1話:空を飛びつつ餅が美味い*1
図書館で落ち合った僕と先生は、そのまま先生の家へ一緒に向かいながら、真っ白な町を歩く。
……町は真っ白だった。この辺りはそんなに雪が降る土地じゃないのだけれど、今日はたまたま、たっぷり雪が降っている。
明け方から降り続く雪のせいで町中がふわふわと真っ白になっていて、なんとなく、非日常の気配がしている。
鈍色の空の下、道端では小学生達が歓声を上げながら雪に足跡を付けていて、その横を通り過ぎていく大人は忙しなく、それでいて慎重に、雪が踏み固められて凍った道を歩いて行く。
「いつか、雪が降った時に美しいと思えなくなる日が来るものだと、ずっと思っていたんだ」
忙しなくすれ違っていったサラリーマン風の男性を横目に見送ってから、ふと、先生がそんなことを言う。
「僕の親は、まあ、雪が降るとなると専ら、寒さと交通の麻痺とを気にする人でね。雪ではしゃぐのは子供の内だけだ、と言い聞かせられて僕は育ってきたのだが……」
先生は、ふう、と白い息を吐き出して、にっこり笑う。
「どうやら僕はまだ子供らしいね。何なら、未来永劫、子供のままで居たいもんだ。寒さよりも、電車のダイヤの乱れよりも、降り積もった雪を踏みしめる感触や遠くの方がぼんやり白く煙るような景色に心を動かされていたい」
ぎゅ、と雪を踏みしめて、まっさらな白いキャンバスの上に大きな靴の跡を残しつつ、先生ははしゃぐ小学生並みの笑顔で、僕に言う。
「なあ、トーゴ。雪景色っていうのはなんとも美しいな!」
「うん」
先生の靴跡の横に2回り以上小さい足跡を残して、ふわふわと雪が降ってくる空を見上げて……僕も、思う。
……綺麗だなあ、と。
「雪が降って庭を駆けまわるのが犬だけだと思うなよ!僕もだ!」
先生の家に到着して、玄関の鍵を開けて……そしてそのまま、先生は庭に向かって駆けだしていった。すごい。正に『先生も喜び庭駆けまわり』だ。
「風邪引かないようにね」
「うーん!そういうことを君に言われると立つ瀬がないなあ!ひゃっほう!」
先生はそれはそれは大はしゃぎで、雪の降る庭を堪能している。とてつもなく楽しそうだ。なんというか、大人には見えない。いい意味で。
「おお。見たまえ、トーゴ。ゆきまろげだ」
やがて先生は、堂々と、雪の塊を見せてきた。先生はまるで『時価1000万円のダイヤモンドです』みたいな恭しさで雪の塊を紹介してくれているのだけれど、まあ、雪の塊。
「……ゆきまろげ?」
ところで、ゆきまろげ、という言葉を僕は知らない。僕の目の前にあるのは、2段にするのを諦めた雪だるまのなり損ないみたいな、ただ雪をごろごろやって大きな塊にしただけの物体だ。
「ふむ。雪まろげ、というのは、ただ雪を丸めただけのもののことを言う。さながらこんなかんじに」
うん。まあ、雪が丸まっただけだね。
けれど、『ゆきまろげ』という言葉の響きがなんとなくまろやかでいいなあ、と思う。ゆきまろげ。ゆきまろげ。うん。いいね。
「なんとなく愛らしい『雪まろげ』だが、これの難点は、これを作るとなると、手がとんでもなく冷たくなるということだな」
先生は手に息を吐きかけながら、次なる雪まろげを生み出すために庭を見回している。いい具合に雪が溜まっている場所を探しているのと……多分、手の冷たさの具合との相談中、っていうところだろう。
「じゃあ、部屋の中、暖房入れておくね。あと、お茶淹れてもいい?」
「おお、実に気が利くじゃないか、トーゴ!」
雪まみれになって遊んでいる先生が部屋に入ってすぐ温まれるように、僕はさっさと先生の家に入って、電灯のスイッチより先にリビングの暖房のスイッチを入れた。
それから、電気ストーブも付けてしまおう。雪の日の昼下がりの薄暗い室内に、鮮やかなオレンジの光を放つニクロム線。僕の手や顔がぼんやりオレンジに照らされて、ぬくぬくと温まっていく。
僕、電気ストーブは中々風情があっていいなあとよく思ってる。見た目にも暖かいんだ。電気ストーブ。蝋燭の灯を見ていると落ち着くタイプの人は、電気ストーブでも落ち着くんじゃないかな。それって正に、僕や先生のことだけれど。
