餅も蕎麦も美味い*1
吐いた息が白くふわふわ広がっていく。
歩けば、さくり、と雪が鳴る。
木々の枝も家の屋根も全部等しく雪に飾られて、陽光を反射して眩しいくらい。
吸い込んだ空気はきりりと冷たく透き通って、色を付けるならばきっと、今日の空みたいな鮮やかな空色じゃないだろうかと思わされる。
そんな、森の冬の朝。僕は、空気をたっぷり吸いこんで大きく伸びをした。
「いい伸びだね、トーゴ」
「先生!おはよう」
「ああ、おはよう。僕も伸びてみるかなあ。のびのび、っと……」
そして、先生も家から出てきて、僕の隣で伸びを始める。
「いやあ、ここは空気が美味しいね。水も美味いし。食べ物も美味いし」
先生の顔を見上げると、先生は何やら嬉しそうにニコニコしていた。ついでに、ワクワクした顔、なのかも。そういう笑顔。
「人間、死んでみるもんだなあ。中々いい所に引っ越しできた!」
まあ、少なくとも……死んじゃった人の顔、としては、ものすごーく前向きな笑顔、だと思うよ。
先生は死んでしまった。けれどこの世界で生きてる。それは僕にとっては『不幸中の幸い』っていう奴なのだけれど、先生は特に不幸の方を気にしていないらしい。
「強いて言うなら、叔父さんと編集さん達には挨拶したいけれどね。うん。まあ折角だから、『新しく遺書が出てきた』とかそういう体にして手紙でも出してもらうか……」
……先生は、元の世界に帰れない。実は既に、実験はしてるんだ。僕が現実に帰れなくなってしまっては大変だ、ということで、ちゃんと門が機能していてその間で反復横飛びできることだって確認しているし、その間の時間の流れが案外曖昧で、こっちの世界で長く過ごしても現実では5分ぐらいしか経っていなかったり、その割には現実と連動してこっちの世界の時間も流れているらしくて、門を抜けた時の現実の季節や時刻が反映されるっていうことも確認済み。
そして……先生が、元の世界に帰れないらしい、っていうことも、分かってる。
門を抜けようと片足を現実に乗せたら、先生、消えてしまったんだ。すっ、と。まるで、幽霊とか、そういうのみたいに。
慌ててこっちの世界に戻った先生は、まあ、今は消えていない。……どうやら先生、こっちの世界の中でしか、消えずに居られない、らしい。
「……僕、先生に死んでほしくなかったな」
僕は改めて、そう思う。
いや、先生と(先生の幻覚と……?)また話せるようになったんだから、これ以上を望むべきじゃないっていう風には、思うけれどさ。でも、それでも。僕、先生に死んでほしくなかった。
……けれど。
「いや、そう言ってくれるな、トーゴ。僕は死んでみて良かったぞ。何と言っても死を経験できたのだからね」
先生は、あんまり落ち込んでいないようだった。
……うん。まあ。先生は、小説家、なので。つまり、全ての経験を自分の筆の餌にしてしまえるという、幸福で最強な……本当に強い生き物なので。
「つまり!死ぬ描写がリアルに描けるようになった!これは貴重なことだぜ、トーゴ!」
極めて前向きでちょっと視点がずれている先生は、そう言ってそれはそれは嬉しそうに笑う。
「……そのご感想は」
「うーん、正直、死ぬところはリアルに寄せるとドラマティックに表現できん。ちょっとフェイクを入れていった方が夢があってよろしいな!」
成程。身も蓋も無い。実に先生らしくていいと思うよ……。
「まあ、君には随分と寂しい思いをさせてしまったみたいだがな。僕は僕で、案外楽しくやっているよ。だから、僕のことは気にしなくていい。そして、君に僕が必要な時には、いつでもここへ来るといいさ」
「うん」
先生が僕の頭に手を伸ばしてきたのを受け入れて、そのまま頭を撫でられる。もさ、もさ、と手が往復していくのをくすぐったく柔らかく感じたら……さて。
「ところでトーゴ。お腹空かないかい?」
「空いた。ご飯にしよう」
「よし。そうしようそうしよう」
