15話:知らない世界*2
……そうして。
僕らは、カチカチ放火王の最後の封印の封印が解ける前にもう一度、アージェントさんと話をすることにした。
ちゃんと準備をして、全員の了承を得て、それから王城に向けて、僕らは出発した。
王城に到着するとすぐ、ラージュ姫が出迎えてくれた。そこで、封印の宝石が見つかったことなんかを話して報告しつつ、アージェントさんの様子も聞く。
「アージェントさんの様子はどうですか?」
「そうですね、まあ、落ち着いている、と言えばそうですね。達観しているようにも見えるものですから、何か企んでいるのではないかと疑う声も多くありますが」
ラージュ姫に案内されつつ、僕らはまた、地下牢へ。かつかつ、と石畳を踏んで、僕らは進んでいって……そして。
地下牢の奥、鉄格子越しにアージェントさんを見て……僕らは、ぞっとした。
「ああああ!アージェントさん、手、大丈夫ですか!?」
だって、だって!予想以上に!アージェントさんの手、大変そうだった!
包帯がぐるぐる巻きになっている!手というか、前腕が全部ぐるぐる巻きだ!
「ら、ラージュ姫。あれって……」
「ええ、レネさんが噛んだものです。ただ可愛らしく、かぷっ、と前腕を噛んだだけに見えたのですが、その一噛みだけでアージェントの前腕から手首にかけての骨が全部折れてしまったようで……ごめんなさい、私が素直に翻訳してしまったばかりに……」
ラージュ姫はそう言って、ちょっと遠い目をしている。あああ……。
「……全く、躾のなっていないドラゴンだ」
更に、そんな僕らを見てアージェントさんはそんなことを言う!
「わにゃ!?とうご!?わにゃへいえさいあ!?」
「あ、えーと、今日はいい天気ですね、って言ってる……『今日はいい天気ですね』と……」
僕はそのまま翻訳する勇気は無いのでそう書いて伝えたところ、レネはちょっと首を傾げて、『牢屋にお天気があるんですか?』と聞いてきた。ええと、うん、そうなんだよ。あるんだよ……。
……そういうことにしておかないと、レネが火を吹いてしまう!
レネは相変わらずアージェントさんが嫌いみたいだったけれど、ひとまずそれは置いておいて……僕らは早速、アージェントさんと話してみることにする。
「アージェントさん。封印の宝石を見つけました」
最初にそう言ってみたところ、アージェントさんは少しだけ、驚いたような顔をした。
「ほう……それはつまり、既にすべての封印が解けたと」
「いえ、封印が解ける前に、封印の宝石を確保しました。現在、封印の宝石には今のアージェントさんの頭に生えているのと同じようにたんぽぽが生えています」
アージェントさんは少し緊張したように目を細めた。彼が少し頭を動かしたのに合わせて、頭のたんぽぽもみょんと揺れる。
「……それで、私に何の用かね?何か取引を持ち掛けたいと?」
「いーや。単にご報告、ってもんですよ。ついでにそっちの気が変わったことがあればいいなー、とは思いましたけどね」
挑戦的な笑みを浮かべたアージェントさんに、フェイがちょっと笑って近づいていく。
「カチカチ放火王の封印は、魔力をほとんど使い尽くした状態で解かれる。出てきたゴマ粒みたいなカチカチ放火王は俺に踏み潰される。んで、最終的に復活するカチカチ放火王を倒すのは、間違いなく、ルギュロス・ゼイル・アージェントじゃない誰かだ。……で。ここまで聞いて、何か気が変わること、ありませんかねえ?」
フェイが詰め寄ると、アージェントさんは少し渋い顔をして、やれやれ、とでも言いたげに首を振った。
「何も」
「へー。そっちは交渉材料を失ったのに、『何も』か。死ぬ覚悟ができたってことか?」
「ほう。殺したいなら殺せばいい。まあ、私を殺した後で後悔したとしても、それは私には関係ないことだ」
アージェントさんはフェイを嘲笑うようにしてそう言うばかりだ。こちらを怒らせようとしている、というか……。
「……アージェントさん」