『風情のある』オレンジ色の光に手を翳して、先生より先に僕が温まらせてもらうことにした。はー、あったかい。
それから台所でやかんに水を入れて、火にかけて、急須の準備をしたところで、出窓から庭の様子を見てみる。
「見ろトウゴ!雪まろげだ!」
「ゆきまろげだね」
先生は、3つ目のゆきまろげを生み出したところだった。庭にぽんぽんと、丸っこい雪の塊が置いてある。
そう。置いてある。並べてあるわけでもなく、なんとなく無造作なかんじのするそれは、正に『置いてある』っていうかんじだ。それがなんとなく、日本庭園の庭石のようにも見えて、ちょっと風格がある気がしてくる、というか、ちょっと風流なかんじがしてくる、というか。
「うーん、今の僕は実に松尾芭蕉っぽいな」
ゆきまろげ3つを生み出してある程度満足したらしい先生は、縁側に腰かけながらそう言って庭を眺める。
「……何が?」
先生、何か俳句とか詠んだっけ?と思いながら聞いてみたら、先生はにやりと笑って教えてくれる。
「『君火を焚け、良きもの見せん、雪まろげ』。松尾芭蕉の句だ。松尾芭蕉が弟子の河合曾良に向けたものらしいな。『でっかい雪まろげを作って見せてやろうじゃないか!ということで君は暖房入れといて!』みたいなノリだ。つまり、今の僕と君みたいな状況だ」
そっか。松尾芭蕉っていうとそんなに強い印象が無かったのだけれど、今の先生の言葉を聞いて、僕の頭の中で松尾芭蕉は先生にちょっと似ている人、ということになった。ということは僕、河合曾良さんだろうか。上曾良桐吾、に改名しちゃおうかな。
やがてファンファーレのように鳴ったやかんに呼ばれて、僕らはリビングに戻って、そこで早速、お茶を淹れる。ほこ、と湯気を立てるお茶がなんとなく冬の風情。
「雪まろげ職人になった後のお茶ってのは、最高に美味いなあ」
そこで、マグカップいっぱいのお茶を両手で持って息を吹きかけつつ、先生は改めて、窓の外を見る。そこに置いてあるゆきまろげ3つと、未だ止まない雪とを眺めて、先生は満足げに頷いた。
「あの雪まろげはいずれ、上から雪を振りかけられて、スノーボールクッキーみたいになるのだ」
「なるほどね」
心なしか、ゆきまろげはできたてほやほやの時よりもうっすらと雪が積もって、輪郭がほんわり丸っこくなったような気がする。もっと雪が降ったら、更に丸っこくなって、スノーボールクッキーみたいになる、のだろう。
「お。見たまえ、トーゴ。あっちの電柱の上。見事なスノーボールクッキーだ!まあ、とろけかけ、っていう具合のフォルムだが!」
更に先生はそう言って、窓から見える電柱を指さす。そっちを見てみると、電柱の上にこんもり積もった雪が、確かに、『とろけかけのスノーボールクッキー』といった具合だった。
「いや……どちらかというと、その、ロシアの帽子……?そういうかんじだろうか?なあ、どう思う、トーゴ」
「ロシアの帽子、の方が通りがいいとは思うよ」
とろけかけのスノーボールクッキー、もいいのだけれど、まあ、それよりは、ロシアの帽子、って言った方が分かりやすい。ふわふわの毛皮でできた円筒形のやつ。ああいう具合に、電柱には雪が積もっている。
「まあ、冠雪、というくらいだからな。帽子に例えてやった方が適切か……」
「かむりゆき?」
そこで先生はまた、僕の知らない言葉を口にしたので聞き返す。すると先生は、『ああ、分からなかったか』と気づいたような顔をしてから、にこにこ笑って教えてくれた。
「冠の雪、だ。それで、かむりゆき。ああいう風に電柱などの上にこんもり乗っかった雪のことを指す言葉だな。『かんむりゆき』じゃなくて『かむりゆき』なのがいいと思わないか、トーゴ」
ゆきまろげ。かむりゆき。……雪の言葉はふわふわして面白い。語感がいい、っていうのはこういうことを言うんだろう。
「僕、これから先、雪が降ったら電柱の上を見てしまうと思う」
