11話:書を焼く者へ*1
「……まじかあ」
フェイはゆるゆるとため息を吐いて、そう言って、僕のベッドの上にぼすん、と腰かけて……そして、言った。
「お前の先生、すげえなあ」
「えっ、そういう感想になるの!?」
そして予想外な感想が来てしまって、僕はちょっと困る!
「え、あの、もっと、こう、衝撃を受けてしまったりとかは……」
「いや、そう言われてもよお、俺は現に生きてるわけだし、この世界が『外なる世界』に作られた世界だ、っつうことはもう知ってた訳だし……これ以上特に気にすること、ねえだろ。うん」
そ、そういうものだろうか……。なんだかあっさりしたフェイの様子を見て、ちょっとショックを受けていた僕が馬鹿みたいに思えてくる。フェイはすごいなあ。自分がドラゴンの血筋だって分かった時もこんなかんじだった気がする……。
「この世界が、物語の世界、だと……?」
一方、ルギュロスさんは順当にショックを受けているらしかった。あ、なんか落ち着く。こう、ちゃんとショックを受けている人を見ると、なんだか落ち着く!
「まあまあ、気にすんなって。この世界が物語の中だったとしても、俺は生きてるしお前も生きてる!別に問題ねえだろ?」
「だが、もしこの世界が物語の中にあるのだとすれば、物語が終わった後はどうなる!?」
「何だっていつかは終わるって。カリカリすんなよお」
「く、くそ、何故貴様、それほどまで暢気にしていられる!?」
……うん。
ここにルギュロスさんが居てくれてよかった気がする。
僕とフェイは揃ってルギュロスさんの背中をぽんぽんやったりさすったりしながら、ルギュロスさんの存在に感謝した。うーん、なんだかありがたい。
ルギュロスさんが落ち着いてきたところで、僕らは早速、他の人達にも情報共有。
皆それぞれに驚いていたけれど、やっぱり、ルギュロスさんみたいに驚く人はいなくて、ルギュロスさんは『何故だ!?』と憤っていた。怒らないで、怒らないで!
「成程な。そういうことなら『外の世界』でこの世界がどう生み出されたのかも説明がつくか。魔法が無い世界で世界を創る方法があるとすれば、確かにこういった方法だったな」
ラオクレスはそう言って、落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。
「僕、物語がこうして世界になってしまう、っていうことが、その、すごく不思議ではあるのだけれど……」
一方、話しておいて、僕の方がちょっと不安になってきた。
物語の世界がこうして実在する、って、一体どういう仕組みなんだろう。やっぱり、僕は幻覚を見ている……?
「あら。つまり、それがトウゴ君の世界の魔法なのよ」
けれど、クロアさんがそう言って、くすくす笑いながら僕の頬を指先でつついた。
「……魔法?」
「そうよ。トウゴ君から、トウゴ君の世界には魔法が無い、なんて聞いた時には、魔法が無い世界なんてあるのかしら、って思ったけれど……あるんじゃない、あなたの世界にも、魔法が」
……そっか。魔法、なのか。
うん。そうだ。魔法。僕らの世界にある、魔法。それが……小説を書いたり、絵を描いたりすること、なんだ。
「おい、何故貴様らはこうも、揃いも揃って暢気なのだ……!」
そしてルギュロスさんが、ついに疲れ果てたようにそう言ってぐったりしてしまった。やっぱりルギュロスさんは僕らと感覚が大分違うらしい。でも、こういう彼を見ていると妙に安心するんだよ。
「世界がどうできたかなんて関係ねえって。俺達はこの世界で確かに生きてるし、楽しく過ごしてる。この世界が滅ぶっつうなら全力で阻止するだけだ!」
「自分の存在でさえもまやかしかもしれないとなって、よくもまあ、そのように前向きでいられるものだな。余程視野が狭いらしい」
「おう!褒めてくれてありがとな!」
