12話:おかえりたんぽぽ*2
僕らはアージェント領の上空を飛ぶ。ある程度区分けしてあって、僕とライラはアージェント領の北東部の担当だ。
「どう?反応、ある?」
「いや、全く……」
僕は龍、ライラは鳥に乗りつつ、僕は封印探知機担当、ライラは周囲の警戒担当。
「この封印探知機、僕が描いて出した奴だから性能が悪いのかもしれない」
「……まあ、封印に本当に反応するか、確かめようがなかったしね」
そうなんだよ。コピー品でも正常に動作するのかは完全に未知数というか……何せ、確認することができなかったので。
この探知機は、フェイが森の中に一欠片残っていた封印の宝石の欠片を使って作ってくれたものを元にコピーしたものなので……若干、性能に不安がある。カチカチ放火王の魔力がコピーしたことによって僕の魔力に置き換わってしまっている可能性もあるわけだ。
「考えるだけ無駄無駄!ひとまず飛び回って周りを見るだけでも効果があるって思ってやりましょ」
「うん」
……まあ、僕に対して探知機が反応している、ということもないので、ひとまず、この探知機は正常に動作すると思って……或いは、全く動作しなかったとしても、アージェント領を上空から見て何か不審な点が無いかを確認するだけでも効果があるということにして、ちょっと頑張ってみるしかない。
そうして僕らは飛んで飛んで、時々、町の上を通っては『ドラゴンと神鳥様だ!』と騒がれた。お騒がせしています。あと、うちの鳥がいつにもましてうるさくてすみません。
「……鳥さん、嬉しそうね」
「こいつは目立つのと褒められるのが大好きだから……」
僕としては、町の真上じゃなくて、ちょっと離れた場所を通っていきたいのだけれど、鳥は積極的に町の上を通りたがる。そして、キョキョン、キョキョン、と騒がしく鳴いているものだから、目立つ。このやろ。
「まあ、いいけどさ。ねえ、トウゴ。この辺りも反応なし?」
「反応なし。どうしたものか……。もしかしたら、他の組が見つけてるかもしれないし、あんまり気負わなくてもいいかな、とは思うけれど、それでもちょっと焦るね」
「そうね。あるかも分からないものを延々と探す、っていうのは想像以上に気分にクるものがあるわね……」
僕より楽天家な方で思い切りのいいライラでも、やっぱり心配みたいだ。まあ、そうだよね。
「うん。もし僕1人だったらもっと気分が沈んでいたんじゃないかな、これ」
「なら、話し相手が居るっていう意味でも、安全面でも、2人1組って丁度良かったかもね」
「そうだね。おまけに、騒がしい鳥も居ることだし……」
龍は静かなのになあ、と思いつつ龍の鱗を撫でると、つるりと滑らかでひんやり冷たい感触が気持ちいい。龍も撫でられるのはやぶさかではないらしくて、くるくる、と機嫌の良さそうな鳴き声を上げている。
……うん。僕は一人じゃないので。今だって、2人と1匹と1羽だし、アージェント領を飛び回っている他の仲間達だって居るし、森で待っていてくれる仲間も居る。そう考えれば、心強い。
更にもう少し飛んだところで、僕らは一度、着陸。気持ちのいい草原の上、人気のない場所で、お昼休憩だ。
お昼ご飯は、バスケットに詰めてきたサンドイッチと水筒に入れてきたスープ。それを、僕とライラと鳥と龍、ついでにルギュロスさんにも出てきてもらって、3人と1匹と1羽で食べる。
「ところで、宝石の中って居心地がいいんでしょうか」
そんな面子でのご飯なので、折角だから、ルギュロスさんに聞いてみた。すると、ルギュロスさんはサンドイッチを上品に食べていた顔を呆れたように歪める。
「そんなことを気にしてどうする」
「いや、居心地が悪かったら申し訳ないな、と思って。ついでに、改善できる部分があれば改善したいな、と」
いかがでしょうか、と思って聞いてみたら、ルギュロスさんは隠すことでもない、と思ったのか、答えてくれた。
「……魔石による」
「へ?」
「居心地、と言うべきかは分からんが、まあ、魔石の中に入っている時の感覚は、魔石による」
……と、いうと。
僕とライラが興味津々に身を乗り出すと、ルギュロスさんは少し得意になって続ける。
「魔石の質が第一にある。質の低い石はやはり、居心地が悪い、ということになるのだろうな。手狭であるような感覚がある。固い安物のベッドか荒れ地に置いた寝袋の中で寝ているような感覚だ。だが、質のいい魔石は居心地が良い。肌触りが良い。適温だ。息苦しさも圧迫感も無く、何なら、魔石の魔力を自分の中に循環させて、より強く変わっていけるような感覚でもある」
