4話:絵の具探し*3
それからまた、ひたすらに絵の具を作り続けた。色のついたものをそのまま貼り付けてもいいってことに気づいてしまったら、色々なものを絵の具にしたくなる。
花びらの色も、花びらをそのまま貼り付ければ鮮やかな絵の具になった。
葉っぱも、表と裏で色が違う。どちらの色も作った。
苔を見つけて、それも絵の具にした。木の実の皮も絵の具にした。樹皮も、片っ端から絵の具にした。
それから、蝶の死骸!これが発見で……僕の両手くらいの大きさのオレンジ色の蝶の死骸が落ちていたから、その羽を貰って、輝くようなオレンジ色の絵の具ができた。
……どこかにルリタテハとかモルフォ蝶とか落ちてないかな。そうしたら青が作れるのに。
その日の絵の具づくりはそこまでにした。何故かって言うと……とても、疲れてしまったからだ。
妙なかんじだった。ずっと絵を描いていたから目が疲れたり肩が凝ったりしたのかな、とも思ったけれど、それとは違う。
今までに感じたことが無い怠さと、力が入らないような妙なかんじ。ついでに、貧血を起こした時みたいに目眩がする。
これは多分、泉を作って気絶した時のアレだと思う。
考えるに僕は、絵を実体化させすぎると体調が悪くなるんだと思う。今もこうして、一日に何本も絵の具を作ってはしゃいでいたら体調不良になってしまったし……これが行き過ぎると泉の時みたいに気絶する、んじゃないだろうか。
……ということは、ある程度計画的にやらないといけない。無計画にやたら大きなものを描いていたら、その内気絶じゃすまなくなりそうだ。
大きめのイーゼルとか、巨大キャンバスとかはやめておいた方がいいかな……。いつか、壁画とかもやってみたいけれど……うーん、やるとしても、気絶覚悟、かもしれない。
その日はまた野宿して、翌朝。
僕はフライパンでベーコンと卵を焼きながら、考える。計画的に絵を実体化させないといけないんだから、考えなければならない。
今、欲しいものは何だろう。
まず最初に、青い絵の具。これは絶対だ。青が無いと描きたいものが満足に描けない。それは嫌だ。何よりも嫌だ。だから青い絵の具は何よりも欲しい。
……けれどその前に、筆が欲しい。
今、絵の具は全部、指にとって使っている。流石にこれは不便だから、筆が欲しい。筆は今の状態でも描いたら作れそうだから、まずは筆を描こうかな。
それから、紙。紙も欲しい。実体化した絵は紙の上から消えてしまうからいいんだけれど、うっかりしくじると紙の上に残り続ける。それを繰り返しているとコピー用紙はいずれ無くなってしまうので、紙も確保しておきたいな。
……紙に紙の絵を描いたら紙ができるだろうか?まあいいや、やってみよう。それから、もしできるなら、画用紙がほしい。コピー用紙って水彩絵の具と相性が悪すぎる。はじくし、よれるし、すぐ破れそうだし、乾きにくいし……。
……それから。
絵の具や筆や画用紙なんかよりずっと優先順位は低いんだけれど……。
家が欲しい。
できれば、家が欲しい。
家の中で落ち着いて絵を描きたいし……あと、そろそろ、野宿が辛くなってきた。
けどまあ、これは最後でいいよ。何なら、テントとかでもいいや。雨避けだけ、どこかで作っておけばいいかな……。
ということで、まずは筆を描いた。のだけれど……案外、苦労した。
何と言うか……筆の毛先の描き方によって、筆の形状も、材質も、変わってしまうようなのだ。
これは困った。まさか筆で苦労するとは思わなかった。
けれど筆については誤魔化しようが無いし、筆の穂先の細い毛1本1本を材質にこだわって描き分けるなんて、今の僕の技量じゃできそうにない。……だって、筆も高いから中々買えなかった。その分、観察もできてない。
……まあ、これは追々やっていこう。元の世界でだって、安い筆3本くらいでずっとやってたんだし。指よりは絶対にマシだし。
次は紙。
……紙に紙を描くって絶対に難しいと思ったから、スケッチブックの類を描いた。鉛筆デッサン用のクロッキー帳と、画用紙が入っている奴。あと、水彩用の画用紙の奴も。
水彩用の奴は元の世界で買いたかったけれど、資金が心許なかったから買うのを断念した奴だ。画用紙自体も厚くて上質で、しかも水張りしなくても歪んだりよれたりしないように、紙の四方が固めてある。高級品だ。
……紙の方は筆みたいに苦労しないで作れてしまった。表紙を描くだけで中身も作れるって、便利だ。筆での苦労が理不尽に感じる。いや、実は紙の方も、中身が本物とは全然違うものに仕上がっていたりするのかもしれないけれど……まあ、高い紙なんて元々使ったことは無かったからいいや。どうせ僕には違いが分からないよ。
それにしても、手に入ってしまった。憧れの水彩用スケッチブック。
絵が実体化するとなると、今まで諦めていた画材も使いたい放題なんだな。これは……すごく、嬉しい。わくわくする。
昼食を削らなくても画材が手に入る。値段なんて気にせず、手に入れられる。
油絵の具だってその内全部揃えてやる。絵の具が高すぎて絶対にできないと思っていたけれど、日本画とかにも挑戦できるかもしれない。漆も金粉銀粉も使い放題だから蒔絵とかもできる。上等な大理石の塊を出して、贅沢に彫刻もできるかもしれない。
作ってみたいものは沢山ある。やってみたいことも沢山ある。そして、今の僕にはそれができる!
