13話:書を焼く者へ*3
僕はすぐベッドから出て、窓を開ける。
「鳥ー!」
呼んだら、にゅっ、と、鳥が現れた。どこから来たんだろうか。まさか、僕の家の屋根の上に居た?
「鐘、鳴らしてくれる?まだ、今すぐ、っていう訳じゃないけれど、でも、今日中だよね?」
一応、精霊の先輩のご意見を窺ってみたところ、翼を広げて、キョキョン、と偉そうに鳴いた。……まるで分からないけれど、これだけやる気に満ち溢れているんだから、多分、今日がカチカチ放火王復活の日なんだろう。間違いない。鳥がこれだけ張り切ってるんだ。間違いない。
鳥はやがて、バサバサバサ、と飛んでいってしまった。それから僕は、まだベッドの中でとろとろ微睡んでいたレネを起こして、とろんとした目のレネに朝の挨拶をしたら、客間のフェイも起こして、早速……ええと、朝ご飯。腹が減っては戦はできぬ。
まずは、朝ご飯がてら町の様子を見に行くことにした。
ソレイラのおひさまベーカリーへ向かうと、丁度そのあたりで鐘が鳴った。りんごーん、りんごーん、と鳴る鐘は、警鐘というよりは何か、お祝い事の鐘の音のようにも聞こえる。
その音を聞いて、おひさまベーカリーのご主人は『大変ですねえ』と言いながら、僕とレネにサンドイッチとホットミルクを振舞ってくれた。お代を払おうとしたら、『いやいや、これから頑張るトウゴさん達へ、これくらいのプレゼントはさせてください』とやんわり断られてしまった。ちょっと申し訳なくて、それから、嬉しい。
……おひさまベーカリーを出たら、町の人達の誘導を手伝う。これは森の騎士団が早速動いてやってくれていたのでそう問題は起きなさそうだ。
これなら大丈夫かな、ということで、僕らはまた、森へ戻る。
「トウゴ。鐘の音が聞こえたが、いよいよか」
「うん。僕はそうだと思うし、あの鳥も妙にやる気に満ち溢れていたから、間違いないと思う」
戻ったところでラオクレスと鉢合わせたので、ざっと説明。まだそんなに切羽詰まった状況じゃないよ、っていうところも含めて。
「おはよう、トウゴ君。私達はもう復活予定地で待機していた方がいいかしら?」
「うん。お願いします」
それからクロアさんもやって来たので、ラオクレスとクロアさんには先に、カチカチ放火王復活予定地へ行っていてもらうことにした。ついでに、ラオクレスが先頭に立って、骨と鎧の騎士団を導いていく。……騎士達の行進、格好いいなあ。
それからリアンとアンジェとカーネリアちゃんには、ソレイラの町の人達と一緒に北側の建物で待機していてもらうことにした。もし、彼らの中で怪我人が出たらそっちでもよろしくお願いします。
「ねえ、トウゴ」
そんなこんなで着々と準備が進む中……ふと、ライラが僕の傍に来て、僕の肩のあたりをつついて呼び止めた。
「ルギュロスさん、居た方がいいわよね?」
「え?……あー、うん。そうだね。居てもらいたい。すごく」
そうだ。ルギュロスさん。ルギュロスさんはライラのブローチの中に居るけれど、できれば、カチカチ放火王を倒す時の場に居合わせていてほしい。そうすればカチカチ放火王が何か最期に言い残すことがあっても聞き逃さなくて済むだろうし……何より、『勇者』はちゃんと、現場に居合わせていなきゃいけないだろうから。
「なら、ラージュ姫も呼んでくるわ。……で、私は……」
「ライラは、避難。リアン達と一緒に、町の人達をよろしく」
「分かったわ。……なんか悔しいけど、私が居ても役には立てないものね。足手纏いにはなりたくないし」
ライラはそう言って、よし、と気合いを入れるように表情を引き締めると、一転して、にや、と笑って続けた。
「だからその分、町の人達を安心させるのは任せてよ。ついでに、森の外から見た戦いの様子とかも描いておいてあげる。なんなら、ちょっと馬に乗って、上空から見た様子も記録しておいてあげるわよ」
「……君って最高だ!」
「でしょ」
うん。すごくいい。最高!ライラ、君ってやつは!本当に僕のことよく分かってる!
