8話:絵に描いたような世界を描く*2
僕は描いた。ひたすら描いた。
最初の2枚はそのまま。初めに水張りした紙と、先生からのクリスマスプレゼントと同時に描いていく。
絵は、カチカチ放火王が燃やしてしまった後の世界の様子。
燃やされて、森が大火事になって、そこで僕が絵を描き始める。
森が再生して、今まで出会った人達が集まってくる。
カチカチ放火王が現れてからの出来事をなぞっていく。世界を巡って描いて、失われたものを取り戻していくんだ。
琥珀の池に行ってみたり。ゴルダの精霊様のところへ行ったり。クロアさんのお父さんのところへ行ったり。妖精の国にも行くし、グリンガルの森にも。アージェント家にだって。
描いたところから、世界が再生していく。美しい風景も、そこに居る人々も。全部、全部。
……最初の2枚が終わってからは、1枚ずつの進行になる。水張り不要のスケッチブックって、描き終わったら紙の四方を剥がして次のページへ、っていうものなので、同時に複数枚描くってことができない。常に1枚ずつしか描けないんだ。
そういうわけで、夕方になるまでに完成した絵は、3枚だけだった。
……まあ、この世界では魔法画ができるわけでもないし、水彩絵の具が乾くまでの時間もあるから、どうしようもないのだけれど。
そろそろ先生のお母さんが来てしまうだろう、っていうことで、僕はお暇することにした。多分、先生のお母さんとは顔を合わせない方がいいだろう、っていう石ノ海さんの判断。いや、僕もそう思うよ。絶対に話がややこしくなる。
その間、僕が描いた絵は、僕の部屋(っていうことにさせてもらってる。ありがたいことに!)に置いておくことになった。一応、荷物一式は段ボールにしまって、汚されたりしないように。
「トーゴ君。ちょっといいかな」
片付けをしていたら、ふと、石ノ海さんが話しかけてきた。
「もう1つ、君に話しておかなきゃいけないことがあってね。護の手紙にあったことではあるんだが……」
なんだろう、と思っていたら、石ノ海さんは『それ』について話してくれて……僕は、ものすごく驚くことになる。
僕は先生の家を出て、松葉杖でこつこつ歩く。夕暮れのアスファルトに、また長く影ができる。朝と夕方はちょっと似ている。
……そしてその途中、せかせかと歩く女性とすれ違った。僕の母親よりも年かさで、でも、どこか僕の母親と雰囲気が似ていた。
ああ、あれが先生のお母さんかな、と、何となく思った。
向こうは僕のことなんて気にせず歩いて行ったけれど……もうじき、石ノ海さんがあの人と行き会うんだろうなあ。頑張れ、石ノ海さん。
そして……僕も、頑張らなきゃいけない。
「ただいま」
家に帰ってただいまのあいさつをすると、母親がリビングから玄関までやってきた。
「どこ行ってたの」
「お散歩。駅前の大通りとか、図書館の方とか」
玄関に座って、靴を脱いで、松葉杖の石突を拭いて、家に上がる。ただいま、でもあって、お邪魔します、みたいな気分でもある。
よいしょ、と自分の部屋へ向かって歩いていくと、その途中で母親が追い縋ってきて、僕の肩を掴んだ。
「明日から学校なのよ?分かってるの?」
「分かってるよ。だからお散歩してた」
多分、僕の言葉の意味は母親には分からないだろう。『だから』の意味が分からないと思う。母親からしてみたら、『けれど』が正しいんじゃないかな。
「ねえ、桐吾!聞きなさい!」
「うん。聞いてるよ」
僕はちょっと困りつつ、母親は苛立ったように、向かい合った。
その途端、母親が何か、怯える。
僕の肩を掴んで引っ張って、向き合う姿勢にさせたっていうのに、母親は僕と向き合って、怯えていた。
……僕、この人達とは何故だか、目が合わないことが多い。僕が目を合わせようとしても、こっちを見てくれないんだよなあ。……石ノ海さんとはすぐに目を合わせられたのだけれどな。
「来週にはもう、テストじゃないの。何を考えているの?」
「うん。今回はちょっと厳しそうだなあって思ってる」
正直にそう答えてみたら、愕然とされてしまった。
「……そんな暢気なこと!ねえ、テストなのよ!?」
「ええと、テストって、それ自体に意味があるわけじゃないと、思うんだけれどな。テストで間違えたところ、冬休みにゆっくりやり直そうと思ってる。それで、授業を休んでしまった分を補っていこうかな、と」
