3話:孤独な魔物*2
「トウゴくーん!こっちは片付いたわよー!」
アージェントさんが鳥の下敷きになってわたわたしている中、ガチャ、とドアが開いて、クロアさんがにっこり微笑みながら顔を出していた。
どうやら向こうの部屋での脅し文句はクロアさんに破られたらしい。クロアさんの横からライラもにんまり顔を出して、更にその後ろで、王様が『死ぬかと思った』みたいな青い顔をしているのが見える。王様、ごめんなさい。後でいっぱい大福を出しますので……。
「な……何をした!毒は……」
「さあね」
クロアさんはにっこり笑って答えない。……具体的に何が起きたのかは、聞きたいような、聞きたくないような、そんな気がする……。
「こ、こいつは一体……」
「ですから、そちらは精霊の森の神鳥にあらせられます、と申し上げた通りですが」
そして鳥は……『全てはこの一瞬のために!』とでも言わんばかりにふんぞり返り、満足気に、キョキョン、と鳴いていた。
……まあ、今回のMVPは君だよ。おめでとう、ありがとう、鳥。
アージェントさんは捕縛された。クロアさんはプロなので、アージェントさんを完膚なきまでに捕縛しちゃうこともできる。ましてや今回はラオクレスの協力付きだ。ラオクレスが押さえながら、時折不審な動きをするアージェントさんを見て、懐に隠された召喚獣の宝石の存在を見抜いたりしつつ、クロアさんの捕縛をラオクレスも手伝って……。
……そうして。
まおーん。
……魔王が今、鳥からなんとか出ているアージェントさんの頭の上に乗っかって、元気に鳴きつつ、アージェントさんの魔力を吸っている。
たんぽぽを生やしてしまうのも有効なのだけれど、そうすると、アージェントさんにこちらの手の内を晒してしまう事になるから、というクロアさんの進言で、今回はたんぽぽじゃなくて魔王が魔力を吸う係になっている。魔王は……ええと、当面はお腹いっぱいにならなさそうだ。まあ、カチカチ放火王ならまだしも、人間の魔力ならそうそうお腹いっぱいにならないね。
「……いいかぁ?俺達の敵はよお、こう……こういうふわふわした目に遭うんだよ。分かったか?……いや、うん。まあ、そんなかんじで……」
なんだか締まらない言葉を発するフェイの目の前では、捕縛されたアージェントさんが鳥と魔王の下敷きにされ続けている。
鳥は前回の見せ場をレッドドラゴンに持って行かれたのが余程癪だったらしくて、今回は目いっぱい目立つつもりらしい。ええと、つまり、未だにアージェントさんの上から、降りない。魔王がまおまお鳴いていても、降りない。
「全く!世界を人質に、など、よくもあのようなことが言えたものですね!あなたのような不届き者は鳥さんの羽毛とこもる熱の中、反省するのがお似合いです!」
ラージュ姫の言葉を聞いて、鳥が悠々と翼を広げた。よかったね、鳥……。
「く、くそ……だが、私をこのように捕らえたところで、事態は何も変わらないのだぞ?貴様らは私を殺せまい。私を殺せば、封印の宝石も、魔王復活の場所も、それらの情報が全て闇に葬られることになるのだからな!」
それからアージェントさんがそう、言い始めた。
「いやまあ、事態はさておき、見た目には大分変わったと思うがね、アージェント殿よ……」
「そうだなあ。うん。まあ……ええと、ごめんな?あんた、迫力、まるでねえわ……」
……いや、そうなんだけれど。そうなんだけれどさ。レッドガルド親子はちょっと、その、アージェントさんを虐めないであげてほしい。
「とうご!たんぽっぽ!たんぽっぽ!」
そしてレネはきらきらした瞳で追い打ちをかけようとしないでほしい。それは魔王がやってくれているのでたんぽぽを生やさなくてもいいはずだ!