さあ。新しい始まりにはご飯がつきものだよ。程よく冷えた体を温めるような美味しい朝ご飯を食べよう。
「そうしたら、先生の家、建てなきゃね」
「そうだなあ。いつまでも君の家に居候、って訳にはいかない」
「僕はそれでも構わないのだけれど」
さて。朝ごはんにスープとパンの簡単な食事を摂ったら、早速、先生の家を建て始める。
昨夜は流石に家を建てるどころじゃなくて、この世界と現実との行き来に関する実験をしていたり、その確認に追われたり、集まってきた森の皆に先生を紹介したりしていたものだからまあ、先生には僕の家に泊まってもらっていた。
……いや、勿論、レネ式のお泊りじゃなくて、ちゃんと客間にご案内しました。幾らなんでも、先生と同じベッドで寝るのは子供みたいで恥ずかしい。ほら、レネやライラやフェイの場合は修学旅行ってことで済むけれどさ。先生やラオクレスやクロアさんと一緒だったら、もうそれは、僕、寝かしつけられる立場なので……。
「先生、お家のご希望は?描いて出すよ」
「……うーむ、実際に君が『描いて出す』ところを見たが、これは慣れるまでに結構かかりそうだなあ……」
先生はちょっと唸りつつ遠い目をしている。僕はこの力やこの世界への適応が早かったけれど、先生はまだちょっと不慣れ、っていうかんじがしている。まあ、先生のことだから、すぐ慣れるだろうけれど。
「まあ、よし。じゃあ、そうだなあ……まあ、そんなに大きな家は必要無いなあ。持ち物が増えていく性分じゃないしな。ただ、冬はあったかくて夏は寒い家がいい」
「夏は寒い……?」
先生は寒さより暑さが堪えるタイプらしい。まあ、この森は夏でもそんなに暑くならないから、先生には丁度いい気候だと思うよ。
「デザインは?何かある?」
「うーん……特には。いや、強いて言うなら、アレだな。なんかこう、めっちゃカッコいいお部屋にしてくれたまえ」
「分かった。じゃあ壁紙をまおーん柄にします」
「待て待て待て。それじゃあ可愛くなっちゃうじゃあないか!」
「冗談だよ」
まあ、折角だし、ああでもないこうでもない、と話しつつ、僕らは家の計画を立てる。形は違っても、僕ら2人とも、ものを作るのが好きな人達だ。だから、家の設計っていうのも中々楽しいものなんだよ。
「……一体何の話をしているんだ」
『まおーん柄の壁紙はふにふにするだろうか』という不毛な議論をしていたところで、様子を見に来てくれたらしいラオクレスがやってきた。
「ええと、先生の家の部屋の壁紙をふにふににしようかという話」
「そうそう。僕が転んで壁に激突しても柔らかく『まおんっ』と受け止めてもらえたらいいなあ、というね、そういう希望を話していたところさ」
「それはまた妙な家になりそうだな……」
ラオクレスはちょっと笑って、僕らの横に座った。どうぞどうぞ。ついでにお茶もどうぞ。1つ湯呑を持ってきて、急須からお茶を注ぐ。
ラオクレスは僕から湯呑を受け取ると、淹れたてのお茶をちびり、と飲み始めた。……僕の手からラオクレスの手に湯呑が渡った瞬間、湯呑が小さくなったように感じた。手の大きさが違うってこういうことだ。先生に渡す時よりも、ラオクレスに渡す時の方が湯呑の収縮が大きい……。
「それで、家は『ワシツ』とやらになるのか?」
「へ?」
そして妙に湯飲みとお茶が似合うラオクレスがそんなことを言い始めたので、僕はちょっとびっくりした。
「……トウゴの故郷の伝統的な家屋のつくりは『ワシツ』なのだと、以前聞いたことがあったように思うが」
あ、うん、確かにそういう話、どこかの雑談でした、かもしれない。けれどそんなことまで覚えてるなんてなあ。ラオクレスって本当に記憶力がいいよね。ちょっとびっくりするくらい。
「和室、ねえ。確かにちょっと格好いいかもしれないなあ。和室で執筆していたら文豪っぽくないか?」
「それなら先生、着物で過ごさなきゃ」
