17話:依頼と雷*5
それから、ラオクレスはフェイと話し始めた。
ラオクレスはフェイよりも身長が高いし多分ずっと年上だし、筋肉の塊だから迫力がすごい。
フェイはラオクレスよりは身長が低いし僕より少し上くらいだと思うし、けれど貴族だからかやっぱり迫力がすごい。
……そして2人とも目的は同じところにあるらしいので、迫力と迫力が喧嘩していない。だから僕は2人の間に挟まっていても特に怖くない。ただただ頼もしいだけだ。
つくづく思うのだけれど、僕は多分、ものすごく、恵まれている。
この2人が味方でよかった。
「ってことでトウゴ。ジオレン家の奴らとちゃんと話すぞ」
というところで話がまとまった。
「一々トウゴにちょっかいかけてくるんじゃ、お前も森に帰れねえし、町にだっておちおち出られねえだろ?だったらここでケリつけちまおうぜ」
「うん」
……要は、このまま断り続けるんだったら、いっそのこと正式に話し合いの席を設けて、正式に依頼として出させて、そして正式にお断りしようという話だ。ついでに『二度と付きまとうな』みたいな念書も書いて貰おう、みたいな話にもなっている。
このままフェイの家に厄介になっているだけじゃ事態は好転しないし、だったら面と向かってちゃんと断るべきだろう。僕としても早く森に帰りたいので、そうしたい。
「……で、ここが一番の問題なんだけどよ」
そして、話がまとまったところで、フェイがちょっと困った顔をした。
「トウゴ。お前、うちのお抱え絵師になるか?」
……うん。そう。
結局のところ、ここは避けては通れない、らしい。
「もし、お前が一時的にでもレッドガルド家のお抱えになってくれるんだったら、それを理由にジオレン家の依頼を断れる。俺も兄貴も親父も首突っ込んで、全員で全力でジオレン家をボコボコにできる」
「ボコボコにはしなくてもいいんだけれど……」
「そっか。じゃあポコポコくらいにしといてやるか。……で、もしお前がレッドガルド家とは特に契約していません、ってなると、2通りのやり方があって……」
うん。
「レッドガルド家とジオレン家とで『どっちがトウゴと契約するか』っていう殴り合いをするか、或いは、お前が『とりあえずお前は嫌だ』って言うかのどっちかだ。前の方でいくなら単なる二度手間っちゃ二度手間だな。だったら先にうちと契約しといてもらった方が楽でいい」
……そうか。うん、やっぱりそうなるんだよな。
レッドガルド家と契約していれば、僕はレッドガルド家の……フェイ達の後ろに隠れていられる。そうすれば、ジオレン家とも直接やり取りせずに済む。或いは、僕が絶対に掛けられないような圧力を掛けたり、僕が絶対にできないようなやり方で僕を守ったりしてもらえるんだろう。
……けれどそれって、なんというか……うん。
「レッドガルド家が嫌だから断るんじゃなくて、僕が嫌だから断る。それが正しいと思う」
これくらいは、自分の力でなんとかしたい、と思う。断るにしても、誠実でいたい。ある程度は。自分にできる範囲で。
……ということで、僕はフェイとラオクレスと一緒に考えることになる。
「そもそも、どうして僕が断りたいかっていうと」
「おう」
「相手が分かってないから」
僕がそう言うと、フェイがきょとんとした。
「会ったこと無いんだ。その、『ジオレン家の御子息』っていう人に」
「……あー、そういやそうか。従者が来てるだけだもんな」
僕が答えると、フェイもラオクレスも頷いた。
僕としてはそこがどうにも引っかかっている。誰かの召喚獣にするためにレッドドラゴンを出してほしいっていうのであれば、その『誰か』を見てから決めたい。その人がどういう人かによって、答えを決めたいと思う。
「もし、その『ジオレン家の御子息』っていう人がフェイみたいな人なら、描いてもいいと思ってる」