「ってことで、あんたはあんたで頑張りなさいよね」
「うん。僕こそ本当に何を頑張ればいいのか分からないけれどね……」
戦うのは僕じゃなくてレッドドラゴン達だし、僕自身は特にやることが無いのだけれど……うん。
「なので僕も、カチカチ放火王を描いてくる」
「よし!それでこそトウゴよ!終わったら見せ合いっこね!」
「うん!」
ということでライラと別れて、僕は羽を出して飛ぶ。……未だに鳥が鐘を鳴らしている方へ。
「あの鳥、やっぱり目立つの好きだよなあ」
現場に到着すると、皆が気の抜けた顔で鳥を見ていた。鳥は元気に鐘を鳴らしては、満足気にキョキョンと鳴いている。
「それでいて準備万端なのがすごいわね」
「まあ、目立つためだから……」
そして鳥は、光の剣を既に準備していた。羽毛の中から刀身がはみ出ている。多分あいつ、とどめだけ差しに来るつもりだ……。
「……相変わらず気の抜けたことだな」
「うん」
ルギュロスさんは呆れたような顔で光の剣のレプリカのレプリカを『一応』というように持っている。……僕がものを描いて出せるっていうことを知ってから、『光の剣』がレプリカだって気づいていたらしい。まあ、ルギュロスさん曰く『愚民の目さえ騙せればそれでいい』とのことだったので、まあ、いいんだろうけれど。
「光の剣が3振り存在している状況、というのは中々面白いものですね」
そしてラージュ姫も光の剣のレプリカを手にくすくす笑っている。
ラージュ姫も、直接戦うわけじゃない。なので剣は『一応』だ。うーん、光の剣を持っている中で唯一、直接カチカチ放火王に攻撃する気満々なのが、鳥……。まあいいか。
それから僕らはのんびり待機。冬の森の、霜に覆われた下草の上に敷物を敷いて、あったかいココアを出して、マシュマロなんて浮かべてみたりして、そしてそろそろ流石にうるさかったので鳥には鐘を止めてもらって、ちょっと不服気にキュン、と鳴かれたりして……。
「……カチカチ放火王は現実に使役されている存在、っていうことなんだろうか」
これで最後になるから、最後にちょっと、考えごと。あいつは一体、どういう奴だったのかな、ということについて。
「トウゴの世界には魔物が居ないのだったな」
「うん」
ラオクレスは手に持っていたマグカップを胡坐の脚の間に置きつつ、ちょっと首を捻る。
「ならば、奴とて現実の存在ではない、ということになるだろうな。あれもまた、誰かが生み出した存在か……或いは、この世界に合わせて生み出された存在なのかもしれない」
成程。カチカチ放火王は概念的なものであって、それがこの世界に来たからこそああいう形を取ったのかも。
「……だとしたら、まあ、運がよかったよなあ」
フェイはココアを飲んで、ぷは、と白い湯気を吐き出しつつ、そう言った。
「世界によっては、あいつ、ただの火とかになって出てくるのかもしれねえだろ?それが、ああいう風に意思の疎通ができる存在として出てきたっつうのは、運がよかったと思うんだよな」
「そうねえ。まあ、お話しできたことで分かったことも多かったわけだし。そういう意味では、ただ暴力的な存在、っていうかんじでもないわよね」
「まあ、トウゴ燃やしやがったのは許してねえけどな!」
まあ、燃やされちゃったことについては僕も忘れられないけれど。でも……まあ、カチカチ放火王は、あれはあれで彼なりの信念に従った結果の行動なんだろうな、と思うよ。それが悪いことかどうかっていうのは、僕には決められない。好きか嫌いか、僕が同意するかしないかはまた別の話だ。
「しかし、あれはもしや、この世界の中でしかあの形ではいられない、ということか?」
そんなことを考えていたら、ラオクレスがふと、そんなことを言い出した。マグカップに口を付けて、ふくふくと湯気に顔を包まれながら、ラオクレスはちょっと渋い顔をしている。
「『本を焼く』という存在……いや、思念や魔力といった方がいいのかもしれんが、そういったものによって生み出されたものが、あのカチカチ放火王、ということであるならば……奴は、この世界が滅んだ時、ただの火やそれらしいものに戻って消えるのか。奴は意思を持っているように見えるが……」
「……それはなんだか、悲しいね」
カチカチ放火王はもしかしたら、この世界がファンタジーな世界だから、ああいう形になったのかもしれない。そうして1人の『登場人物』として意思と人格を持って……それでありながら、この世界を滅ぼそうとする、っていうのは……。
……意志が強いなあ、と、思う。
でも、奴は何が何でも、この世界を燃やしたいらしいので……うん。
「何にせよ、こちらと利害が一致しないのであれば互いに滅ぼし合うしかないな」
「折衷案っていうのができればよかったんだけれどね……」
