14話:泥棒に花束を*6
「……怯えたような視線を感じる」
「そりゃあそうね。奴が監視してるもの。2時方向の木の上じゃないかしら。ああ、見なくていいわよ」
森に入ってすぐ、クロアさんはルスターさんの気配を感じ取ったらしい。深々とため息を吐く。
「……で、おろおろしてるわね、あいつ」
……うん。
今、僕らは総勢40名を超える大所帯。ぞろぞろと列を作って森を散歩中。そんなかんじ。
だからか……その、ルスターさん、出てこられないらしい。
「呼び出しておいて出てこられないってどういうことかしら」
「俺が奴なら出てくることを諦める面子だぞ」
まあ、そうだろうなあ。
骨はカタカタ、ハルピュイアはぴいぴい、鳥はキョンキョン。それぞれの音を発しつつ、なんとも賑やかな一団だ。多分、僕らを見慣れていない人には驚くべき光景なんじゃないかと思う。……ええと、百鬼夜行、って、こういうかんじだろうか。まあ、100には魔物の数が足りないけれど。
「ま、クロアさん。折角だし楽しくいこうぜ。な?」
ハルピュイアの小さいのを抱えたフェイがやってくると、クロアさんはため息を引っ込めて、ハルピュイアの羽をふわふわと撫で始めた。ハルピュイアはくすぐったいのか、ぴいぴい鳴きながらも楽し気にじゃれている。こいつはクロアさんに撫でてもらうのが大好きみたいだ。
「で、トウゴ。この森には精霊様は居そうか?」
「うーん……よく分からない」
そして一方、僕の方はというと……精霊の気配、は、感じ取れていない。けれど……この森、魔力が濃いところだな、ということは、分かる。森の奥の方から、僕の森の中心部に近いような気配が漂ってくるような気がする。
「何かは居る気がするけれど、精霊……かな。気配が曖昧でよく分からないんだけれど、精霊だといいなあ」
僕としては同業者に会いたい。ゴルダの精霊様以外にも精霊仲間ができると嬉しい。なので今回はちょっと期待してる。
「見つかるといいなあ」
「うん」
頷きつつ、僕は脚を動かす。森という場所は歩き慣れているから、僕ら全員、もたつかずに進むことができている。僕らと一緒に移動する魔物達も森暮らしだから、木の根っこで凸凹していたり枯れ葉が積もってふかふかしていたりする不規則な地面の歩き方には慣れている。
もしルスターさんが僕らを監視しているのだとしたら、結構な速さで動く僕らを追うの、結構大変なんじゃないだろうか、と思いつつ……いや、その前にこの状況に驚いているんだろうなあ。だからそれどころじゃないかも。
……人間4人に、魔物いっぱい。そんな風変わりな行列が、森の中をぞろぞろと進んでいく。
そして……。
「……おい。遂に気配が消えたが」
「そう、ねえ……」
ラオクレスとクロアさんが、何とも言えない顔をしている。
「何の気配が消えたの?」
「ルスターの、よ」
……えっ。
僕がちょっと驚いていると……クロアさんは、くすくす笑いながら言った。
「どうやらひとまず諦めたみたいね。よかったわ。まあ、奴の驚く顔を見られなかったのはちょっと惜しいけれど……あいつはほっといて、探索しちゃいましょ」
ええと……まあ、そういうことなら、よかった、のかな?ルスターさんにはちょっと申し訳ないけれども……。
ルスターさん大丈夫かなあ、とか、またどこかで来るのかなあ、とか、そんなことを考えながら進んでいたら、やがて、大きな建物が見えてくる。
「あれが魔導士の家。ほら、蛇の像が見えるでしょう?」
クロアさんが示すのは、屋根。
……そこには、蛇の像があった。ええと……さながら、名古屋城のしゃちほこのように。
「こういう状態で蛇の像があるとは思っていなかったよ」
「そうねえ……こういう蛇の像だから私の記憶に残ってた、っていうことで、そこは助かってるけれど」
うん……。センスがいいかと言われると、その、ええと……。
