14話:知らない世界*1
さて。
「ルスターのおかげで封印の宝石が見つかっちゃう、っていうのは、その、ちょっと複雑な気分ね。まあ、面白いけれど」
宝石類を全部まとめてクロアさんのところへ持って行くと、クロアさんはそこでたんぽぽの生えたルスターさんを思い出したらしくて、くすくす笑って肩を震わせる。
「それにしても抜かったわね。そうよね。常に封印の宝石を移動させておけば、相当に見つかりにくくなるわ。他の荷物に紛れさせて運ぶようにもできるし、何なら、転送の転送の転送、ぐらいにあちこち経由してしまえば、送り主すら荷物の中身を知らないまま、王都やそこらをぐるぐるさせておくことだってできちゃうのよね……」
「結構有効な手だったなあ。そうやって最終的に、積み荷をソレイラに運び込んでしまっておいて、そこで封印が解けるのを早める魔法を使っちまえばいいんだろ?ルギュロスが最初に使いやがったやつ」
「そうね。そこで爆発させてしまえばそれで終わりだものね。はあ……悔しいわ」
アージェントさんのやり口に思い当たらなかったという点はクロアさんの反省事項らしい。ちょっと悔しそうだ。
「……だが、それにしても、封印の宝石は盗まれている訳だからな」
「そうねえ。……はあ、ほんと、ルスターって盗みの腕だけはいいのよ。盗みの腕だけは……」
クロアさんはそんなことを言いつつ、ふと、『次に遊びに来た時はちょっとくらい優しくしてやろうかしら』なんてぼやいた。
……うん。ちょっとくらいは、そういうのもいいと思うよ。
「よし。何はともあれ、これで一応、できることは全部できたってかんじだな。封印の宝石からはしっかり魔力を吸い取れてるみたいだし……」
フェイが見ている先では、ルスターさんが持ってきてくれた封印の宝石がたんぽぽ玉になっている。主にレネに好評。
「となると、ルギュロスさんが用済みになっちゃったわね」
「なんだと」
「冗談よ」
クロアさんの言葉にルギュロスさんがぞっとした顔をしていたけれど、大丈夫だよ。用済みだって言って殺してしまったりはしないよ……。
「……逆に、アージェントの方は処分しちゃってもいいかもね」
「まだ分かっていないことが多い中で、というのは多少、不安だがな。それでも、こちらに危害を加える前に殺しておくのは1つの手段だろう」
……けれどもこっちはやっぱり、考えなきゃいけない。
アージェントさんをどうするかは、すごく、重要な問題だ。
「……やっぱり、僕はアージェントさんが何をしたいのか気になる」
僕がそう言うと、皆、『それはそうだ』というような顔をする。
そうだよね。全員、気になってる。知らないままでアージェントさんを葬ってしまうことにだってリスクがあるって、皆、思ってる。
「彼の最終的な目標って、アージェント領の独立?それとも、世界を滅ぼそうとしている?」
「或いは単純に、自分の利益、か?……だとしたらもうちょい、視野の広い計画立てそうだよなあ」
うん。そう。そう思う。
なんというか……アージェントさんは一応、共存というか、一緒に繁栄すること、を、提案してきてはいるんだよ。以前。ほら、だから精霊の力を寄越せ、って言ってきた時の、あれ。
……けれどあれも大分、自分本位というか、価値観の相違が埋まらなかったというか……。
「伯父上は貴族連合およびソレイラの勝ちぶりを見て、これ以上負け越すことを危惧していたように見えた」
「だから世界を滅ぼしちまえって?……まあ、理屈は分かるけどよお」
そうだね。理屈は分かる。酷く負け込むぐらいなら、ゲームから降りてしまった方がいい。何なら、ゲームを無かったことにしてしまえばいい。そういうことだろう。
