4話:孤独な魔物*3
「ルギュロスさんを、寝返らせる?」
「ああ、それは面白そうね」
僕がびっくりしていたら、クロアさんがにっこり笑って乗った。
「それならトウゴ君が居れば何とかなりそうだし、となると、問題はルギュロスを探すところだけれど……」
「ま、待って、待って」
なんだかとんでもない話が始まりそうだったので、慌ててクロアさんを止める。
「僕が居れば何とかなる、ってどういうこと?僕、そういうの得意じゃない」
「そう?あなた、国一番の密偵を寝返らせたのだけれど」
「それは……クロアさんだったので……」
寝返ってくれるにしても、相性次第だと思うんだよ、本当に。クロアさんは偶々、森と相性が良くて、寝返ってくれた。けれど、ルギュロスさんは……ええと、あの人、別に森と相性、よくないと思うよ。焼いてるし。森を焼いてるし!
「そうねえ……まあ、ルギュロスが望むものなら、こちらで用意できる可能性が高いもの。彼がアージェントについていても、精々貰えるものって狭い所領ぐらいでしょう?なら、この国の最高権力に口出しできるラージュ姫と、物理的なものならほとんど何でも出せちゃうトウゴ君が居れば、奴との交渉材料はバッチリだと思うのよね」
あ、うん、そっか。そうだな。うん……。
……ルギュロスさん、何が欲しいかな。僕に出せるものだといいけれど……召喚獣が欲しい、とか言われてしまうと、それはそれで困るけれど……うん。
でも、いいか。どのみち、ルギュロスさんの所在が分からないと、こちらも出方を制限されてしまうわけで、だったらルギュロスさんと交渉してみるっていうのは、十分にありだろう。
……アージェントさんよりは多分、ルギュロスさんの方が、やりやすいんじゃないかな。なんとなく、そんな気もするし。
「さて。よって問題はルギュロスが今どこに居るのか、っていう話なんだけれど……」
「あいつ、何所に居るんだろうなあ……」
さて。
ルギュロスさんをこっち側に引き入れたい、となっても、本人がどこにいるかが分からないとどうしようもない。
「そうねえ……まあ、あのアージェントが野放しにしているとは思えないから、アージェントの管理下のどこかには居るんでしょうけれど……アージェントの身体検査の結果、彼は召喚獣の宝石は持っていなかったのよね?」
「あああー!そうかぁー!あいつ、魔物なんだった!宝石に入れちまうのかあ、めんどくせー!」
……そう。ルギュロスさん探しの難しさはそこにある。
召喚獣の宝石に入れるということが既に分かっているルギュロスさんは、つまり、どこにでも隠れられるしどこにでも運ばれる可能性がある、ということだ。
「……既に亡き者にされた後かもしれんな」
「いや、流石にそれは無いでしょ……無いって思いたいわね……」
「そうですね。私も、ルギュロスはまだ生きていると思います。アージェントにとってルギュロスは切り札の1つです。彼に『勇者』の役を与えたのならば、それを全うさせるつもりでしょうし……」
……まあ、多分、生きてはいる、と、思う。
けれど、ルギュロスさんの居場所は、全然分からないので……うーん。
……そんな時だった。
「あ。トウゴが描いて出しちゃえば?」
ライラが、結構とんでもない事を、言った。
「……えっ、トウゴ、それ、お前、できるか?」
フェイが早速、『それができるなら話は早い!』ときらきらした目で僕を見つめてくるのだけれど……うーん。
「……多分、それはできない、と思う」
僕は僕の感覚に従って、そう、答える。
「うーん、人間は見ずに描けない……?見慣れていないと描けない……?なんだろう、とにかく、ルギュロスさんを描いて呼び出す、っていうことが、できる気がしない、というか……」
「……そういやお前、結構前もそういうこと、言ってたよなあ。人間描くの、苦手なんだっけか」
うん。見れば描けるし、描き慣れればまあ、ある程度は描ける。
けれど、まるきりの想像で人を描くことが、僕は、できない。
……なんで、と言われたら、技量不足、とか、そういう問題だけじゃなくて……何か、もっとどろりとして怖いものに触れてしまいそうなので、あんまり考えないようにしている。
「そもそも、それをやってしまうとルギュロスさんが2人になってしまう可能性があるのでやりたくない。というか、描いて出てくるルギュロスさんがルギュロスさんである保証もないし、確かめようもないかもしれない。……それってすごく怖くないだろうか」
「……まあ、怖いわねえ。あとはさ、うっかり、描いた時に間違えて鼻の高さが変わっちゃったとかさ……目がちょっと大きくなっちゃったとかさ……怖いわよね……」
ライラが、うんうん、と頷いてくれる。そうだよね。そういうのも厳密に考えると怖いんだよ。うん……。
