16話:泥棒に花束を*8
「リントヴルム、っていう種類のドラゴンだと思うぜ。手足が無くて、翼があるドラゴン」
「なるほど」
こちら、グリンガルの精霊様は、大蛇ではなくリントヴルムであったらしい。どうやら今までエネルギーを節約するために羽を引っ込めていたようだ。成程ね。
ぱたぱた、と羽ばたいて飛ぶようになると、いよいよ蛇じゃなくてドラゴンだ。そんなグリンガルの精霊様は、僕をくるくる巻いたままぱたぱたと飛ぶものだから、僕、巻き付かれたまま宙に浮いている。なんなんだ、これは。
「おおー……トウゴが運ばれてら」
「うん……僕、運ばれてる……」
なんだか複雑な気持ちになりつつ、僕はグリンガルの精霊様に運ばれて、そのまま部屋の隅へ連れていかれた。
……尻尾で床の隅の埃を払って、そこに精霊様は着陸。僕も着陸。そして、部屋の隅のタイルを尻尾の先でつついて、剥がした。
「……あ」
そこには、文字が書いてある。
『魔王の封印7つの内の1つはこの屋敷の天井裏にある。そしてもう1つは森の奥へ隠した。光る花を追え。精霊がかの封印を守るであろう』
……うん。
「あの、精霊様。精霊様って、魔導士の人に封印されちゃったんですよね?」
聞いてみたら、尻尾がびたびた上下に動く。
「でも、この文字を書いたのは、魔導士の人、ですよね……?」
これにも、尻尾がちょっと困ったように上下にびたびた。うーん……?
魔導士の人が、精霊に封印を預けた。なのに、魔導士の人が、その精霊を封印してしまった。
……これ、どういうことだろう?
謎が謎を呼んだかんじではあるけれど、ひとまず、僕らは魔導士の家を出ることにした。グリンガルの精霊様としても森に出たかったみたいなので、さっさと家を出て、太陽と木々の下へ戻る。
「ぷはー!空気がうめえなー!」
「そうねえ、やっぱりあの家の中、埃っぽかったんだわ……やだ、明るいところで見たら、私、結構埃まみれね」
「あの鳥の比ではないがな」
……明るいところで見てみると、僕ら全員、埃まみれだ。僕もフェイもクロアさんもラオクレスもそうだし、骨の騎士団もハルピュイアも、あと二足歩行の牛と頭が三つある犬。彼らも揃って、埃まみれ。骨の騎士達がお互いの肋骨の隙間をお互いに拭いて綺麗にしているのがなんとなく微笑ましい。
そして何よりも誰よりも埃まみれ灰まみれなのが、鳥。
この鳥、すっかり灰色っぽくくすんだ色になっている。うーん、丸洗いしたい。
「……お弁当の前に水浴びしたいわね」
「うん。あの、精霊様。この辺りに水浴びしてもいい水場って、ありませんか?」
……ということで、僕らはぱたぱた飛ぶグリンガルの精霊様の案内で、水浴び場へ行くことにした。いや、カチカチ放火王の封印をやっつける前に腹ごしらえしたいし、ご飯の前にこの埃まみれをなんとかしたいし……あと、塵まみれで炎の相手と戦うのって、その、なんとなく、よくない気がする。わざわざ燃えやすくなって出ていくことはないよね……。
「じゃあ、お先にどうぞ。やっぱりグリンガルの精霊様が一番風呂でしょうし、そうなるとトウゴ君も一緒がいいでしょ?ついでに鳥さんも」
「うん。ありがとう」
……ということで、水浴び場。高さ3mぐらいの窪みになったそこには細い細い滝が数本流れ込んで、小さな池ができている。池の深さは、浅いところは10㎝。深いところは深めの温泉ぐらい。実に理想的な水浴び場だ。
僕はグリンガルの精霊様と鳥と一緒に、最初に水浴びさせてもらうことになったので、ありがたく、服を脱いで水に入る。
……秋にもなると、水が冷たい。でも、汚れたままでいるよりはいいよね、と思って、思い切って水を浴びて埃を落とす。僕の森の水ではないけれど、この水も『森の水』っていうかんじがして、ちょっと落ち着く。
そして、グリンガルの精霊様もなんとなく気持ちよさそうに水の中を泳いでいる。羽についた埃は僕が流して綺麗にした。「気持ちいいですか?」と聞いてみたら、なんとなく嬉しそうに羽をぱたぱたさせていた。まあ、封印されて地下に閉じ込められて、久しぶりの外で久しぶりの水浴びだろうしなあ。
ちなみに鳥は躊躇が無い。いつもの如く、じゃばっ、と水に入って、ばしゃばしゃばしゃ、と水を跳ね上げながらの水浴びだ。もうちょっと大人しい水浴びはできないんだろうか……。
それから順番に水浴びしていって、全員がさっぱりした。