「へー……不思議ね。ちょっと、聞いただけだと分からない感覚だわ」
ルギュロスさんの感想を聞いて、僕らはひたすら感心する。なんだかよく分からない感覚だなあ。
「ちなみに、今の宝石は居心地が良い方でしょうか」
「……まあ、悪くはない、とも」
成程。居心地がいい、と。それはよかった。
「そうだな……伯父上が用意していた魔石は、多少手狭だった。そして何より、緊張感が常に抜けないような感覚だった。だが……この石は、その、まあ、眠るような心地で居られる、というか、うむ……」
ルギュロスさんはあんまりこっちのことを褒めたくないからか、ちょっと口籠ってもごもご誤魔化してしまったけれど、でも、ひとまず僕が用意した石はルギュロスさんにとってそれなりに居心地のいい空間らしいので、よかったよ。
召喚獣が宝石の中で居心地よく生活できているのか、っていうのは、ルギュロスさんみたいに喋れる相手でもない限り、そうそう知ることができない情報だから、聞けてよかった。
食後のデザートに桃のゼリーを食べて、それからまた、僕らは飛ぶ。
飛んで、飛んで、飛んで……そうして太陽が傾いてきた頃、僕らは引き返して、ついでに僕は適当な茂みの中で着替えて人間の恰好に戻って、ついでに龍にいつもの奴をやられて、龍に抗議するためぽこぽこ叩いたらなんだか喜ばれてしまって、そうやってなんだかんだバタバタしてから王都の端っこの町の宿へと戻る。そこが、僕らの滞在場所。
僕とライラの組は、到着が最後だったらしい。宿に戻った頃にはもう日も暮れていたし、部屋にはフェイとリアン、レネとタルクさん……そして、クロアさんとラオクレスも居た。
……ラオクレスはソファに座って、肩の上にリアンの鸞を止まらせて、頭の上に鸞の頭がこてんと乗せられていて、そして、鸞の涙がラオクレスを癒していた。ラオクレス、怪我をしたらしい。
「おー、お疲れ。どうだった?」
「駄目だった。何もなかった」
「そうね。町の上空を飛ぶ時、鳥さんが嬉しそうにしていた、っていうくらいだったわね」
そうだね。鳥にとっては意味のある旅行になったかもしれないね。ちょっと小憎たらしいけれど……。
「そっちもかぁ……。となるといよいよ、まずいなあ。探知機が原本以外働いてないって可能性をいよいよ考えなきゃいけなくなってきたか?」
「或いは、やっぱりアージェント領外に持ち出されたのかもしれないわね」
フェイがぐったりする横で、クロアさんは小首をかしげる。
「こちらで調べてみたのだけれど、アージェントが何度か、アージェント領の外に出ている様子は目撃されているのよ。ついでにアージェント家に仕える御者から聞いてみたら、その数回分の内何度か、王都の方へ向かっていた、でも王城へは向かっていない、っていうものだから……もしかすると、王都にあるのかもしれないわね」
「だとしたら灯台下暗しだね。……ちなみに、ラオクレスの怪我は大丈夫?」
「大した傷じゃない。陽動のために一暴れしただけだ」
……ラオクレスはにやりと笑ってそう答える。鸞がちょっと『大した傷じゃないだって?』みたいなじっとりした目をしている気がするけれど、まあいいや。
「お陰で私は随分動きやすかったけれどね。まあ、そういう訳で、明日も見つからなかったら早々に王都に行った方がいいかもしれないわ。何なら、明日を待たずに行ってしまってもいいかも」
「アージェントが燃えるって分かってるモンを自分の領内に置いておくとも思えねえしなあ……」
そうだね。アージェントさんは……その、カチカチ放火王によって大きな被害が出ればいいと思っていたようだし。なら、被害を出したい場所に封印の宝石を設置しそうな気はする。
「王都には沢山の貴族の家があるわ。その内のどれか1つに預けた、なんてことなら、調べ上げるのは相当に面倒でしょうね。探知機が利いたとしても相手はしらばっくれるでしょうし、そうなったら街中でいきなり戦闘になるかも」
「ラージュ姫に命令を出してもらう、って訳にはいかないのかしら」
「この期に及んでアージェント家に協力しようとしている貴族だったら、ラージュ姫の命には従わないでしょうし、誤魔化す方法を考えるでしょうし……難しいかもね。どうせ、アージェントに言いくるめられて、宝石が燃えるなんてことも知らないんでしょうし、信じない可能性が高いし……」
うーん……成程、結構大変だ。
