7話:孤独な魔物*6
それから僕らは、ルギュロスさんと一緒にああでもないこうでもない、と諸条件を決めることになった。
「えーと、こっちとしては知りもしねえ情報を取引の材料にされても困るってことなんだよな。ってことで、契約の条件を決める前提の契約ってことで、最初に『知らないものには知らないと答えなきゃいけない、かつ、知っているものを知らないと答えることを禁ずる』っていう契約をしてから話し合いてえんだけど」
「構わん。だが、そのためにはこちらからの条件も飲んでもらおう。『私を元の姿に戻すこと』という条件を付けろ」
「いやー、そりゃあちょっとなあ。要は、こっちに協力するかどうか曖昧な状態であんたを戻しちまう訳にはいかねえ。逃げられそうだし」
「む……なら最低限、私がこのような姿になったということを他言しないで貰おうか」
「それっくらいならまあ、いいぜ。あと、お互い、契約の条件を詰める時に知った情報についてはたとえ契約がまとまらなくて交渉決裂した場合も他言無用な?」
ということで、僕ら全員、そういう書類にサイン。魔法の契約書にサインするのもこれで3回目だ。ちょっとこういうの、慣れてきた。
「では早速ですが、こちらが知りたい情報は、アージェントの目的や今後の動向、そして、カチカチ放火王封印の宝石の場所と、カチカチ放火王の封印が全て解けた後、カチカチ放火王はどこに復活するのか、といった情報です。更に望むことが許されるなら、ルギュロス・ゼイル・アージェント本人の協力も要請したいですね」
「……随分と強欲なことだ」
「そりゃあまあなあ。こちとら、森、てめーに燃やされてるし。……あ、そうだ。ソレイラの封印を解くのって、多分、あんたとアージェントの合意が無かったんじゃないか?なんであんたが先走ったのかの理由も教えてほしいな」
フェイは言外に『まだその件について俺はお前を許してねえぞ』と表明しつつ、ルギュロスさんにそう詰め寄る。ルギュロスさんは思うところがあるのか、ちょっと嫌そうにフェイから顔を背けて……その結果、ラージュ姫を見て話すことにしたらしい。
「……まず、魔王の」
「カチカチ放火王です」
「……この場では『カチカチ放火王』を『魔王』と称するように、と、先程の契約に盛り込むべきだったな!全く、何なんだ、その間抜けな名前は!」
「いけませんか?」
「ならば問うが、何故いいと思った!?」
ルギュロスさんは『こっちも駄目だ!』みたいな顔をしつつ、しょうがなし、といった様子で僕を見ながら話す。
「……例のものの、復活の場所だが、それは私もよく知っている。何かあった時、そこへ駆けつけて奴を滅ぼすのが『勇者』たる私の役目なのでな」
どうやら彼は、『カチカチ放火王』と言いたくないあまり、『例のもの』みたいな表現をすることにしたらしい。まあ、その辺りはあんまり気にしないことにしよう。
「なら、それは是非、契約の条件に含めさせてください。えーと、あとは、封印の宝石の位置は」
「……それは知らん」
「えっ」
早速、と思って聞いてみたら、意外な答えが返ってきてしまった。
「元々は、封印の宝石がアージェント領の銀山内部、地底湖にあった。私はそれを回収し、この別荘の地下へ、安置しておくこととなった。だが……今はもう、ここに封印の宝石は無い」
意外だったし、ちょっとショックでもあった。ルギュロスさんに聞いたら封印の宝石の位置が分かるんじゃないかと期待していたのだけれど……どうやら、そうは上手くいかないらしい。
「伯父上が黙って持ち出したのだろうが、行き先は知らん。何だ、その目は」
「ええと……それっていつ頃のことでしょうか」
「ソレイラの封印を解いてすぐだ」
あ、じゃあ、結構前だ。うーん……。
「……その頃にはもう、私は伯父上に対して不信感を抱いていたのでな。伯父上もまた、私に対して不信感を抱いていたのだろう」
ルギュロスさんはものすごく嫌そうな顔でそう言って顔を顰める。成程、アージェントさんとルギュロスさんは、やっぱり仲違いしている、と……。
「……よって、封印の宝石の位置を取引の内容として含めることはできん」
「あー、うん。まあ、そうだろうな。俺がアージェントだとしたら、あんたにまで俺達の手が及ぶことも考えて行動するだろうし、あんたに教えておかねえってのは納得がいく」
フェイはそう言って腕組みしつつ、うんうん、と頷く。まあ、アージェントさんとしては、自分しか持っていない交渉材料が欲しかっただろうしなあ。
「ってことは、アージェントが今、何を目的にしているか、っつうのも分からねえか?」
「それは……む」
ルギュロスさんは何か言いかけて、口をつぐんだ。……そして、自分自身ちょっと不思議、みたいな顔をした。
「ん?知らねえと思ったら『知らねえ』って言えなかったか?」
「……どうやらそうらしい」
あれ。
ということは……ええと、つまり、ルギュロスさん自身は、知らない、と思っていたけれど、さっきの魔法の契約によって『知っていることを知らないとは言えない』っていう条件に引っかかった……?
