12話:絵に描いたような世界を描く*6
……考えがまとまって、すぐにでも僕は絵を描きたくなってきた。でも、時計を見て、自制する。
続きはまた明日。寝かしつけてくれる人はいないから、自分で自分を寝かしつけなきゃいけない。
よし、おやすみなさい。
翌日は随分と空が綺麗な日だった。雲一つなくて、真っ青。リアンとアンジェの瞳みたいな。
それがなんだか無性に寂しい。綺麗なものを見ても寂しくなるっていうことは、僕の気分、どん底に近いのかな。まあ、別にいい。悲しみのどん底で夢見て揺蕩うことだってできるし、どん底まで来たら下を見るより上を見上げたくなってくるものだから。
……まだやらなきゃいけないことは多いし、僕には目指すべきものも、あるし。
そう。目標が全て消えてしまったわけじゃ、ないんだ。幸いにも。先生が遺してくれたから。
先生は、こういうところまで考えて、僕に遺産を残してくれたのかな。僕が美大を目指せるように、そして、美大を目指すことで、悲しくても前へ進まざるを得ないように。
学校での一日は、まあ、いつも通り、だった。ええと、まあ、この世界に戻ってきてからのいつも通り、っていうことで、あの世界に行く前の僕とは大分違うのだけれど。
大分積極的になって、勉強にも意欲的になってしまった僕を見て、学校の人達はちょっと戸惑っていた。『上空君はこんなに喋る子だったんだねえ』と担任の先生に驚かれたし、『上空ってこんな風にも笑うんだなあ』とクラスメイトに驚かれたし。……クラスの女の子に『にこにこするようになって余計に可愛くなった!』と喜ばれるのは、その、ちょっと解せないけれど。可愛いってなんだよ、可愛い、って……。
……テストは来週。それまでは、なんとか勉強に力を入れよう。僕はこの世界で生きていかなきゃいけないんだから。……現実を見つめながら夢見るっていうのは、ちょっと難しい。寂しくて悲しくて切ないわくわくは、冬休みのお楽しみにとっておこう。
勉強に没頭している間、悲しいことを頭の外に追いやれる。少しでも前に進んでいる感覚っていうものが、悲しみを薄れさせるのに丁度いいのかもしれない。
お陰で随分、捗った。一週間、勉強にしっかり打ち込むことができた。勉強が捗る僕を見て、母親と父親は『あれ?勉強するの?』みたいな、そういう顔で僕を見ていて、それがちょっと面白かった。
……そうして、テスト2日前の土曜日。
僕は、石ノ海さんに会いに行く。
「明日の早朝に出発、でしたよね」
「うん。まあ、年末にまたこちらに戻ってこられれば戻ってきたいけれどね、仕事も放ってあるもんだから……夏までお預けかもしれないなあ」
石ノ海さんと会えるのは、とりあえず今日が最後。次は石ノ海さんが長期休暇を取れた時。……少し寂しいな。何だかんだ、この家に石ノ海さんが居てくれたから、先生が居ない寂しさを誤魔化せていた気がする。
「この家の管理は君に任せよう。よろしく頼んだよ、トーゴ君」
「はい。時々お掃除しながら待ってます」
……でも、それなら僕はこの家と一緒に待っていようと思う。
この家だって、僕と長らく一緒に居てくれた家だ。きっと、寂しさは誤魔化せるよ。
……それから一週間、僕はテストに専念する日々を送った。
テストを受けて、それからテストが返却されて、それを見て前向きに学習の計画を立てて……。
僕がこういう風に前向きかつ積極的に学習に取り組む姿勢は両親にとって珍しかったらしくて、僕が率先して『冬休みはこういう風に過ごすね』と宣言したら、特に口出ししてこなかった。いつもだったらテストの点についてああだこうだと言ってきたのだけれど、今回は『無関心』を貫いているらしい、というか。
……まあ、自分達よりテストの点に関心を持っている僕が目の前に居るんだから、そりゃあ、無関心側に振れざるを得ないのかもしれないけれど。
テストが終わったら、もうじき冬休みだ。街並みはイルミネーションで輝いて、なんとなく赤と緑と白の色合いで飾り付けがされていて……まあ、そういう季節。華やいで浮かれた街並みは、僕の気分もちょっと浮き上がらせてくれる。
「お邪魔しまーす」
恐れ多くも合鍵で家に上がり込ませてもらって、僕の部屋へ。画材を出してきて、広げて……僕は、『門』を描き始めた。