「……俺の鼻の高さは変わったか?何度か、トウゴに描かれたが」
な、なんかこの会話も既視感があるな。なんだっけ、ええと、ああそうだ、王様を魔物から人間に戻すかどうかの話の時にもこういう話、したなあ……。
「変わってないわねえ。まあ、普段描かれる時には実体化には至っていないみたいだから、影響がないにせよ……2、3回くらいは、ラオクレスも怪我を治してもらっているでしょう?ということはやっぱり、そうそう変わらないんじゃない?」
そうだろうか。僕が勝手にラオクレスを描き変えてしまっていたとしたら、後世に残る大失敗の一つになると思うので、そうじゃないなら本当にほっとするのだけれど……。
「そもそも、トウゴさあ。あんた、結構ラフな描き方すること、あるじゃない。ザッと描いて出した花咲かせてたりとかさ、するじゃない」
続いて、ライラが首を傾げつつ、そんなことを言った。
「でも、ラフな花が出てきたこと、無いじゃない」
……うん、まあ。
そうか。馬の怪我を治した時も、結構ラフに描いたけれど、それでも怪我を治すことができた。何なら、葉っぱ細工の枝豆だって実体化したし、石の床に血で描いたレッドドラゴンだって実体化させている……。
「つまりさ。あんたの魔法って、描いたものがそのまま実体化する魔法じゃないのよね」
「成程……」
当たり前といえば当たり前の事なのだけれど、改めてそう言われてみると、確かにそうだったなあ、と思う。
「僕自身、『出来が悪い』って思う絵は実体化しないことが多かったんだ。ええと、この森に来てすぐのころは、特に。……ただ、最近だとあまりそれも無くて」
「まあ……魔力が馬鹿みてえに増えたからなあ。同時に制御も上手くなってくれてホント良かったぜ……」
うん……。よくよく考えてみると、あの時、フェイに教えてもらって魔力制御の練習をしておいて、本当によかった。そうじゃなきゃ、精霊になってうっかり魔力がとんでもなく増えてしまって、それが制御できずに大変なことになるところだったかもしれない。
「ところで、父を魔物から人間に戻して頂いた時にも、トウゴさんはそのようなことを仰っておいででしたね」
「うん」
「あれ以来……父は特に以前と変わった様子もなく、相変わらずの愚王なのですが」
……う、うん。愚王。そっか。うん……。
「やはり、トウゴさんのお力は、目に見えないものにまでは影響しない、ということなのでしょうか?知性ですとか、人格ですとか、品格ですとか……」
ラージュ姫が首を傾げつつもなんだかすごい悪口を王様に向けているのを見て『大概この人も強かだなあ』などと思ってみたりする横で、フェイが『俺もこの話題興味あったんだよ!』と言わんばかりの身の乗り出しようで、話し始める。
「どーだろうなあ。物の中身まで描けるか、ってことだろ?ってなると例えば、ほら、たんぽぽとか。結構、おもしれえモンになってるけど。アレだって、ただのたんぽぽじゃなくて、魔力を吸うことに特化したたんぽぽの可能性があるわけだろ?」
「まあ、そもそも宝玉の表面や人間の頭に生えた時点でそのたんぽぽは普通のたんぽぽではないが」
「あ、そっか。普通じゃないところに普通にたんぽぽが生えてる絵なんて描いたら、そりゃあ、普通じゃねえたんぽぽが生まれるか。成程なあ……えーと、後は、門、とかか?森の壁についてるアレも、よくぞまあ、できたもんだと思ってるけどよー」
うん……まあ、そうだね。
あの門は、僕が持ち得る限りの技術を使って、僕ができる限りの力で『門の向こうに森の外の風景が見えている』っていうものを描いた訳だけれど……あれが『森の外の風景が描かれた壁』じゃなくてワープゲートとして機能しているっていうことは、ある意味、『物の中身まで描けるか』は、是、ということに、なる……のかもしれない。
……そんなことを考えていたら、ふと、クロアさんが僕の腰の辺りをつついてくる。
「ねえ、トウゴ君。管狐ちゃん、出してくれるかしら」
「え?あ、うん。どうぞ」
突然のお願いを不思議に思いつつ、クロアさんに言われた通り、管狐を出す。
宝石から飛び出た管狐は、しゅるん、と僕の肩に出てくると、こん、と元気よく鳴いた。
「私、前から気になっていたのだけれど、トウゴ君の管狐ちゃん。……『こん』って鳴くじゃない?」
あ、うん。そりゃあ、狐は、『こん』と鳴くので。
その通りです、と言わんばかりの様子で、管狐もこんこん鳴いている。
「……普通の狐じゃないわよね」
「えええ!?」
ちょ、ちょっと待ってほしい!普通の狐はこんこん鳴かないの!?やっぱり!?前もクロアさんの反応を見ていてなんだか変だなあとは思ったけれど!