大自然の中に隠されたなら、僕らの得意分野だ。空を飛んで地を駆けて、探し出せばいい。
けれど……人の中に隠されてしまったら、それはクロアさんの得意分野だ。クロアさん1人の力に頼ることになる、とも言える。そしてクロアさんにだって、限界はあるわけで……。
「こうなってくると、片っ端から貴族の家に押し入って、それらしいものを盗み出してしまうのが一番かもしれないわ」
「流石にそれはどうかと思う……」
……まあ、どうしようか、という話に、なってしまうんだよなあ。
これ、本当にどうしよう。
僕らが悩んでいたら、ルギュロスさんが1人気ままにお茶を飲みつつ、ふと、発言する。
「どうせ燃えてもいいような場所にあるのなら、封印が解けるのを早める呪文があるが」
「えっ」
お茶のおつまみみたいに話される内容ではなかったので、当然、僕らは全員、ルギュロスさんに注目することになる。すると、ルギュロスさんは何故か自慢げになった。この人、ちょっとうちの鳥っぽいな。
「私がソレイラで唱えたものもそれだ。勇者の子孫の血を媒介にして使う魔法だが、王女の協力が得られるなら容易いだろう」
「い、いやあ……ど、どうだろーなぁ……」
……その『勇者の子孫の血』っていうのが、もしかすると王様の血じゃなくて、レッドガルド家の血かもしれないんだよなあ。ルギュロスさんには言わないけれど……。
「そうねえ……あ、でも逆に、それを試せば分かるんじゃない?」
「そもそも試すな。どこかが燃えるんだぞ」
クロアさんとラオクレスがそんなやりとりをするのをルギュロスさんは不審げに見ていたけれど、まあ、あまりお気になさらず……。
「まあ、燃やすのは論外だな。燃やさなくていいように、封印の宝石を探してるんだからよ。ってことで……どうする?明日はもう、王都に行っちまうか?」
「そうだね。僕は王都の方がいいと思う」
「私もそう思うわ。まあ、最悪、アージェント領なら燃えてもいい場所、選んであるでしょうし」
「アージェントも流石に、領民をわざわざ死なせるようなことはしないって、思いたいわね」
……ということで、方針も概ね決定。
僕らは明日から、王都を探すことになる。クロアさんとラオクレスは今日と同様に得意分野の方で。
ということで、僕らは簡単に夕食を取って、順番にお風呂に入って、そして、部屋に戻ってさっさと寝ることにした。ちなみに僕はレネと同室。部屋割りをする時、レネが期待に満ちた顔で僕の袖をついつい引っ張ってきたので、ああ、今日もゆたんぽが欲しいんだろうな、と……。
案の定、先にお風呂に入ってほこほこ温まったレネは、僕が部屋に戻るや否や、にこにこと僕を引っ張ってベッドへ連れて行った。いいよ。折角なので僕で暖をとってほしい。
……2つベッドがある部屋なのに1つのベッドに2人入って寝ている、という妙な状況だけれど、まあ、レネと一緒に居るといつものことなので。僕はレネが「ふりゃー」と喜ぶのを聞きつつ、ベッドサイドのランプを消して、もそもそと擦り寄ってくるレネと一緒に目を閉じて、さあ、寝よう、と……。
そんな時、だった。
こんこんこん、と、窓が叩かれる。
「……わにゃ?」
「なんだろう……」
僕らは眠い目をこすりつつ、ベッドから出て、窓辺に寄ってみた。……すると。
「……えありあ?うぃー、へーれ?」
何故か。
何故か……窓の外には、妖精達が、たくさん居た。
そして揃って、バンバンバンバン、窓を叩いていた。な、なんだなんだ!
慌てて窓を開けて妖精達を招き入れると、妖精達は行儀よく並んで部屋に入ってきて、僕らの前にぴしりと並んで、丁寧にお辞儀をした。レネがちょっと歓声を上げている。確かに、たくさんの妖精がこういう風に揃って動くと見ごたえがあるよね。
「ええと、何か用、だろうか……?」
それにしても珍しいなあ、と思いながら僕が尋ねてみると、妖精の内の一匹が、恭しく僕の前に飛んできて……そっと、僕の手に、一抱えもある巻物を乗せてくれた。いや、一抱えって、妖精にとっての、だから、まあ、僕から見ると、つまようじの長さなんだけれども。
「わにゃーにゃ?」
「ええと……見てみるね」
只々不思議に思いつつも、妖精に渡された巻物を広げてみる。すると……。
『トウゴおにいちゃんへ。あたまにたんぽぽが生えた人が、森に来ました。トウゴおにいちゃんをさがしています。どうしよう。おへんじはようせいさんに、あずけてください。アンジェ』
……そんな手紙だった。
ええと……ええと……。
……誰が来たんだ!?