折角だから、本編のおまけのつもりで。例えば、本の裏表紙なんかのつもりで。『めでたし、めでたし』の後に続く、最高に都合のいい蛇足として。
こういうのがあると、なんとなく、現実と空想の境目が混ざり合うかんじがして、ちょっとわくわくする。
紙の上に縦長のかまぼこ型を描く。その内側には明るい森。外側には薄暗い部屋。
……先生の家の僕の部屋に『門』ができたみたいな。そういうかんじに描いていく。『門』の向こう側からほんのり漏れてくる光が部屋の床や壁を照らして、森の木々のざわめきがそっと室内を満たして……。
それで、先生が居る。
門の向こうからひょっこり顔を覗かせている。ついでにきっと、『やあ!』とでもいうかのように片手を挙げていて、満面の笑みなんだよ。先生はきっと、そういう顔をする。
……僕はここで初めて、『先生』を描いた。そう。僕、今まで先生をちゃんと描いたこと、無かったんだ。笑った顔もしょげた顔も、たくさんたくさん、見てきたっていうのに。
もっと描けばよかった。先生がいる内に、もっと。もっと。
……そう考え始めたら、じわりと視界が滲む。だから慌てて考えを頭の外に押しやって、筆を動かしていく。絵の具の滲みに意識を集中させてしまえば、余計なことを考えずに済むようになっていった。
……そして、『門』の絵が完成した。
薄暗い室内から門を通して見る、明るい森。陽の光に透けてますます色鮮やかな緑の木々。赤い木苺が宝石みたいに輝く茂み。柔らかな下草。陽だまり色のたんぽぽ……。
そして、先生。
こっちを覗き込んで、にんまり笑っている、いつもの先生の姿。参考資料なんて無くったって僕の記憶の中に焼き付いて離れない先生の姿は、ちゃんと、納得のいくように描き上げることができた。
「……よし」
満足のいく出来だ。『よし、これで終わり!』って、自分の中で結論付けられる、そういう出来だった。
これなら、あの物語の締めくくりに相応しい、気がする。こういう風に都合のいい、希望のある、そういうちょっとしたおまけがついていてこそ、あの世界っぽくていいんじゃないかな、って。
……僕の中にはまだ、悲しみがある。
けれどそれがちょっと、変質した、ような気がする。
まるで、陽の光が差し込んだ森の中にいるみたいだ。木漏れ日は直射日光ほどにははっきりしないし明るくもないけれど、でも、その分じわりと滲んだように柔らかい。そういう風にほわりと照らされて、じわりと温められていくような、そんなかんじ。
しばらく自分の気持ちと一緒に居たら、ふと、背後でカタン、と、音がした。
「……あれ」
音がした方を見てみたら、部屋の床に何かが落ちている。それは……本、というか、バインダーだった。
「ああ、これ、先生の原稿の……」
どうやらそれは、先生の原稿を途中まで製本したもの、らしかった。本というよりはバインダーみたいになっていて、ページを継ぎ足せるようになっている。先生は多分、原稿のデータを印刷して、こういう形状で保存してたんだなあ。
それが僕の部屋に置いてある、っていうことは、きっと、先生はこれを近い内に完成させて、僕にプレゼントしてくれるつもりだったに違いない。いや、先生が自分の小説を読ませてくれるとは思い難い。きっと恥ずかしがる。じゃあ、やっぱり石ノ海さん、だろうか……。
「……よし。折角なら完成させちゃおう」
まあ、折角だから。折角、裏表紙も描けたことだし。
僕はバインダーの留め具をパチンと開いて、そこに今まで描いた絵を閉じ込んでいく。燃えてしまった世界、描かれて戻っていく世界、そしてみんなで集まって、最後はハッピーエンド……。
……そして、バインダーの裏表紙は、カバーのビニールと台紙との間に紙を挟めるようになっていたので、やっぱりそこに、裏表紙のおまけの絵を挟んでしまうことにする。
そうしてみると気になるのは、背表紙と表紙。
背表紙は白紙だし、表紙は金の箔押しで枠が描かれた紙が入っているけれど、まあ、ほとんど白紙だ。ちょっと寂しい。裏表紙が無ければそんなかんじもしなかったのだろうけれど、何せ、僕、一番欲しい世界を裏表紙で表現してしまったので……。うん、裏表紙があるのに表紙も背表紙も無い、っていうのは、ちょっと寂しいよ。
「……描いてみようかなあ」