ふと、そう思って、そう言ってみる。僕の視線の先、電柱の上のかむりゆきは、ふんわりこんもり、そこにある。
「かむりゆき、探してしまうと思うよ。あと、丸まった雪があったら、ああ、ゆきまろげだなあ、って、思う。面白いね。今まで、ただの雪だったものが、ゆきまろげ、とか、かむりゆき、とかになるんだから。知らなかったら何とも思わなかったんだろうに、名前を知ってしまうと、随分と可愛らしく見える」
僕の視界に映る雪の塊は、もう、ただの雪の塊じゃない。ゆきまろげ、だったり、かむりゆき、だったりする。そして、名前を思うと、ただの雪の塊であったはずのそれらが、なんとなく可愛くて素敵なものに見えてしまうから不思議だ。
「そうだなあ……うん。まさにそうだな。知っているものが増えると、世界が豊かになる。より濃密に、より鮮やかに感じられるようになる。面白いことに、我々は、知っているものを見ようとする性質がある。逆に言うと、知らないものは認識できないのさ」
先生はそう言いつつ、なんだか感慨深げに窓の外を見つめている。
「雪の塊の名前を知ったところで何にもならないかもしれない。少なくとも、『雪まろげ』なんてものを知っていたとして、それが金になるわけじゃない。……だが、確実に、『雪まろげ』を知った我々の世界は豊かなものになる」
そうだね。僕、今、こうやって窓の外を眺めていて、雪が可愛らしく見えているところだ。雪を見て何か思えることがあるっていうのは、きっと、素晴らしいことだと思うよ。……さっきの先生じゃないけれど、雪を煩わしく思うよりも雪を見て楽しめた方がいいって、僕も思う。
「そうだな。逆に言えば、知らない、ということは、世界をより狭くする。知らない内に、知らないことで、世界が狭くなるんだ。そしてそれを、知らない人は認識することすらできない。知らないということはその人物にとって、存在しない、ということと同義だからな。特に名前については、なんだっけか……唯名論。そういうのもあるな」
「ああ、それなら知ってる」
唯名論。倫理の資料集に載ってたから覚えてる。
人は、名を知らないものを区別することができない。椅子と机を区別できるのは、『椅子』とか『机』とかいう名前があるからだ。
他にも……例えば、蛾も蝶も『パピヨン』でしかないフランスでは、蝶を愛でて蛾を嫌うような風潮が無い。あと、『肩こり』っていう言葉は夏目漱石の造語であって海外には無いから、海外の人は肩こりっていう感覚が無い。
そういう風に、僕らの意識は言葉によって変わってしまう。
「だから、色んなものを知っていた方がいいな。あるものを『無い』と思ってしまうのは、あんまりにも悲しい。……まあ、逆もまた然り、だな。特に何もないと思っていたところに、いきなり美しいものが見えるようになることがある。それはとっても嬉しいことだ」
うん。……例えば、僕の目に、ゆきまろげが見えるようになったのと、同じように。そういうことだよね。
「知識や言葉ってのは僕にとって、見えない世界を見るための手段なのさ。眼鏡のようなものかもしれないな。だからこそ、僕は学ぶ意義がそこにあると思っているし、学びたいと思っているよ。僕はこの世界を、より色鮮やかに、より美しく、より鮮明に、見たい」
……先生の目には、この世界がどう見えているんだろう。
僕よりずっと……いや、そこら辺の人の数倍は言葉を知っている先生だ。目に映るあらゆるものが意味あるものに見えているんだろうし、それって少し、羨ましいな、とも、思う。
「まあ……その点、後悔することがあるとすると、もうちょっと高校時代、ちゃんと勉強しておくべきだったな、ってことか。あとは、大学でもうちょっと色んな変な講義を取ってみたら楽しかっただろうな……うーん、現役高校生の君が羨ましい」
「……へ?」
先生を羨ましく思っていたら、先生に羨ましがられてしまった。