ちなみに体の乾かし方は、簡単。フェイの火の精が僕らに纏わりついて、わしゃわしゃわしゃ、とやったら、もう体はほかほか、髪は綺麗に乾いている。便利だなあ、火の精……。
「じゃあお昼にしましょうか。グリンガルの精霊様ももう少し召し上がるかしら?魔力の補充ができたらまたお腹が空いてきたんじゃありませんこと?」
クロアさんがにっこり笑ってお昼ご飯のバスケットを開けると、早速、グリンガルの精霊様がするすると寄ってきて、クロアさんの手からサンドイッチを食べ始めた。
それを見て、僕らもお昼ご飯。大きなバスケットにはたっぷりご飯が詰まっているので、僕ら全員で分け合って、魔物達もたっぷりのご飯でお腹いっぱいになって、足りない分は僕が描いて出して……。
……そんな折、ふと、ラオクレスが険しく目を細めた。
「近いな。また来たらしい。こちらを見ているのかよく分からんが……」
何が?と思ったら、クロアさんもラオクレスと同じような顔をしていた。
「ほっときましょ。どうせもうしばらくは襲ってこないわ」
……ああ、ルスターさんか。成程。
僕には、彼がどこに居るのかさっぱり分からないけれど……とりあえず、気配がある、ということだけは分かる。森の中に異質なものが紛れ込んだような、そんなかんじ。
僕と同じような感覚はグリンガルの精霊様も感じているらしくて、ちょっと落ち着かなげに、しゅるしゅる、と舌を出したり引っ込めたりしている。
「……あの、クロアさん」
「なあに?トウゴ君」
そこで僕はふと気になって、聞いてみた。
「……クロアさん、水浴びの時、大丈夫だった?」
「へ?」
「そ、その……覗かれなかった?」
……その途端、クロアさんはころころと笑いだした。
「ふふふ、そんなことが気になるの?」
そりゃあ……気になるよ。なんとなく心配だよ。僕に心配されるようなクロアさんじゃないっていうことは、分かってるけれど、それでも。
「大丈夫よ」
けれどクロアさんはくすくす笑いながら僕の頬をちょこん、とつついて、言った。
「幻覚ぐらい、見せられるわ」
……成程。
「成程な。それで、相手が妙にこちらを見ていない、というわけか……」
「そういうこと。それで、どうせもうしばらくは襲ってこないの」
クロアさんは……クロアさん、だなあ。うん。本当に僕の心配なんて必要なかった。
そうして僕らは昼食を終えて、草原に寝っ転がるフェイを眺めたり、飛び回るハルピュイアや駆け回る三つ首の犬を二足歩行の牛と一緒に体操座りで眺めたり、グリンガルの精霊様にゆるゆると巻き付かれたりしてのんびり過ごす。
……何故って、ルスターさんがまだ幻覚を見ているらしいので。
これから僕らはグリンガルの精霊様に案内してもらって封印の宝石が隠されているというところまで行く予定なのだけれど、その前には流石にそろそろ、ルスターさんをなんとかしたい。彼をくっつけたまま封印の宝石の云々を始めると、何かと厄介な気がする。
なので……ルスターさんをどうするかちょっと会議して決めたら、後はクロアさんが掛けた魔法の効果が切れるまで、もう少し待機。
「ごめんなさいね、お待たせしちゃって。私の腕がいいばっかりに」
「別にいいよ。僕は楽しい」
そして今、僕はクロアさんとグリンガルの精霊様を描かせてもらっている。丁度、座ったクロアさんにグリンガルの精霊様がゆるゆる巻き付くようなかんじでいるので、その構図そのままに描いている。
グリンガルの精霊様はクロアさんの瞳がお気に召したみたいで、クロアさんの瞳を覗き込んでは満足げな顔をしている。気持ちは分かる。クロアさんの瞳は森の木々の色だから。
そうして僕が描いていると、暇を持て余してハルピュイアの羽繕いをしていたフェイが、ふと聞いてきた。
「……ところでよー、ルスターって奴は、クロアさんの何なんだ?」
「え?」
きょとん、とするクロアさん。なんとなく気まずい思いの僕とラオクレス。
「……あ、聞かねえほうがよかったか?悪い」
「いえ、別にいいのだけれど……」
そうねえ、と考え始めたクロアさんを見て、僕は落ち着かなくなってくるし、ラオクレスは三つ首の犬を眺めている様子ながら、耳は確実にこっちに向いているし。
「……まあ、言ってしまうと、ね?」
……話し始めたクロアさんをじっと見つめて、何故だか緊張した気持ちでいると……。
「元、恋人、ね」
……結構とんでもないことを言われてしまった!