幸いにも、明日から冬休み。時間はたっぷりあるんだ。まあ、勉強の合間に息抜きっていうことで、表紙を描いてみてもいいよね。裏表紙を描いたんだからさ。
その日は家に帰って、そして、翌日。
僕は早速先生の家へ……行きたかったのだけれど、今日は病院へ。ギプスが外れる日なんだよ。
病院に着いた僕は、看護婦さん達に挨拶して回って、お医者さんに『おお、上空君!今日も元気に描いてるかい?』と挨拶を貰って、それから、入院患者さんやよく描いてた観葉植物にも挨拶して……挨拶回りに付き合わされた母親がちょっとぐったりしていた。ごめん。
まあ、そんなこんなで無事、ギプスが外れて……しばらくギプスで覆われていた僕の脚は、久しぶりに外気に触れて、なんだか不思議なかんじ。治りたてのやわやわなので、しばらくは大事に扱ってやらなければ……。
それから家に帰って、ちょっとラフを描いてみて、これだ、というデザインができるまで夜更かし。
本の表紙って難しいなあ。実際に表紙を作る時には、きっとタイトルの読みやすさとか目立つかどうかとか、色々気にしなきゃいけないんだろう。まあ、僕はその辺りを考えずに、ただ美しく綺麗に、かつイメージぴったりな表紙、としか考えていないけれど……。
そうして満足のいくデザインができたら、さっさと寝る。寝かしつけてくれる人が居ない環境では、自分で自分を寝かしつけなければならない……。
翌日、日曜日。僕が起きてみたら、父親と母親も起きてきた。なので、僕がミルクティーを3人分淹れる。僕と父親の分は無糖。母親は微糖で。
それからトーストを焼く。『食べる?』って聞いてみたら『食べる』とのことだったので、3人分。さっくり焼けたトーストを皿に乗せて、ジャムと蜂蜜を用意。お好きなやつをどうぞ。
それから出来上がったミルクティーを持ってきて、3人揃っての朝食。珍しくも。
……『今日も散歩に出るね』『ああ、そう』ぐらいの会話しかなかったけれど、まあ、これが我が家の普通、ではあるので、特段寂しくはない。
むしろ、ミルクティーを飲んだ母親が『あら?』みたいな、ちょっと不思議がるような……それでいてちょっと嬉しそうな顔をしていたので、その分嬉しい。
それから僕は先生の家へ。約束通り、この家は僕が綺麗に保つんだ。
……家は、人が住まなくなると急激に傷む、って聞いたことがある。風が通らなくなって湿気がこもってカビが生えたり、人間の気配が消えて小動物や虫が荒らしに来たり。
なので、僕はこの家にちゃんと人間の出入りを実現しなくては。毎週ここに来て、全部の窓を開けて風を通して、ガスもちょっと使って火を出してみたり、掃除機をかけてみたり。
……僕が手入れできるのは、まだ、1階だけ。2階は先生の寝室とか、そういう部屋になっていて、その、ちょっと気まずい、というか。なんだか寂しい、というか。そういう気持ちになってしまうので、そっちは、ちょっと窓を開けて風を通すだけにしている。
さて。そうして一通り、家の簡単な手入れをしたら、早速、絵を描き始める。
本の表紙になる絵だ。金の箔押しの枠の中に、僕は、どんどん森の絵を描いていく。
……あの話はやっぱり、森じゃなくちゃ。森の泉で、馬が戯れていて、奥の方に鳥がででんと居る、みたいな。そういうのどかな風景を描くんだ。
水彩画のタッチが似合う話でよかった。温かくて柔らかい世界は、水彩で表現するのに丁度いい。透明水彩の本領発揮。透き通るような木の葉や、陽の光に煌めく泉の水、カラフルな草の実……そういったものを透明感たっぷりに描き上げていって、そして、やっぱり鳥と馬。こいつらはもう何度も描いたから、大丈夫。
……途中で昼ご飯の休憩を一回挟む。食パンにハムとスライスチーズを挟んだものを持ってきた。当然、ラオクレスパンとは全然違う代物なのだけれど、まあ、ちょっと恋しくなってしまったので……形だけでも。
そういう昼食を終えたら、また描くのに戻って、2時間程度。
「よし」
納得のいく表紙が出来上がった。
……いや。
表紙の、『絵』が、出来上がった。
「問題はここからだぞ……」
さて。僕は悩む。悩む、悩む。
何と言っても、本の表紙って、これだけじゃ終われないんだよ。どんな本だって大抵はそうじゃないだろうか。
……そう。今、僕が描き上げた表紙には、『タイトル』が無い!