「だが、私には思い当たるものが特に無い。何かは知っている、ということだろうが……まあ、その程度しか知らんということだ」
「困りましたね。となると、洗いざらい、あれこれアージェントとの会話やアージェントの今までの行動などを全て子細に説明していただくよりほかにありませんか……」
ラージュ姫もちょっと困惑しつつ、そんなことを言う。ちょっと珍しい現象なのかな、こういうのは。
「そういうことならまあ、それは追々ゆっくり聞かせてもらうぜ。まあ、そんなにはゆっくりしてられねえけど……」
まあ、何がヒントになるのか分からない、っていうことなら、全部聞くしかない。そのための時間くらいは頑張って取ろう。
「アージェントの動向については、多少お話しいただけるものがありますね?」
「……それについても『多少は』という程度だぞ」
ルギュロスさんはそう言いつつ、『こちらが出せるものが少ないからと言って取引の条件を悪くされたら困る』とでも言うように、ちょっと渋い顔をする。まあ、その『多少』でもいいから情報が欲しいのがこちらの事情なので、特に出し渋りをするつもりはないけれど。
「ええと、じゃあ最後に、ルギュロスさん自身の、今後の協力は……」
そして最後に、それを尋ねる。……するとルギュロスさんは僕らをじっと見つめて……ちょっと尊大な態度をとる。
「それはそちらが出せる条件次第だ。さあ、私を買うのにいくら出せる?」
成程。彼、結構強かだなあ……。
「いくら、って言われてもよお……え?金でいいの?」
「他に出せるものがあるなら言ってみろ」
「うーん、あなたを人間の姿に戻す、とか」
「成程な。他は?」
「そうですね、あなたが望むなら、そしてこの世界のため、民のために尽くすと誓うならば、我が王家で雇い入れることもできます。アージェント家の子とはいえ、高い教育を受けた貴族の子弟ですから……それなりの待遇はお約束できます」
「ソレイラにお屋敷を建てて住んでもいいですよ」
「あ。だったら貴族連合に来るか?親父と相談になっちまうけど」
とりあえず、ルギュロスさんには、『こちらに協力するのはいいけれど、その後どうやって生きていけばいいのか』っていう悩みを消してしまえるくらいの厚待遇を用意したい。そうじゃなきゃ、生まれ育った自分の家を捨ててくるなんて、できないだろう。
「後は……そうねえ、トウゴ・ウエソラに好きな絵を注文する権利3回分、とかどう?いいわよね、トウゴ」
「あ、うん。だったら妖精カフェのおやつ券を発行してもいいんじゃないだろうか」
ちなみに妖精カフェのおやつ券、というのは、それを妖精カフェで提示すると、その日の妖精達のまかないおやつを分けてもらえる、というチケットだ。ソレイラでは商店街の福引の景品になったりしているし、概ね人気。ただ例外として、妖精達は時々、とんでもないものをおやつに食べていることがあるので……まあ、そういうスリルも含めて、人気のチケットになっている。
「他に出せるものがあるとしたら、あなたの邸宅。ソレイラのどこかか、或いはどこか、土地があるならそこで。……こちらのライラ・ラズワルドとうちのクロアさん監修の元、センスのいいインテリアをお約束します。あとは、ソレイラの果物の木。ものすごく甘い桃が実る木を一本、お分けしますよ」
「……ソレイラ産の果実は他とは全く別物と言ってよいほどの品質を誇るらしいな」
そりゃあまあ、僕が食べたい桃を出すと、そうなっちゃうので……。ところでルギュロスさん、邸宅より桃に反応したところを見ると、桃、好きなんだろうか。ちょっと親近感が湧いてきた。
「それから、宝石……」
「トウゴ。紅茶缶までな?」
あ、うん。そうか。この世界における宝石は、武器になり得るんだった。
「ええと、まあ、魔石としてはそれほどじゃないけれど、売ればそれなりのお金になりそうな宝石を、紅茶の缶にたっぷり詰めた奴とか」
ルギュロスさんは『なんだその計量方法は』みたいな顔をしたけれど、まあ、そんなもので……。
「……随分と色々、出してくるものだな」
「出せっつったのはお前だろうがよぉー」
ぶーぶー、とフェイがブーイングを飛ばすと、ルギュロスさんはちょっと困惑した様子を見せつつも、何か思案して……。
「あ、そうだ。こちらからもう1つ、条件を出しても、いいですか?」
なのでそこへ、ついでにお願いしてみることにした。
「あなたを描かせてください!」
「……この姿を、か?」
「はい。すごく綺麗だから」
「……あの、私も描きたいんですけれど、いいですか?ほら、前、展覧会をやった時には、私はラージュ姫の担当だったから。ルギュロスさんも描いてみたいって、思ってたんです」
僕らがそう申し出ると、ルギュロスさんは明らかに戸惑った表情を浮かべた。
「……綺麗、だと?」
「はい」
何なら今すぐ描きたい。すぐ描きたい。すごく描きたい。
「それは……断る。そんなものを残されたなら、私の悪評になるだろうが」
「じゃあ公表しないので!……というか、僕、あなたを描かないと、あなたを元の姿に戻せないので、あの、許可を貰えないと困るんです……」
僕がそう言うと、ルギュロスさんは『意味が分からん』みたいな顔をしつつも、ひとまず僕とライラが引き下がらないのを見て、盛大に顔を引き攣らせて……。
「……ならば、もう1つ、こちらからも条件をつけさせてもらおう」
そう言って、僕に、びしり、と指を突きつけた。
「契約締結後、真っ先に私を元の姿に戻せ!その前に私を描く必要があるというのなら、さっさとしろ!……私が情報を出すのはその後だ」
「つまり契約してくれるってことですね!?」
「最早それが私にとって最も利の大きな行動なのだ。勝つ方について何が悪い。あのような伯父など見限ってやるとも!」
開き直った様子でルギュロスさんはそう言うけれど、きっと、自分自身を安心させるようにそう言っているんだろうなあ、と思うから、僕はルギュロスさんの手を握った。
「じゃあ、どうぞよろしくお願いします!」
どうやら僕らには、1人、仲間が増えるみたいだ!やった!あとモデルも増える!やった!




