19話:泥棒に花束を*11
「……な、なんだ!?何が起きてる!?」
ルスターさんは大慌てだった。
『く、くそ!あれは何だ!何故、魔力が、消え……まさか、あれに吸い取られている、のか!?』
幽霊も大慌てだった。ルスターさんに自分の魔力を預けておいたら、その魔力がたんぽぽに吸い取られている、っていうことで……まあ、慌てるだろうなあ。
「く、くそ!これ、なんだよ!」
ルスターさんは頭を振るけれど、たんぽぽは取れない。ルスターさんの頭の動きに合わせて、みょん、みょん、と揺れるだけだ。
何なら、たんぽぽは元気にすくすく成長している。蕾が花開いて、段々、ルスターさんの頭の上が華やかになっていく。
……そうしてルスターさんと幽霊が慌てる中、クロアさんはぽかんとしていたし、ラオクレスもぽかんとしていた。
ハルピュイアあたりはルスターさんの頭で揺れるたんぽぽにつられそうになってうずうずしていたけれど、そのぐらい。
「……トウゴぉ」
「うん」
そして僕の隣で、フェイが、何とも言えない顔をしていた。
「あれ、人間の頭にも生やせるんだな……」
……うん。あんまり考えずに生やしてしまったけれど、どうやら、そうみたいだ。
『ルスター!今すぐそのふざけた花をなんとかしろ!魔力を使って周りのやつらを殺せ!』
幽霊はそう叫ぶけれど、ルスターさんはすっかり混乱してしまっていて、幽霊の言葉が届いていない。
……そんな中、クロアさんが、「トウゴ君!トウゴ君!」と小さな声で僕を呼びつつ、わくわくした顔でクロアさん自身の背中を示していた。
あ、はい。もう一回ですね。
……ということで、僕は振り返って、幽霊の顔を確認する。
『……な、なんだ』
「いえ、別に何も」
幽霊の髪の色ぐらいは確認。ええと、黒っぽい。オーケー。
……ということで、もう一回。クロアさんの背中に絵の具を乗せさせてもらって、幽霊の頭にもたんぽぽを生やした。
『くそ、魔力が……魔力があああああ!』
たんぽぽが生えた途端、幽霊の輪郭がぶれて、霞む。僕らの首を絞め上げていた手が緩んだ隙に、僕らはさっさと幽霊の手から逃げ出した。
……そこへ、ラオクレスが迫る。
無言のまま、ただ大きく踏み込んで一瞬で距離を詰めたラオクレスは、ばちり、と雷光を纏う拳を、繰り出した。
その瞳に、雷光より鮮烈な怒りを宿して。
……ばちっ、と、大きく雷が輝いて、幽霊を打ち抜いた。フェイが蹴ったって何ともなかった幽霊も、これは話が別だったらしい。
『な……』
幽霊が、よろめいた。その姿がぶれて掠れて、薄れていく。そこへ更にもう一発、ラオクレスが拳を繰り出そうとして……。
「ちょ、待て待て待て!ラオクレス!そいつからは色々聞かなきゃならねえ!殺すのは後だ!」
フェイが待ったをかけたので、ラオクレスはそこで止まった。ラオクレスに続いて攻撃を仕掛けようとしていた魔物達も止まった。こっそり僕の後ろから幽霊を狙っていたらしいグリンガルの精霊様も、止まった。
「……えーと、グリンガルの魔導士。聞きてえことがある」
そして緊張感漂う中、フェイは魔導士の幽霊に近づいた。幽霊は『何も答えんぞ』みたいな顔をしているけれど……。
「お前、この世界を滅ぼそうとしているやつの名前、知ってるか?」
そう、フェイが、聞くと。
『……は?』
ぽかん、として、怪訝な顔をして、首をかしげて、頭のたんぽぽを揺らした。
『……そんなものは、魔王様に決まっているだろう』
そっか。ということは、この幽霊は、カチカチ放火王が言うところの『奴』の名前は知らないのか。うーん……。
「えー……魔王以外のやつが、居たり、しねえ?」