僕がそう答えると、母親はぽかんとした顔をした。まるで考えに無かった、みたいな顔だ……。
「あ、そうだ、お母さん」
そんな母親を見ながら、丁度いいかなあ、と思って、聞いてみる。
「今、時間ある?お父さんも居るみたいだし、話したいことがあるんだけれど」
ということで、僕はダイニングの席に着いている。あんまりいい思い出の無い席だ。このテーブルで母親が項垂れてため息を吐いていたのを思い出すし、このテーブルはあんまり楽しくない食卓になる場所だし、あと、角に頭をぶつけたことがあったのもこのテーブル……いや、まあ、それはいいか。
「ええと、時間をとってくれてありがとう。話したいことがあるんだ」
母親は向かいの席で険しい顔をしていて、父親は腕組みして僕を見下ろすように座っている。2人とも、緊張しているんだなあ、というかんじ。勿論ぼくだって緊張している。こんな話するの、生まれて初めてだから。
「志望校を変更したい」
けれども言わなきゃ始まらないから、僕はそう、申し出た。
「……どこに」
「東京藝術大学。……公立だから学費は他の美大と比べたら安い方だし、それなら、まあ、奨学金でなんとかやっていけるかな、って思う」
色々、考えた。
まず、私学の芸大は流石に無理だ。5美大はちょっと厳しい。元々気になっていた京都市立芸術大学は公立だけれど、京都に行ってしまうと僕、1人暮らしすることになって余計にお金がかさんでしまう。両親と離れたいから遠くの学校を夢見ていたけれど、お金のことを考えると実家通いが現実的だ。或いは、『家の近所の家賃のかからない家』からの通い。
……なら、最難関だけれど、東京藝大を目指すのが一番現実的なんじゃないかな、と、思った。少なくとも、目指すだけなら。夢見るだけならタダ、ってやつで。
「駄目だ」
けれど、父親はすげなくそう言った。
「目指すなら早稲田か慶応。それができないなら一橋の法学部以上。前に言った通りだ。それ以外は許可しない。話は終わりだ」
更に、わざとらしくため息を吐いてそう言って、父親は席を立つ。
「じゃあ、許可されなくても僕はそうします。そういうご報告、っていうことで、どうでしょうか」
どこかへ行こうとする父親に向かってそう言うと、ほとんど感情の無い顔が僕の方を向く。強いて言うなら、『面倒だな』っていう顔。
「お金はね、出してもらわなくてもなんとかなるかな、って、思ってる。奨学金を借りればなんとかなりそうなんだ。ええと、公立の美大なら、月5万円か8万円の奨学金を借りれば足りる。それに加えてアルバイトすれば生活費や消耗品もなんとかなるかな、と」
学費以外でのお金については、アルバイトでなんとかするしかない。生活費もそうだし、使う絵の具や紙の代金も。
……けれど、それでなんとかする覚悟はある。貧すれば鈍す、っていう理屈は知っているけれどさ。それでも僕は、心が空腹でいるより体が空腹である方がずっとマシだって、知っているから。
「全く現実が見えていないな。初年度納入金は?お前は知らないだろうけどな、桐吾。大学に進学するなら、入学前にまとまった金が必要になるんだ。100万程度はかかる。勿論入学前だから奨学金は頼れない。なのに100万円もお前はどうやって用意するんだ?」
父親は席に着かないまま、僕の頭上からそう、吐き捨てるように言った。
「現実を見なさい。お前みたいな子供が夢だけでやっていけるほど世の中は甘くないんだ」
「ええと、それももう、調べた。……100万円ちょっとなら、なんとかできる算段があるんだ。だから、初年度納入金は大丈夫」
けれども、父親が言うことはとっくにシミュレーション済みなんだ。……というか、ここの算段が付いたからこそ、僕はこうやって、親の手を借りずに美大へ進もうとしているのだけれど。
「……貯金を使うのか?お年玉の?」
と、思っていたら、なんだかちょっと不思議なことを父親が言い出した。
いや、貯金……え?貯金?お年玉?僕のお年玉の貯金なんてあったの?あれ、大体すぐ母親に回収されて『使いたいんだけれど』って言っても出てこなかったし、僕が自分の部屋に隠しておいてもいつの間にか無くなっちゃってたから、もうそんなものとっくに無いと思ってた!