「この世の中、大抵のことは調べれば分かるんだが……知らないことって、調べようがないからな。その点、学校は一通り、勉強させてくれるだろ。『とりあえず知る』を一通りいろんな分野でやってくれるもんだから……まじめにやっとくべきだったなあ、と、今になって思ったりするぜ、僕は」
……そっか。先生から見ると、学校の勉強も、そういうかんじなのか。
「……そういう風に考えたこと、なかったな」
僕にとっての勉強って……その、義務、でしかないから。あと、強いて言うなら、危機感?うん、そんなかんじ。
だから……『自分を豊かにしてくれる』っていう感覚は、無かったな。
「おやおや。受験のための勉強に特化してしまったこの国の学校教育もまだまだ捨てたもんじゃないと思うぜ、トーゴ。現代文の過去問を解きつつその文章の一節に感銘を受けたっていいし、生物の勉強をしつつ飯を食った後に『今、アセチルコリンが出ている!眠い!だから寝る!』とやってもいいわけだ。あと英語だな。うむ……僕は英語の勉強は碌にしなかったが、それでもした分の知識は未だに使っていたりする。なあ、トーゴ。『Dead end』というのは『死んで終わり』じゃないんだぜ」
「うん。『行き止まり』」
中学生の頃に単語帳で覚えたやつなので、それは知ってる。
「……君は賢いなあ!高校生の時の僕に勉強を教えてやってくれ!まあそれはともかく……その熟語を知って以来、僕は行き止まりを見ると『おお、Dead endである』と思うようになった。ちょっと楽しい」
そっか。確かにちょっと楽しいかもしれない。……先生の目は、僕があまり好きじゃないものからも、僕が好きなものを見つけ出せる目なんだなあ。これも、先生が色々なものを学んだから、っていうことなんだろう。
「ま、そんな具合に、学ぶっていうのは楽しいもんさ。本来はな。あと、気の持ちようによっては、な。……まあ、楽しくなかったとしても、学びには何らかの価値があると、僕は思ってるぜ。しょうもない学習だったとしても、ね」
そこまで言って、先生はお茶を飲んで、一息。
「……なあ、トーゴ。君のおかげで、僕の世界はちょっと、色鮮やかになったんだぜ」
「え?」
なんのことだろう、と思って先生を見ていると、先生は……にんまり笑う。
「君が買い集めてきては楽し気に使っている絵の具の名前が、僕に世界の色を識別させてるのさ」
その日、なんとなく浮かれて歩く、先生の家からの帰り道。民家の塀の上にゆきまろげが置いてあった。この家の子供が作って乗せたものなんだろう。
……それを見て、僕は、僕の世界に『ゆきまろげ』がやってきたことを知る。
ただの雪の塊じゃなくて、あれは、ゆきまろげ。僕にとって、特別なもの。
ゆきまろげ、ゆきまろげ、と口の中で呟きながら、僕は、見えるものが増えたことを嬉しく思った。
先生から教えてもらった言葉が、僕の中にしっかり根っこを張って生えている。そんな気がする。
……それと同時に、先生の中にも、僕が運んだ言葉が住み着いて、先生の世界を、少し鮮やかにしているらしい。
それがなんだか無性に、嬉しかった。
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17章:言葉一つで広がる世界
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ラージュ姫は僕らに、アージェント家からの手紙を見せてくれる。僕らは手紙を受け取って、覗き込んで、中身を確認。
……『封印の宝石はアージェント領にある。詳しく聞きたいならアージェント家を訪ねてこい』というような内容の手紙だった。
「これ、どういうことだろう」
「……イヤーな想像をしちまうと、既に封印の宝石はアージェント家が見つけて隠し持ってる、っつう可能性に行きあたっちまうんだよなあ……」
ああ、成程。クロアさんの『お父様』だって、封印の宝石を持っていた。アージェントさんも同じように宝石を隠し持っていたとして、不思議はないのか。
