたのは、宝石だ。
……うん。アリコーンでもフェニックスでもなく、彼らの住処になる宝石を描いた。そっちが先だ。
先生が言っていた。『いいか、トーゴ。できる準備は先にしておくべきだぜ。特に入れ物とかスペースとかは先に作っておかないと駄目だ』と。ちなみに先生はその時、本棚を買ってから部屋を片付けて本棚のスペースを作っていた。
それから先生は、『泥棒を見てから縄を綯う、じゃあ危機感が伝わらんな。後世にこの危機感を伝えるのならば、本棚を買ってから部屋を片付ける、と……いや、うんこしてからトイレを建てる、とでも言ってくれた方がいい』とも言っていた。うん、トイレの話は置いておくとしても、『入れ物』とか『スペース』はちゃんと作ってから事を始めないと駄目だ。
ラオクレスのアリコーン用には、淡い金色の石を描いた。雷の色だ。光の色、というか。
……ちょっと、紫と迷った。『紫電』という言葉もあるくらいだし、雷を運ぶ生き物ならそういう色の方がいいだろうか、とも思った。
けれどラオクレスに似合うのはこっちだと思ったから、金色にした。金色の、透き通った石だ。
それから、フェニックス用にはオレンジ色の石を描いた。カーネリアちゃんの目みたいな色の奴。金柑の甘露煮とか、蜂蜜漬けのオレンジとか、そういうかんじの。
……ちょっと迷ったけれど、フェニックス用の宝石はペンダントに加工した状態で出してしまった。こうでもしないと、カーネリアちゃんにプレゼントしておく口実ができない気がした。
のだけれど……いや、やめよう。冷静に考えちゃ駄目だ。9歳の女の子にものすごく高価なんだろうアクセサリーをプレゼントすることの是非について考えるのはやめよう。
「トウゴ!入ってもいい?」
「どうぞ」
僕がアリコーンの下描きを始めたところで、カーネリアちゃんが入ってきた。
……そして彼女は、下描きを見て顔を輝かせる。
「すごい!アリコーンだわ!」
「うん」
「トウゴは召喚士さんじゃなかったの?絵描きさんなの?」
「どっちでもあるし、どっちでもないよ」
カーネリアちゃんは、ふうん、と分かったのか分かっていないのかよく分からない声を漏らしつつ、僕が描いているアリコーンを見つめていた。
「……あら?こっちは?どうして紙を水につけているの?」
それから、水張りしているフェニックス用の画用紙を見て、首を傾げる。
「ええと……水に浸けてふやけきった紙を板にぴんと張り付けるんだ。それで乾かせば、後から水彩絵の具を塗っても、紙が歪んだり撚れたりしにくい」
「ああ……分かったわ!私、お庭のお花で色水遊びをしたことがあるの!でも、それを紙に塗ったら紙がしわしわになってしまったのよ」
うん。分かる分かる。特に、水彩用紙じゃない紙に水を塗ったりすると、歪み方がとんでもない。
僕は小学校の頃、図工の授業で水彩用じゃない紙に水彩絵の具で絵を描いていたけれど……今思えば、あれはものすごく、やりづらかった。
「すごいわ。こうやって絵を描くのね」
「うん」
彼女にとって、水彩画の作業風景は新鮮なものらしい。きらきらした目であれこれ見ては、感嘆のため息を漏らしている。
「……あら?でもこの道具、どこから出したの?うちにはこんなもの、無かったと思うわ」
「うん。持って来たんだ」
「でも昨日は無かったわよね?」
「ベッドの下に入れてた」
「……隠してたの?」
「……うん」
ちょっとまずかったかな、と思いつつ、カーネリアちゃんの様子を窺っていると……やがて彼女は、くすくす笑って言った。
「じゃあこれは内緒なのね!分かったわ。私、サントスお兄様にもお父様にも、これのことは内緒にしておくわ!」
ああ、どうやら大丈夫らしい。ちょっとほっとした。
「いいの。あの2人は、楽しい事が嫌いなの。だから楽しい事をしたいときは、お父様にもサントスお兄様にも、それからできれば奥様にも内緒にしておいた方がいいのよ。私はいっつもそうしてるわ」