……いや、無いんだろうなあ。父親の顔を見る限り。無いから今、そういう顔、してるんだろうなあ……。
「ね、ねえ、桐吾。初年度入学金がなんとかなったって、奨学金って、借金なのよ?美大なんか行って、その後、就職はどうするつもり?どうやって奨学金を返すの?」
父親についてちょっと思うところがある僕に、母親が横から口を挟んでくる。
「奨学金の返済をしながら生きていけるほどの稼ぎを得られるのか?絵だけで生きていけるわけがないだろう!」
「そうなったら、『ああ、若い頃に馬鹿したなあ』って笑いながら、なんとか生きていく方法を探すよ」
芸術をお金にする難しさは、知っているつもりだ。でも同時に、自分の絵が認められてお金になるっていうことの嬉しさも、僕は知ってしまったから。
「そんなこと……そんな生き方間違ってる」
母親が眉を顰める。
「お前のために言ってるんだ。どうしてそう、捻くれたことを言うんだ」
父親がため息を吐く。
彼らには彼らの思い描く幸せがあるんだろう。それは間違いなく、彼らにとっては紛れもない真実であって……でもきっと、僕にとっては息苦しい世界なんだ。
「あなた達の幸せと僕の幸せって、違うみたいなんだ。だから、僕のためだって言うなら、僕に絵を描かせてほしい。応援してくれなくても、いいから」
……本当は、応援してくれたら、嬉しいけれど。見守ってくれたら、嬉しいけれど。でも、彼らにそれを望むのはちょっと現実的じゃないっていうことは、分かっているから。
「……それとも、僕はあなた達のために生きなきゃいけない?」
せめて、僕が1人で生きていくことは、許してほしい。
そう言った途端、側頭部に強い衝撃が加わる。ぐら、と頭が揺れて、それから、鈍く重い痛み。続いて、殴られたなあ、という実感。
「いい加減にしろ!」
緩く吐き気が襲ってきて、ふらつく。久しぶりだ。こういうの。
「頭を冷やせ!全く、何様のつもりで……」
「頭は、冷えてるつもりなんだけれどな」
いつもだったら、殴られたらそれ以上は言わないことにしているのだけれど、今回、ここで引き下がるわけにはいかないから。我慢して、また父親を見る。
「……色々考えたんだよ。本当に。教育学部の美術科に進んで、学校の美術の先生になる道とか。美術史や美術学を学ぶっていうのも考えた。けれど……いずれ、教員とか学芸員とかになるにしても、もっと、絵のことを学びたいって思ってる」
絵で食べていくことの難しさは、分かってる。だから、絵に関わることができる職業、絵描き以外にもあるんだって、ちゃんと調べてる。そういうところまで含めれば、絵に関わりながら生きていくことは、そう非現実じゃないっていうことは、分かってる。勿論、金銭的に豊かな暮らしとは縁遠いものになるけれど。
「絵なんかのために人生を無駄にする気なの!?」
「僕からしてみれば、描けない人生の方がよっぽど無駄なんだよ」
ヒステリーを起こしたような母親に、どうやったら分かってもらえるだろうか、と考える。考えて……ふと、思い出した。
「小学生の時、美術展で金賞、貰ったの、覚えてる?あれ、褒めてもらえたの、すごく嬉しかったんだ。それ以外でお母さんに褒めてもらえたこと、あんまり無かったから」
ちょっと思い返してみても、あの金賞以外で褒めてもらえた記憶があんまり無い。テストで100点を取って帰っても特に褒めてもらえなくなってしまったのはいつからだったかな。
「それで、絵を描くのが好きだっていうことにも気付けた。おかげで僕、今も絵を好きでいられて、生きていられるんだよ」
とにかく、僕にとってはあれが原点だった。絵を描くことが好きになって、それを支えに生きていけるようになった、大きな出来事だった。
のだけれど……。
「ああ、美術展で賞を取ったことなんか、褒めなきゃよかった……!」
