11話:おかえりたんぽぽ*1
そうして、僕らは揃って夕食の席に着いていた。流石にこの人数全員は僕の家に入りきらないので、引き続き、ソレイラ北部の会場を利用。
「はー、このサクサクがいいわよね。このサクサクじゅわーが」
「うん」
今日のご飯はぬくぬく食堂のチキンカツ定食お持ち帰り版。ちょっと固めのサクサクガリガリな衣の下に、ハーブやスパイスが利いたジューシーな鶏肉が入っている。ついでにチーズが挟んであるやつもある。美味しい。
「で、問題は最後の封印をどうするか、って話なんだけどよー……あっ、ルギュロス、大丈夫か?」
「大丈夫な訳があるか!この、この……無礼な……」
「無礼は貴様だ」
……ちなみに、ルギュロスさんはちょっと今、ダメージを受けてショック状態にある。
何故かって、ラオクレスが『ソレイラを焼いたことについて、俺からの礼だ』って言ってルギュロスさんを投げ飛ばしてしまったので。そしてそんなラオクレスは、何事もなかったかのようにチキンカツ定食を食べ始めたので。
「そうねえ、まあ、あなた、精霊様の森を焼いちゃったんだもの。祟られても殺されても文句は言えないところなのよ?」
「はっ。だから何だ!不要だと思うなら殺せばよかっただろうが!」
「こら。そういうこと言わないの。大人しく働いて返しなさいな」
クロアさんはルギュロスさんの鼻先を、つん、とつついて、綺麗な所作でチキンカツ定食を食べ始めた。……『おいしーい!』とやっているクロアさんは、大分森っぽい。彼女の、こうやって都会派な表情から一気に森っぽい表情になるところが本当に見ていて飽きないんだよ。綺麗だなあ。
そうして少し経ってルギュロスさんが落ち着いてきた頃、僕らは話を再開する。
「封印の宝石については当初の予定通り、探知機持って走り回るしかねえかな、と思うんだけどよ。どうだ?」
フェイがそう言いつつ、封印探知機を手に持ってふりふりとやる。確かに、それが確実と言えば確実なのかもしれない。
アージェントさんが隠したことからも、アージェントさんが交渉材料に使えるような位置に隠したであろうことからも、多分、アージェント領かその近くに隠してあるんだろうから、まあ、アージェント領中を走り回れば、なんとか、なる……かな。
「そうねえ……だったら、ここ数か月のアージェントの動向を調べてみましょうか。何の目的だったかは分からなくても、どこへ移動していたかくらいは分かるはずよ。それが分かれば、どのあたりに封印の宝石が隠されたかも、目星を付けやすいんじゃないかしら」
「だったらそれ、クロアさんに任せてもいいか?勿論、クロアさんの調査中にも同時進行で探知機の捜査も手あたり次第進めていくけどよ」
「ええ。任せて。ただ、ラオクレスを借りていってもいいかしら。護衛や偽装工作、時には陽動なんかもお願いしたいのだけれど」
「俺は構わん。トウゴ、どうだ」
「こちらは問題ないよ。僕はフェイと一緒に封印探知機の旅かな」
ひとまず、互いの得意分野を生かし合って、少しでも効率的にことを進められるようにする。
「ねえ、フェイ様。封印探知機って複製できないの?」
……すると、ライラがそんなことを聞いてきた。
「ん?トウゴ次第だな!翻訳機は複製できたんだから、多分なんとかなるだろうとは思うけどよ」
どうだ?というようにフェイが僕を見てきたので、僕は頷く。多分何とかなるだろうと僕も思うよ。
僕が頷くと……ライラは、にんまり笑って、言った。
「そう。なら……総力戦ってことでどう?レネとかラージュ姫とかにもお願いしてさ。全員でアージェント領の上空を飛び回って、封印を探すのよ!」
「それ、危険じゃないだろうか」
真っ先に僕が思ったのは、ライラや他の人達の身の危険だ。
……ライラは戦う手段を持っていない。ラージュ姫も、戦うのは得意じゃないだろう。レネは……どうだろう。やっぱりあんまり、得意じゃないと思う。