「そっか」
「ええ!だからトウゴも、私が図鑑を持ってることも内緒にしてね!これ、倉庫から持ち出してきて、それっきり返してないの!」
「うん。内緒にする」
カーネリアちゃんは嬉しそうに何度か頷いて……それから、ふと、机の上に置きっぱなしだったペンダントに目を留めた。
「あら?これも内緒のやつかしら?」
「ええとね……」
僕は一度手を留めてペンダントを手に取った。
それからオレンジ色の宝石と、カーネリアちゃんの目とを見比べてみる。……うん。同じ色だ。
それを確認してから、ペンダントをカーネリアちゃんに差し出した。
「これは、君の」
「……え?くれるの?」
「うん」
「でも、こんなに大きな石……いいのかしら」
「うん。多分、必要になると思うから」
僕がそう言うと、カーネリアちゃんはちょっと不思議そうな顔をした。
「これくらいの石なら、フェニックスが来ても捕まえられるんじゃないかな」
……けれど僕がそう言うと、彼女は表情を明るくして、頷いた。
「そうね!もしフェニックスが遊びに来てくれても、魔石が無いと召喚獣にはなってもらえないものね!」
彼女がどう受け止めたのかは分からない。空想の延長、おままごとみたいなものだと思ったかもしれない。ペンダントにしても、フェイクストーンか何かだと思ったかも。
……けれど、カーネリアちゃんの首にペンダントを掛けてあげると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!大切にするわ!」
「うん」
似合う?と聞きながらその場でくるくる回ってみせるカーネリアちゃんを見て、ああ、確かにこの子なら、フェニックスの布団で寝るのが似合うだろうなあ、と思った。
……或いは、フェニックス『と』布団で寝るのが。
カーネリアちゃんが雑談してから帰っていった後、僕は絵を描き進めていった。
時間があまり無いから、水張りしてまだ乾き切っていない方の画用紙にも、色を乗せていく。
乾き切っていない画用紙は、薄く溶いた絵の具を乗せていくと大きく滲む。そうやっていくつか色を置いていけば、じんわりと色が滲んで、画用紙全体が色づいた。
「描き方を変えたのか」
「時間があまりなさそうだから、下地の下地は水張りと一緒にやってしまおうと思って。それからこっちの方がフェニックスっぽい気がした」
アリコーンの方は、こういう塗り方をしていない。最初から下描きに沿って、色を乗せている。アリコーンはラオクレスの馬だから、ふわふわしたかんじよりも、ぱっきりしたかんじを出したい。だからこの塗り方。
そしてフェニックスの方は、下描きよりも先に、下地の色をぼんやり乗せてしまった。この上に更に色を重ねていくわけだけれど……こういう風合いの方が、フェニックスっぽくていいんじゃないかと、思う。ほら、布団にするなら、ぱっきりしたフェニックスよりも、ふわふわしたフェニックスの方がいいと思う。
「2枚も、描き上げられるのか」
「うん。大丈夫。元々、絵の具が乾くまでの待ち時間が長かったから。同時に2枚描くなら、互いの待ち時間に互いの作業を進められる」
僕はフェニックスの方の下塗りを終えて、またアリコーンの方へ移る。こっちはもう乾いたから、また色を塗り重ねていこう。アリコーンの方は、鬣と尻尾の光るかんじを出したいから、そこには注意しないといけない。
それから、アリコーンの体躯。これは普通の馬よりもがっしりしたものにした。だって、ラオクレスを乗せる馬だから。筋肉の塊を乗せるなら、やっぱり筋肉の塊だろう。うん。
「……まあ、楽しそうで何よりだ」
「うん」
やっぱり、絵を描くのは楽しい。
そして、『楽しそうで何よりだ』と言ってもらえるのは、嬉しい。
その日の昼食は辞退した。夕食も辞退しようとしたら、流石に夕食は地下室へ運び込まれることになった。
