竜の巣ごもり*1
『もうすぐ巣ごもりの時期なんです。』
レネはそう、説明してくれた。
レネが僕の毛布を持っていたことについてレネに理由を聞いてみたら、それはどうやら、前回の三日月の時にライラと話が付いていて、ちょっとの間借りる、っていう約束ができていたらしい。
……まあ、前回の三日月の時、っていうと、レネもライラも僕がこっちに戻ってくることなんて知らなかった訳だし、何なら二度と帰ってこない可能性も高かったし、そこで僕の毛布の貸し借りが僕抜きで決められていたとしても、まあ、それはいいと思う。ライラも『どうせトウゴ居ないんだし、毛布ぐらい借りてもいいでしょ』とか言ったに違いない。
ただ問題は『何故僕の毛布が必要なのか』っていうこと、だったんだけれど……その理由を聞いたら、『巣ごもり』が関係している、らしかった。
『ドラゴンは時期を見て、人生で何度か巣ごもりします。それは、成長に合わせて魔力を体になじませるためです。巣ごもりの時には、自分で巣を作って、巣を自分の大切なものや大好きなものでいっぱいにして、そこで3日3晩、ただゆっくり過ごすんです。』
レネの説明を聞いて、そういえば初代レッドガルドさんが森に巣を作っていたことがあったけれどもしかしてそれかな、と思う。あの人も巣作りして、その中に籠って丸くなってたなあ。あれ、全てのドラゴンがああいうことするものだったんだなあ。
『ドラゴンの巣ごもりは大事な通過儀礼です。儀式をして、魔力をなじませるための準備をして、それから巣ごもりします。巣ごもり中はお手伝いをしてくれる人誰か1人としか、外部と接触せずに過ごします。』
「なるほど」
どうやらドラゴンの巣ごもりっていうのは、儀式的な意味合いも大きいらしい。魔力の関係で巣ごもりするんだったら、魔法的な意味合いも大きいんだろうなあ。
『特に、最初の巣ごもりは大人のドラゴンになるための大事なものなんです。』
「レネは巣ごもり、初めてなんだね」
『はい。なのでちょっと楽しみで、ちょっと緊張しています。』
レネはにこにこ笑って僕と筆談する。さっきからちょっとするとうっとり僕を見つめているものだから、よっぽど寂しかったんだろうなあ、と思う。まあ、夜の国には鳥が時々勝手に遊びに行っているみたいだけれど、それを除くとあんまり来客も無いだろうし、そうするとレネは寂しいだろうなあ。
「ええと、それで僕の毛布を?」
ちょっと考えが脱線しかけたので本題に戻す。
そう。本題は、僕の毛布。どうして僕の毛布を持って行きたかったのか、っていうこと、なんだけれど……。
『はい。トウゴの毛布は、トウゴとの思い出がつまった毛布なので、巣ごもりの時に抱きしめて寝ていたいと思ったんです。』
レネはもじもじしながら恥ずかしそうに、そう書いて見せてくれた。
……成程。確かに、僕とレネと時々ライラで一緒に寝ていた時には大体、僕の毛布、被ってたもんなあ。
『それから、トウゴの匂いがするものを巣に置いておきたかったんです。』
ええと……そ、それはちょっと恥ずかしいんだけれど。あの、レネ。ちょっと。毛布嗅がないで。にこにこしないで。恥ずかしいから。恥ずかしいから!
「それ、本当に僕の毛布、要る?」
『要ります!欲しいです!お願い、トウゴ。どうかトウゴの毛布を貸してくれませんか?』
「いや、貸すのはいいんだけれどさ……えーと」
レネがちょっと泣きそうな顔で毛布を抱きしめているのを見たら、毛布を返せ、とは言えないよ。元々言うつもりも無い。毛布ぐらい貸します貸します。けれどなんか、その、恥ずかしいのは恥ずかしい!