そんな彼女らが単独行動をしていて、そこを敵に狙われてしまったら、と考えると……。
「んー、まあ、ある程度はまとまった人数でいた方がいいとは思うわよ。けれど、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
ライラは僕の心配を掻き消すように、何ともないような顔でそう言う。
「アージェントは牢屋の中でしょ?ルギュロスさんはこっちの味方だし……となると、カチカチ放火王かその眷属ぐらいしか、こっちを攻撃してくる相手、居ないじゃない。で、カチカチ放火王関係が出てきてくれるんなら、むしろ出てきてもらった方がいいでしょ?」
うん。まあ、それはそう、か……。
「まあ、危険はあるが、それ以上に、時間切れになってカチカチ放火王の封印が解ける方がヤバい、ってことだよな。うん……そうだな。俺もライラに賛成するぜ」
フェイもライラに賛成してしまった。ええと……。
「あ、だったら俺も参加する。鸞に乗って行けば、何かあっても逃げるぐらいはできると思うし」
「私も行くわ!」
「駄目だ。カーネリアとアンジェは留守番の方がいいだろ。フェニックスと鸞が待機してれば、怪我人が出ても治せるんだから」
「そう……?分かったわ!なら、私とアンジェの分はリアンに任せるわ!」
リアンは……リアンは、大丈夫、だろうか?ええと……彼はすばしこいし、多分、僕が思っているよりはずっと、しっかりしてる。だから、任せてもいいようには思うけれど、それでも心配だと思うのは……それは彼に対して失礼、か。うん。
「分かった。なら、リアンには誰かと組んで行ってもらおう。あと、レネは自力で飛べるし、ラージュ姫は……ラージュ姫は今回はお留守番の方がいい気がする。王家の人だし、いよいよ何かあったら困る。ええと、あと、ライラには鳥に乗って行ってもらえばいいだろうか」
僕がそう言った途端、鳥が会場にやってきた。君、本当に地獄耳だね。
「僕は自力で飛ぶんじゃなくて、今回は龍に乗せてもらって行こうと思う。フェイはレッドドラゴンに乗っていけば戦力は十分っていうことでいいかな」
「ま、最悪の場合でも逃げるぐらいはできるだろうし、複数人で組めばどっちかが捕まってももう片方が森に伝令として飛べる。いいんじゃねえか?となると……俺はトウゴ以外と組んだ方がよさそうだな。ドラゴン被りする」
「となると僕とフェイとレネは別の方がいい?」
「レネは……どうなんだろうなあ。あれ、ドラゴンっていうか……うーん、まあ、レネはレネで、タルクさんと一緒に行動してりゃそこ2人だけでもいけるか」
まあ、多分。タルクさんはラオクレス並みに強いっていうことが分かっているので、レネを逃がすには問題ないだろうと思うし、彼自身、レネを逃がしてから逃げる、っていうことができると思う。相手を倒すより逃げることを優先できる状況なら、下手に沢山固まって動くより2人1組の方がいいと思うんだよ。
「なら、レネはタルクさんと一緒にお願いしよう。フェイは……」
「えーと……じゃあ、俺はリアンと組むかな。ライラはあの鳥に乗って行くんだろ?ならあの鳥の傍にはトウゴがいた方がいい。なんとなく」
……あ、うん。まあ、鳥が何かしでかしたら代わりに僕が謝るよ。
「それから、召喚獣を分配しよう。骨の騎士団に、ハルピュイアに、犬と牛と……」
僕は森の戦力を数えつつ、考えて……。
「あとふわふわと……そしてルギュロスさん」
うん。これで全部だな、と思って頷く。
「待て。今、私を召喚獣に数えたか?」
途端、ルギュロスさんから抗議の声が上がった。なんだなんだ。
「もしかして、もう宝石に入れなくなってしまいましたか?」
「えっ、逆にまだ入れるの!?ちょ、ちょっと!ルギュロスさん!試していい!?」
「な、なにを言って……」
……慌てたライラがルギュロスさんにブローチを押し当てると、しゅるん、と。