なので大慌てで画材一式をベッドの下に隠すことになった。ああ危なかった。
「夕食です」
……いや、でも、隠さなくてもよかったかもしれない。
夕食を運びに来た人は、インターリア・ベルシュさん……ラオクレスの元同僚の人、だったから。
「インターリア。その……久しいな」
ラオクレスはぎこちなく、そう、声を掛けた。するとインターリアさんはやはりぎこちない様子ながら、夕食が乗ったお盆を机の上に置いて、それから、ラオクレスに向き直る。
「……息災だったか」
「ああ。こちらは元気にやっている。バルクラエド。あなたは?」
「まあ、なんとか。最近に限って言えば、随分といい暮らしをしている」
……僕はちょっと、彼らから離れる。なんとなく、2人の間に入っちゃいけない気がした。
「新たな主を見つけたんだな」
けれど、インターリアさんが僕の方を見て微笑むので、ちょっとお辞儀する。
「ああ。浮世離れしていてぼんやりしていて、フワフワとすぐ何処かへ飛んでいきそうになる主だ」
「散々な言われようだ……」
でも反論はできない。うん。フワフワはしていないと思うけれど、ぼんやりはしてる。うん。ごめん。
それからラオクレスは、インターリアさんと少し話していた。
……本当に、当たり障りのない雑談、程度の話だった。そりゃあ、こんなところで昔の話をする余裕はない、よね。うん。
けれど、それだけでも2人とも、なんだか楽しそうに見えた。だから良かったな、と思う。
……けれど、そんな2人を見ていたら、唐突にインターリアさんが僕の方を向いた。
「……そちらの召喚士トウゴ様にお伺いしたい」
召喚士トウゴ様って言われると、何か凄く違和感があるのだけれど、今は黙っておこう。
「何故、私を報酬に含めた?」
……どうやら彼女はこれを聞くために、ここまで夕食を運んできたらしい。
「ラオ……ええと、彼が、心配だろうし。それから、あなたがジオレン家のものである限り、僕が脅され続ける。そうなるといつまでたってもジオレン家と手を切れないと思ったから」
これはすぐに答えられた。ちょっとラオクレスの名前のところで躓きかけたけれど、大丈夫だ。
「……あなたが?バルクラエド・オリエンスが、ではなく、か?」
「うん。何より、僕が嫌だった」
取り返しのつかないことが嫌だった。大怪我までならなんとかなる事は沢山ある。けれど、死んでしまったら、どうしようもない。描いても人の命までは戻せる気がしない。
だから僕は、この人の命を優先したかった。多少僕が怪我しても、まあいい。何なら、ラオクレスが多少怪我しても、彼は許してくれると思う。ついでにフェイ達に心配かけるのも、人が死ぬよりはいいと思ってる。
……例え、その人が納得して死のうとしていたとしても、或いは、死にたくて死のうとしていたとしても、それを回避することで変わる何かもあるんだって、僕は知っている。
……そういうようなことを説明すると、インターリアさんは首を傾げた。
「……分からん。あなたはやはり、あそこで私を切り捨てるべきであったと思うぞ。あなたの為には」
そ、そっか。まあ、説明しても分かり合えないことも、ある。うん。僕も、『武士道とは死ぬことと見つけたり』を理解できない訳ではないし……僕の価値観が他の人全員の価値観と合致する訳は無いってことも、知ってる。
「だが……そうだな。彼が主と認めた方なのだな、とも、思う。……自身より配下に心を配ってしまう点も、様々なものを諦められないところも、決して賢くはないが」
「賢くはない、って彼にも言われました」
僕がそう言うと、インターリアさんはラオクレスを見て、それからクスクス笑った。
「そうか。そうだろうなあ」
「……まあ、見ての通りの主だ」
ラオクレスも少し笑って、それから……インターリアさんに、言った。