「……まあ、その、ええと、アージェント卿。今回のお取引については、保留、ということにさせて頂けますか?」
そして、すっかり落ち着いてしまったラージュ姫は、屈んで鳥の下のアージェントさんを見ながら、そう、言った。
「アージェント領の独立については、その、まだ一考の余地がございますので。そして霊脈については……貴族連合の諸侯とも、会議が必要ですから」
ちら、と僕の方を見て、ラージュ姫はちょっと微笑んだ。……まあ、僕、霊脈をなんとかしたことが一回はあるので……今回も何とかなる、と思うよ。
「そして、アージェント卿」
更に、ふと、ラージュ姫はその目を鋭く細めて……言った。
「それはそれ、これはこれ、です。……アージェント領の独立には一考の余地がある、とはいえ、まだあなたはわが国の領土の一部を治める立場に過ぎません」
ラージュ姫の横顔を見て、僕は……ああ、この人、人の上に立つ人なんだった、と、思いだす。
「よって、あなたを不敬罪にて処罰します」
ラージュ姫がそう言うと、アージェントさんは鼻で笑う。
「ふん。どのようにしてくださっても構わんがね、お嬢さん。繰り返しになるが、私を殺せば、封印の宝石の位置は分からなくなる。魔王が復活する場所なども、私が情報を持っているかもしれないな?そして何より、私が死の間際、魔王と契約する可能性が」
「そうですね。まあ、それは追々考えることにしましょう」
半分ははったりなんだろうけれど、ラージュ姫はそう言い切って、アージェントさんがそれ以上何か言うのを防ぐことにしたらしい。
……さて。
「では一度戻りましょう。対策を考えなければ」
ラージュ姫がそう言ったのを皮切りに、僕らは揃って、アージェント邸をおいとますることになった。お邪魔しました。
……その時、アージェントさんを足に掴んだ鳥が、何故か、割った天窓から出るんじゃなくて、新たに横の窓を割って外に出ていったので、その……アージェント邸の応接間が、ものすごく風通しのいい部屋になってしまった……。
……うちの鳥がすみません。
それから僕らは、王都まで引き上げてきた。アージェントさんはとりあえず、王城の牢屋に入れた。
「全く……困ったものですね、アージェントは」
そして、王城の応接間で一息ついたラージュ姫は、深々とため息を吐いた。
「おう。ラージュ姫、お疲れさん。全くなあ、あのやろ、本当に誇りってもんがねえのかよ……ったく」
フェイもラージュ姫を労いつつ、なんだか疲れた顔をしている。皆お疲れ様。
「しかし面白いことになってきた。あのアージェントが遂に指針を示してくるとはな。国一番の貴族としての立場より、独立した方がよいと踏んだらしいが……ふむ」
フェイのお父さんは比較的元気そうな様子でそんなことを言いつつ、考えている。
……そうなんだよなあ。アージェント領の独立、っていうのが、結構、今回、びっくりさせられた、というか。
「アージェント領の独立自体は別にいいんじゃない?まあ、その場合、霊脈が問題になるんだろうけど……それはトウゴがなんとかできるんでしょ?」
「まあ、頑張ればなんとか……でも、森周辺だけじゃなくて国一帯全部、ってなると、ちょっと大がかりにはなると思う」
具体的にどうやったらいいかな、と考えてみる。
ソレイラ周辺を霊脈にした時は、水晶の小島と魔力の木を描いて、そこに龍を出して……水晶から魔力の木が吸い上げた魔力が木の実に溜まったやつを、龍が雨と一緒に降らせてくれて、それによって魔力の補填を行っている、っていう具合に作ったんだっけ。
……となると、各地域に一匹ずつ、龍が必要になってしまうだろうか。うーん……アージェント家が持っている霊脈がどういう風に国を巡っているのかが分からないから何とも言えないけれど、本当に結構な大仕事になってしまいそうだな……。
「独立を認めようが認めまいが、アージェント領を発端とする霊脈が2本ほどある以上、奴は霊脈を脅し文句として使える、ということになりますね。既に独立の意思表明という形で、国への謀反を表明しているわけです。今更、国に属する者でありながらも霊脈を封じて国を困窮させようとしたとて、驚きません」
けれどもラージュ姫の言う通り、アージェントさんならやりかねない。彼は今や、ちょっと扱いに困る爆弾みたいなものだ。霊脈も何もかも、壊してしまうかもしれないわけで……うーん。
「カチカチ放火王との戦いが控えている今、霊脈をああだこうだやられちゃうとちょっと厄介、ではあるわねえ……うーん、アージェント、殺しちゃっていいんじゃないかしら?」
クロアさんはすぐそうやって何でも暗殺しようとする……。
「それも一つ、考えるべき選択肢だろうな」
……と思ったら、ラオクレスまでもが、過激派クロアさんの意見に賛同してしまった!