タイトルを書いていない表紙なんて、あるんだろうか?いや、古書とかだとあるのかもしれないけれどさ。でも、背表紙にも無い、ってことは、ないよね。
「タイトル……タイトル……」
ぼやきながら部屋の中をぐるぐる回ってみる。とりあえず歩くこと、口に出すこと。これが先生もやっていた、アイデアの出し方だ。この家、この空間に居る今の僕なら、こういうやり方でアイデアが出てくる、かもしれないので。
「先生は何か、タイトル、考えていたんだろうか……」
まず最初に気になるのは、この話、本当に無題だったんだろうか、というところだ。
もし、先生が何かタイトルを決めていたのなら、そのタイトルにしたい。最後のおまけの方だけ僕が描いたけれど、やっぱりこの話は先生の作品だから。先生の主張が尊重されるべきだと思うし。
……何より、僕がタイトルを考えると、その、あんまり格好いいタイトルにならない気がする。僕、ラージュ姫を笑えないくらいのネーミングセンスの持ち主だと思うよ、多分。
ということで、先生のノートPCを開く。『moti』というやる気のないパスワードを打ち込んで、早速、PCの中を探す。何か、先生が付けたタイトルの案とかが残っていないかな、と。
……そうしてあちこち探してみたのだけれど、それらしいものは見当たらない。『メモ1』『メモ01』『新しいメモ』『なんとなく作ったメモ』『気分が向いた時のメモ』とかなんとか、テキストファイルだけでもとんでもない数があったのだけれど、それらどれを見てもそれらしいものは無い。
終いには、『えっちな画像』という名前のフォルダの中まで、申し訳ないなあと思いながら開いてみたのだけれど……その中には、『引っかかったな馬鹿め!』と書かれた紙を持って満面の笑みを浮かべる先生の写真が入っていただけだった。
……うん。まあ、別に、えっちな画像が見たかったわけじゃないから、いいんだけど。いいんだけどさ。……ちょっと腹が立つなあ、これ。どきどきしたのが馬鹿みたいじゃないか!