「マジか」
フェイもラオクレスも驚いたような顔をしているけれど、しょうがない。僕はそもそもが中立です。
「……あー、逆にお前、その、俺のこと気に入ったからレッドドラゴン描いたのか?」
「いや、あの時はそんなこと考えてなかったけれど……」
フェイの言葉にちょっと考えてから、答える。
「……緋色の竜ならフェイのことを気に入りそうだったから」
「あ、お前が、じゃなくて、レッドドラゴンが、か。……レッドドラゴンが気に入りそうな相手なら、その相手にレッドドラゴンを描いてもいい、ってことか?」
「うん」
そこは大事だと思う。自分が出すドラゴンだ。幸せになってほしい。ちゃんとした人にしか預けたくない。
「ただ、レッドドラゴンを出したらフェイ達が困るっていうなら、出さない」
まあ、ちゃんとレッドドラゴンを幸せにしてくれるような人なら、フェイ達を困らせるような使い方はしないでくれると思うけれど……うん。周りの人が、っていう可能性もある。
「そうかぁ……まあ、困るってこた、ねえけど。いや、でも俺としては、その、うーん……いや、出すにしても、別のドラゴンに……いや、そういうのは良くねえかな、うん……」
……じゃあ別のドラゴンにしよう。赤くない奴とか。
「じゃ、ジオレン家に連絡入れとくぜ。『ご子息』をちゃんと含めて話し合いの席を設けろ、ってな」
「うん」
「場所はうちでいいか?お前の家だと色々と……なんかあった時に嫌だろ。精霊が怒るかもしれねえし」
「うん」
そういえば僕の家がある森には精霊がいるんだったっけ。見たこと無いけれど、結局居るんだろうか。
「よし。じゃ、こっちは……レッドガルド家として話し合うとなると、政治がらみの話になりそうだからな。お前だけで頑張れよ」
「あとラオクレスも」
「……相手が何をしてくるか分からないからな」
そしてこっちは僕と、ラオクレス。心強い。
「あっ、そういやトウゴ、お前、文字読めたっけ?」
「……読めない」
そういえばそうだった。僕は文字が読めない。相手に念書を書いて貰ったりしても、その真偽が分からないと意味がない。……勉強しておくべきだった。乗馬よりこっちが先だったか。
「そうかぁ……ラオクレスは?」
「読み書きは一通りできる。だが、奴隷が主人に代わって文字を読んでいたら主人が舐められるだろうな」
「あ、そっか。格好つかねえよな。トウゴが文字読めねえって知れると厄介かもしれねえし……んじゃ、俺は居た方がいいか」
「お願いします」
ということで、フェイにも同席してもらうことにした。彼は貴族としてじゃなくて、単純に僕の……僕の親友として。うん。そういうことで、一緒に居てもらおう。
そうしてジオレン家には僕名義の(かつ、代筆はフェイにやってもらった)手紙を出した。
『ドラゴンを召喚獣にしたい人本人を連れてレッドガルド家に来てほしい』と。『そこでちゃんと依頼としてドラゴンの召喚の話を出してほしい』とも。
……それから、『レッドガルド家を会場にするのは僕の家をあなた達に知らせたくないからであって、本件にレッドガルド家は関わりません』とも。
さて。これで後は、ちゃんと『ご子息』を見て、ドラゴンを出していいかどうか、僕が決めればいい。
……もし、フェイと同じぐらい気の良い人だったら、レッドドラゴンじゃなくても、何か別の色のドラゴンとかを出してもいいかな、とは思う。
けれど、あまり気が合いそうにない人だったら、今度こそちゃんとお断りさせてもらおう。
ジオレン家からは、『承知しました』というような内容の手紙が来た。というか、直接、初老の従者の人が書簡を持ってきた。丁寧だね。
日時も決まって、僕は少し緊張しながらその日を迎えることになったのだけれど……。
「……何をしている」
