蕎麦も餅も美味い*2
「鳥さんが卵産んだみたいだから、あんたあっためてきなさい」
いざライラに会ったら、途端にとんでもないことを言われた!
それから僕らはぞろぞろと、巨木の森へ。
一度燃えてしまった森だけれど、すっかり元気になった場所だ。
ついでに、何故か『世界樹』というあだ名が付けられているらしいシンボルツリーも今日も元気。そこに巣を作った鳥も、すこぶる元気。
「ほら。見てきなさいよ。卵あるから。で、あっためてきなさい」
「いや……あの、ライラ。なんで僕が」
「え?だって前回もその前もあんたがあっためたんでしょ?なら今回もあっためなさいよ」
えええ……。
いや、確かによくよく見ると、巣の中で鳥がもそもそしている、らしいのが木の下からでも見える。
僕らが近づいても巣から離れないところを見ると、やっぱり巣に何かある……つまり、卵がある、と考えるのが妥当だろう。
つまり昨夜、産卵したのか。そっか。すごいタイミングだな。
「ほらほら。さっさと行きなさいよ」
「いやいや、あの、昨夜産んだんだったら、あの卵、孵化するまでに絶対一週間以上かかるって!それだけずっとあっためておくなんて流石にちょっと嫌だよ!」
困ったなあ。確かに鳥の卵があるんだったら、ちょっとあっためておいた方がいいかな、という気はする。その、森の精霊として。
けれども……下手したら1か月近く拘束されるんじゃないか、って考えると、その、躊躇うよね。
……ということで、僕とライラが押し問答していたところ。
「ふむ。なら僕の出番だな」
先生がそう言って、進み出てきた。
「え?ウヌキ先生が抱卵するの?」
「いや、あっためるのはトーゴにしておきたまえ。僕が抱卵しても多分、卵はあったまらんぞ」
うん。あと、体格が細いからあんまり抱卵に向かない。……いや、それを言うと僕だって身長は低いし細い方だし、抱卵に向かないとは思うけれど。
……それを考えていくと、最終的に『抱卵に最適なのはラオクレス!』みたいな結論になってしまうのでやめておくけど。いや、でも、見てみたい気もする。抱卵するラオクレス……。
「僕にはコレがあるからね。まあ、それでちょっと、物事を解決させてやろうじゃあないか」
先生はにんまり笑って……懐から、メモ帳とペンを取り出した。ブルーブラックのインクのボールペンが、カチリ、とノック音を響かせる。
「それ、って……ああ、ウヌキ先生、書くのね?」
「そう。書くのだ!」
胸を張って、先生は堂々と、そう宣言した。
「あのさ。私、ウヌキ先生の魔法がまだよく分かってないんだけど」
「安心したまえ、ライラ。僕自身よく分かってないからね」
「何に安心したらいいのよ」
先生が文章を考えている間、ライラと僕は先生の手元を覗き込む。見知らぬ魔法の話とみたか、フェイもひょこひょこ寄ってきた。
……ついでに、向こうの方ではラオクレスが小鳥達に大人気。キョンキョンキュンキュン、囲まれている。そこにアンジェもくっついて、カーネリアちゃんもくっついて、クロアさんがくすくす笑いながら見ている。リアンは「これがおしくら鳥まんじゅうって奴か……」と感心半分呆れ半分の感想を漏らしていた。まあ、平和。
さて。
「えーと、俺の認識だと、ウヌキ先生の魔法って、トウゴとは逆で『見えないもの』しか実体化できねえんだろ?」
フェイがそう言うと、先生は笑顔で頷いた。
「まあ、多分な。僕だってまだコレに不慣れだし、開拓途中だが……まあ、見えるものを描写するのは、ものすごーく、その、魔力なるものを消費する。そういう認識でいいと思うね」
昨日、現実との門が開通して、僕は早速、先生を皆に紹介しに行きつつ、『ただいま』の挨拶もして回っていたわけで、そして、その後には先生歓迎パーティが開催されて……そこで『ウヌキ先生って小説家なんだろ?なら文章書くの上手いんだよな?』というフェイのわくわく顔に出迎えられて、先生が『恥ずかしいなあ!恥ずかしいなあ!』と言いながら文章を書く、という一幕があったのだけれど。
……そこで先生が描写したものって、その、餅だったんだよ。折角なのでっていうことで僕が描いて出してた奴。
先生はそれを『餅は妙に力強く粘っこく、口内を占拠した。飲み込むには少々苦労する硬さで、それでいて飲み込まずにいるには存在感がありすぎる。絡んでいた餡子は今やすっかり胃の腑へ消え失せ、ただ、味の無い餅の塊だけが口に残っている。倦怠感と若干の苦痛を伴う虚無が、口も思考も満たしていく……。』なんていう、非常に先生の目線の描写をしてくれたんだよ。餅が嫌いな人の餅の描写ってこうなるんだなあ、と勉強になった。