「まあ何にせよ、一度は行ってみた方がいいだろうなあ……。何かの罠だったとしても、それを真っ向からねじ伏せるだけの武力はあることだし……」
そうだね。こっちにはレッドドラゴンも鳥も魔王も居る。ほら、今も鳥が、妖精カフェの屋根の上に舞い降りて、お客さん達をびっくりさせて満足げにしている……。
「最悪の場合はアージェント領を王家が取り潰しにかかることになると思いますが、できることならそうせず、和解の道を選びたいとも思っています。……巻き込まれるのは民ですから」
ラージュ姫はそう言ってため息を吐いた。彼女も大変だなあ。
「結論を急ぐつもりはありません。勿論、カチカチ放火王の復活は一つの時間制限ですが、それ以上に何か、時間を区切る必要は無いと思っています。ですから、まあ……アージェントの屋敷に封印の宝石がある分には、それほど焦らなくても、よいかと……その、燃えるのがアージェント家だけなら、それほど問題ではないので」
……まあ、そう、だね。カチカチ放火王が出てきた時に燃えるのはアージェントさんのお家なので、うん、まあ……。
「いやー、でもなあ。できることならたんぽぽ生やして魔力吸っておかねえと、いよいよ封印が全部解けた後の復活が怖いんだよなあ」
「そもそも、アージェントが屋敷に封印の宝石を隠しているという保証もない。民の集まる場所にわざわざ隠している可能性とて、あり得る」
けれどもアージェントさんだからな、何かとんでもなく非道なことをしている可能性はあるわけだし、油断はできない。
「まあ、急いだほうがいいとは思うわよ。アージェント家に準備の時間を与えない方がいいし……いえ、もう奴らのことだから、準備は完全に終わってるんでしょうけれどね」
僕らはそれぞれに意見を出しつつ、まあ、結局のところは、『一度行ってみないことには分からない』という結論に至る。
アージェントさんが何を考えているのか、ルギュロスさんは今どうしているのか。そういうことを考えていくと、やっぱり……相手のことが分からないままカチカチ放火王の復活を待つのは、ちょっと怖い、というか。
「……問題は、これが王家に来てる、ってことなんだよな」
「そうですね。アージェント家から私宛てに出された書状ですから……」
「ってことはよお、最悪の場合、向こうはラージュ姫が王城の兵士を全員連れて来る、ってことも考えてるのか?」
「私達がついていくくらいのことは想定しているような気がするわね」
アージェントさんがどこから何までを考えているのかは分からないけれど、彼には何らかの思惑があるんだろう。ラージュ姫に手紙を出している時点で、ラージュ姫を何かに巻き込みたいという意思は感じられるし……。
問題は、何に巻き込もうとしているのかがよく分からない、っていうことなんだけれど。
「アージェントが何するつもりか分からねえ以上、せめてこっちは、アージェントにとって最も予想外な行動をとってやりてえよな」
フェイはそう言って腕組みしつつ、椅子の背もたれに体重を預ける。
「……なあ、一番予想外なのって、何だと思う?やっぱうちの親父の襲来かなあ……」
「鳥もいいと思う」
ということで早速、僕は意見を述べてみた。だってあいつは常に予想外。
「魔物が来る、ってのも面白そうよね。ほら、元々ルギュロスの配下だった魔物達。あの子達を全員連れていくってのはどう?」
まあ、ルギュロスさんは間違いなく嫌がると思う。うん。そういう意味では効果的、なのかもしれない。
「あっ。そうだ。トウゴがアージェント家のやつらの頭にたんぽぽ生やしちゃうってのはどう?ねえ、私も見てみたいんだけれど」
「それをやるとアージェントさんが禿げてしまう……」
「いいじゃない。禿げさせてやりなさいよあんなクソジジイなんか」
「ルギュロスさんも……?」
「あいつ、森に火を点けた犯人みたいなもんでしょ。私、まだ許してないわよ。ってことで禿げさせてやりなさい!」
ライラからは随分と過激な意見が出てきてしまった。うーん……。まあ、禿げてしまっても、最悪、描き直せばいいか……?