「お前は……その、やはり、2人目の主を見つけたのだな」
するとインターリアさんは、嬉しそうに頷いた。
「ああ。今のお前にとってそちらのトウゴ様が主であるように、カーネリア様が、今の私の主だ」
「カーネリア様は度々こちらにお邪魔しているな?」
「え?気づいていたんですか」
「カーネリア様ご自身は気づかれていないと思っているがな。流石に、9歳の少女の脱走に気付けないようでは護衛としてあまりにも無能だろう」
そりゃそうだ。うん。
「……それに、久しぶりだ。カーネリア様があんなに楽しそうにしておいでなのは。ご婚約が決まってしまってからはずっと、ふさぎ込んでおられた」
インターリアさんはそう言って、少し寂しそうな笑顔を浮かべた。……インターリアさんも、カーネリアちゃんの結婚については思うところがあるんだろう。
「我が主を楽しませて下さった事に感謝申し上げる。私の望みは、幼き主君が少しでも幸せでいられることなのだ」
そして、インターリアさんは……綺麗な琥珀色の目で僕をじっと見つめて、はっきり言った。
「だから……今更の話になるが、どうか、私を報酬としてやりとりすることをやめてほしい。私はカーネリア様のお傍に居たいのだ」
「そちらの事情も分かる。私がジオレン家に居れば、ジオレン家があなた達へ干渉する材料になりかねないだろう。だが、それはこちらでなんとかする。ジオレン家があなたの力を当てにしないよう、他の力を探して提示するつもりだ」
インターリアさんは必死にそう言う。僕はそれを聞きながら、『そういえば、インターリアさんを報酬として貰うことにしているけれど、貰った後のことは考えていなかった』ということを思い出した。
「だから、どうか、私をカーネリア様の護衛でいさせてほしい。あの方には……あの方には、味方が少なすぎる!」
……成程。僕らがインターリアさんを貰っていってしまうと、カーネリアちゃんが独りぼっちになってしまうのか。インターリアさんはそれを心配している。
「今の婚約者も、30歳年上のろくでなしだ。そしてもしサントス様が本当に王女の心を射止められたとしても、カーネリア様にはより重要な位置の縁談がやってきて、その結婚の材料にされるだけ。……新たな婚約者が彼女の味方になってくれる可能性は限りなく低い。だから……」
でも、それなら大丈夫だ。
「あの、僕、あなたの身柄を受け渡してもらったら、あなたを解放しようと思っていたんですけれど……もしあなたが望むなら、カーネリアちゃんの護衛を続けても、いいんじゃないでしょうか」
「え?」
「あなたがジオレン家の奴隷で、無理矢理いう事を聞かされる立場じゃなければ、何でもいい。奴隷としてではなく雇われていてもいいと思う」
別に、僕がインターリアさんを欲しい訳じゃない。インターリアさんがジオレン家のものでないならば、何でもいいと言えば何でもいい。ただ、彼女が安全で居てくれれば、それで。
そのついでにカーネリアちゃんとインターリアさんが良い状況になれるなら、その方がいい。
「もしあなたがカーネリアちゃんの傍に居たいなら、そうしてください。多分、カーネリアちゃんもそれが良いと思う。それで、彼女がもし、本格的に家出しなきゃいけなくなったら、それを助けてください。……どうですか?」
「……家出」
僕が僕の希望を述べたら、インターリアさんはぽかん、とした。
「はい」
「そ、そうか……カーネリア様が出奔することになっても、奴隷でない私なら、それに付いていけるのか」
インターリアさんはそう言って、それから力が抜けたように座り込んだ。
「……ははは。妙な気分だ。カーネリア様をお守りするためにはこの家に居なければならないと、ずっと思っていた。私もカーネリア様も、ずっとここに居なければ、と。そして、せめて限られた日々を幸福に過ごせるようにしよう、と……だが、それが一気に覆ってしまったな」
