15話:泥棒に花束を*7
「あ、どうも、お邪魔しています……」
挨拶してみた。ひとまず、相手がどういう人……いや、蛇なのか分からないし、まずは、挨拶を、と、思ったのだけれど……。
……次の瞬間、大蛇は、ぐわり、と口を開いて、僕に向かって突進してきていた!
「トウゴ!逃げろ!」
「分かった!」
ラオクレスが盾で大蛇を止める間に、僕とフェイは元来た道を慌てて戻る。この狭い通路じゃ、僕らが居るとラオクレスが満足に戦えない。
そうしてある程度まで下がったら……そこで僕とフェイはそれぞれに、召喚獣を出した。
「よろしく!」
「頼むぜ!」
僕らの召喚獣はそれぞれに鳴いて応えて、大蛇に向かって突進していく。
特に、フェイの火の精が大蛇の目を引いたらしい。暗い地下通路での眩い火の精は、それはそれは明るく眩しく輝いて、大蛇の目を眩ませた。
「そこだ!」
その隙を見て、ラオクレスが剣を振るう。彼の剣は正確に大蛇の鱗の下へ潜り込んで……大蛇の肉を、断ち切った。
怪我をした大蛇は、流石に怯んだらしい。僕らをじっと睨みながら、ずり、ずり、と力なく退避していく。
「……あの」
なら、もう大丈夫かな、と思ってそっと、ラオクレスの後ろから顔を出してみる。
「グリンガルの森の、精霊様、ですか?すみません、僕、レッドガルドの森の精霊です」
そう挨拶してみると、大蛇はぎろり、と僕を睨んで……ずい、と、ゆっくり、僕の方へ頭を寄せてきた。ラオクレスが一気に緊張するのが分かる。でも、大蛇には警戒の色こそ見えるけれど、敵意というかんじでは、なかった。
それに何より……この大蛇、『ご同業』の匂いがする!ああ、この気配だ!森の奥から感じた気配は、きっとこの気配!どうして今まで分からなかったんだろう?
僕は緊張しながら、そっと大蛇の頭へ手を伸ばす。……すると、大蛇は僕の手のひらの匂いを嗅いで、そして。
「ひゃ」
ぺろり、と。大蛇は僕の手の平を舐めた。……どうやら、もう、襲ってこないみたいだ。
それから、嘘みたいに大人しくなってしまった大蛇は、僕らを奥の部屋へ案内してくれた。
地下通路の奥にあったのは、絵に描いたような『魔導士の部屋』だ。本棚がたくさんあって、石造りの床にはチョークで魔法陣が描いてあって、簡素な木の机の上には薬品の瓶がたくさん並んでいて、鳥の羽とか、草の干したのとか、ドライフラワーとか、よく分からないものがたくさん天井からぶら下がっている。
すごい場所だなあ、と、僕は嬉しくなる。正に異世界、っていうかんじだ。折角だからスケッチさせてもらいたいな。
「……うおお、ここ、酔う……めっちゃ、酔う……」
そしてフェイは、魔力酔いしていた。どうやらここ、そういう場所らしい。
「はい、風の精」
「おー、ありがとな……やっぱ魔力酔いにはこいつが効くなあ」
フェイの頭の上に、そっ、と風の精を乗せてやると、風の精はフェイから魔力を吸って元気いっぱい。フェイは魔力が適量になって元気いっぱい。WIN-WINっていうやつだと思う。
「それにしても……すげえところだなあ、こりゃ。これ、魔導士の部屋、ってことか?」
きょろきょろ、と周りを見回して、フェイは感嘆のため息を漏らす。ついでに、手近な机の上にあった本を手に取ってパラパラ捲って、おおー、と嬉しそうに声を上げた。
「薬臭い場所だな」
「そうね。魔法のお薬を作っていたんでしょうね。……まあ、薬臭い割に、かび臭かったり埃臭かったりしないのがすごいけれど。そういう魔法なのかしら」
確かにここには何か、魔法の気配がする。いくつかの魔法が重なり合っているんだろうな、というかんじではあるのだけれど……まあ、詳細の解明はフェイに任せる。
「ええと、とりあえずお怪我、治しますね」
部屋の隅の方で丸まっている大蛇に近づいて、さっきラオクレスが切ったあたりを探る。すると案の定、血が流れっぱなしの傷があったので、早速、鳳凰に出てきてもらって、癒しの力を貸してもらった。
鳳凰の涙が落ちると、大蛇の傷がみるみる治っていく。ああ、よかった。
怪我が治ったことが分かったのか、大蛇はなんだか不思議そうにしていたのだけれど、その内、また、ぺろ、と僕の頬を舐めてきた。多分、お礼の表現。
「それにしても、精霊様はどうしてこんなところに?精霊様、これだと外に出られないんじゃあ……」
大蛇に舐められつつそう聞いてみたところ、大蛇は、しゅるる、と鳴いた。……蛇語は分からないなあ。
「おーい、トウゴー、ちょっといいかー?」
そこへフェイがやってきて、大蛇に「どうも!」なんて気軽に挨拶しつつ、僕の耳元で話し始める。
「あのな、この部屋、いくつか魔法が掛けてあるだろ?」
「うん」
それくらいは僕にも分かる。頷くと、フェイも真剣な顔で頷いて……そして、言った。
「で、その魔法の中の1つが……多分、封印の魔法、だったんだよな。俺達がここに入ってきた時点で解けてるみてえだけど」
うん。鳥のくしゃみで解けたね。
……けれど、それっておかしな話だ。だって、この部屋を封印した、っていうことは、この森の精霊様を封印してしまう、っていうことに等しいんじゃあ……。
僕は、ちら、と大蛇を見る。大蛇の目は綺麗なペリドット・グリーン。細い瞳孔が少し動いて、それから、僕をじっと見つめ始める。目を見る限り、今は落ち着いて穏やかな気持ちでいるみたいだ。