「骨の騎士団が押し寄せてきたら戸惑うだろうが……」
ラオクレスはなんというか、ちょっと聞いていて安心する意見だ。少なくとも、ライラのよりは。
「……森とは無関係な人物が訪れていく、というのも良いのではないかと思います」
「おお。それかもな。でもよお、森以外の人物って言うと、王城関係者か?」
「それでいて、絶対に奴が予想していない、となると……そうねえ……王様とか?或いはレネちゃんなんかもいいかもね。絶対にアージェントが困るわ」
そうして色々な意見が出て……フェイは唸って……そして。
「……全部盛りでいくかあ!」
フェイは、あっけらかんと、そう言った。
「とりあえず大福を詰めたよ。はい」
「どうもありがとうございます。これがあれば父は間違いなく動くでしょう」
僕はラージュ姫に大福を詰めた箱を手渡す。……ええと、王様への賄賂。これを使って、一緒にアージェント家に行きましょうね、ってやる、らしい。
「よーし!んじゃあ早速、王都経由でアージェント領へ出発だ!」
そうして僕らは出発する。
……結構な、大所帯で。
ばっ、と、天馬が飛び立つ。
天馬が牽いているのは、空飛ぶ馬車。……どうやら天馬って、こういうこともできるらしい。僕らは8頭立ての天馬車に乗って、悠々空の旅と洒落込んでいる。
……が、如何せんの大所帯。馬車の中は大混雑。召喚獣は宝石の中に居てくれるからいいんだけれど……主に、鳥が。鳥が、馬車を狭くしている……。いや、鳥、君は飛べるんだから馬車に乗らなくてもいいんじゃないかな!
「きゅう……」
「あっ!レネが鳥さんにまた埋もれてる!こっちにいらっしゃいよ、そっち狭いでしょ?」
「らいらー……たきゅ、りり、ましぇ……」
ライラが引っ張って、鳥と鳥の子達に埋もれていたレネをすぽん、と引っこ抜いたり。
「妖精さん!駄目よ!あんまり飛び回っちゃ、外に飛び出ちゃうわ!」
「こっちで、おしずかに、ね?」
はしゃぎ回る妖精がうっかり馬車の外に飛び出ないように、子供達が捕まえていたり。
……ちなみに、一番はしゃいでいるのは、フェイのお父さん。
「トウゴ君!ほらほら、こっちのお菓子はどうかな?結構いけるぞ!」
「親父ぃ、トウゴにあんましお菓子ばっか食べさせるなよなあ。夕飯食えなくなっちまうだろぉー」
「夕飯が食べられないならお菓子を食べればいいだろう!いいか、フェイ!私は今、はしゃいでいるんだ!こんなに大人数で旅行なんて滅多にないから!というか、お前と一緒に旅行に行くのは何時ぶりだ!?」
「あー……5年ぶり、ぐれえか?そういや、母さん死んじまってからどこも行ってねえもんなあ……」
「なら分かったな?我が息子よ!父ははしゃいでいるのだ!」
うん。まあ、お楽しみいただけているようで何よりです。
「ん?トウゴ君。この大福は食べてもいいのかな?」
「それ、王様への菓子折りだぜ、親父」
「いいですよ。また描いて出すので。レネも食べる?」
「おもーち?たきゅ!」
「あ、トウゴ君!ずんだの大福、あるかしら!あったら私にも分けて頂戴!」
「ありますよ。どうぞどうぞ」
まあ……たまにはこういうのもいいよね。特に、アージェントさんを驚かせたいなら、こういうかんじに行った方がいい気がするし……。
……ということで、僕らは空の上で大福パーティを楽しみつつ、ひとまず王都へ向かうのだった。