「それもまた一興かもしれないなあ。……いや、でも和室はあれで案外、手入れが面倒なんだよなあ……」
「畳が傷んだら描き直しますよ」
「あと、魔王が障子を破って突撃してくる気がして仕方がない」
まあ、うん。どちらかというと西洋文化っぽい雰囲気のこの世界において、紙を間仕切りにする日本文化はちょっと色々と、あちこち大変かもしれない。僕の頭の中には鳥が障子をつついて穴を開ける様子が思い浮かんでいます。
「でも、縁側は欲しいなあ。うん。それに、案外障子の手入れをしながら過ごすってのも悪くないかもしれないな。でもなあ、僕は布団よりベッド派で」
「なら1部屋だけ和室にしようよ。それもきっと楽しいよ」
僕らはどんどん計画を進めていく。ラオクレスはお茶を飲みながら僕らの計画を興味深そうに聞いて、時々、ちょこっと口を挟んだり、遊びに来てしまったらしい魔王を抱き上げて僕らの邪魔をしないようにしてくれたり。
……そうして粗方、家の計画が立ったところで、早速先生の家を出すことにする。
「このあたりでいいか」
ラオクレスは先生宅建設予定地の木を切ってくれることになってる。
……いや、描いて更地にしてしまう事は、できなくはないんだけれどね。でも、折角生えている木なんだから、ちゃんと有効利用したいし。そういうことで、森の整地の時にはラオクレスにお願いするんだよ。
「ああ。すまないね、ラオクレス。新参者の為に労働してもらって……」
「構わん。トウゴの師だというなら俺が働く理由にはなる」
ラオクレスは先生と普通に話す。突然来た先生を見ても、ちょっと目を瞠るぐらいで、さして驚かなかったらしい。
「……それに、妙な感覚だが……あんたとはつい昨日知り合った気がしない。昔からの知り合いのような感覚だ。まあ、あんたが俺を『書いた』のならそう感じるのも当然のことかもしれんが」
まあ、彼曰く、こういうこと、らしいので……。
この世界って、僕の為にあるような世界なのだけれど、先生の世界なわけで……そう考えると先生って、この世界の神様、ってことになるんだろうか。うーん。
「そうかぁ。なら君は僕にとって息子、いや、魂同士結ばれた友人のようなものか。さあおいで。抱きしめてあげよう」
「要らん」
……それも違う気がするなあ。まあ、先生だから……さしずめ、紙様。
僕が家を描いている間、先生とラオクレスは何やら楽しくおしゃべりしていた。2人並んで切り倒したばかりの丸太に座って話しているのだけれど、本当に、昔からの知り合いみたいに見える。
ちょっと遠くにいるから何の話をしているのかよく分からなかったけれど、僕は僕でさっさと絵を描いてしまうことに専念。
「あら、トウゴ君。元気に描いてるわね」
「あ、うん。おはよう、クロアさん」
そうして30分くらい経った頃、クロアさんがやってきた。
クロアさんはにこにこしながら僕の頬をつついて、それから先生を見て、ぺこん、と綺麗に会釈した。先生もちょっとたどたどしく、ぺこん。
「それは、ウヌキ先生のお家?」
「うん。先生、僕の家に居候はちょっと嫌だってさ」
「ふふ、まあそうでしょうねえ!」
クロアさんは僕の返事を聞いてころころ笑って……それからまた、僕の頬を、ふに、ふに、とつつく。
「あの、なんでつつくの?」
「んー?そんなの決まってるじゃない。ここにトウゴ君が居るからよ」
僕としてはよく分からない感覚なのだけれど、クロアさんは変わらず、ふに、ふに、と僕をつついている。
「そうねえ、強いて言うなら……」
それからクロアさんはちょっと空を見て考えて……答えてくれた。
「寂しかったのよ。私だって、ね」
むにっ、と、ちょっと強めにもう一回つついてから、クロアさんの指が離れていく。
そっか。クロアさんも、寂しかったのか。……なんだか嬉しいような、申し訳ないような。
「ふふふ……でも寂しいのももう終わりだものね!」
けれど、僕が複雑な気持ちになっていたら……むぎゅう、と!