……母親の言葉を聞いて、ちょっと胸の奥がひんやりするような感覚に襲われる。
まあ、そうだよなあ、とも思うし、そんなあ、とも思う。多分、ちょっとだけ、がっかりしてる。ちょっとだけ。
「……それだったら僕、もう、死んでたよ。小学6年生の冬に、死んでた」
「え?」
これ、母親の嘆きを慰めるというよりは、追い詰める方の話だよなあ、とは思いつつも、一応、ちゃんと話しておくことにする。
「覚えてない?合格発表があった翌日、僕の帰りが遅かった日があったよね」
覚えてないか、なんて聞いたけれど、多分覚えてないだろうなあ、と思う。そもそも母親はその日、僕が帰ってきたことに気づいたのだか、どうだか。
「あの日、僕、川に飛び込もうとした。……助けてくれた人が居なかったら、本当に川に落ちてたはずだったんだよ」
父親も母親も、何の話だろう、みたいな顔をしていた。あんまり興味が無いのかもしれないけれど、興味があることにしておかなきゃいけない、みたいな。そういうかんじ。
「まあ、偶々、欄干の外に飛び出したところで僕のランドセルを捕まえて引きずり戻してくれた人が居たから、僕、まだ生きてるんだけれど……」
先生の話をしようか、ちょっと迷って……この後の話をするにあたって、話さないわけにはいかないな、っていう結論に達した。
「……それで、ええと、ちょっと話を遡って、ご報告、なんだけれど」
ちょっと勇気を出して……大分荒唐無稽な話を、する。
「僕、200万円ほど相続することになった」
先生は生まれた時から小説家、ってわけじゃなかった。当然。
先生は小説で生計を立てるようになる前、大学を出てから数年間は、勤めの仕事をしながら小説を趣味で書いていた、らしい。何なら、僕が初めて会った時の先生は、実はまだ、小説一本で生計を立てているわけじゃなかったらしい!
……まあ、それで、勤めていた時の貯金がそれなりにあって、その貯金をちょっと食いつぶしたりもしながら小説一本で生計を立てるようになって、そして、貯金に手を付けなくても慎ましやかになら生活していけるくらいの稼ぎができる小説家になっていった、ということ、らしい。
……それで、先生の預金口座に残してあるお金が、大体500万円ちょっと。
そして先生は、遺留分やその他諸々を除いた200万円を僕に渡したい、と、遺書を残していたらしい。それで、今後入ってくる予定の印税とかその他諸々の権利は石ノ海さんに、って。
「100万円は、初年度入学金に充てる。もう100万円は、予備校に行くのに使いたい。……美大に行くなら、それも東京藝大なんて目指すんだったら、予備校に行かなきゃ間に合わないと思うから」
できるなら予備校、通いたいなあ。異世界で2年くらいひたすら描き続ける生活をしていたけれど、それだけで東京藝術大学に合格できる自信は無い……。
「そ、そんな……そんなお金、どうして?誰から?ねえ、桐吾!あなた、一体、何をしたの!?」
「宇貫護さんから相続することになったんだ」
ちょっとパニックに陥っている母親に説明すると、母親は『それ、誰?』と言わんばかりの顔をした。
「今回の事件の被害者か?」
「……うん」
父親は、先生の名前くらいは知っていたらしい。ニュースになっていたし、テレビ局の人が先生の家の前に居たくらいだから、まあ、知っていてもおかしくない。
「どうしてその人がお前に」
「元々、知り合いだったんだ。小学校6年生からの知り合いで……仲良しだったので。ええと、要は、僕が自殺しようとしていたのを引っ張り上げて自殺未遂に留めてくれたのが、宇貫護さんだった。それから、僕が中学生になってから図書館で再会して、時々お喋りするようになって、最近は専ら、お家にお邪魔してた」
……相当、ショックだったんだろうなあ。自分の息子が知らない人の家に上がり込んでいた、っていうのは。父親も母親も、そういう顔をしている。特に母親はショックだったらしい。ごめん。悪かったとは思ってないけどさ。でもごめん。