『魔王様は唯一無二の存在だぞ!口を慎め!』
なんとなく、魔導士の幽霊とは話が噛み合わない。本当に『奴』のことは知らないんだろうなあ、これは。うーん、どういうことだろうか……。
さて、これ、どうしよう。
僕らが顔を見合わせて考え始めた、その時だった。
『くそ……せめて、体を……!』
幽霊が、ルスターさんに向かって飛んだ。ルスターさんはそれに気づかず、頭のたんぽぽで手一杯だ。
幽霊が何をするつもりなのか、詳細は分からない。けれど、幽霊がルスターさんの体を欲しがっていることだけは分かってる。止めないと、まずいことが起こる。そんな気がして、僕らは一斉に、幽霊を止めるべく駆け寄って……。
けれど、その時。
……ョン。……キョン。
そんな声が遠くの方から聞こえて来たなあ、と思っていたら……空から、鳥が、降ってきた。
キョキョン。
いつも通りに鳴きながらもすごいスピードで降ってきた鳥は僕らの目の前で、見事、魔導士の幽霊の真上に落下。
降ってきたスピードの割には、もすっ、という軽い音しかしなかったし、ほんのり土煙が上がっただけだったけれど……鳥の下敷きになってしまった幽霊が出てくる気配はない。
「……ちょっと、下、覗いてもいい?」
どこか満足気な鳥に声をかけて、ちょっと退いてもらう。すると……幽霊が居たはずのそこには、たんぽぽが一株、揺れているだけだった。
……鳥がとどめになって、成仏してしまったらしい。
ああああ……。
……そうして。
「幽霊、消えちゃったね……」
「まー、元が魔力だけの存在、みてえなもんだったんだろうしなあ」
幽霊は消えてしまった。鳥に押しつぶされて、そのまま消えてしまったんだ。
後に残されたのは、一株のたんぽぽだけ。元気に陽だまり色の花を揺らしているたんぽぽを見ていると、何とも言えない気持ちになる。
「はーあ、結局、あの幽霊が何を狙ってたのかは分からねえなあ……」
「妖精の国の水の妖精みたいに、カチカチ放火王が精神に働きかけていたのかもしれない」
「あー、それ、ありそうだなあ。……グリンガルの精霊様。奴は急に豹変したかんじですか?こう、突然、あなたを封印してきた、とか?」
フェイの問いに、グリンガルの精霊様はびたびたと尻尾を上下に振る。成程、やっぱりか。
となると、あの幽霊は本来の自分の意思に反して、色々やっていた、っていうことなのかな。なら……。
「お供え物ぐらいは、しようかな……」
なんとなく、魔導士のお墓にお供えぐらいはしたいな、という気持ちになる。
「丁度いいところにたんぽぽあるぜ」
うん。ええと、お供えはたんぽぽ以外で……。
……さて。
「幽霊は消えちゃったけれど、こいつは残ってるものね。気になることはこっちから聞きましょう。幸い、こっちなら拷問にかけることだってできるし」
幽霊を見送った僕らは、ルスターさんを囲む。今度こそ、確実に。魔物達と僕らとで、しっかりと何重にも囲んで、背後にも気を配って、絶対に逃がさない構えだ。
……けれどそんな中、ふわふわの靄の魔物だけは、ふわふわとやってきてクロアさんにくっついた。
ふわふわ、と白い体を動かしながら、すっぽりとクロアさんの体を包み込んでしまう。
「あら、あったかい」
……そうだね。今のクロアさんには、そういうのが必要だったね。
「……クロア。お前はいい加減に服を着ろ。いつまでそのふわふわに苦労をかけさせる気だ」
「あら、ごめんなさい。それもそうね」
そう。今のクロアさんは……その、ルスターさんを誘惑した時の恰好そのままだったので……ちょっと目のやり場に困る恰好だったんだよ!