「世界はともかく、自分に理解できないものが繁栄するくらいなら、潰しておいた方が利口だろうな。繁栄とは自分自身がその恩恵に与れるからこそ、歓迎すべきものだ。そうだろう?」
うん。それも、まあ、理屈は、分かる。自分が得をしないなら、それは相対的な損だと考えるっていう理屈は、まあ、分かるよ。だから得をしている人の脚を引っ張るべき、っていう理屈も、分からないわけじゃない。理屈は、分かるんだ。賛同できないだけで。
「……ってことは、アージェントはやっぱり、貴族連合を潰したい、ってことなのか?なあ、どうなんだよぉ、ルギュロスぅ」
「伯父上の考えなど分かるものか。私に聞くな。私は裏切られた側だぞ」
フェイがうにうにと情けない声を上げると、ルギュロスさんは鬱陶しげにフェイを振り払った。……ちょっとこのやりとりが仲良しのそれに見えて、面白い。
「まあ……私がアージェントの立場で、『自分に理解できない繁栄を潰す』っていう理念の下に動くのなら、潰したいのは貴族連合というよりは、ソレイラね」
フェイがルギュロスさんをつついては振り払われている横で、ふと、クロアさんがそんなことを言った。
「森の中に居るから私達にはこの発展ぶりが分かるけれど、これ、外から見ていたら意味が分からないと思うわ」
「……成程なあ」
「だからそう言っているだろうが。何なんだ、この森は」
ルギュロスさんはため息を吐いて、今までため込んでいた鬱憤を晴らすように言い連ねる。
「まるで意味が分からん。その上、こちらと共存する気は無いらしいときたものだ。伯父上が潰したいと思うのも無理はないだろうな!」
そう言われてしまうと、こちらとしてはちょっと複雑な気分だ。アージェントさん側の気持ちも分からないではないけれど、でも、滅ぼされたくはないので。というかそもそも、僕らは、理解できないものを滅ぼすという考え方をしない人達なので……。
「ちなみに、ルギュロスさんから見て、僕らの『理解できない』部分って、どういうところだろうか」
ということで、ルギュロスさんの気持ちおよびアージェントさんの気持ちを少しでも知るべく聞いてみると。
「全てだ」
そう、返ってきた。
……そうですか。まあ、そうか。うん……。ちょっとしょげる。全部分からない、って言われてしまうと、その、取り付く島が無い、というか。
「……まあ、そうだな、強いて言うならば……理想、か?」
ただ、ルギュロスさんも『全てだ』で終わらせるのは流石に不誠実だ、と思ったらしい。ため息交じりにそう続けた。
「そもそも、お前達の目指すものは、一体何なのだ?トウゴ・ウエソラ、お前は何故その能力をより良く使おうとしない?お前のその能力があれば、より発展した世界を形作ることとて不可能ではないだろう」
「うーん……全ての人間が発展したがっているわけじゃない、としか言えない。あと、あなた達の望む『発展した世界』は、多分、僕に必要なものまで削ぎ落してしまった世界だろうから」
「なんと愚かな」
あ、ルギュロスさんにため息を吐かれてしまった。ちょっと彼、失礼だと思う。まあ、彼の価値観ではそうなんだろうからしょうがないけれど。
「おいおい。そーいうのこそ『愚か』っていうんじゃなくて『理解できない』っていうんだぜ。俺だって不便を好む訳じゃねえけどさ。でも、無駄なことにはそれなりに価値があるんだぜ。情緒って知ってるか?」
「弱者、或いは愚者の主張だな」
「その弱者愚者に助けてもらってんだろーが。ほら見ろ、無駄じゃねーだろーが」
フェイは僕より遠慮がないので、早速、ルギュロスさんとやり合っている。……僕は、フェイのこういうところが、ちょっと羨ましい。喧嘩できるっていうのは、すごい能力なんだよ。なあなあにして片づけないでいられるっていうのは、本当に、尊敬すべきことだと、僕は思ってる。