「まあ、そういうわけで、僕は先生のお家にお邪魔して、そこで勉強したり、絵を描いたりして、なんとか生きてた」
「絵の道具なんて、あなた、無かったでしょう?どうしたの?その人にお金を貰っていたの?」
「僕、お母さんから渡された昼食代、全部画材につぎ込んでたんだ。それで描いてた」
次から次へと知らない情報が出てきたからか、母親は卒倒しそうな顔をしている。そんなにショックだったんだろうか。まあ、ショックだったんだろうなあ。
「僕の画材、全部、捨てたよね。だから、それを買い戻してた。クレヨンに、色鉛筆に、水彩絵の具。アクリル絵の具も買い戻して……それで、最近は油絵の道具を揃えてたんだよ」
「おい、桐吾!お母さんはそんな無駄なことに使うために食費を出してたんじゃないんだぞ!」
「無駄なんて言わないでほしい。僕を生かしてくれたのは絵なんだ。どんなことがあっても生きていけるようにしてくれたのが、絵を描くことそれ自体なんだよ」
先生が僕を生かしてくれたけれど、それは、僕の中に絵があるっていうことを教えてくれたから。僕に生きる術を教えてくれたっていうことであって……やっぱり、僕が生きているのは、絵が、あるからなんだよ。
「何を訳の分からないことを言っているの、桐吾。変な本でも読んだの?」
まあ、そうかもしれない。変な本、でした。あの世界は。本当に。……変で、温かくて柔らかくて、幸せな本でした。
「どんなに辛いことがあっても、絵を描くための経験だったと思えば乗り越えられる。どんなに嫌なことも、僕が大好きなことの材料にしてしまえる。そうやって僕、今、生きてるんだよ。……あなた達にはちょっとよく分からない話だとは思うんだけれど」
まるで理解できない生き物に変異してしまった僕を見る両親は、僕にとっても理解できない生き物だ。そういう僕らが生きていくには、多分、間に壁が必要なんだろうなあ、と、思う。それは悲しいことじゃあない、とも、思ってる。
「僕は死んでも描くのをやめない。描けないくらいなら死んでもいい。できれば死にたくないけれど、描けないのはもっと嫌なんだ」
「だから、どうしても僕に絵を描かせたくないっていうのなら、僕を殺して止めればいい」
……結局。
僕が殺されるようなことはなかった。一発殴られたら、それで収まってくれた。
そこでひとまず、『僕はこういう気持ち、こういう予定でいます。あなた達が今後僕にどう関わるか、結論が出たら教えてください』っていうことを伝えて、就寝。晩御飯は抜き。でもまあ、家から追い出されなかっただけ良心的。両親は頭を抱えていたけれど、僕は言いたいことを言えてすっきり。
……人生で初めてだ。こんなにたくさん、両親に自分の意見を言えたのは。
まあ、そういうわけで……人生で初めてなんだから、1回くらい、両親が僕の気持ちについて考えてくれることがあってもいいよね、と、思うことにした。……我儘だろうか。
彼らがどういう結論を出したとしても、僕はなんとかやって行こうと思う。家に住んじゃいけないって言われたら、その時は石ノ海さんの家に住み付かせてもらえることになっている。あとは、高校を中退して働きながら予備校に通って、高卒認定試験を受ければいいかなあ。東京藝大は共通テストで8割取れれば学科の方は問題無さそうだし、なら、一橋の法学部を目指していた僕にはちょっと余裕ができるくらい。でも勉強も今まで以上に頑張ろうと思う。いつ高校中退してもなんとかなるように……。
……まあ、今は、お休みなさい、だ。今はただ、あんまり期待せずに、彼らの結論を待とうと思う。
もし、両親がちょっとでもこちら側に歩み寄ってくれたら、嬉しいけれど。でも、まあ、あんまり期待はせずに……。