埒が明かないなあ、と思ったので、僕はアージェントさんに聞いてみる。
「僕、カチカチ放火王の言う『外なる世界』のことが分からないんです。それから、カチカチ放火王が言う『奴』のことも。……アージェントさんは何か、知りませんか?」
僕が聞いた途端、アージェントさんの表情が少し変わった。けれど、すぐにアージェントさんは表情を元のものに戻す。
「さて。知らないな」
「そうですか。知ってるんですね」
アージェントさんの表情の欠片から、彼が何か知っていることを悟る。『外なる世界』も『奴』も、アージェントさんはきっとどこかで聞いたことがある。そして彼がそれを聞いたとするならば……それは、カチカチ放火王から直接聞いたっていうことに他ならないだろう。
「ええと、外なる世界、っていうのは、夜の国のことじゃ、ないんですよね?」
「……知らない、と言っているのだが」
「知っているように見えるから」
僕が問答を始めると、アージェントさんは少し嫌そうな顔をして、『話にならない』とでもいうかのようにやれやれと首を振る。
「推測は結構なことだが、時と場合と相手は選ぶべきだな。出鱈目を言ったところで逆効果だ」
「そうでしょうか」
「そもそも『外なる世界』とは?国外のことか?なら城の学者に聞いた方がいいだろうな。それから、なんだ。『奴』だと?その言葉が特定の何かを示すとは思えないがな。相対的に意味が変わる言葉で定義された何者かを探るというのは非効率的に思えるが」
聞いてみようと頑張ったのだけれど、アージェントさんはするすると言葉を並べて逃げていってしまう。どうやら彼、本当のことを話す気にはなれないらしい。
「……俺、ルギュロスから聞いたんだけどよー」
そんな折、フェイがふと、零す。
「本当に、何か隠したいことがあるとよく喋るんだなぁ」
……途端、アージェントさんが凍り付いた。
「……ルギュロス、だと?」
そしてアージェントさんの表情に、一瞬、逡巡が見て取れた。どう動くか、どう進むかを一瞬で決めようとしたみたいな。
「ルギュロスも捕らえた、と?」
慎重にこちらを探るような目が、僕らを見つめる。
「いや、捕らえたっつーか、来てもらった、っつーか……」
フェイはアージェントさんの変化を見て、彼に変化があったことを確かに見たらしい。
「……うん。よし。ライラ、いいか?」
ライラを振り返ってフェイがそう問うと、ライラは黙って頷いて、そっと、胸元のブローチに触れた。
「……久しいな、伯父上」
そしてルギュロスさんが牢の前に立った時、アージェントさんはただ、険しい表情で僕らを見ていた。
「裏切ったのか」
「こちらの台詞だ」
アージェントさんとルギュロスさんは睨み合って、静かに相対している。
……似た者同士なんだなあ、と、思った。ルギュロスさんの方が未熟でアージェントさんの方が老獪、っていう印象はあるけれど、その分、ルギュロスさんは柔軟な部分があって、アージェントさんは凝り固まってしまっている、というようなかんじもある。まあ、そういう違いはあれども、2人とも同類のよく似た気配をしていた。
「伯父上。一体、何を企んでいる?まさか、アージェント家の繁栄の為、とは最早言えまい?私を捨て駒にした以上、勇者の栄光をアージェント家のものとする計画など、とうに捨て去っているのだろうからな」
ルギュロスさんは自嘲気味に笑ってそう言って……それから、きっ、と表情を険しくした。
「貴様は最早、アージェント一族にとっても裏切り者だぞ!分かっているのか!」
「何を言う」
アージェントさんが、ゆるり、と牢の中で立ち上がる。
「私は当然、アージェント家の繁栄を考えているとも。王家と貴族連合との取引には、アージェント領の独立と向こう50年分の食料の安定供給を持ち掛けている」
「それにしても、もっと上手くやれたはずだ。伯父上。あなたともあろうものが、何故、あれほどに下手を打った?何故、わざわざ勇者計画を破棄したのだ」
