13話:絵に描いたような世界を描く*7
慌てて封筒を開く。上品で可愛らしい封筒は、カーネリアちゃんの手紙だ。
宛名を見ると、この世界の文字じゃない文字で、文章が綴ってあった。
『トウゴへ』
……僕の名前だ。この世界の文字じゃない、僕の名前を示す文字列。なんだか新鮮な気がして、それでいてすごく懐かしくて、堪らなくなる。
早速、封筒を開けて中の便箋を取り出してみると、便箋もまた、上品で、かつ可愛らしい印象のものだった。ちょっぴり背伸びしたレディにぴったりだね。
『トウゴへ。お元気かしら。私はきっと元気です。だって私にはリアンもアンジェも居るんだもの!怪我をしたって、フェニックスがすぐに治してくれるんだから、元気じゃなくなる訳がないのよ!』
「おお……カーネリアちゃんの文だ……」
溢れんばかりの元気とエネルギーを文章から感じ取って、思わず目を細める。眩しい、眩しい。
『けれど、今のトウゴにはライラもラオクレスも居ないから、ちゃんとご飯を食べたり寝たりしているのか心配です。どうか、体を大切にしてね。』
「あ、うん……」
更に、年齢不相応なくらいにちゃんとした文章を読んで、なんだか申し訳なくなる。心配かけるような駄目なやつでごめん……。
『このお手紙を書きながら、私、トウゴと会った時のことを思い出していたの。初めて会って、一緒に魔物の図鑑を見て、それからトウゴはフェニックスをプレゼントしてくれたわね。私、フェニックスも嬉しかったけれど、フェニックスを生み出せちゃう夢のような力を見られたことも、嬉しかったのよ。それに、そんな素敵な力を持った素敵なお友達ができたことも、すごく嬉しかったの。』
そっか。カーネリアちゃん、そう思っていてくれたのか。……なんだか嬉しくて、照れくさくて、ちょっと寂しい。
『トウゴのおかげで、私もインターリアも、旅に出られたわ。お母様のお墓をお参りできたのも、お母様のお母様とお母様のお父様にお会いできたのも、トウゴのおかげ。それから勿論、森で楽しく過ごせたのだって……私に新しい家族ができたことだって、そうよね!』
「そうかなあ」
『トウゴが、天使っぽいっていう理由で路地裏の子供を捕まえちゃう人でよかったわ!』
「そうだった……」
……カーネリアちゃんの身に起こった良いことが全部僕のおかげ、なんてことは無いと思うけれど……彼女がリアンとアンジェと出会ったのは、確かに、僕の影響が大きかった、かもしれない。うん……。何せ僕、『天使っぽい!』と思って、ストリートチルドレンを捕まえてしまったので……。
『思い出してみたら楽しいことばっかりだわ。すごいの。ジオレンのお家に居た時のことなんてちょこっとしか覚えてないのに、森に来てからのことはすごく沢山覚えているの。それってきっと、すごく沢山の素敵なことがあったからよね?トウゴもそうかしら。あなたが素敵なこと、沢山覚えていてくれたら嬉しいわ。』
うん。分かる分かる。僕もそうだよ。
こっちの世界でのことだって覚えているけれど、あっちの世界のこと、すごく沢山、覚えてる。過ごしていた時間はそう長くなかったけれど、それでも。
『お別れは寂しいけれど、もう会えないかも、なんて考えないことにするわ。またお会いしましょうね。その時にはお茶を淹れてあげるわ!じゃあ、またね!』
……そして彼女らしい締めくくりで、手紙は終わった。
なんというか……新鮮なかんじ。そうか。『またね』かあ。
なんだか不思議な気持ちのまま、次の封筒を開く。アンジェの手紙はふわふわした優しい色をした、かわいいやつだ。……ただ、なんか、ちょっと大きい。大きめの封筒で、しかも、ふわふわしている。……色だけじゃなくて、形状が。なんだろう。中によっぽど沢山、手紙が詰まっているんだろうか。
まあ、とりあえず開けてみる。そして便箋を引っ張り出そうとして……同時に色々出てきそうだったので、それらを手で抑えつつ、便箋だけを取り出して、さて。
『トウゴおにいちゃんへ』
ちょっとたどたどしくも、丁寧に書かれた文字列を見て嬉しくなる。小さい子の成長って、速いよね。アンジェだって、文字なんて書けないくらい小さかったはずなのに、いつの間にか手紙を書くようになったんだ。
『おげんきですか。わたしはげんきです。どうか、おからだにおきをつけて、おすごしください。』
「導入に締めがくっついている……!」
定型文の頭と尻尾が合体した文章を読んで、ちょっと吹き出す。なんだか可愛くて。こういう文章を、精一杯、一生懸命書いてくれたんだなあ、と思うと、なんだか愛おしくて。
『あのね、トウゴおにいちゃんが1人ぼっちの間もさびしくないように、羽、入れておくね。どれがだれのか、あててみてね。』
……そうして手紙はそこで終わってしまって、けれど、文面通り、封筒がふわふわしている。ワクワクしながら封筒の中身を机の上にあけてみると……。
「……わあ」
色とりどりの羽が、ふわふわと机に広がった。
この青いやつは鸞。オレンジはフェニックスだろう。ちょっと虹色っぽいのは鳳凰だ!