「トウゴ君にとっては、その、管狐っていうものは、『こん』って鳴くもの、なのね?」
「うん……そりゃあ、狐なので……」
「……トウゴ君にとっては、狐はこんこん鳴くものなの……?」
逆に皆さんは違うんですか、という気持ちを込めて皆を見てみたら、ライラは『私、狐なんて見たことないし』と首を傾げるし、ラオクレスは『まあ妙に発音が明瞭だが狐の範囲内だろう』みたいな顔をするし、フェイは『面白いからいい』みたいな顔をしている。ラージュ姫は『そもそもこれは狐だったのですか』みたいな顔を……あああ!
「まあ……ええとね?つまり、管狐ちゃんって、トウゴ君の意識に引きずられてるんじゃないかしら、って思ったのよ」
そうなの?という気持ちで管狐を見てみると、管狐は首を傾げつつ、ふさふさの尻尾をふり、と振る。分かりません、みたいな顔だ。
「実在の管狐……いえ、管狐は実在しないから何とも言えないのだけれど……ええと、まあ、少なくとも、実在が無いものについては、トウゴ君の意識がものすごく影響している、ということよね……あ、あん、ちょっと。駄目よ、そんなとこ入っちゃ!」
クロアさんの話を聞いてなんだか納得していたら、管狐がするするとクロアさんの肩へ上っていって、そのまま、襟の中へとするする入って……こらこらこら!駄目!そこは駄目!
僕はクロアさんの襟からはみ出ていた管狐の尻尾を掴んでスポン、と管狐を引っこ抜く。うちの管狐がご迷惑をお掛けしました。
引っこ抜いた管狐を僕の肩の上に乗せ直すと、管狐は僕の襟の中にもぞもぞと入っていった。まあ、僕のならいいよ……。
「……つまり、トウゴの魔法って、トウゴがどう意識しながら描いたかによって結果が変わる、ってことか?」
「そんなことってある?」
「まあ、納得は行くよな。魔法ってそういうもんだろ?」
そういうもんなの?……まあ、イメージの力が大切だ、みたいな理屈は分からないでもないけれどさ。
「となると、トウゴが『物を実体化させるのに絵の完成度が必要』って思ってるのも、もしかしたら『トウゴ自身が魔法の発動に納得する為に絵の完成度が必要』ってことなのかもしれねえのか……」
「えっ、ちょっと怖いんだけれど……」
な、なんというか……その、フェイの言葉を突き詰めて考えていくと、その……なんだかものすごく恐ろしいことに思い当たりそうだったので、僕は、考えるのを一旦止めることにした。
今はアージェントさんとルギュロスさんのことを考えよう。
「……まあ、アージェントを描いて根性叩き直すのも、ルギュロスを描いて出すのもやめておきましょう。リスクが大きすぎるし……やっぱり、トウゴ君にはできない気がするのよね」
……うん。なんか、さっきのフェイの言葉を聞いて、僕も余計にそう思った。
僕には、そういう風には人間を描けない。
「じゃあ、ルギュロスはどうやって探す?」
「そりゃあね……うーん」
クロアさんが悩んでいたところ……ラージュ姫がふと、手を挙げた。
「アージェント邸を家探ししましょうか。アージェントの罪状は不敬罪ですが、同時に国家転覆を謀った罪に問うこともできます。その罪状を掲げれば、奴の家を徹底的に探すことも許可されるはずです」
つまり、家宅捜索。
それはすごい。それなら……うーん、でも、それってルギュロスさんがアージェント邸に居る、もしくは在る、っていう前提での話、か。うーん。
「あー、でもなあ、それやっちまうと、もうアージェントは引っ込みつかねえだろ?あいつの望みは……よく分かんねえけど、ひとまずは権力と地位、ってかんじらしいからよお、そういう奴は、罪状を公表されたら引っ込みつかなくなってもう交渉に応じてくれなくなるんじゃねえかなあ」
そしてフェイも別の方面から反対らしい。
「最悪の場合は、アージェントとの取引を飲むしかねえ。何が何でも、カチカチ放火王の封印を放っておく訳にはいかねえんだ。探知機はあるが、万能じゃねえしな。だから……最終手段は、アージェントとの取引、だ」
「そうねえ、なら、取引して暗殺しちゃう?」
「全部本当に終わった、っつう保証が生まれれば、それも選択肢としてアリだとは思うぜ。でも、当面はナシだろうな」
「冗談よ。あいつなら間違いなく、魔法の契約で縛ってくるでしょうし」
クロアさんの冗談にフェイは苦笑いしつつ……真剣に悩み始める。
「やっぱアージェント領をしらみつぶし、かあ?封印の宝石を探知機で探すついでに、ある程度はやってもいいかもしれねえよな。でも……どうすっかなあ。ルギュロスに『出てこーい』っつって出てきてくれりゃあ楽なんだけどよお……」
がしがしと頭を掻きつつそんなことを言うフェイを見て……ふと、僕は、思った。
「……ルギュロスさんにお手紙書いたら、届かないかな」
『出てこーい』っていうのをもう少し丁寧に書いて出したら、彼、返事をくれないだろうか。