「今すぐにでも、殺しておいた方がいいかもしれん。無論、今すぐ殺そうとしたその瞬間にカチカチ放火王と契約されて厄介なことになる可能性もある以上、何とも言えんが」
「そうねえ。私もそう思うわ。奴は生かしておくにはあまりにも危険よ。殺しておいてもいいと思うのよね。……勿論、ラオクレスが言ったような危険も考えなきゃいけないけれど」
「それにさ、封印の宝石の位置も、吐かせてから殺さなきゃならないんでしょ?……結構難しそうよねー。あーあ」
ライラまでもが賛同して……まあ、正直、僕もちょっと、そう、思わないでもないんだよなあ、と、ぼんやり思う。
アージェントさんは危険だ。何をしでかすか、分からない。
けれど、アージェントさんに『もう駄目だ』って思わせちゃ、いけない。そうしたら彼は……本当に迷わず、世界を滅ぼすような選択肢を選ぶだろうし、その時、失われるものは計り知れない。
アージェントさんを捕まえようが牢屋に入れようが、相変わらず、アージェントさんがこの世界とこの世界の罪のない人々を人質に取っているような状況だっていうことには変わりがない……。
……なんだか嫌だけれど、しょうがない。『殺したくない』よりも『殺せない理由があるから殺さない』に傾いてしまうのは……しょうがないこと、なんだと思う。
でも、まあ、心情はともかく、アージェントさんへの回答は『保留』。彼の処罰も、今、魔王が頭の上に乗っていて、鳥がアージェントさんの上で地団太を踏んでいるだけで、保留。
一番怖いのは、『取り返しのつかない事態』になることだから。そして、ある程度のことなら、僕が描いて取り戻すことができる。特に、僕がよく見て、よく知っていて、迷わず描けるようなものについては。
だから……迷いどころだよなあ。これからどうすればいいのか。
……アージェントさんとの会談を『保留』にしてきたラージュ姫は、英断だったと思う。何だかんだ言って、アージェントさんを全て突っぱねるのは、僕らにとっても厳しい状況を生む。
カチカチ放火王が復活するより先に、なんとかして、宝石の場所を探らなきゃいけない。
……そしてそれはきっと、アージェントさんからしても、同じことなんだ。
アージェントさんにもタイムリミットがある。彼だって、カチカチ放火王が復活しちゃったら、切れるカードが1枚無くなる。
アージェントさんは『封印が解ける前に宝石に辿り着ける方法』を僕らに提示することで、その見返りを得ようとしている訳だから。
……アージェントさんはああ言っていたけれど、彼にとっても、世界が滅びることが最適解ってわけじゃない。
彼にとっての最適解は、アージェント領の独立、そして、独立しちゃうと領地の食事情が厳しくなるんだろうから、その補填っていうことで食料の供給。その2点であるように見える。
更についでに、まだ『勇者ルギュロスがカチカチ放火王を倒して勇者として名声を得る』っていうのも諦めていないかもしれない。……今の王家が『魔王を倒した名声』によって興ったものなんだから、アージェント家がそうして『勇者』の名声を掲げつつ、今の王家を打ち滅ぼしに来る可能性も、無いわけじゃないし……。
……うーん。
そんなことを考えていたら……ふと、思い至ってしまった。
「……ところで、ルギュロスさん、元気だろうか」
そう。『勇者』として名乗りを上げた割に、あれから全く出会っていなければ名前も聞いていない、彼のことに。
「はあ?ルギュロス?あんな奴が元気かどうかなんて気にしてやるかぁ?……まあ、気になりはする、か。うん……」
フェイはルギュロスさんに対してものすごく思うところがあるみたいなのだけれど、それはそれとして……彼がアージェント邸での会談に同席していなかったのが気になる。
彼は、アージェント家の切り札だ。だからそうそう、僕らの目に入る位置に姿を現させない、ということなのかもしれないけれど……。
「……案外、もう死んでいたりしてなあ。ううむ……非情なアージェントのことだ、甥を切り捨てる程度のことはしかねんぞ」
「けれど、アージェントからしても、ルギュロスは強みの1つだと思うのよね。うーん……確かに、もう用済みってことで始末されているのかもしれないけれど」
フェイのお父さんとクロアさんが揃って怖いことを言う。うう、できれば、そうではない方がいい……。
……と、そんなことを考えていたら。
「……そう、ですね」
ラージュ姫が、ふと、零した。
「アージェントとの交渉の前にルギュロスを見つけることができれば、有利に事が進むかもしれません」
「勿論、一番いいのは封印の宝石を見つけてしまうことですが……アージェントのことです、流石に、すぐさま見つけて盗み出せるような位置には隠していないでしょう」
うん。それは僕もそう思うよ。あのお屋敷を全部探しても、封印の宝石は出てこない気がする。
「しかし……アージェントが口を割らなくとも、ルギュロスが口を割る可能性はあります。或いは……」
そこで、ラージュ姫の目が、きらり、と光った。
「彼を、寝返らせることができれば、更に良いですね」