まあ、それはそれでよかったんだけれど……問題は、その後だった。
いざ、さっき先生が文章を書いていたその対象の餅を食べてみたら……その、美味しくなかった、んだよ。
もっちもっちと妙に粘っこい餅がしつこくて、何故か中々飲み込めなくて、ついでにちょっと硬くて噛むのに苦労するような箇所さえあって、餡子味だけはさっさと消えてしまって……。
……カーネリアちゃんも餅を食べて『な、なんだか今日のおもちは力強いわ!』という感想を齎してくれたところで、これ、おかしくないだろうか、と調査が始まった。
先生がそういう文章を書いたせいで妙においしくない餅になってしまったというのなら、先生にものすごく美味しい描写をしてもらえばいいのではないだろうか、ということで。
……それで。
『もっちりと伸びる餅は柔らかく、噛めば噛むほど、奥深い米の甘みが広がっている。少々の塩が隠し味に加えられた餡がそれによく合う。もっと味わっていたいと思わされるが、噛んでいる内に餅はするりと消えていってしまう。名残惜しさと旨味の余韻だけが後に残った。』なんていう文章を書いてもらった。
そしてそこで改めて餅を食べてみたら……なんだか美味しかったんだよ。さっきのなんだったんだよ、っていうぐらい。カーネリアちゃんも『これ美味しいわ!すごく美味しいわ!すごい!まるで魔法みたい!……あっ、本当に魔法なのかしら!?』とはしゃいでいた。
……まあ、ここで、先生にもどうやら僕のやつみたいな力があるらしい、ということが判明して、そこから早速、実験が始まったんだよ。
「まあ、分かった事と言えば、僕が使える魔法はトーゴのそれとはちょっと違う、ってことだったね」
先生はそう言いつつ、ふり、ふり、とボールペンを振る。そこにやってきた魔王が反応している。先生、それ、止めないでいると魔王がじゃれつき始めると思うよ。魔王、ボールペンをねこじゃらしだと思ってるよ。
「僕の力は、『目に見えないものを描写する』ってことに特化してるらしい」
「うん」
魔王がボールペンに飛びつきそうになっているのをライラが横から抱き上げて止めてくれた。まおんまおん、と抗議の声が上がる中、僕らの魔法談義は続く。ごめんね、魔王。
「例えば、ただの水を塩水にしちまうとか。砂糖水にしてみるとか。ちょっと周囲の気温を下げてみるとか……土の下にタケノコを生やすとか……」
昨日先生がやったことを一通り上げていくと、まあ、そんなかんじ。タケノコは生えた途端にすごい勢いで一角獣達、タケノコ監視隊によって除去されました。
「なあなあ、ウヌキせんせー。目に見えないものを描写することに特化してる、っつっても、タケノコも出せたんだよな?」
そこでフェイが興味深げに首を傾げる。それを見た魔王も、ライラの腕の中でとろん、と首を傾げている。
「まあ、そうだね。目に見えるものだって、できないわけじゃあ、なかったぜ。トーゴが目に見えないものだって実体化できるのと一緒かもな。けれど、ま……そこは人格の差って奴かね。僕の魔法の方が捻くれててアクが強いみたいでなあ……」
「成程ね。トウゴは素直で単純だから」
「ねえライラ。それ、褒めてるの?けなしてるの?」
「どっちもよ」
成程。褒められてけなされた。ちょっと遺憾……。
「先生。さっき蕎麦を出してたのは、ええと、ワードローブを使った、って言ってたけど」
「そう。僕はこれを描写したのだ」
先生は手元のメモ帳の1ページを見せてくれた。そこには……。
『ワードローブを開けると、そこには蕎麦があった。打ち立てほやほや、蕎麦粉の香りも高く太さも揃った、如何にも美味そうな生蕎麦である。生意気にも桐箱に収めてあった。』と、あった。
……うん。
「見えないものなら描写して反映される、というと『見えない場所にある見えるもの』っていうのも反映できるみたいでね」
「あの、先生。僕、冷蔵庫とか食糧庫みたいなものとか、出すからさ。食べ物はそっちにしようよ」
「うむ。そうだな。お洒落なワードローブを開けたら蕎麦、っていうのはな、自分でやったことながら、なんか衝撃的だったぜ……」
まあ……そういうことで。
先生の能力は、そういうかんじのもの、らしい。