「……巣ごもりって大事な行事なんだよね?そこに僕の毛布なんて混ぜておいて、いいんだろうか……?」
大切なものや大好きなもので巣をいっぱいにする、って言っていたけれど、その中に僕の毛布を入れていいんだろうか。どうなんだろうか。
『はい。トウゴは大事な、そして大好きな人です。トウゴとの思い出があるものを巣に入れておきたかったんです。』
けれどレネははっきりとそう主張してくる。
『本当はトウゴを巣に入れておきたかったのですが、トウゴは居ないから……』
更に、レネはそう書いて、その途中で、はた、と何かに気づいたような顔をした。
「……とうご」
「あ、うん」
レネはきらきらと期待の籠った目でじっと僕を見つめて、それから、ちょっと恥ずかしそうに、スケッチブックの文字を見せてくれた。
『もしよかったら、巣ごもりの時、一緒に巣に居てくれませんか?』
「ということでレネの巣ごもりに付き合うことにしたんだよ」
「おお、そうかぁ。……ドラゴンって巣ごもりするんだなあ。つーことは、レッドドラゴンも巣ごもりすんのかなあ?」
フェイに話してみたところ、フェイは物珍し気に、『へー』と感心の声を上げていた。ついでに彼の召喚獣のことを考えているらしいのだけれど、僕としてはフェイ自身が巣ごもりするものなんじゃないかと思っている。少なくとも初代レッドガルドさんは時々巣作りと巣ごもり、やってたぞ。
「それにしても、『大切なものや大好きなもの』の中にトウゴが入ってるってことかあ。よかったなあ」
「うん。ちょっと照れくさいけれどね」
その人(いや、人っていうか、ドラゴンだけど)の大事な行事に僕も混ぜてくれるっていうのは、とても光栄なことだ。それほどまでに大切に思ってくれているっていうのは、なんだか照れくさいけれど。
「一応、人間というか生き物を巣の中に置いておくのはいいのか、っていうのは聞いたんだよ。そうしたら、案外ドラゴンの中でも、家族とか友達に巣に入ってもらうドラゴン、多いらしくて。問題はないってさ」
ドラゴンの巣、っていうと、なんとなく、宝物を入れておくようなイメージがある。そうやってドラゴンは洞窟とかに財宝を隠してるんじゃないかな、と。……けれど、まあ、レネだからなあ。レネには金銀や宝石でジャラジャラした巣よりも、毛布や花でふわふわした巣の方が似合う気がする。
「……お土産、何か用意した方がいいだろうか」
「そうだなあ。折角だし、昼の国のあったかいもんでも持ってってやったらいいんじゃねえの?ほら、最初の巣ごもりは特に大事なんだろ?ならそのお祝いってことでどうだ?」
成程。お祝い、かあ。……お祝いするものなんだろうか、巣ごもりって。
ということで、僕は早速、レネの巣ごもりに付き合う準備を始めることにした。
まず、花の用意。
レネに聞いてみたら、レネはたんぽぽが大好きらしい。なのでできれば、巣にたんぽぽを入れておきたい、とのことだった。
ならば、と思って、森のたんぽぽ畑から程よいたんぽぽを抜いてきて、小さな鉢植えにした。陽だまり色の花がふわふわ咲いていて、さながらこの鉢の中だけ春が来ているみたいに見える。これならきっとレネも喜ぶよ。
それから、小さなヒマワリを描いて出すことにした。こちらは切り花になっちゃうけれど、花束にしたらヒマワリってすごく華やかでいいよね。まあ、レネの巣ごもり会場に置く余裕がなかったら、お城のどこかにでも飾ってもらおう。ヒマワリってどうやら、夜の国の人には絶対に受けがいいみたいなんだよ。だから迷惑がられるってことはないだろう。
続いて、レッドガルドの町に出て、日向菊のお茶を買う。このお茶もレネ、好きだから。……巣ごもり中は、お風呂とトイレ以外は全部巣の中、だそうだ。なので、食事もおやつも巣の中、だ。だから食品もある程度持ち込まないといけないらしい。ならば、ということで、妖精洋菓子店のお菓子も持って行く。
レネはね、妖精洋菓子店のダックワーズが好きなんだよ。それから、ベリーを混ぜ込んだほんのりピンクのクッキー。これらを食べる時、レネはとろけるような笑顔になるので、きっと今回も気に入ってくれると思う。
それから、スケッチブックをたくさん。……巣の中の生き物が僕とレネとたんぽぽのみ、っていう状況だと、たくさんお喋りすることになるだろう。なら、スケッチブックは必須だろう。