「画材をコンパクトにまとめようとしてる」
僕は、前回の反省を生かして画材をちゃんと身に着けておくことにした。
前回。密猟者の件で闇市の人達に掴まってしまった時。
あの時、画材が何も無かったのは痛手だった。お陰で、石の床に血で竜の絵を描くことになったわけだけれど……。
……うん。実はあの時の怪我、後々で結構痛かった。腕を切って血を出すって、まあ、あんまりやることじゃないなって思った。
なので今度は画材をちゃんと持つ。
まず、鉛筆と消しゴム。これはまあ、元々がコンパクトなものだからこれでいい。
そして次に、絵の具なんだけれど……これは、蓋つきの浅い箱みたいなものに小さな仕切りを作って、そこに絵の具を少量ずつ絞り出して固めてあるものを作った。女の人が使う化粧道具ってこんなかんじだった気がする。僕はよく知らないけれど。
それから、絵の具の箱の中には水筆と短くした鉛筆と消しゴムも収納できるようにしてある。
水筆っていうのは、こう……柄の部分がチューブみたいになっていて、そこに水を入れておく筆だ。柄の部分をぎゅっと握ると、筆の穂先から水が染み出してきて、それで絵が描ける。
画材屋で見かけた時、すごい筆があるものだと思った。水彩色鉛筆とかによく使うものらしいんだけれど……こういう『携帯用水彩絵の具セット』なんかにも使われることがあるらしい。
……あとは、小さく切った画用紙を数枚、箱の中に収納すればこれでひとまず出来上がりだ。
コンパクトにまとめた水彩絵の具セット。中々いいね。
……携帯性を高めたものって、性能の割に高くつくことが多いから、これも元の世界で憧れだったものの買えなかったものの1つだった。
満足。
これで準備は整った。攫われて牢屋に入れられても大丈夫だ。あとはこれを隠して……。
……うん。
「どこに隠そう」
「あ?隠し場所?そんなの靴の中が定番だろ」
「靴を脱がされたら見つかっちゃうんじゃないだろうか」
「それ言ったら素っ裸にされちまったらどこに入れといても同じだろ?」
うーん……。
ちょっと迷ったけれど、フェイのアドバイスに従って靴の中に入れておくことにした。
そしてそのために、靴を買ってもらってしまった。……ブーツって雨用の長靴以外履いたことがなかったから、何か落ち着かない。
そして、とうとうその日がやってきた。窓から外を見ていたら、豪華な馬車がレッドガルド家の前に停まったので、僕とラオクレス、それからフェイは勇んで玄関へ出た。
「本日は会談の席を設けて頂き、誠にありがとうございます」
外に出てみたら、何度も会っている初老の従者の人がもう馬車の外に出ていた。そして挨拶して、にこにこと微笑んで僕の手を握ってきた。嬉しそうだね。
「我が主人も大層お喜びでして……」
そして従者の人がそう言って振り返ると、丁度、馬車からその人達が降りてくるところだった。
従者の人が場所を開けると、馬車から降りてきた人2人が護衛らしい人達に囲まれながら、僕へ向かってきて……そして、にこり、と笑う。
「サルド・ロエ・ジオレンだ。ジオレン領の領主を務めている」
フェイのお父さんと同じくらいの年齢の人だろうか。つまり、大体、僕の父と同じかそこら辺の人だけれど、恰好が貴族らしいものだから、少し、緊張する。
……そして。
「そしてこちらが我が息子、サントス・ラド・ジオレンだ。貴殿には我が息子のため、レッドドラゴンを召喚してもらいたい」
僕の前には、僕より少し年上に見える少年が、偉そうに僕を見下ろして立っている。
じろじろと僕を見て、彼は……『大したことなさそうな奴だな』みたいな顔をして嫌なかんじの笑みをちょっと浮かべた。
……うん。
僕はできるだけ公正に判断をしようと決めていたのだけれど……心の中で天秤が『お断り』に向かってカクンと傾いた。