夕焼雲の色は天馬のやつ。薄い黄色に光ってぱちぱちしているのはアリコーン。薄い茶色はハルピュイアのやつ。青灰色のやつも天馬。金色っぽいのも天馬。天馬の羽はカラーバリエーションが豊富だ。
そして最後まで封筒に引っかかって中々出てこなかったのは、あの鳥の羽だった。大きい。封筒に入るギリギリのサイズ。どうりで引っかかるわけだよ。でも大きくてインパクトが大きい。うーん、あいつらしい。
……これらの羽については、瓶に入れておくことにした。先生の家の台所には、ビンの日に出そうと思ってずっと忘れられていたジャムの空き瓶があったから、それを拝借して、羽や羽じゃない諸々を入れていく。
……巨大コマツグミの羽だけは瓶に収まらなかったので、それだけは別でファイルに入れた。まあ、特別扱いってことでいいだろう。きっとあいつも喜ぶよ。
そして最後の封筒を手に取る。シンプルで装飾の少ない封筒は、リアンのやつ。封筒を開いて、案外几帳面にぴしりと畳まれた便箋を開いて、読む。
『お元気ですか。まあどうせ元気だろうな。』
「なんてこった……」
あんまりな出だしに始まる手紙を読んで、思わず笑みがこぼれる。リアンが書きそうな文面だなあ。
『もし元気じゃないなら絵でも描けばいいと思う。トウゴは絵さえ描いてれば元気なんだろ?』
「いや、そうでもな……うーん、そうでもある、かもしれない……」
僕、絵を描くことに一度はちょっと寂しさというか、空しさを感じてしまったけれど。でも、それって先生が居ないことへの感情であって、絵を描くための感情じゃないから。
先生が居なくても、戻ってこなくても、絵は描き続けなきゃならない。先生が戻ってこない気持ちを筆の餌にすれば、悲しい絵だって描ける。こうやって僕は、どんどん絵を描いていかなければ。そうじゃなきゃ、先生が居なくなってしまった意味が無いので。
……と、まあ、こういう風に感じられるんだから、やっぱり僕は絵を描いていれば元気、ってことになるのかもしれない。
『飯は食ってるか?ちゃんと寝てるか?ライラもラオクレスも居ないんだからちゃんとしろよな。』
「……なんでこんなに小言ばっかり書いてあるのだろうか」
彼、僕より年下だったよなあ、とちょっと首を傾げつつ、まあ、でもリアンらしいよなあ、とも思いつつ。
『ところで、手紙をちゃんと書くのってこれが初めてなんだ。だから何を書けばいいのかよく分からないんだけど、こういうのでいいんだろ?』
「うん」
ついつい相槌を打ちつつ、これを一生懸命書いてくれたであろうリアンの様子を思い浮かべて、ちょっとにこにこしてしまう。彼は努力家だからなあ。それで、案外、見栄っ張り……。
『まあ、続きはまた会った時にしようと思う。あんまり長い文章を書くと疲れる。じゃあ、お元気で。次に会う時には、俺はトウゴの身長を抜いているからそのつもりでいろよな。』
そして、さらりとそう締めくくられたリアンの手紙を読み終わって、僕は……僕は、思った。
……いいのかな、と。
こんなにたくさん、夢を見せてもらったのに。これでおしまいでもいいや、っていうくらい満足できる、夢の締めくくりも創れたのに。
それなのに、まだ、もっと夢を見ていたい、なんて、思ってしまっても、いいんだろうか。
本来なら存在しないはずの手紙を読んでしまって……更には、存在しないはずの生物の羽とかその他諸々まで手に入れてしまって、なんというか、その……いけないことを考えてしまいそうになる。
それは、『会いたい』っていうことだ。
よくないよなあ、とは、思うんだ。ファンタジーっていうものは僕の救いではあるけれど、まさか、心だけじゃなくて僕丸ごと全部救ってもらおうなんて、流石に烏滸がましいんじゃないだろうか、と思う。
うーん、ある種、ファンタジーっていうものは宗教に似ているんじゃないかと最近思っていて、信じることで自分の心の支えにはできるけれど、実際、本当に救ってくれるものではない、というか……。
……でも、やっぱり目の前に羽があるし。巨大コマツグミの羽のふわふわ具合だって、記憶にある通りだし。
それにやっぱり、『夢見るだけならタダ』とは、フェイも言っていたことなので。
なので、僕は改めて、『門』の絵を、見る。
それは、手紙の出どころを探るため、であり……きっと、僕が描いた絵が本当に『門』として作用したんだ、という確信を、ちゃんと確かめるためでもあって……。
つまり。
僕は、あの世界と繋がってるんじゃないかと思って、『門』の絵を、見た。
……すると。
「あ、あれ?せ、先生……?」
予想外なことに。全く、思ってもみなかったことに。
「……居ない?」
……僕が描いた絵から、先生が、消えていた。
『門』の向こう側、森がわさわさ生い茂る景色が見えていて……こちらを覗き込んで手を振っている先生が、消えている。
描いたものが消えるなんて、どういうことなんだろう。ありえないことだ。こんなの、ありえない。
ありえないけれど……もし、その、ありえないことが、起きた、のだったら。
「……先生」
どうして、と、もしかして、が混ざった気持ちで、そっと、呼んでみる。
呼びかけるというよりは、自分の中で確かめるつもりで。期待なんて、できるだけしないように。
……なのに。
「何だい、トーゴ」
先生の声が、聞こえた。
次回、最終話です。