クロアさんは、僕を、思いっきり抱きしめてきた!うわうわうわ!
「これからはちょくちょく遊びに来てくれるんでしょう?」
「う、うん。そのつもり、だけど、あの、放して!放して!」
「だーめ。私の気が済むまで放してあげないわ」
抗議の声を上げてみたのだけれど、クロアさんには効果が無かった!ぎゅうぎゅう、とやられて、僕は非常に落ち着かない!やわらかい!あったかい!落ち着かない!落ち着かない!
「ね、トウゴ君。ついでに休憩ってことにしちゃいなさいな。ずっと下を見て描いてちゃ、首を痛めるわよ」
無茶言わないでほしい!この状況じゃあ落ち着けない!落ち着かない!
それからしばらくして、僕はやっと解放してもらえた。先生とラオクレスの会話にはクロアさんも入って、今度は3人でなんだか楽しそうに話し始めた。……何の話してるのかなあ。
そうこうしている内に家は段々仕上がってきて……そしてその間に、今日は女王業がお休みらしいアンジェが、僕らを見つけてぱたぱた駆けてきた。それを追いかけてリアンとカーネリアちゃんも駆けてくる。
「トウゴおにいちゃーん!おはよーう!」
「アンジェ。おはよう。リアンとカーネリアちゃんも」
「おはよう、トウゴ!昨夜はゆっくり眠れたかしら?」
「うん。ゆっくり寝ても向こうの世界の時間はそんなに経たないって分かったので、安心してぐっすり眠れました」
「なら寝放題かよ」
「うん」
駆けてきたアンジェを抱きとめて横によけたら、次にカーネリアちゃんが駆けてきたので彼女も抱きとめてから横によける。……リアンがそこに立っていたので、とりあえずリアンも抱きとめておいた。『なにすんだ!』とちょっと怒られた。まあそう言わずに。
「こんなに早く戻ってくるとは思わなかったよなあ……もうちょっとゆっくりして来いよ、トウゴ」
「リアンに身長を抜かれる前に戻ってこなければと思ったので」
リアンはちょっと不服気に僕の脇腹の辺りをつんつん小突いてくるけれど、まあ、僕としても年上の沽券というものがあるので……いや、吹けば飛ぶような沽券だけどさ。
「お家、描いてるの?」
アンジェが僕の手元のスケッチブックを覗き込んできたので、はい、と見せてみる。室内のデザインのラフがある他、今、正に出来あがろうとしている家の外観がある。
「うん。先生の家。僕の家に居候は嫌なんだってさ」
「そうなの?なら私の家に居候でもいいのよ?」
「多分それはもっと落ち着かないと思うよ……」
「そうかしら。私はウヌキ先生とお話ししてると、なんだか落ち着くのだけれど」
カーネリアちゃんはどうやら、既に先生と打ち解けている、らしい。……いや、彼女は大抵誰とでもすぐに打ち解けられるし、そして何より、先生としては、小さな女の子に寄ってこられるとちょっと緊張する、らしいのだけれど。
でも時間の問題だと思うよ。小さい子相手が不慣れだったとしても、先生は絶対、カーネリアちゃんにもアンジェにも慣れる。リアンには既に慣れているような気がする。まあ、僕と初めて会った時だってそんなに緊張した様子じゃなかったもんね。
子供達は魔王と遊ぶことにしたらしい。魔王はみょーん、ととろけるチーズみたいに伸びて大人3人の膝にまんべんなく寝そべっていて、3人に同時に撫でてもらうという中々欲張りなことをしていたのだけれど、それを子供達に引き剥がされて、丸められて、元の形状に戻された後、雪だるま作りに参戦させられていた。まあ、魔王はどちらにせよ楽しそうなので何より。
子供達が雪だるまを作る中、僕はいよいよ、家を完成させた。
……ちょっと数寄屋造りっぽさのあるかんじにしたので、森の皆からしてみるとちょっと珍しい家になったかもしれない。
大正時代を思わせるガラスの引き戸の外廊下と縁側。縁側の外には小さな庭。ちょっと花が咲くようにした以外では……ええと、洗濯ものとか干せるようにした。あと、焼き芋焼いたりできるんじゃないかな、このスペースで。