「なー、クロアさん。俺、そんなにグリンガルには詳しくねえんだけどさ。グリンガルのやつらって全員センスがねえの?」
フェイのあんまりにもあんまりな言葉にクロアさんは苦笑いを浮かべて、答えた。
「私が知る限り、全員そうね」
あ、そうなのか……。なんか、聞かなかった方がよかったかもしれないことを聞いてしまった。もし本当にグリンガルの人達が全員『そう』なんだとしたら……もしこの森に精霊が居たとして……いや、これ以上は考えるのをやめよう。
それから僕らは、魔導士の家の周りをぐるりと見てみた。
魔導士の家は主に石造りの、重厚な建物だった。石材1つ1つに不思議な彫り物がしてあるのは、何かの魔法なんだろうか。
……けれど、もう長らく使われていないんだろう。家は外観から分かる程度には古びて、人の手が入れられていないことが分かる。周りに生い茂る雑草は背が高くて、家の外壁を侵食する苔や蔦は随分と元気だ。
「外から見て何かあるわけじゃねえなあ……中、入ってみるか?」
「そうするべきだろうな。俺が先頭で入る。クロア」
「はいはい。私は最後尾ね。フェイ君とトウゴ君は真ん中あたりにいて頂戴。召喚獣の皆はラオクレスと私の間ね」
クロアさんが指示すると、魔物達はぞろぞろと、思い思いに並んで、横2体から4体ぐらいの行列を作る。うーん、お行儀がいい……。
僕が魔物に感心していると……キュン、と、鳥の声が上がった。そして鳥は抗議するかのように、クロアさんをつんつんつつき始める。こら、やめなさい。
「……あ、そうね。鳥さんは召喚獣じゃないから並ぶ場所が無いわね。ええと……じゃあ、私と一緒に最後尾に来る?」
つつかれたクロアさんがそう提案すると、鳥はちょっと首を傾げつつ……キョキョン、と鳴いて、クロアさんの横に、でん、と陣取った。最後尾に居座ることを決めたらしい……。
そうして僕らはラオクレスを先頭に、魔導士の家へと入り込んだ。
「お邪魔します……んっ」
ちゃんと挨拶しながら玄関のドアを潜ったら、その瞬間、なんだか、ふわり、と毛布に包まれるような、それでいてちょっとひんやりするような、そんな感覚があった。それでいて、なんだか眠くなるような、力が抜けるような……。
「トウゴ?どうした?」
「ん……なんだか、眠くなるようなかんじがあって」
なんだろうなあ。今の。何かの魔法なんだろう、とは思ったけれど、その割に、魔力敏感肌のフェイには特に影響がないらしいし。うーん……。
気を取り直して進むと、そこは大きな玄関ホール。……森の中にある魔導士の家、って聞いて、なんとなく、木と蔓草と切り株、あとキノコなんかでできた小さな家を想像していたのだけれど、実際の『魔導士の家』は、貴族の邸宅とさして変わりがない造りをしている。うーん、僕、『魔導士』なるものに夢を見過ぎていただろうか……。
「へくしょい!……埃っぽいなあ。ま、しょうがねえけど」
フェイはくしゃみをしてからちょっと床に目を落として、ちょっと辟易とした顔をする。床にはしっかり埃が積もっていて、ここが長らく放置された場所だと教えてくれている。そして埃っぽい。僕もくしゃみが出そう……あ、出そうで出ない。うう、むずむずする。こういう時、くしゃみには一思いに出てほしい……。
「フェイ。探知機はどうだ」
前方を警戒するラオクレスの声を聞いて、フェイは懐から封印探知機を取り出す。
「……んー、反応しねえな」
「そうか……」
やっぱり、ここも外れ、っていうことかな。うーん……。
「でもよー、やっぱりここが一番の手掛かりであることには変わりねえ。しっかり探索してから結論を出そうぜ」
まあ、それもそうか。ここに封印の宝石が無かったとしても、手掛かりぐらいはあるだろうし……。どうか、手掛かりぐらいはあってくれますように!