まあ確かに、『アクが強い』よね。
さて。
僕らは先生の魔法について振り返って、それからようやく、本題に戻る。
「つまり、今にも孵りそうな卵、っていう描写をすれば、雛が生まれるまでの時間を短縮できると思うぜ」
「成程ね。そうすればトウゴがあっためてても問題ないぐらいになる、ってことかしら」
「あの、それ、描写の反映が上手くいってなかった時、僕は延々と鳥の卵をあたためつづけるっていうことだろうか」
「そうね」
そうか。そうなのか。あの、それはちょっと……。
「まあ、その時は鳥さんに『トウゴに任せてはいられん!自分が抱卵するぞ!』という気分になってもらえるよう描写するしかないか……」
「あー、ウヌキせんせーって、人の気持ちとかも描写できるんだっけかぁ……」
「うむ。むしろ職業柄、そっちの方が本分っちゃあ本分だね」
目に見えないものの筆頭は、人の心、か。うん。確かに、絵では表現しにくいけれど文章でなら明確に表現できてしまうものの1つだよね。
「ただ、ワードローブ蕎麦よりも人物の内面描写の方が魔力を食うみたいだね。当然と言えば当然だが……」
「そうころころ気分を変えられたら困るもんね」
「ああ、そうだ。だがこれは非常に有効でね。自分自身に対して『やる気が出てきた』って書けば、大きな魔力の消費と引き換えに、なんかやる気が出てくるんだよ、トーゴ……」
成程。それはすごく平和な使い方だ……。
「そういうわけで、鳥さんにもトーゴをちょっと解放してもらうように働きかけができれば、10日も20日もずっと抱卵、ってことにはならないと思うぜ」
「となると、まずは卵の描写からかしらね。うーん、でも、下手に生まれてくるのを早めて大丈夫かしら……まあ大丈夫か。鳥さんだし」
「だよな。鳥だし」
「僕も大丈夫だと思う。鳥だし」
うん。まあ、鳥なので。卵の中で雛が急速成長したとしても大丈夫だと思う。その分たっぷり魔力を注いで、しっかりあっためてあげればなんとかなるんじゃないかな。鳥だし。
……さて。
ということで僕はいよいよ、鳥の巣の中へと入ってみることにした。
「トーゴ、君、羽生えてるんだなあ……」
「先生が生やしたようなものでは?」
「いや、僕は君に羽が生える描写なんぞしてないんだぞ、トーゴ……」
あれ、そうだっけ。……そっか。先生が書いた『今日も絵に描いた餅が美味い』は、鳥に視点があることが多かったから、そういう細かいところはあんまり描写されてないんだっけ。
……僕の羽、この世界に来ると生えちゃうらしい。というか、現実に戻ると羽が消えてくれる、というか。まあ、上手くいってるみたいでよかったよ。現実でも羽が生えてたら、その、ちょっと困るし。
まあ、羽について複雑な思いはあれども、僕は早速、先生を木の上に運んでみることにする。
「先生、ちょっと掴むね」
「どうぞどうぞ」
先生の腰に後ろから抱き着くみたいにして、羽をぱたぱた動かす。
……ちょっと頑張れば、すぐに体が浮いた。先生をぎゅっと掴んだまま、そのままぱたぱた上昇していく。
「お、おおおお、と、飛んでいる!飛んでいるぞ!」
先生は初めての飛行にちょっと興奮気味。でもまあ、そう時間はかからずに、木の上へ到着。
……そして。
「やあ、鳥さん。元気かい?」
先生が陽気に挨拶する先で、鳥が首を傾げた。『あれ?こいつは呼んでないぞ?』みたいな顔だと思う。
けれど鳥は先生のことは気にせず、とりあえず僕を巣の中に引っ張り込むことにしたらしい。服の裾を咥えて、ぐいぐい引っ張っていく。
「分かった。分かったよ、抱卵だね。まったくもう……」
もう精霊になった僕なので、鳥の卵を温める魔力は十分だよ。あの美味しくない木の実を食べなくとも。
……僕は鳥に為されるがまま、巣の中にころんと寝転がって、お腹に卵を抱くようにして、そこへ丁度やってきたフェイに、毛布を掛けてもらって……。
「よーし。じゃあちょいと書いてみるかな。それまでは抱卵していてくれたまえ、トーゴ」
そして先生は、ちゃっかり鳥の巣のはしっこに座り込んで、メモ帳にボールペンで何やら書き始めた。
うーん、上手くいくかなあ……。
大変申し訳ないのですが、感想返信が追いつかない状況です。つきましては勝手ながら当面の間、返信の対象を『質問・疑問』『これには返信しなきゃ駄目だなと作者が使命感を感じたもの』に絞らせて頂きます。ご了承下さい。