床材は古めかしい色合いの板敷き。洋室はリビングダイニングと、寝室。大正ロマンめいたちょっとアンティーク仕上げにしてみた。それでいて、使い勝手は元々の先生の家とできる限り同じように。間取りもできるだけ、先生の家に近いものに……とは言っても、先生の家、元々2階建ての4LDKだから。それだと森にはちょっと大きいよね、ということで、2部屋削ってある。平屋にして2LDKにしてみた。まあ、僕の部屋を造る必要は無いし、これで丁度いいと思うよ。
居室や応接室を兼ねた和室はシックな色合いの土壁に畳。それから障子。障子を開けたら外廊下。つまり庭とアクセスしやすいようになっているので、外からきっと鳥が突撃してくると思うよ。
それから、座布団と書き物机、それにランプなんかを置いておいたので、是非、書き物机に向かう文豪ごっこをしてください。そうしたら僕はラオクレスに依頼して、障子の隙間から文豪の執筆状況を監視する編集者オプションを付けようと思うから。
「おー!なんだよぉ、皆、ここに集まってたのかよ!呼べよ!寂しいだろ!」
先生の家内覧会をやっていたら、フェイがやってきた。フェイは昨日、僕を真っ先に見つけた人だったけれど、今日はちょっと登場が遅め。まあ、こういう日があってもいいと思うよ。
「ウヌキ先生の家、面白い造りだなあ!これなんだ?紙?紙でできてるのかよ!」
「あ、障子はつつきすぎると穴が開くからあんまりつついちゃ駄目だよ!」
フェイは早速好奇心たっぷりに障子を観察している。異文化のものが珍しい、っていうことらしい。
「やあやあ、フェイ君。この度は僕の新築祝いに駆けつけてくれてどうもありがとう」
「いやいや、ウヌキせんせー。これくらいどうってことねえって……って、これなんだ?」
そしてフェイは先生から何かを受け取って、しげしげそれを眺めている。
「蕎麦だよ、これは。まあ、僕の国のスパゲティみたいなもんだ。引っ越してきたときにそれを配るのが慣わしでね」
へー、なんて言いつつフェイが蕎麦を眺めている横で、先生はどんどん、ラオクレスにクロアさんに子供達に、と、蕎麦を配って歩いている。
「この度引っ越してきた宇貫護です。森の皆さん、どうぞよろしく」
「ふふ、よろしくね、ウヌキ先生」
「よろしく頼む」
「ねえ、ウヌキ先生?これ、不思議な色合いね!それに、なんだかいい香りがするわ!」
「妖精さんの国にこういう植物、生えてるよ」
「あー、あのウネウネするやつか……あれは食えねえけど、これは食いものなんだよな?」
面々には蕎麦は異国の食べ物な訳なのだけれど、まあ、受け入れられるのは早そうだ。餅にだってすぐ慣れてくれたし、そういうものなのかも。
……ところで。
「先生。蕎麦、いつの間に用意したの?」
「ん?さっき書いて出したのさ。寝室にワードローブがあっただろ?あれを使わせてもらったよ」
成程。そうだったか。先生も『かいたら出せる』人だもんなあ。蕎麦もその練習だったんだろう。
……先生も僕と同じように、『かいたら出せる』らしい。要は、文章を書くと、それを実体化できる……というか。うーん。ちょっと違うんだけれど。
先生の力は、僕の力とはやっぱり全然違うものみたいで、その、クセが強い。まだ実験しきれてないし、分からないことも多いのだけれど……まあそれは後程、っていうことで。
蕎麦どうしようか、茹でようか、そういえばそろそろお昼ご飯だよね、なんて話をしていたら、ふと、気になる。
「ところでライラが居ないね」
「あ、忘れてた!」
するとフェイが突然、声を上げる。なんだなんだ。
「ライラがお前のこと、探してたぜ」
……うん?
「何でも、鳥のことだってよ」
……う、うん?鳥?
鳥、というと……ええと、まさか、ね。
……なんか、嫌な予感がするなあ。