「何も無い!」
結局、僕は何も見つけられなかった。一番の収穫が『引っかかったな馬鹿め!』の『えっちな画像』なんだからやってられないよ。……いや、でもこれ、僕の手元に残ったほぼ唯一の先生の写真なので、大切といえば大切なんだ……。
まあ、先生の写真はともかく、困った、困った。これじゃあ、僕がタイトルを考えるしかないんじゃないだろうか。
うーん、何かいいタイトルを思いつけるだろうか。こういうの、得意じゃないんだけれど……。
一旦休憩にしよう、と思って、お茶を淹れる。勝手知ったる他人の家。下手したら自宅の台所より、この台所の方がよく使っているかもしれないなあ、なんて思いつつ、先生がかつてやっていたみたいにお茶を淹れて、戸棚に入っていた、『トーゴ用』と先生が決めてくれた湯飲みを取り出して、それにお茶を注いで……。
一息つきながら、なんとなく、ノートPCを眺め続ける。意味も無くあちこちダブルクリックして、色々開いてみたりして。
そうしているうちに、僕はふと、先生が僕に残してくれた置手紙を開く。
『muda』とこれまたやる気のないパスワードを入力して、開いて、読む。先生が僕にくれた最後の言葉なんだから、きっとこの先も、何度だって読むだろう。
……そう。そうやって、僕は、先生の言葉を読んで……見つけた。
「……そう、かあ」
先生の、最後の言葉。僕に残してくれた、温かい文字列の……。
『どうか、君の人生に美しく楽しく美味い『絵に描いた餅』が共に在りますように!』。
僕の人生には、美しいファンタジーが共に在る。この現実を生きていくために、僕はファンタジーを食って、ファンタジーを描いて、生きていく。
絵に描いた餅に生かされて、絵に描いた餅のために生きる。そうしなきゃ生きていけないから。そして……そうしてでも生きていてほしいと、願われたから。
昨日も、明日も、今日も。ずっと。
「今日も、絵に描いた餅、が、美味い」
……よし。決まり。
先生の、未完の原稿のタイトル。あの世界のタイトルで、僕が完結させた物語の、タイトルだ。
『今日も絵に描いた餅が美味い』。
どうか、世界中のみんなが、絵に描いた餅を食って、幸せに生きてくれますように。
そして何より……僕が。
僕が、『今日も絵に描いた餅が美味い』と、思って、生きていけますように。
そうして、表紙と背表紙ができた。
完成したばかりの表紙と背表紙とをバインダーのカバーに挟んで、本らしい体裁が整う。
「……よし」
今度こそ、完成。『今日も絵に描いた餅が美味い』は、今度こそちゃんと、僕の納得のいく形に収まった。
完璧な『めでたしめでたし』の先があって、そこで先生が笑ってる。
僕が欲張れるだけ欲張った、最高の世界が描けた。その達成感と幸福感がじんわり僕を満たしてくれる。
……幸せだなあ。
それから僕は、完成した本……いや、バインダーだけど、一応、簡易的に製本されたとも言えるだろうそれを先生の家の僕の部屋に残して、家へ帰った。
がちゃ、と玄関の鍵を閉めて、夢から自分を切り離すような気持ちで。
……それでもどこか、満たされた幸福感に浮かれて、鼻歌なんて、歌っちゃいながら。
それから1週間、僕はまた学校に通って、テストの復習をしたり、その関係で教科の先生のところを回って質問をして分からないところを教えてもらったり、美術部に顔を出して『期待の侵入部員』として正規の部員の皆さんの中に紛れて絵を描かせてもらったり……まあ、楽しく過ごした。
そうして終業式がやってきて、冬休みに突入する。
学校は半日で終わり。もう、このお昼から冬休み。
部活によってはそのまま合宿に入ったりもしているみたいだけれど、僕は美術部に寄ることよりも先生の家へ行くことを優先する。
先生の家の鍵をがちゃり、と回して、僕は夢と繋がったような気分になる。……この家は、僕の心の家、なんじゃないかな、なんて思うよ。体の家は僕の家の方で、それで、心の家が、こっちの、先生の家。そんなかんじ。
心も軽やかに『帰宅』した僕は、早速家中の窓を開けて風を通して、それからちょっとハタキを持って回って、ぱふぱふと埃を払って、掃除機をかけて……。
……そして、ちょっと掃除をしたら、僕の部屋へ。
今日は何の絵を描こうかな。もう、あの世界に関するものについては満足のいくものができちゃったから、あれで『おしまい』っていうことでもいいかな、と、思ってる。ちょっと寂しいけれど、満足はしているんだ。本当に。
だから今日はまた別のデッサンでもしようかなあ、なんて、考えながら、僕は、僕の部屋に入って……。
「……ん?」
そこで、見慣れないものを、見つけた。
それは、机の上、『今日も絵に描いた餅が美味い』のバインダーの下に、挟まっている。
おかしいなあ、こんなもの、無かったよな、と思いながら、バインダーを退けて横に置いて、そこにあったものを見て……。
「……あ」
僕は、動けなくなる。あまりの衝撃に。そして、あまりの喜びに。
……そこにあった封筒は、見覚えのある封筒だ。
僕と先生と一緒に棺に入れられた、リアンとアンジェとカーネリアちゃんからの、手紙だ。
明日は木曜日ですが明日も更新します。