インターリアさんには、『家出』の発想は無かったらしい。まあ、普通はしないよね……。
「そうか。縛られていたのは私だけだったな。私が、カーネリア様の足枷だったのか」
インターリアさんはそう言って、少し晴れやかな顔になった。
「なら……どうか、私を報酬として引き取ってほしい。そしてその上で、カーネリア様の護衛でいさせてもらえれば……いや、あまりにも虫の良い話だが」
「いえ。僕も、カーネリアちゃんが嬉しい方がいいから」
僕はジオレン家の人達がこれ以上こっちに来なければそれでいいし、そのついでに1人の女の子と1人の騎士が助かるなら、それはとても喜ばしい事だと思う。
「そうか……本当にありがとう。必ず礼はする。何がいいだろうか?あなたには金銭はあまり必要無いように思えるが、その……」
「お礼?ならモデルをお願いします!」
お礼、と言われて、僕はすぐに決めた。
「……モデル?」
「はい。あなたとカーネリアちゃんが無事に家出したら、レッドガルド領の森まで来てください。そこであなた達の絵を描きたい!」
ということで、『お礼』についても了承を貰った。やった。これで甲冑姿の女性の騎士とご令嬢の絵が描ける。絵になる組み合わせだと思うから、一度描かせてもらいたかったんだ。
或いは、ラオクレスとインターリアさんの絵でもいいかもしれない。騎士が2人居たら、それはそれは絵になるだろうなあ。凄く楽しみだ。
……ただ、この『お礼』はインターリアさんにとって中々予想外だったらしい。大笑いされてしまった。ついでにラオクレスに『確かにフワフワした御仁だ!』と言っていた。やっぱり僕は、フワフワしてるんだろうか……。
そして、翌日。
アリコーンの絵も、フェニックスの絵も、仕上げを残すばかりとなった。
……そして僕は、地下室にジオレン家の人達を呼ぶことにした。
呼んだのは、領主の人と、サントスさん。それから、カーネリアちゃんとインターリアさんだ。
「……何故、カーネリアも?」
「召喚はジオレン家の人達の前で、ということだったので。彼女もジオレン家の人ですよね?」
「まあ……そうだが」
カーネリアちゃんが居ることに、領主の人もサントスさんも不可解そうな顔をしていた。ついでに言えば、不愉快そうな顔もしていたかもしれない。
けれど、いいんだ。カーネリアちゃんもジオレン家の人だ。そう認められた。これでよし。文句は言わせない。
「では、フェニックスを出しますのでもうちょっとお待ちください」
そして僕は、彼らに見守られる中……吊るした幕の内側に入る。
「その幕は一体」
「出すところは見られたくないので」
幕の内側には、当然のように描きかけの絵がある。……多分、ジオレン家の人達は僕がどうやって生き物を出しているのか知らないはずなので、僕は召喚風景を内緒にさせてもらうことにした。そうすることで、この後にアリコーンを出すことも内緒にできる。
「そ、それは構わんが……本当に召喚できるんだろうな?」
「はい」
僕は返事をして、すぐに幕の中へと入った。
そしてそこに用意していた絵の具で、最後の仕上げをしていく。
……そして。
歌が響く。
この世界のどこでも、もう聞くことができない歌……フェニックスの囀りだ。
世界の夜明けを喜ぶような、命の誕生を祝うような、そういう囀りだった。
そして、ぱっ、と火が灯る。
不死の鳥の命の明るさそのもののような、オレンジ色の火だ。その光は幕を通しても尚、強く暖かく、彼らの目に届いたらしい。
「おお……!」
「素晴らしい、これがフェニックスの……!」
サントスさんと領主の人の歓声が聞こえる中、僕は……。
……フェニックスを片腕で抱いて、幕の外へ出た。
うん。鶏くらいの大きさの、フェニックスの……ヒヨコを。
ぴよ、と、フェニックスが鳴く中、地下室は只々、静まり返っていた。