「お前の能力が足りなかったために、勇者として運用するに値しなかった。だから適所で使ったというだけのこと」
冷たくて鋭い言葉が2人の間を行き来していて、まるきり蚊帳の外になっている僕らでさえぴりぴりした空気に包まれて居心地が悪い。
「真にアージェント家の繁栄を目指しているとは思えん。一体何を企んでいる?」
「さて。裏切り者に教えてやる義理は無いな」
「私が従順に待っていたとしても何一つとして教える気など無かった癖に、よく言う」
「あの」
……2人の会話には終わりが無さそうに見えた。というか、何か、結果が出てくるものには見えなかった。なので僕は、2人の間に割って入った。
「……アージェントさん。あなたはカチカチ放火王と手を組んでいますよね」
ルギュロスさんは少し驚いたように僕を見ているだけだし、アージェントさんは僕を睨んで黙ったままだ。多分、僕に何かを話してくれる気は無いのだろう。
「じゃあ、カチカチ放火王に聞いたら、またここに来ます。そうしたら今度こそ、話してほしい。……あなたが望んでいることが何なのか、僕はちゃんと知りたい」
僕がそう言うと、アージェントさんは怪訝な顔をする。『理解できない』っていう顔だ。
「……知ってどうするというのかね?」
「うーん……とりあえず、知るだけ。その後のことは、知ってから考えた方がいいと思っています」
僕の答えについても、アージェントさんには理解できないものだったんだろう。彼の表情は依然としてそういうかんじだった。
けれど……まあ、ひとまず、これで終了。アージェントさんがこれ以上喋ってくれないんだったら、ここに居てもしょうがない。
「それじゃあ、また来ます」
挨拶して、僕らは地下牢の並びを出ることにした。最後に一度、アージェントさんを振り返って見たら、彼は何か迷うように、じっと床を見つめていた。
「やっぱ、全然喋らねえなあ、あいつ」
地下牢から出るために階段を上がっていく途中、フェイがそう言って嘆く。
「あら。でもトウゴ君の言葉への反応を見る限り、『最後の封印を解いたらアージェントの目的が達成される』というようなことはないだろうって確信できたわ。これは大きな収穫じゃないかしら」
一方、クロアさんはすごい。転んでもタダでは起きないというか、あの短いやり取りの中でもアージェントさんの表情を読んで、そういう推測を立てていたらしい。確かに、カチカチ放火王の話を出してみても、特に慌てるでもなく、喜ぶでもなく、ただ純粋に困惑しているように見えた。
「まあ、トウゴが言った通り、カチカチ放火王に聞いちゃった方が早いかもね。まだアージェントよりは喋るんじゃないかしら、あいつ」
「うん。意外と喋ってくれる気がする」
まあ……そういうわけで、後はカチカチ放火王に期待。そういうことになる。
次が最後の封印だ。カチカチ放火王とちゃんと喋れるのは、これが最後っていうことになるのかもしれない。
「……一つ、聞いてもいいか」
そんな時。
王城の出口に向かって歩きながら、ルギュロスさんが、ふと、困惑した様子で僕らに聞いてきた。
「その、伯父上の頭頂部に生えていたあれは……何だったのだ」
……あ、うん。
そうか。ルギュロスさんは、人の頭にたんぽぽが生えているのを見るのは初めてか。
「え、たんぽぽ、だけれど……」
「そうか、ああ、たんぽぽ、か……」
ルギュロスさんは頷いて、何か考え始めて……そして。
「……いや、待て。何故、たんぽぽが、伯父上の頭頂部に」
あ、やっぱり納得がいかなかったようだ……。
「いいじゃねーか、たんぽぽ。アージェントも嫌がってるみてえだし」
「お前らと居ると頭がおかしくなりそうだ!」
ルギュロスさんは頭を抱えてしまった。なんでだ。いいじゃないか、たんぽぽ。
「なりそう、とか言ってねえでさっさと頭おかしくなっちまえよー」
ルギュロスさんの背中をぽんぽん叩きながら、フェイがけらけら笑う。ええと、まあ……。
……うん。ようこそ、こちら側へ。って、いうことで……。