「こ、こいびと」
「あああ、誤解しないでね?その、私がトウゴ君ぐらいの齢のことよ。あいつはその時、もっと下で……そうねえ、リアンよりもうちょっと上、ぐらいだったかしら。あんまりにもしつこく言い寄ってくるものだし、まあ、一応、可愛い後輩ではあったから、お付き合いすることにしたんだけれど……」
……中学生が高校生のお姉さんに憧れるようなものだろうか。ああ、なんというか、その、聞いていてそわそわする話だ、これ。
「ただねえ……あいつが、あまりにも、子供で。『カレンは俺のものだ』ってあちこち吹聴して回るし、仕事の邪魔になってきたものだから、お付き合いを始めて2か月経たずに振ったわ」
フェイが、ヒュウ、と口笛を吹いた。僕はそれどころじゃない気分だ!
「けれど、振っても振っても、随分としつこくて。その内、私は能力を買われてお父様の近くでお仕事をするようになって、これでやっと逃れられるわね、と思っていたらあいつ、目利きが一切できない割に、盗みの腕だけは抜群によかったみたいで……数年後にお隣の職場になっちゃったのよね……」
「一途なやつだなあ……」
「ええ、ほんとにね。困ってるわ。小さな可愛い子供ならいいけど、いい加減大人になってもしつこい奴って、本当に手に負えない」
はあ、とクロアさんがため息を吐くと、グリンガルの精霊様が『よしよし』とでもいうかのように、尻尾でクロアさんの頭を撫で始めた。それに倣って僕も。よしよし。
「まあ、そういうわけよ。あいつ、私のことを未だに自分の女だと思ってるんでしょうね。はあ、まさか、ここまで執着されるなんて思ってなかったわ……」
クロアさんはそう言ってため息を吐きつつ、ちゃっかり僕の手にすりすりとやってきて、いつの間にか僕はクロアさんの頬を撫でることになっていた。ちょっと落ち着かないけれど、クロアさんがのびのび幸せそうに見えるので、まあいいか。
「……そこまでしつこいとなると、打つ手が無いように思えるが」
クロアさんが一頻り僕とグリンガルの精霊様にすりすりやった後で、ラオクレスがものすごく渋い顔をしつつそう言った。腕組み仁王立ちのいつものラオクレスながら、呆れと困惑と嫌気が表情に混ざって、ものすごく威圧感のある出で立ち。
「そうなのよ。いっそ殺しちゃうってことも考えたんだけれど、ね」
クロアさんも随分と物騒なことを言って……そして、ふと、その翠の瞳を、ぎらり、と、ある木の上へ向けた。
「……ねえ、どう思う?聞いてるんでしょ?流石にそろそろ、魔法は解けたわよね?」
……クロアさんがそう言うと、ガサリ、と音がして……木から、ひらりと人影が落ちてきた。
綺麗に着地したその人は、金髪を揺らしながらこちらへ向かってやってくる。
……あの時、地下へ続く階段ですれ違った男性。ルスターさんだ。
「はい、皆!あいつを囲んで!逃がさないで!」
そして次の瞬間、クロアさんが、パン、と手を打ってそんなことを言い始めた。
……途端、骨の騎士達も、ハルピュイアも三つ首の犬も二足歩行の牛も、そして、鳥も。一斉に動いて、ルスターさんを囲み始めた。
ルスターさんはすぐにナイフを抜いて応戦しようとしたのだけれど、骨の騎士達の方が圧倒的に速い。
骨の騎士達が軽やかに動いて剣を繰り出すと、ルスターさんのナイフはあっという間に弾き飛ばされる。
そこへハルピュイアがピイピイ鳴きながら襲い掛かって、ルスターさんを空から蹴りつけて倒してしまう。
……そして、空から舞い降りた鳥がルスターさんの上へ、でん、と着地。
キョキョン、と勝鬨の声を上げる鳥を見ながら、クロアさんは満足げに頷いて、しみじみと言った。
「数の暴力って……いいわねえ!」
あ、うん。はい。