ということで、クロアさんには輪の外に出てもらって、そこでふわふわに隠されながら、ちゃんと服を着直してもらって……再開。
「さあ、喋ってもらいましょうか。もうあなたは抵抗できないわよ。そのたんぽぽがある限り……っふふ」
あの、クロアさん。笑わないで、続けて。
「くそ、これ、なんだ……」
ルスターさんは魔力をすっかり吸い取られて、元気が無い。もう抵抗する気も起きないらしくて、骨の騎士団に為されるがまま、大人しく縛り上げられている。……あっ!骨の騎士団の縛り方、覚えがある!これ、クロアさんがやる縛り方だ!どうやら彼ら、クロアさんからいつの間にか捕縛術を学んでいたらしい。向上心の高い騎士達だなあ。これからも安心して森の警護を任せられるよ。
「まずは、ガラス玉を盗んでいった理由を聞きましょうか。あれはあなたの意思?それとも、誰かに命じられた?」
クロアさんが聞くと、ルスターさんは嫌そうに口を閉ざした。……まあ、喋りたくないだろうなあ。
「……このままだとあなた、グリンガルの牢屋に入ってもらうことになるけれど」
「はっ。証拠なんて何もねえだろ」
「残念。こちらはレッドガルド領主のご子息よ。彼の証言があればあなたなんて即座に豚箱行きね」
開き直った様子のルスターさんは、クロアさんの言葉とフェイの『どうも!』みたいなにこやかな挨拶によって、青ざめた。
「……そんなことして親父が黙ってると思ってるのか?俺は親父のお気に入りだぞ」
「黙らせるわよ。私だってお父様の自慢の娘よ。それに、まあ、分かると思うけれど……より利益を多く生むのは私の方よね。なら、どちらに口を噤んでくださるかは、分かるんじゃない?」
クロアさんがにっこり笑って、詰め寄る。
「……まあ、そうねえ。ここ、人気の無い森の中だわ。私達以外、誰も居ない。なら、どんなことだってできちゃうと思わない?」
彼女の手が、いつの間にか、ナイフを握っている。
「バラして埋めちゃうことだってできるし、ここに居る子達の中には人間を食べる子だって居るでしょうし……ねえ、あなたはどうしたい?」
……ルスターさんは、いよいよ顔面蒼白となって、俯いた。
「……殺せよ」
そしてルスターさんは、震える声で、そう言った。
「もういい。さっさと殺せ」
……どうやら彼は、色々話すよりも、死んでしまう方がマシらしい。
「そういう訳にはいかないわよ。あなただって分かってるでしょう?任務に失敗したのなら、死より酷いことが待っている。当然のことじゃない?」
クロアさんの声が、怒りを帯びている。空気が、ぴり、と張り詰める。
「タダで死ねると思わないで。あなたの願いが一つだって叶うなんて夢見ないで。あなた、手を出しちゃいけない相手に手を出したのよ」
クロアさんの怒りは、徐々に昂っていくように見えた。美人さんが怒ると怖い、と聞いたことはあったけれど……本当だった。
「……そんなに、こいつらが大切なのかよ」
「そうよ」
吐き捨てるように言ったルスターさんに迷いなく返して、そして、クロアさんは、ナイフを握った手を……。
「……クロア」
ナイフを握った手を、ラオクレスに握られていた。
「代われ」
「……私、そんなに冷静じゃないように見えるのかしら?」
ラオクレスを振り返ったクロアさんは、少し攻撃的な笑顔を浮かべている。
「お前相手では、こいつは喋らんだろう。惚れた女に情けない姿を見せたい男がどこにいる」
……けれども、クロアさん、ラオクレスの言葉を聞いて、なんだか落ち着いてしまったらしい。
「……そうね。そうかもしれないわ」
「ああ。だから、代われ」
クロアさんは一つため息を吐くと、その場から離れた。
「……それで、こいつの尋問だが」
そしてラオクレスがルスターさんを見るや否や、ルスターさんが馬鹿にしたように笑う。
「はっ。お前相手だって喋るかよ」
「だろうな」
それきり黙ってしまったルスターさんを見て小さくため息を吐いて、ラオクレスは僕らに向き直った。
「……提案がある」
そう言いつつ、どこか迷いのあるような顔で……ラオクレスは、言った。
「こいつの尋問を、トウゴに任せるのはどうだ」