それから僕自身の身の回りのものをちょっとだけ持つ。まあ、僕は画材さえあれば何日何時間でも過ごせる人だけれど、それ以外に着替えとかも必要だろうし、そういうの。
「あ、トウゴ。聞いたわよ。あんた、レネの巣ごもりに付き合うんですって?」
「うん。そうなんだよ」
準備をしていたら、ライラが楽し気にやってきた。情報が早いなあ。
「そういうことならさ。これ、持ってってよ。多分、レネ、気に入ってくれると思うわ。前、この色で染めてた布見て、ずーっと目をきらきらさせてたもん」
そう言って、ライラは浅葱色に染め上げられた服を僕に渡してくれた。春の朝の空、っていうかんじの色だ。
僕の手の上に乗った服は、ちょっとデザイン違いで2着。どちらもふんわり柔らかい布地でできている。軽くてあったかい。肌寒い夜の国でもこれならきっと快適だろう。
服のデザインは2着でちょっとずつ違うけれど、概ねはどちらもずるずるした長いワンピース、みたいなかんじ。まあつまり、夜の国の服の形、っていうことだ。
「巣に入れなくてもいいからさ。単純に、巣ごもりのお祝い、ってことで。寝間着なら何着あったってそう邪魔にはならないでしょうし」
「……あの、ライラ。巣ごもりってお祝いするようなものなの?」
「え?違うの?前に聞いた時はそういうようなこと、言ってたけど」
僕、それ聞いてないぞ!……まあ、それはいいんだけれどさ。
そっか。これ、おめでたいことなのか。感覚としては、僕らで言うところの七五三とか成人式とか、そういうかんじ、なんだろうか。うーん。それとも、お誕生会……?
「ま、そういうわけで、頑張りなさいよね」
「うん。全力でお祝いする」
他にレネが喜びそうなもの、何かなあ。僕は色々考えつつ、ライラから受け取った服を荷物につめることにした。
……そうして。
「えるかーん、とうご。たきゅふぃあ、ゆえーりえ、びーじゃ」
翌日。夜の国へ向かった僕を、正装した半ドラゴン状態のレネが丁寧に出迎えてくれた。
濃紺の厚い布地に金銀の糸で星や月の刺繍がしてある立派な服。ケープ付きのコートみたいなものを上に着ていて、その下にはふんわりした布地のワンピースみたいなものを着ているらしい。上着の裾のスリットの隙間から、ブルーグレーのワンピースの細かなプリーツが見えて、なんだかお洒落だ。
それから、金銀でできた繊細で華奢なアクセサリーが、手首や足首、首や腰、そして、レネの角や翼や尻尾を飾っている。所々に白や透明の宝石があしらわれていて、まるで夜空に輝く星みたいだ。
異国のアクセサリーは、またちょっと特殊。
レネの場合、2本の角が頭の横にくるんと生えているのだけれど、右の角から左の角へ後頭部を通るように渡されたチェーンがレネの濃紺の髪を飾っている。羽にも金銀の飾りが付いているし、尻尾の先には指輪ならぬ尻尾輪が嵌められて、そこにぶら下がるように取り付けられた大粒の石が揺れている。
レネがぺこりとお辞儀をすると、角に飾られた繊細なチェーンや飾りが触れあって、しゃらしゃら、と軽い音を立てた。
「異国情緒ってかんじだ……」
「いこじょー?」
まるで、物語の中に出てくるお姫様か王子様か……ええと、そういうかんじだ。相変わらず中性的というか、どちらかわからないけれど。
「ええと、レネ、すごくきれいだ」
何はともあれ、『異国情緒』よりは『きれい』の方が伝わりやすい僕らなので、そう表現してみる。するとレネは頬を赤らめて、もじもじ、とちょっと恥ずかしそうに身じろぎした。
「とうご。えるかーん」
そうしている間に、タルクさんがやってきた。……タルクさんも正装している。いつもの布じゃなくて、裾の方に刺繍が入った布だ。……んっ!?タルクさんって布が本体っていう訳じゃないのか!?刺繍が入っても大丈夫なの!?
ええと……まあ、いいか。うん。タルクさんは布だけど、布じゃない……。
僕がちょっと混乱している間にも、タルクさんは優雅に一礼して、それから、僕らを伴って夜の国のお城の中へと案内してくれた。
「とうごー」
レネがにこにこしながら差し出してきた手を握って、僕は夜の国の城……レネの巣ごもり会場へ、入ることになったのだった。