ルギュロスさんは、ライラのブローチへ吸い込まれていった。
……うん。よし。ルギュロスさんも召喚獣として戦力になってくれそうだ。よかったよかった。
「えええ……ルギュロスさん、ごめんなさい。その、本当にまだ入れるとは思っていなくて……」
ライラがもう一度ルギュロスさんを宝石の外に出すと、ルギュロスさんは唖然としていた。
「おおー……興味深い現象だよなあ、これ。ルギュロスは魔物の姿じゃなくなったけどよお、完全な人間に戻ったって訳でもねえのかなあ、これ。だとするとトウゴの能力で元に戻したのって、見た目だけか?」
「どうかしら。あの王様はトウゴ君に戻してもらって結構経つけれど、また魔物化してきたような様子は無いわよね」
うーん……よくよく考えると、ちょっとショックだ。僕、ルギュロスさんを完全に戻すことはできないのかもしれない。なんとなく、ルギュロスさんは宝石に入れるものだと思っていたけれど、そもそも本来のルギュロスさんは宝石には入れないんだった。
……あっ!そういう風に考えて描いてしまったから、ルギュロスさんは宝石に入れる人間になってしまったんだろうか!?う、うわ、どうしよう。僕、やってしまった!やってしまったっていうことだよね!?
僕は一頻りルギュロスさんに謝って、ルギュロスさんはその内落ち着いてきた。『まあ、宝石の中に入れるだけで、私は人間だ。人間だからな……』とぶつぶつ言いながら、彼は彼なりに何か納得できたらしいので、うん……。
「じゃあ……ルギュロスさんはライラと一緒に居てください。僕は鳳凰と管狐と龍が居るから大丈夫だし、フェイとリアンもそれぞれに召喚獣を持っているから、じゃあ、レネに骨の騎士団を貸し出すのがいいかな。うーん……いや、彼らには森の警備をお願いするとして、ハルピュイアあたりを預けておいた方がいいか」
ということで、割り振りを再開した、のだけれど。
「待て。だから何故、私を召喚獣の数に数える!」
「そりゃお前、宝石の中に入れるんだから数えたっていいだろうがよー」
ルギュロスさんはフェイの言葉に抗議の声を上げかけた、のだけれど……。
「ルギュロスさんは勇者なので……ええと、戦える人、ですよね?」
僕がそう聞くと、ルギュロスさんは黙った。
そして、諦めたようにため息を吐いて、それきり何も言わなかった。まあ、つまり、肯定っていうことだろう。よろしくお願いします。
「そういうわけで、申し訳ないけれどルギュロスさんには一緒に来てもらいたいの。いいかしら……?」
「……協力する、と契約にはあったからな。仕方ない」
でも、ライラがお願いするともうちょっと素直に頷いてくれるのはちょっとどうかと思う。
……そういうわけで。
「じゃあ、気を付けて行ってきてね!美味しいおやつとお茶を用意して待ってるわ!」
「みんな、いってらっしゃい!」
僕らはカーネリアちゃんとアンジェ、そしてカタカタと元気な骨の騎士団に見送られて、それぞれに旅立った。
「……ねえ、トウゴぉ」
「うん?」
「あんたさ、その恰好で行くの?」
「うん……龍が、こうしないと働いてくれなかったので……」
僕は恰好が……その、いつぞやの、精霊の恰好になっている。青灰色の着物に透ける羽織に狐面。この恰好、何となく恥ずかしくはあるんだけれどしょうがない。僕がこの格好をすることが、龍の働く条件だったので……。
龍は着物姿の僕を乗っけて、満足気だ。まあ、この程度で気持ちよく働いてくれるんなら、それはそれでいいんだけれどさ。
「……私さ。神鳥に乗って、精霊様と、精霊様のお使いのドラゴンと一緒に飛んでる、ってことになるんだけど」
「うん」
「……誰かに見られたらどうしよ」
「ふわふわ、貸そうか?」
「そうね……ちょっとは隠れるかしら」
ひとまず、ライラは白いふわふわに包まって、それでよしということにしたらしい。
まあ……もし見つかっちゃったらその時は、『森の子なので』って言うしかないかな……。