フェイはもうすっかり割り切ってしまって、にこにこしているだけだ。ルギュロスさんは『私の存在は一体何なのだ……?』って悩んでいるけれど、まあ……うん。彼が悩んでいる分、僕らは悩まずに受け入れられてしまった、というか、うーん……。
「しかし、私の夢も少しはお役に立てたのですね」
それからラージュ姫がにっこり笑ってそう言う。
「カチカチ放火王が本を焼く場面、というのは、きっと、数多ある世界をカチカチ放火王が滅ぼしている、という場面だったのでしょう」
成程。ラージュ姫の夢の意味って、そういうことなのか。
この世界は物語の世界。本の中の世界だ。だから、本を焼くっていうことは、世界を滅ぼすことなんだ。
……それから。
「僕の世界では、『本を焼く』っていうのは思想の弾圧っていう意味でもあった」
焚書、っていうものがある。だから……カチカチ放火王っていうのは、そういう存在なのかもしれない。
他者の考えを焼こうとする存在。自分の考えだけを押し通そうとする存在。それが、カチカチ放火王なのかも。
「成程なあ。そういう意味では、カチカチ放火王が燃やそうとしてんのは、本であり、世界であり、思想でもある、ってことか!」
うん。多分、そういうこと。だから、僕らとカチカチ放火王の戦いは、思想と思想のぶつかり合い。消そうとする思想と、消されまいとする思想との戦いが、僕らの戦いなんだと思う。
それから、ルギュロスさんが『最早どうにでもなれ、私は知らん』と開き直ってお茶とお菓子を楽しみ始めた頃。
「あーあ。私にもトウゴの世界の文字、読めたらよかったのになあ」
ライラがふと、そう言った。
ライラが見ているのは、先生の直筆サイン本だ。ええと、今は『星は眠る』になってる。
『星は眠る』の絵、すごく綺麗なんだよ。真っ暗な洞窟の中、星屑みたいに光を放つ宝石の欠片とランプの小さな明かりに主人公が照らされている、っていう絵で……光の具合がすごく綺麗なんだ。それから、ほんの小さな世界だけを切り取って描いたかんじがすごく、いい。あと、真っ黒の洞窟の色の上に真っ白な文字で『星は眠る』ってタイトルが入っているのも、シンプルでインパクトが強くて、すごく格好いい。
「この本、表紙もだけれど、挿絵もすごく素敵なんだもん。読んでみたくなっちゃう」
ライラが、見て見て、と見せてきたページを眺めると、それは主人公が町外れの小高い丘の上から町の夜景を見下ろしているシーンで、そこに吹く涼やかな夜風も、町の方の温かさも、その場の様子がはっきりと伝わってくるようだ。主人公の表情も細やかですごくいい。懐かしむような、愛おしむような、そんな、ちょっと目を細めて唇が綻んだ表情。綺麗だなあ、と思う。
「こういう風に、世界が分かる絵って……いいわよね」
「うん。すごくよく分かる」
世界観、というのか、その場の空気のかんじ、というのか。そういうものが伝わってくる絵だ。引き込まれるようだったし、この世界についてもっと知りたいな、と思わされるようだった。
……成程。僕もこの本、読みたくなってきてしまった。うーん、面白いなあ。
「気になるわあ……」
「今度、字、教えようか」
ライラがあんまり、文面をじっと見つめているものだから、そう提案してみる。僕もこの世界の文字を覚えられたし、ライラが僕の世界の文字を覚えるっていうことも不可能じゃないと思うけれど。
「ええー……あんたの世界の文字って、4種類ぐらいあるんじゃなかったっけ?」
「ああ、うん。ひらがなカタカナに漢字にアルファベットはよく使うね。あと、アラビア数字はまた別かな……」
僕がそう言うと、ライラは『うええ』と顔を顰めた。……まあ、この世界の文字って表音文字一種類だけだもんね。そこから表音文字3種類に表意文字も、っていうのは、辛いか。
「だったら覚えるよりあんたに読んでもらう方が早そう。ね、今度読んで聞かせてよ」
……かと思ったら、ライラがとんでもない要求をしてきた!読み聞かせっていうのは……その、ちょっと、ハードルが高い!