それから僕らは、ひたすら家の中の探索をした。
棚は引き出し1つ1つを確認して隠し通路の類が無いかどうか調べてみたし、それで実際、隠し部屋を見つけて中に隠されたままの宝物を見つけることもあった。
……いや、勿論、取らないよ。僕ら、泥棒しに来たわけじゃないし。ただ、気になるものは描いた。何か、後から記録が必要になることがあるかもしれないし、描くのは楽しいし。
「手掛かり……何かあるかねえ。なんか俺は何も無いような気もしてきたぜ……」
「まあ、そう言わずに」
フェイがちょっと元気をなくし始めたのを励ましつつ、僕らはどんどん家探ししていく。
……魔導士の家の中は、探索してみてもやっぱり、魔導士の家というよりは貴族の家っぽい雰囲気だった。
豪華な彫刻の入ったテーブル。上等な革張りのソファ。素晴らしい刺繍の入ったクッション。階段は大きく優美な形で2階に続いていて、吹き抜けは贅沢に広く取ってある。食堂にはシャンデリアが飾られて、暖炉は鉄の格子の細工がとても上品だ。
……それら全てが古びて煤けて埃にまみれて、或いは野生の動物が入り込んだか泥棒が入り込んだかで壊されたり汚されたりもしているのだけれど……でも、かつてここがとても豪勢なお屋敷だったということは、分かる。
「森らしからぬ建物だな」
ラオクレスの感想もご尤もだ。骨の騎士達も、カタカタと骨を鳴らしつつ、なんとなく居心地が悪そうにしている。彼らもすっかり森に馴染んでしまったものだから、森っぽくない場所だと落ち着かないのかもしれない。
「俺、古い魔導士の家だっつうから、もっと変なものあるんだとばっかり思ってたんだけどよー……薬草とかトカゲとかコウモリとか干したやつとか。薬の瓶とか。魔石の数々とか。魔導書とか……せめて、魔術論文の1つくらいは出てきてくれたっていいじゃねえかよー。これじゃあ、ただの貴族の屋敷じゃねえかよー」
フェイのブーイングはさて置き……そうだね。ここ、魔導士の家、という雰囲気じゃないんだよ、本当に。
「ある程度は色々盗まれたり荒らされたりしたって考えてもいいんだろうけどさ、もうちょっと……魔導士としての仕事をどうこなしていたか、とか、そういう情報の片鱗ぐらい、見つけて帰りてえよなあ……」
もしかしたらフェイは、単純に魔術の仕事に興味があるのかな。フェイ自身、魔法の道具を作るのが好きみたいだし、まあ、そういうことなら納得。
「……そうねえ」
そしてクロアさんもまた、うろうろと意味も無く歩いては、かつ、かつ、と、大理石のタイルの床を鳴らしている。
「ここに魔導士が住んでいたのなら、魔術の仕事をしていた痕跡は無いとおかしいわ。それ専用の部屋が無いわけはないのよね」
「だよなあ?俺もそう思ったんだよ!そういうの、見てえんだよ俺はぁ!」
「となると、どこかに隠し部屋がまだあるのかしら……でも、魔法の気配なら特に無いのよね……」
クロアさんはきょろきょろ、と目を動かして……そして、ふと、暖炉に目を止めた。格子の細工が綺麗な暖炉だ。それから、暖炉の縁に蛇の彫刻が入っている。勿論、古びて、煤けて、埃が溜まっていて、更にそれどころじゃなく灰でいっぱいなんだけれども。
クロアさんはその暖炉をじっと見つめると……。
「鳥さーん、ちょっといいかしら!」
鳥を呼んだ。鳥はクロアさんに呼ばれてすぐ、キョンキョン鳴きながら飛んできた。
クロアさんはにっこり笑って鳥を出迎えると、暖炉を示して……言った。
「ここ、何かありそうなんだけれど、私にはよく分からないのよね。鳥さんなら何か、分かるかしら……」
すると、鳥はクロアさんをずいずい押し退けながら暖炉の前に陣取って、暖炉を見つめて、首を傾げて……そして。
……鳥が暖炉に首を突っ込んで、ここ掘れキョンキョンし始めた!
鳥は容赦が無い。勢いがすごい。だから、ばふばふと灰が舞う!
「こらこらこら!もうちょっと大人しくやれって!……っくしょい!」
「何かあるのは分かったから、もっと慎重に……っしゅ、……へふっ!」
僕もフェイもちょっと離れていたのに、鳥の被害に遭った。くしゃみが出る!