「ふん。私に言わせればお前達の行動は無駄だらけだ。情緒だか何だか知らないが、本来なら切り捨てるべきものを捨てずにおいて、自ら不便と非効率に甘んじている。実に愚かしいことに、な!」
ルギュロスさんも結構口が回るタイプらしい。まあ、貴族の人達って大抵こうなんだろうなあ。ライラが『ああ、こういうの懐かしいわぁ……』みたいな顔で遠い目をしているし。
「あの」
「なんだ」
けれどもルギュロスさんはもう、森の仲間だ。こっち側の人になったんだ。……だから考え方を変えろ、とは、言わないけれど、こっちの考え方は理解してもらわなきゃいけない。これから上手くやっていくために。
「……作付面積あたりの収穫エネルギーだけ考えたら、僕の庭には米とか麦を植えるべきだと思う。バランスを考えるなら大豆とかだろうか。あまりに手入れが面倒だっていうことならジャガイモでもいいだろうし、植えっぱなしで実る柿とかもいいのかも。柿は案外、ビタミンが多いし」
僕が話し始めると、ルギュロスさんは『何の話だ?』というような顔をする。フェイとクロアさんは面白がって聞いている。ライラは魔王と戯れている。レネが降ってきた鳥に埋もれて『ふりゃー!』と喜びの悲鳴を上げて、タルクさんに引っ張り出されている。
「けれど僕は桃が好きなので、桃を植えています。桃ってそんなに栄養価が高いものじゃないんだけれど、美味しいし、好きなので」
僕がそう言うと、ルギュロスさんは『そうだな』と言わんばかりに頷いた。
「桃を植えるのはいけないことだろうか。切り捨てるべきだと思う?でも、ルギュロスさんも、桃、好きだよね?」
「それは……」
そしてルギュロスさんは少し考えて……。
「食の豊かさには文化的な価値がある。そういった意味で、桃は、無駄、ではない……そうだ事実、ソレイラの桃は高値で取引されている。商品価値が高い」
「そうかもね。つまり、桃の価値は栄養価や効率だけだと測れない。……ところで、商品価値が高いっていうのは需要が高いからだと思うんだけれど、あなたが好きなものって、全て需要が高いものなんだろうか。或いは、あなたは、皆が好きだからそれが好き?」
ルギュロスさんがまた、ちょっと黙ってしまった。多分、そんなに需要が高くないものも好きなんじゃないかな。今度、何が好きなのか聞いてみよう。
「この世界の人達は、桃が好きな人ばかりではないので……桃が嫌いな人にとっては、桃は切り捨てるべき対象だろうと思う。何なら、桃を知らない人からしてみれば、桃はどうでもいいものだと思う。ということで、食べたことが無いものは全て切り捨ててしまえ、っていう考え方の人が桃を知らないっていうのは、酷くないだろうか」
「まあ……為政者であるならば、あらゆるものを知っておくべき、だろう、な……」
ルギュロスさんはちょっと嫌そうな顔になってきた。よし。
「……ということで、ひとまずソレイラのことを知ってほしい。知って、それから、潰すかどうか決めてほしい。理解できなくてもいいけれど、多分、あなた達はそもそも、僕らのことを知らないんじゃないだろうかと思う」
ルギュロスさんはしばらく、考えていた。多分、反論かなにか。
けれど……あるところで、すぱり、とその思考を断ち切ってしまったらしい。
「……浅慮を詫びる!ああくそ、全く……」
ぶつぶつ言いながら、嫌そうに、彼はそう言って椅子の背もたれに体重を預けた。
「僕らだって浅慮だよ。浅慮の繰り返しだよ。だからルギュロスさんのこと、もっと色々教えてほしい」
「誰も彼もが知られたがっていると思ったら大間違いだぞ」
「それはそうなんだけれどさ。まあ……僕らが勝手に、あなたを観察するので、ルギュロスさんはどうぞそのままで」