割り切れちゃうらしいルギュロスさんとは違って、僕はそこのあたりがあんまり割り切れない。別に、合わないからって滅ぼし合う必要は無いと思うのだけれど、でも、まあ、相手がこちらを滅ぼそうとしている時にこちらが何もしないのは間違いだとは、分かってる。うん、難しい……。
「一応、最後にもう一回、折衷案というか、共存の道の模索だけはしてみたいと思う。いい?」
ということで、僕は皆にそう、確認してみる。鳥が『キュン!』と鳴いている。多分、『だめ!』みたいな意味だと思うんだけれど、それは無視。君が目立つ機会は奪わないから大丈夫だよ。全くもう。
ルギュロスさんは渋々頷いて、他の皆は渋々じゃなくて同意してくれたので、僕は早速、カチカチ放火王になんて言えばいいかなあ、と思いつつ……。
「ええ。私はそうすべきであると考えていました。カチカチ放火王が存在している意味を考えた時、もしかしたら私達にはああいう存在も必要なのかもしれない、と思ったのです」
ラージュ姫がそう言ったのを聞いて、はて、と思う。
「必要?」
「ええ。あまり良い考えではないかもしれませんが……」
聞き返してみたら、ラージュ姫はちょっと気まずげな顔をしつつ、説明してくれる。
「……世界を焼こうとするものがあれば、世界は一つになってそれに立ち向かう。厳しい世界だからこそ生まれるものもあるでしょう。対立というものは、必ずしも悪いものではありません。何かを生み出す力になり得る。そう、思いました。だって……その」
ラージュ姫の手がココアのマグカップを包んで温まろうと動いている。ちょっと落ち着かなげで……もじもじ、という仕草、にも見える。
「その……私は、カチカチ放火王やまおーんさんが居なかったら、きっと、この森には居なかったでしょうから。ですから、少なくとも私にとっては、カチカチ放火王の存在は、無駄では、無かったのです。迫る危機によって自分の役割を意識し、他者と協力して、解決にあたろうとした。それは、私にとって幸せなことでした」
……そっかあ。
そう、だね。うん。そうだ。
無駄じゃない。色々な出来事は全部、無駄じゃない。
無い方がよかっただろうな、っていうことも沢山あるけれど……それらで僕らはできている。
「色々、辛いことも嫌なことも、たくさんあるけれど。何なら、現実ではそういうのの方が圧倒的に多いけれど。でも、やっぱり、無駄じゃないんだって、思う。経験したことの全てが、僕らを形作っているし……僕らを作っているもので、僕らは世界を創ることだって、できるんだから」
経験は全て、筆の餌。
筆の餌にしてしまえるから、僕はどんな経験だって呑み込める。
そして……文章も絵もかかない人にとっても、同じこと、なのかもしれない。僕らは数多の経験で自分自身を作っている、のかもしれない。
そんな話をしながら、森が夕暮れてきた頃。
ちろ、と、炎が揺らめいた気がして、そちらを見る。
すると、少し開けた場所に、ほわり、と火が灯っていた。温かくて、明るくて、ああ、僕はこういう火のことは好きだったな、と思い出させてくれるような。
「ねえ、あなたは、この世界が滅んでしまってもいいの?」
その火に向かって話しかけてみると、火は、ちろり、と揺らめいて、少し大きくなって……そこに、火の欠片のような目と口とが現れる。
「この世界を滅ぼしたら、あなたも消えてしまうんじゃないだろうか」
もう一度問いかけてみると、むくり、と火が少し大きくなって、人間くらいの大きさになる。
『無論。それこそが我が望み、それこそが我が使命!』
「……一緒にこの世界で生きていくことは、できないのかな。その使命は、どうしても、果たしたいものなの?」
『言ったはずだ、精霊よ。余は貴様とは相成れぬ存在。滅ぼされたくなければ、戦うことだ』
ぶわ、と炎が燃え上がって、みるみるうちに、カチカチ放火王は大きくなっていく。
そうして生まれるのは……火の、巨人だ。
「……そうだね。あなたは火だ。本を、人を、焼く存在だ」
この世界が物語の世界なのだとしたら、これほど『魔王』に相応しい奴もいないだろう。全てを燃やしていく存在こそ、この世界にとっての……いや、きっと、ありとあらゆる全ての世界の、天敵なんだ。
「そして僕らは、色んなものを生み出す存在だから」
燃やさせない。この世界は絶対に燃やさせない。
先生が書いたものなら燃やさせたくないし、そうじゃなくても……僕はこの世界が、大好きなんだ。
そして何より、僕は、絵を描くことが好きだから。全ての経験を、筆の餌にしてしまえる生き物だから。カチカチ放火王のことだって、筆の餌にしてしまえる。
……僕は目の前で膨れ上がった炎の塊を見上げて……鉛筆を、構えた。
さあ!描くぞ!