……駄目だ、考えれば考える程嬉しくなってしまう。顔がにやける。
でも、こうやって嬉しくなってくると気力が沸いてくるような気がする。
この気持ちは、この変な世界に来るまでほとんど感じたことが無かった奴だ。ずっと小さい頃に感じたっきりだった奴。その気持ちが、今、僕を動かしてる。
悪い気分じゃない。どこまでもどこまでも、自分の好きなだけ、自分の好きなように進んでいける感覚。進んでいきたい感覚。
……多分、僕はずっとずっとこの気持ちを持っていた。でも、この気持ちを溢れさせないようにしてただけだったんだろう。
だから、今は好きなだけ溢れさせておこう。気持ちが駄々洩れになるのって、なんだか慣れない感覚だけれど……嫌な感覚じゃ、ない。
このあたりで昼になってしまったから、パンを描いて齧りながら次の絵を描いた。
高級水彩紙を使って描く第一号は……鞄。
……スケッチブックを考えなしに3冊も出してしまったから、紙袋には収まらなくなってしまった。しょうがないから鞄を描く。ちゃんとした奴。
どんな鞄にしようかな、と思って、最初に思いついたのが、帆布でできた大きな肩掛け鞄だった。
柿渋で染めてあるんだったかな。とにかく丈夫で長持ちだって、先生が言ってた。……そう。これは、先生が使ってた鞄だ。使い込んで草臥れたかんじが何となく好きで、ちょっと憧れだった。
その憧れの鞄を思い出しながら、憧れだった水彩紙の上に描いていく。
……ああ、やっぱり、コピー用紙と全然違うな。絵の具の色がすごく綺麗に出る。よれない。破れない。乾きも早い!
なんというか……高いものって高い理由があるんだなあ、と、思った。
そうして、鞄ができた。
記憶にあるそのままの鞄。
……試しに肩にたすき掛けにしてみたら、僕には紐が長すぎた。こういうところまで記憶そのままだ。
なんとなく面白くて1人で笑いながら紐の長さを調節して、背負い直す。……うん。悪くない。
僕はそこに鉛筆とコピー用紙とブランケットと光る花を入れて……スケッチブック3冊と筆、それからナイフと、大量の絵の具のチューブを入れていく。
大きな鞄には、それらがすっぽり収まった。これが、この世界での僕の全財産。
……なんだか嬉しい。
夕方になってしまったので、とりあえず眠る準備をする。
……ただ、今日は絵の具を大量に実体化させなかったからか、昨日よりは気力があった。
だから、雨風を凌げる場所くらいは作ろうかな。折角だし。
……ということで、描くものは、柱。
できた。泉から少し離れたところに、柱が3本立った。
僕の身長を超える柱だったからか、少し疲れてしまった。うん、やっぱり絵を実体化させ続けると疲れるみたいだ。
でももうひと踏ん張り。僕は次に、大きな布を描く。
……夕方から柱を描き始めたから、布を描き始める頃にはもう暗くなりかけていた。でも、光る花を適当に地面に刺して立てて、それを明かりにしつつスケッチブックの表紙を机にして、描く。
そうして、すっかり夜になった頃には大きな布ができていた。厚手のフェルト。羊毛をイメージしたんだけれど、多分これ、化繊だ。僕の想像力が貧困だったのか、それとも画力のせいなのか……。
これもちょっと疲れたけれど、柱よりはマシだったかな。
僕は、布の端を持って、柱に向かって投げ上げる。……何回かやっている内に、上手い具合に柱に布が引っかかった。後は適当に整えながら布を引っ張って……。
「おやすみ」
出来上がったテントの中に入って、僕は眠ることにした。
翌朝、僕は目を覚ました。
なんだか外が騒がしかったから。
……騒がしいな、と思って目を覚ましてから、凍り付いた。
いや、だって……騒がしい、ってことは、テントの外に何かいる、って、ことだろう。
そして、こんな森の中で、何かが居るとしたら……ええと、何?動物?獣?
……聞こえてきたのは、キョキョキョ、キュ、みたいな鳴き声。それから、バサバサという、羽音。
怖々、テントの端を捲って外を覗いてみたら……そこには、驚くべき光景があった。
頭から胸がオレンジ色で、お腹は滑らかな灰色。翼は茶色で、尻尾はオレンジ。形としては、大体スズメ。
コマツグミ、という鳥によく似た、それでいてコマツグミのイメージを全部壊すような大きさの……。
……翼を広げた端から端まで5mぐらいありそうな、怪鳥の姿を。
そんな怪鳥が、僕が作った泉で、水浴びしていた。
鳥というか怪鳥。そんなかんじの生き物を前にして、僕は固まっていた。いや、だって、こんなのどうしていいか分からない。
けれど、怪鳥の方もどうしていいか分からなかったらしい。
僕とバッチリ目が合った後……すぐに翼を広げて、飛び去ってしまった。
飛び去る時も、綺麗だった。色も綺麗だったし、形も綺麗だった。鮮やかな羽が青い空に映えて、すごくよかった。
それを見て、僕は、思った。
……あれ、描きたい。