どうぞどうぞ、というジェスチャーをやると、ルギュロスさんは僕を見て、ふう、とため息を吐いた。
否定しなかったっていうことは、多分、肯定。よし。
「……あー、そうね。やっぱり、アージェントを殺しちゃうのって、ちょっと危険かもしんないわよね」
ふと、ライラがそう言う。
「知らないまま、永遠に知る機会を失う、っていうのは、取り返しがつかないことじゃない。それって、何かあってから『ああ、あの時アージェントが持っている情報を手に入れられていたら』ってなっても、遅いじゃない」
「……まあ、そうだなあ。いや、でも俺は、アージェントがこっちに危害を加えてくるってのも十分、取り返しのつかないことだと思ってるんだけどよお」
「あら、フェイ君。分からないわよ。アージェントのことだし、『死んだら発動する』みたいに魔法を構築しているかもね。ルギュロスさんが魔物になった以上、アージェントさんも魔物になる機会はあったと思うの。何なら、それ以外の契約を既に結んでいる可能性だってあるわ」
フェイが頭を掻いて考える横で、クロアさんがくすくす笑ってそう言った。
……と、思ったら。
「まあ、私は殺しちゃいたいけれど。それが浅慮だっていうことは分かっているのだけれどね」
「殺しちゃいたいのか……」
なんかさっきまでの言葉が台無しなかんじだよ、クロアさん。
「殺さないにせよ、ぶん殴ってやりたいところではあるわね。ラオクレスが」
「俺がか……」
呆れたような顔しつつもあながち間違ってなさそうな顔だよ、ラオクレス。
「とうごー」
……そんな僕らのところに、鳥の羽毛から抜け出したらしいレネが、魔王を抱いてやってきた。
そして、レネに抱かれた魔王が持っていたスケッチブックに『今、どういうお話ですか?』と書かれていたので、僕はそのスケッチブックを受け取って返事を書く。
『アージェントさんをどうするか、という話です』というような返事を書くと、レネは……。
『あの人はとても失礼です!ドラゴンを馬鹿にしました!』とスケッチブックに書いて、ぷんぷん怒りながらそれを見せてきた。えっ。
ちょっと聞くのが怖い気がしつつもどう失礼だったのか聞いてみたら、『お手、と言われました!愛玩動物のような扱いをされて黙っているわけにはいきません!夜の国の代表として、ドラゴンの一族に名を連ねる者として、皆に顔向けができません!なので手を噛んでやりました!』と返ってきた。
……うん。
そっか、噛んじゃったのかあ。うん……。
レネの歯は、白くて小さくて、そんなに危険なようには見えない。けれど、まあ、ドラゴンの牙なので……アージェントさん、手、大丈夫かな。
『次に馬鹿にしたら火を吹きます』と書かれたスケッチブックを堂々と見せてくるレネに対して、その、中々やるなあ、というような感想を抱くしかない。
……けれど、レネはそれからちょっと、しゅんとして、次の文章を書き始める。手元を覗き込んでいる間にも、丸っこい夜の国の文字が並んでいって、それが翻訳機に翻訳されて、僕に伝わる。
そうしてレネは、書き終わってスケッチブックを見せてくれた。
『けれど、すぐに殺してしまうのは反対です。魔王も夜の国に酷いことをしていました。けれど今は、仲良くできています。魔王を消さずに済んでよかったと、今は思っています。』
……まおーん、と、のんびり魔王が鳴く。今、魔王はタルクさんの布の裾にじゃれているところで、その様子を見ていると、ああ、平和だなあ、と思う。
それからやっぱり、思うんだ。……この、黒くてふにふにした、不定形の、それでいて猫っぽい形で居ることを好む、この懐っこい生き物を、消してしまわなくて、本当に良かった、と。
それから……もしかしたら、アージェントさんについても、同じようなことを思うことが、今後あるのかもしれない、とも。