「……あの、グリンガルの精霊様」
穏やかな大蛇に、そっと声をかけてみる。『なんだ?』というように、大蛇の首が少し動いて、瞳がまた、僕を見つめる。
「あなたはここに封印されていたんですか?」
折角だ、ご本人(ご本蛇……?)に聞いてみる。すると……大蛇の目が少し険を帯びた。どうやら、正解、ということらしい。
「あー、精霊様、精霊様。俺からも1つ、お聞かせ願いたいんですが……」
僕と大蛇のやりとりを隣で見ていたフェイは、ならば自分も、と思ったらしく、ちょっと挙手しながら大蛇に話しかけて……。
「……あなたを封印したのは、ここに居た魔導士ですか?」
そう、尋ねる。すると、大蛇はなんとも忌々しそうに目を細めて……びたん、と、尻尾を一回、上下に動かした。
どうやら、『YES』ということ、らしい。
それからも大蛇とやり取りをした。大蛇の返事は、尻尾をびたんびたんと上下に振るか、ぶるんぶるんと左右に振るか、はたまた、へにょ、と垂れ下がらせるかのどれかだ。つまり、YESとNOと分からない、の3択。
……そこから簡単に分かったことは、この大蛇はやっぱりこの森の精霊様で、けれども随分と長い間、魔導士の手によって、この家の地下に封印されてしまっていた、ということだった。
ちなみに魔導士の家の紋章である蛇は、この森の精霊を示すものであるらしくて……つまり、この魔導士、自分の家の象徴を自分の家の地下に封印する、という、結構な罰当たりをしているのだけれど……どういう意図だったんだろうか。
「成程。この部屋には精霊を封じる魔法が組まれている、と」
「そうみたいだね。確かに、この家に入った時、なんだか眠くなるようなかんじがあったけれど、その影響だったのかもしれない」
僕が答えると、ラオクレスは、成程な、と頷いて……何か考えている風だったので、ちょっと彼の顔を覗き込んでみたところ、ラオクレスは、割と真剣な顔で、言った。
「……お前を寝かしつけるのに丁度いい魔法なのではないかと思ってな」
……やめて。
「それにしても、魔導士、かあ……なーんか妙だよなあ。その魔導士の家はこうして潰れて、だからこそ封印の宝石がグリンガルの領主経由でクロアさんのところまで行ったわけだろ?でも、魔導士自体は生きてるってことかあ?」
「どうかしら。封印が鳥さんのくしゃみで吹き飛んでしまったことを考えると、もう死んでいて封印だけが残っていた、とも考えられるけれど……」
「……あの鳥のくしゃみが凄まじい威力を発揮した、とも考えられる。魔導士が生きていたとしても不思議ではない」
……まあ、あの鳥だしなあ。あのくしゃみがすごいくしゃみだった可能性も、無いわけではない。あの鳥だから。あの鳥だから!
「ところでグリンガルの精霊様。このあたりに封印の宝石、ありませんでしたか?僕ら、あれを探しているんですけれど……」
それから、大事なことを聞く。ここにずっと封印されていたならこの家のことを知っているかもしれないし、森の精霊様なんだから、この森のことはご存じだろうし。
……と、期待しながら聞いてみたところ。
大蛇の体が、ずりずり、と床を這って進んでいく。おや、と思っていると、部屋の隅の方へ向かって、大蛇が動いていって……そして。
途中で力尽きたように、くて、と、大蛇の体が床に伸びる。大蛇自身は一生懸命、体に力を入れようとしているようなのだけれど……。
……まさか。
「あの、もしかして精霊様、弱っておいでですか?」
僕がそう尋ねると、大蛇の尻尾が、くて、と、力無く上下に揺れた。
大慌てで、僕らはご飯を用意した。そうだ。ずっと封印されていたんだったら、お腹が空いていて当然だった!
……ということで、お弁当に持ってきていたサンドイッチを差し出す。大蛇の口が、くわ、と開いて、ぱく、と。サンドイッチを僕の手から食べていった。
蛇の食事風景って本当に丸呑みなんだなあ。こくん、と喉が動いて、お腹の方へサンドイッチ分の膨らみが移動していくのが分かる。
「もっと召し上がりますか?」
けれど、大蛇は尻尾を力無く横に振る。……サンドイッチ1つでお腹いっぱいになるとは思えないのだけれど、いいんだろうか。
せめて、と思って水筒から水を出してすすめると、そちらも一舐めして、『もう満足だ』とでもいうかのように目を閉じた。
いや、待てよ……。
「……もしかして、魔力不足、ですか?」
そうなんじゃないか、と思って聞いてみたら、尻尾が上下にふりふり揺れる。そっか。そりゃそうだよね。精霊ともなると、普通の食事より魔力が大事だっていうことは、その……身を以って知っている。ほら、僕、魔力切れになる度、水晶の小島の上で精霊としての食事を摂らされるので……。
「なら、僕の魔力を少しお分けしますね」
でも大丈夫だ。応急処置はできる。僕はもう、魔力の分け方が分かってる。
僕は大蛇の頭の横に座って、大蛇の頭に体を寄せて……ちょっとだけ、口付けた。レネにやってるみたいに。
……すると。
「元気になったなあ……」
大蛇は、すっかり元気になって、僕をとぐろの中に抱き込むようにしているところだ。……龍といい、この大蛇といい、長い生き物は僕に巻き付くのが好きなんだろうか。
……更に。
「羽も生えたなあ……」
大蛇の背中に、羽が生えていた。
……えーと、もしかして大蛇じゃなくて、ドラゴンでした?