「……それはちょっと恥ずかしい」
「え?あんた、これを読むと恥ずかしがるの?だったら読んでよ」
「な、なんで!?」
しかもライラがとんでもないことを言いだした!ああ、僕、ライラのこういうところ、本当によく分からない……!
それからライラはしばらく僕を揶揄って、そのうちに僕らが楽しくやっていると思ったらしいレネがにこにこやってきて僕とライラに混ざろうとし始めたので、僕とライラの戦いは休戦となった。ええと、レネのほっぺつつき大会に移行したので。
レネはつつかれて『わにゃ?わにゃ?』と不思議がっていたけれど、僕が恥ずかしがるところを楽しまれるよりは、レネのほっぺつつき大会の方が平和だと思うんだよ……。
……そうして、レネをつついたりレネにつつかれたりしながら過ごしていたところ。
「あっ、そうだ、トウゴ。この世界の挿絵!この世界の挿絵って、どんなの!?」
「えっ?」
急に、ライラがそう、聞いてきた。……この世界の、挿絵?
「それから、もしかしたら夜の国の本の挿絵もあるのかしら?」
「え?あの、それ、どういう……?」
ちょっと頭が追い付かないままに聞いてみると、ライラはきらきらした瞳で、少し興奮気味に僕に詰め寄った。
「この世界も本の世界なんでしょ?なら、この世界の本も、出せるんじゃない?そうしたら、この世界についている挿絵が見られるじゃない!?」
「……ああ、成程」
説明されてやっと、分かった。成程ね。この世界が本の世界だっていうなら、この世界についている挿絵もある、と。成程……。それは、確かにちょっと気になる。
「ねえ、見てみたくない?」
「見てみたい。けれど……」
でも、残念ながら、この世界の挿絵を見ることはできない、んだよなあ。
「ええと……タイトルが分からない。だから残念ながら、この世界の挿絵を見る、っていうのは、難しい」
僕はこの世界のタイトルを知らない。だから……この世界の本を呼び出すっていうことが、できないんだよ。
「あー……それ、よくよく考えると結構不思議な話じゃねえか?まだトウゴの知らねえタイトルの小説がある、ってことだろ?」
フェイに言われて、ちょっと考える。……うん。確かに、結構不思議。
「本棚にあった本のタイトルは全部試したし、先生がぼやいていただけのタイトル……まあつまり、没になったタイトルとか、作中作のタイトルとかもある程度は試した。けれど、この世界を表す本にはならなかった、と思う」
全ての本の中身を読んだわけじゃない。けれど、表紙で大体の雰囲気は分かるし……この世界っぽい表紙の本は、無かったんだよ。
「……この世界って、どういうタイトルなんだろうなあ」
フェイが首を傾げているのを見つつ、僕も首を傾げる。
この世界のタイトルは、どういうタイトルだろう。
そして、どうして、僕はそのタイトルを知らないんだろうか……。
「ついでに、どういう表紙の絵なのかしらね。見てみたいわ」
うん。それは僕もそう思う。すごく見てみたい。この世界を表す絵、だなんて、見なきゃ絶対に損だと思うよ。
「何なら、トウゴ。あんた描いちゃいなさいよ」
「えええ!?駄目だよ!流石に!」
「そう?案外、表紙を描いたらこの本、この世界の本になるかもしれないじゃない?」
「ええええ……」
ライラが結構おおざっぱなことを言っている!本の表紙に絵を描いてしまうだなんて、取り返しのつかないことなんだし……あと、この世界を表す絵、なんて、僕には到底、描けっこないよ!
とりあえず、この世界の謎が解けてしまったので、僕らは森へ帰ることにした。
カチカチ放火王がどういう思想なのか、どういうつもりでこの世界を燃やそうとしているのかも、なんとなく見当がついてきたし。
あとは……カチカチ放火王との、最後の戦いに臨むだけだ。森で準備をしなければ。
僕らは、この世界を……この思想、この思いを、燃やされてしまうわけにはいかないから。
 