「トウゴ君のくしゃみ、可愛いわね……」
そう言うクロアさんはいつの間にか、しっかり鳥から距離を取っていた。うう、僕らにも先に教えてよ、クロアさん……。
……ちなみに、ラオクレスは僕らの傍にいたにもかかわらず、くしゃみをしなかった。……石膏像のくしゃみ、見てみたかった。
そして、しばらくすると。
キョキョン、と鳴きながら鳥が振り返る。鳥の顔はすっかり灰だらけになっていたけれど、その顔は妙に自慢げだ。
……暖炉の奥には、床下収納の扉と取っ手みたいなものが見えていた。
「多分、これじゃないかしら。ね、鳥さん。どうもありがとう。流石は鳥さんだわ」
クロアさんは扉を覗き込みに行って、にっこりと笑う。鳥はそれはそれは自慢げに胸を張って、キョキョン。よかったね。
そして早速、クロアさんは扉に手をかけて……。
「……あら?変ね。開かないわ」
そう言って、ちょっと焦ったような表情を浮かべる。
「ええと、鍵は見当たらないし……となると、魔法的な封印、なのかしら……ねえ、フェイ君。これ、分かる?」
「ん?ちょっと見せてくれ」
クロアさんがフェイに場所を譲ると、フェイと、そして何故か、鳥も一緒になって暖炉の奥の扉を覗き込み始める。
「んあー……そうだな。確かにこりゃ、魔法的な封印、だと思うぜ」
フェイはそう言って、どうしたもんかなあ、と言いつつ頭を掻きつつ、僕の傍へ戻ってきて、クロアさんが代わりにまた、扉を覗き始めて……。
……そんな時。
鳥が、何故か、むず、むず、と、体を震わせ始めた。
何だろうなあ、と思いつつ見守る中、鳥はむずむずむず、と小刻みに動いて……。
……キュッ!というような鳴き声が、した。
その音と同時、ヒュッ、と、強く鋭い風が室内を一気に駆け抜けていく。
鳥の羽毛が、ぶわっ!と広がって、鳥の羽毛についていた灰が一気に舞い上がる!
……僕らがびっくりして見ている中、ゆっくりと、羽毛が元に戻っていって、灰が床へ落ちていって……そして鳥はすっかり羽毛が落ち着いた後で、ぶる、と震えて、キュン、と情けない声を出した。
「……鳥さんも、くしゃみ、するのね。……っくしゅん」
今度こそ、鳥の近くで灰の攻撃を受けたクロアさんは存外かわいいくしゃみをしながら、ちょっとじっとりした目で鳥を睨むのだった。まあ、鳥、まるで気にした様子が無いけれど。鳥はただ、『すっきりした』みたいな顔で、キョン、と鳴くばかりだ。うーん、こいつ、小憎たらしい。
「……ん?」
そんな折、フェイが素っ頓狂な声を上げつつ、また暖炉の奥の扉を見に行く。……そして。
「封印、解けてら」
そんなことを、言う!
「へっ!?な、なんで?」
「そりゃあ……」
まさか、なあ、と思いながら、僕は鳥を見て、フェイも鳥を見て、クロアさんも、ラオクレスも、周りに居る魔物達も、皆で鳥を見て……。
「……鳥のくしゃみで封印が解けたとしか、思えねえ」
……ああ、鳥が自慢げだ!やっぱり小憎たらしい!でも封印が解けた以上、文句は言えない!僕もなんだか、目が覚めたようなすっきりした気分だし!ああ、なんなんだろう、この鳥!
僕らはラオクレスを先頭に、暖炉の下の隠し通路を入っていく。ちなみに今度こそ鳥は留守番だ。流石にこの大きさの扉には入れないよ。
「……お。今度こそアタリじゃねえか?」
通路を進みながら、フェイが声に期待を滲ませる。確かに、通路の奥から、なんとなく古い魔法の気配がする。なんだろうな、ちょっと薬臭いというか、そういうかんじもある。なんとなく、僕が想像していた『魔導士の家』の気配に近い。
なんとなくわくわくしながら僕らは通路を進んでいって、そして、突き当りの扉に手をかけて……。
……手を掛けた扉が、勝手に開いた。
そして、その奥から……ぎろり、と、僕らを睨む目が現れる。
僕の身の丈以上の大きな蛇が、僕らを睥睨していた。




